第147話 戦場は血に塗れ
本当は敵が来る前に動きたかった。
俺もみんなを守りたいと。
でも、想いが邪魔をした。
勝ちを知らぬ、勝ちを否定する能力。
足手まとい。
枷になる。
だが、気づけば身体は動いていた。
友が死ぬかもしれない。
大切な者と共に、自分に出来ることを。
全身血に塗れているだけなら、まだ良かっただろう。
だが、目の前に立つ銀髪の少女は、胸の辺りにポッカリと穴が空いているのだ。
更に、その穴の中、大きく鼓動する何かも見えている。
「まるでゾンビだ……」
顔こそ、まだ生きている人という感じに白く、その目もまだ光を失ってはいない。
だが、首から下を見れば、とても生きている人間のものとは思えないものだった。
「あなたは誰?」
血色の良いゾンビの急な問いに、マドカは驚き身体を震わす。
「だ、誰でもいいだろ」
……そうね、とラウリは答え彼に向かって走り出す。
遅い、少なくとも能力者から見たら遅い動きに、遅い一撃。
それを拍子抜けしながらも避け、マドカは電撃を纏った拳を与える、が……。
「痛っ……?」
勢い良く撃ち抜いた電の拳は、彼女の顔面に直撃した。
だが、まるで固いコンクリートの壁を殴ったかのような感触が彼の拳を襲ったのだ。
マドカは、わけも分からぬまま一旦後退する。
敵が能力を発動したようには見えない。だとすれば、基礎能力『防』を使用したと考えるべきだが、そもそも『6』だとしても、ここまでの固さにはならないはずだった。
「……スキルバースト?」
その様子を見ていたレイタが呟く。
敵は当然のように多数の能力を使用してくる。ならば、スキルバーストを使用出来ても何もおかしくはない。
「スキルバーストか……」
マドカは考える。
ならば、自分一人で敵を倒すのは難しくなってくる。難しくなるだけで、倒せないわけではない。それに、敵の状態を見れば、時間はかかれど負けることはないと踏んでいた。
「どうするかな……」
「マドカ」
荒れていてもなお凛々しい声の方に、彼は目を向ける。
そこに立っていたのは、ユミとねこ耳の少女だった。
「私は、まだ、戦える」
「私も……まだ……」
ねここは、目に涙を溜め言葉を吐き出す。
「まだ、ただがえますっ!」
ボロボロになっても、なお戦おうとする二人の力を借りない手は無かった。
マドカは、ニヤリと口元を緩ませる。
「ああ、頼りにしてる」
これで、三対一。
もう、ラウリの負けは見えていた。
場所は変わり、SCM本部中央司令室。
異界から戻ってきた慶島、そして同じく研究員であり彼の妻である舞を含め、彼らは各SCM所属の生徒たちの被害状況、及び敵の居場所を把握に全力を注いでいた。
「で、結界の調査は?」
「いえ、まだ進展していません。依然として、私たちの理解を超えた"力"としか……」
慶島の質問に、研究員は調査チームから送られてくるデータが映されているディスプレイを見たまま答える。
結界が黒く染まってから一時間が経過していた。
その調査は、結界が出現した時から調査しているSCM特殊チームが変わらず行っているが、一時間経った今でも調査に進展は無かった。
「まあ、結界も大事だが、……今はマモルか」
慶島は、別のディスプレイに映されている地図を確認する。
一二三マモルの持っていた携帯のGPSは、"例の爆発"があった時間とほぼ同時刻に電源が切れていた。
そうなると、後はSCM探知チームに任せるしかないが、それも上手くいってないのが現状であった。
「少しずつ詰められてやがるな……」
「そうね……」
「す、スキルイーター!?」
不意に室内に響く、若い研究員の声。
慶島とマイは、何事かと声を発した研究員の元に向かう。
「どうした?」
「け、慶島さん、これ、見てください……」
声を震わす彼が指差したディスプレイに、二人、また他の研究員たちの視線が集まる。
そこに映っていたものに、慶島も生唾を飲み込んだ。
「どうして……ここに」
SCM入口付近を監視しているディスプレイに映っていたのは、血まみれのTシャツ姿のスキルイーター、ヒイラギだった。
ほんの数十分前に、音有アラタたちがスキルイーターに殺されたであろう死体を見つけてから、まだそこまで時間は経っていない。
C地区から、A地区内に位置するSCM本部まで来るのに時間と体力を使うこと、またマモルとの激戦を経てスキルイーターの身体はボロボロになっていることを考えれば、目の前に彼が映っている状況など実際に目で見ても信じられないほどだった。
「奴相手に俺たちの常識を当てはめることは、間違いなんだろうな」
慶島も含め、その映像をキッカケに室内に緊張感が漂っていることは誰の目からも明らかだった。
そして、誰かが彼の相手をしなければいけないことも、自分たちで彼を止めなければならないことも……。
はあ。
その場の雰囲気に似つかわしくない、ため息がこぼれた。
「俺が時間を稼ぐ」
「一雄!?」
慶島は、頭を掻きながら怠そうに扉へと歩いて行く。
「慶島さん! 待ってください、一人でなんて無茶です!」
「そうですよ。少し冷静になってください!」
舞に続いた他の研究員らの声にも、慶島は振り返ることなく歩き続ける。
そして、扉の前に来たところで彼は前を向いたまま言った。
「奴と俺の会話を限界まで聞いてろ。後は、ここの判断に任せる」
誰も何もそれ以上言わなかった。
結局、誰かが行かなければならないのだ。
そして、この場で一番戦える能力者は慶島だけと皆分かっていた。
だが、ただ一人納得していない者がいた。
「私も行くわ」
「ダメだ」
慶島は、振り返り即答する。
「お前は、ここで指揮をとっていてくれ」
「…………ふっ」
緊張が走る室内に、ため息混じりの笑みがこぼれる。
「あなたが何を言っても、危険だとしても、間違いだとしても」
マイは、真っ直ぐ彼の目を見たまま続ける。
「私は、あくまで私のやりたいようにする……忘れた、とは言わせないわよ?」
マイの真っ直ぐな言葉に、そして過去何度も聞いてきた言葉に、慶島はばつが悪そうに頭を掻いた。
「そうだった。お前は頑固な奴だったな」
過去、何度としてしてきたやり取り。
そして、過去一度たりともマイの要求が通らなかったことはなかった。
「……お前ら、任せたぞ」
部屋を出て行く二人を見送り、残された者たちはスキルイーターが映るディスプレイに再び目を移した。
自動ドアを開き、出てきた二人の姿に対し、スキルイーターであるヒイラギは何時もと変わらない軽い表情で口を開いた。
「予想通り、ですね」
余裕しか感じない調子での言葉。
それに少し安心しつつも、慶島は他に敵がいないかザッと辺りを目で見る。
「誰もいませんよ。ここには俺が俺の意思で来たんだから」
「ほう。じゃあ、聞かせてもらおうか。その"俺の意思"ってやつを」
いいですよ、とヒイラギは固い表情を見せる。
「俺はね、考えたんですよ。自分の行動理由を」
「…………」
「最初はね、平和で普通の生活を送っている人たちへの嫉妬から動いてました」
「ああ、だからお前はD地区で大量に生徒を殺した」
「でも、微妙に違うんですよ」
「違う?」
そう、違う。
「俺は、相手を間違えてたんだ。殺した後も、マモルと戦った後も思った。充足感がまるで無かった。どちらも求めていたことなのにね」
「……で、お前が真に求めていたものは何だったんだ?」
彼は、ニヤッと笑みを浮かべる。
「俺の敵は、お前ら研究員だ」
ギリギリまで絞られた矢が放たれるように、ヒイラギは地を蹴り上げ二人に向かって飛びかかった。
形勢逆転してから決着まで僅か数分。
いくらスキルバーストを発動したといえど、最低限の回復しか行っていない彼女は、アビリティマスター他二人の能力者の敵では無かった。
「どうする? 紐かなんかで縛っとく?」
地に横たわるラウリの姿を前に、マドカはレイタに訊く。
「どっぢにじろ、かんじはひっようだな」
「こら、まだ喋らないで」
マドカに対し、炎の壁の影響で上手く声が出せないレイタは首を横に振る。
その横では、保険医である和田が彼の喉の治療に当たっていた。
「心臓は動いてんだよな」
胸に穴が空いたその先では、赤黒い心臓のようなものが弱々しく鼓動を続けている。
マドカの電撃により気を失わせただけであり、彼女の心臓はまだ完全に停止してはいなかった。
そんな彼女をどうするか途方に暮れていると、遠くから女子生徒の高い、彼らを呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、持ってきたよー」
こちらに向かって横に結んだ髪を揺らし走ってくる声の主は、リオだった。その横で共に走るショウは水の入ったペットボトルを持っている。
現在、マドカとレイタが気絶しているラウリの監視をしており、他のショウとリオがレイタのために飲み物を探し、二年組が一部の教職員と共に被害状況の確認を、そして死体回収を他の教職員が行なっていた。
なお、ヤヨイ、ユミ、ねここは保健室の隣の空き教室で傷を治している。
ショウから水を受け取り、レイタは先ず水をグイッと喉に流し込む。その際、喉が少しヒリヒリしたが気にせず飲み込んだ。
「……よし、完了。じゃあ、私はヤヨイちゃん達の所に行くから」
何かあったら呼んでね、と和田は小走りに教室の方へ向かって行った。
「さて、どうするか」
「まだ生きてるんだよね?」
リオは、出来るだけ見ないようにしながらレイタに訊く。
結界は張られたままなので、まだ学校内は校舎から漏れる光でかろうじて見える程度である。
「そう、だな」
まだ少しかすれている声で答えたレイタは、一つ咳払いをし続ける。
「監視役には俺とマドカ、あと何人かでやるべきだと思う」
いつ動き出すか分からない彼女を、何処かに移動させることは出来ない。かといって、縛っても能力者に対しては意味がない。仮に、そういう能力者がいれば別ではあるが、進んでやろうとはしないだろう。
となれば、全てが解決するまで監視する他なかった。
「だったら、俺と……少なくともレイタはダメだな」
「そうだよね。レイタくんボロボロだし」
「? いや、おれは……」
声が上手く出ずもどかしそうにしながらも、レイタはそれ以上何も言わなかった。
「……となると監視役だけど、出来るだけ強い奴の方がいいのか?」
「そうも言ってられないと思う。それに、ただ強いからいいじゃなくて、敵を直ぐに無力化できる能力を持っている能力者の方がいいだろうから」
だよな、というマドカにレイタは首を縦に振った。
「誰がいいのかな……」
リオの言葉に各々考え出す。
敵を無力化できる能力者。
レイタの『槌』、リオの『永遠』、ショウの『想像具現』
、ユミの『衝撃』、ヤヨイの『空間移動』……。
「『想像具現』、か」
マドカの呟きに、ショウはピクッと眉を動かす。
協力できるなら協力したいが、やはり"未勝利"という言葉が彼の中で枷となっていた。
「人造能力者相手にやった想像具現なら、様は動きを封じればいいから」
「…………」
ショウは思考する。
これに勝ち負けは関係ない。
ただ、敵の動きを封じるなら勝つ、負けるの結果には関わらないからだ。
しかし、"必ず"とは言えない。
この重要な場面に置いて、"必ず"と言えないのは致命的だと考えていた。
「大丈夫だよ」
いつもの笑顔で、リオはショウに言う。
「ショウくんのやりたいようにすればいいと思う」
なんの根拠も無い素直な言葉。
だが、今の彼にとっては大事な言葉だった。
「俺でよければ、やるよ」
決意し、ショウは言った。
それは、やらなければならないからでは無い、やりたいからやるのだ。
「分かった」
マドカは、心の中で感謝しつつ頷き言った。
これで監視役は二人。少なくとも瀕死の状態であるラウリに対してなら、これで十分な気もするが、やはりより安全にいきたいため後二人ほどは欲しい所だった。
「……そういえば、ミオちゃん見てないけど」
「そういや、そうだね」
リオとショウが思い出したように言う。
「ミオちゃんならアビリティマスターだし、マドカくんと二人も居れば強い人って意味じゃ完璧だよね」
「そうだな、でも……」
マドカは口を噤む。
レイタとマドカは、ミオがスキルイーター出現時に過去のトラウマを再発させたことを知っていた。
今、彼女が何処に居るのかは彼は知らないが、ミオに頼んでも動けないことは簡単に予想がついていた。
「……リオちゃんは知らなかったか」
「ん? なにが?」
「いや、大したことじゃ無いんだ」
リオは、ミオが散華事件でリオの親友でもある美島ヒカリを失ったことを知らない。
彼女が知っているのは、ヒカリが散華事件の犠牲になったということだけだった。
「ミオちゃんは……怪我しててさ。だから」
「あっ、そうだったんだ。じゃあ、無理か……」
うーん、とリオは再び考え出す。
また、思考の沈黙が始まり、校舎から微かに響く足音しかしなくなった。
…………ピシッ。
「うん?」
「どうしたの?」
「いや、何か音がしたような」
微かな音に、マドカは辺りを見渡す。
しかし、彼らの周囲は変わらず薄暗く人の気配は無い。
……ピシッ。
「気のせい、か?」
「音なんてしないけど……ショウくんはどう?」
「いや、俺も聞こえなかったけど」
…………バチッ。
!?
「上だ!!」
マドカの声に、他の三人は上、結界が貼られ暗くなった上空を見上げる。
その中、微かに見える小さな星のような光がポツポツと不規則に並んでいた。
「ヤバい……」
最悪の光景が三人の頭の中に浮かんだその時、上空中央付近から雷のような亀裂が四方八方に入った。
そして、学校敷地内を覆っていた結界が一気に割れ、崩れ去った。
「…………」
その思わず息をのむ光景に、その場の四人も、校舎内に居る生徒らも声が出せなかった。
……!?
黒い空から、黒い一筋の閃光が垂直に彼らの目の前に突き刺さる。
そして、閃光は人の姿へと変化する。
白衣を着た、人の姿へと。
「初めまして。D地区の生徒諸君」
不敵な笑みを浮かべ、クロスは四人に向かって言った。