表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第1章 出会いと戦いとトーナメント
15/156

第15話 タッグトーナメント ④

 リュウとカナエの次の対戦相手、覇道(はどう)龍弥(りゅうや)牢月(ろうげつ)水哉(みずや)。この2人だが実は教師の間では、いい意味でも悪い意味でも有名だった。

 いい意味というのが、リュウヤの場合その基礎能力の高さからSCMに勧誘を受けたという意味。ミズヤの場合、それに加えて世界に数十人しか居ないという3つの能力を持つ能力者であるからだった。

 そして悪い意味が、2人とも暴行事件を起こしている、という意味だった。

 それゆえに、この2人の決勝進出を快く思わない者も当然いるわけである。更にこの"悪い意味"ばかりがトーナメントが進むにつれ、学生達の間で広まってしまっていた。






 場所はタッグトーナメント会場内。

 リュウとカナエは、会場内に入った瞬間ある違和感を憶える。


 "対戦相手へのブーイング"


 今まで会場内で聞いた事が無い言葉。

 当然、観客全員が言っているわけではない。しかし、確かに聞こえてくる。声援に混じる、声が……。


「リュウ先輩、聞こえますか?」

「ああ。つかこれ、俺たちに向けられてるわけじゃないよな……」


 不安がるリュウ。

 誰に向けられたものかはわからない罵声。どちらにしろ気分が悪いのは確かだった。


「リュウやったか?」


 突然、リュウヤが関西弁風に話しかける。


「悪いな、このブーイングは俺等のせいや」

「えっ……」


 リュウは、リュウヤに理由を聞こうとするが主審に遮られ"いつもの位置"につくよう言われる。

 2人が起こした暴行事件をリュウは知らない。それゆえに、リュウヤのその言葉が彼は理解出来なかった。


「試合開始!!」


 そして、リュウがボーッとしている中、試合が始まった。






「まさか、あの2人が組むなんてねえ……」


 今回、レイタの後ろで試合を観戦しているキョウが呟く。


「どうしてだよ」


 レイタは、前を向いたままキョウに訊いた。


「どちらも一匹狼タイプだと思ってたからね」

「つまり、群れるタイプじゃないと?」


 うん、とキョウは答え続ける。


「2人が起こした事件なんだけどね、どっちも被害者がカップルなんだよ。まあ、リュウヤの方は喧嘩を"売った"んじゃなくて"買った"んだけども」

「リュウヤの方は、その時はたまたま相手がカップルだったのか?」


 うん、とキョウは話を続ける。


「まあ、僕の勝手なイメージだけどさ。カップルを狙う人なら、まあ群れるタイプじゃないかなと」


 レイタはそれに特に反応はしなかった。

 確かにそう言われればそうなんだろうが、それならそれで意気投合してチームを組んでもおかしくはないだろう。


「にしても詳しいんだな」

「まあ、結構気が合いそうだからね。それで、興味もってパパッと調べたんだよ」


 そのキョウの言葉にレイタは疑問を持つが、今はそれについて訊こうとはしなかった。


「にしても、リュウヤやミズヤから見たら、リュウとカナエちゃんはどう映るのかね……」


 キョウのその言葉は、レイタも気になっている所だった。


――リュウヤはともかくとしても、ミズヤはそういう男女の仲は嫌いだろう。だったら、リュウとカナエの関係を見て、ミズヤはどう行動するだろうか……。


 ドゴン。

 ……突如、会場内に低く響く壁が砕ける音に、レイタは思考の海から引き戻された。






「痛てて……」


 頭を抑えつつリュウは立ち上がる。

 レイタの前情報通りなら、基礎能力『攻』が『6』のパンチ。防ぎ切れるわけがなかった。

 最初は上手い具合に"避けて打つ"を繰り返していたリュウだったが、リュウヤに上手く隙を付かれこのザマだった。


「んなもんか! リュウ!!」


 感情を露わに、リュウヤは怒鳴りつけた。

 何をそんなに怒っているのか、リュウは皆目検討もつかない。


――ドゴン!


 また、誰かが壁にぶつかる音がする。

 リュウがチラッとその方に目をやると、ぶつかったのはカナエだった。

 ミズヤは、リュウヤと同じく基礎能力『6』。しかし、彼は『速』でそれは目で追えるスピードではない。感覚と推測で追う必要がある。


「いたた……」


 リュウと同じく、頭を抑えつつ立ち上がろうとするカナエだが満足に体が動かない。


「あれ? ……『縛』か」

「どうや? 動けんやろ」


 ミズヤはニヤニヤと笑みを浮かべ、なんとか立ち上がろうとするカナエを見る。

 『縛(bondage)』は、ミズヤの持つ能力のうちの1つである。相手を手で触れる事により発動し、触れた回数が多いほど縛る強さが強くなる。

 カナエの頭に、この能力『縛』が入っていなかったわけでは当然無い。寧ろ、カナエはミズヤの全攻撃を避けるつもりでいた。

 だが、ミズヤのスピードが想定していた以上のものだったのだ。


――これなら、特殊能力を3つ持っている事を除いても、SCMから勧誘を受けるのは不思議じゃない。


 去年からSCMに入っているカナエは当然ながら、SCMが2人のどこを重視して彼らを勧誘したかを知っている。

 ミズヤの1人で攻撃、補助、回復が出来る能力も当然大事なポイントだが、それと同じくらいに『速』の『6』が重く見られていた。

 そんな事を思いつつ、カナエはなんとか立ち上がるもその足はフラフラだった。それは、まるで夢でも見ているかのような感覚に近い。

 自分のものでは無いような、そんな感覚。

 そんなふらつくカナエに、ミズヤは追撃の一発を浴びせる。


「カナエちゃん!!」


 視線を目の前の敵から逸らしたリュウの腹に、リュウヤの重い一撃が再び決まった。


「何を余所見しとんのや」


 骨が軋む音がし、さっきよりも更に壁にめり込んだリュウ。

 その意識が、飛びかける。


――負ける? いや、まだだ……。


 凍壁(アイスウォール)!!


――!?


「ミズヤ!!」


 リュウヤのその声にミズヤは素早く後退する。リュウの発動した凍壁(アイスウォール)は、数メートル離れたカナエとミズヤのいる位置にまで発動した。


「舐めんなよ……」


 リュウからカナエのいる位置まで、2人を囲うように巨大な氷の壁が出現する。


「……面倒やな」


 リュウヤは舌打ちし、ミズヤの元へと向かう。

 見た目はただの巨大な氷の壁だが、何か仕掛けてある可能性も十分にある。その用心深い性格から、リュウヤはこれに下手に手を出さない事にした。


「大丈夫か! カナエちゃん!!」


 一方、リュウはふらふらと動けないカナエの所まで移動していた。

 氷の壁の内側は、当然ながら自由に行き来する事が出来る。


「すみません……リュウ先輩」


 酷く弱々しいカナエにリュウは驚く。こんな姿は初めてだった。


「縛か?」

「はい……暫く、動けそうにないですね」


 この能力を知っていながらも攻撃を受けてしまった事が悔しく、カナエの目には涙が溜まっていた。


「効力時間、どのくらいだったっけ?」

「5分です……」


 今リュウヤ達が攻撃してこないという事は、暫くは大丈夫ということだ。


――大丈夫だ……。


 リュウは、自分に言い聞かせるよう心で言った。




 そんなリュウ達の思惑を外すように、氷の外ではリュウヤとミズヤが言い合っていた。


「いやね、リュウヤの言い分もわかるよ、わかるけども」

「分かっとらんやろ! 決勝やぞ! これで終わりなんや、慎重に行くんが定石やろ!」


 氷の壁に攻撃を仕掛けるかどうかで、言い争っていた。

 その言い争いは、氷の壁の中のリュウとカナエにも聞こえてくる。

 当然、中の2人はリュウヤを応援した。


「まあ、ええわ。ここで言い争そってもしゃあないし」

「そうや、こんな客いっぱいおる所で恥ずかしいわ」


 考えが纏まらないまま、2人は言い争いを一旦止めた。


「はあ……しゃあないな、ここはリュウヤんの指示に従いましょか。こういう時は大抵リュウヤんが正解やし……」

「悪いな……つか"ん"付けんな!」


 そして、また言い争いが始まる。タッグトーナメントにあるまじき光景だった。

 その様子に、取り敢えず氷の中の2人もホッとしていた。






「夫婦みたいだね……くくっ」


 観客席のキョウは、笑いを堪えきれていなかった。

 そして、それは他の観客達も同じ状況だった。

 先ほどまでの険悪な観客席は何処へやら、爆笑している学生もいる。


「なんか……明るくなったね」


 ヤヨイは周りを見渡し言った。

 それに相槌を打つも、レイタだけは表情を変えていなかった。


――状況が悪い、勝てる要素が無い。でも、何故かあの2人なら勝ってしまいそうな……。なんの根拠も無い分、今の自分の気持ちが理解出来ない。どうしてそう思うんだろうか?






「にしても、ホンマ"やりたく"なる人やなあ、リュウさんは」

「ミズヤ。"やったら"俺がお前をやるぞ」


 リュウヤは強く念を押す。

 そのくらい、ミズヤはやりかねないのだ。過去暴行事件を起こしている際にも、顔を殴打する以外に剣で人を切っている。

 ミズヤの"そういう人"に対する憎悪は異常だった。

 といっても、これは去年の話。今はもう丸くなっている。少なくともリュウヤはそう認識していた。


「もう、そろそろか」


 リュウヤは、氷の壁に目を移し呟いた。






――この氷の壁は溶けない。さっきまで感じていた暑さも、ここでは全く感じない。むしろ肌寒いくらいだった。あれから何分経過しただろうか。カナエちゃんは大丈夫だろうか……。


「リュウ先輩!」


 ボーッとしていたリュウは、ハッと声の方に目をやる。

 カナエは普通に立ち上がっていた。


「いけるか?」


 その言葉にカナエは強く『はい』と答える。

 反撃開始だ。






 氷の壁が勢いよく砕ける。


「やっとか……」

「以外と早かったなあ」


 関西弁風の喋り方で呟く2人。その目に映るのは、強気の眼差しをこちらに向けるリュウとカナエだ。


「よしっ、再開だ」


 リュウが一つ大きく息を吐き、炎を纏う。

 "次は当たらない"2人はそれぞれ、リュウヤとミズヤに向かって行く。

 基礎能力を見ると、リュウとリュウヤの『速』はそれぞれ『4』だった。つまり、相手の動きが見えない、ということはお互い無いのである。


 互いの攻撃を避けては打ち、避けては打ち、避けては打ち……。

 ひたすらに同じ事の繰り返し……しかし方法は違う。

 同じことの繰り返しに、一旦リュウヤは後退する。それを見てリュウも構えを解いた。


「なんや……女とベタベタしとった割には強いやんけ」


 その言葉に、息を切らしていたリュウは即座に反応する。


「だっ、誰がベタベタやねん!!」


 不意の言葉に焦り、口調が映るは意味も違うはだが、本人は気づいていない。


「はあ? そうやろ、一緒にタッグトーナメント出てんのに」

「いやいや、その程度でベタベタてっ、げほっ」


 蒸せるリュウ。

 一旦落ち着く為に、息を大きく吸い、吐いた。


「お前あれだな、嫉妬だろそれ」

「何を言っとんのや! 嫉妬なわけないやろ!」

「そうか、うーん……はっ、まさかあれか、異性には興味無いとかか」

「んなわけあるか! 気持ち悪い!!」


 数分前に見た光景が、人を変えまた展開されていた。もはや、決勝戦とは思えない状況である。


「うーん、そうか。じゃあ……よし、お前トーナメント終わったら海行こう、海」

「……はあ?」


 唐突すぎるお誘いに、思わず言葉を失うリュウヤ。


「いやな、俺、女子らと一緒に夏をエンジョイするのが夢でさ。トーナメント終わったら誘おうかなあって」

「それと、さっきの話がどう関係があるんや」

「うん、お前にも女子の良さ、いや異性と一緒に遊ぶ楽しさを分かってもらおうと……」

「俺が女子といちゃつくん嫌いて、知ってての発言か?」

「だからこそ、誘ってんだよ」


 リュウヤは既に、怒りを通り越して呆れている。


「行かんぞ」

「ええ、楽しいのに……」


 そうだ、とリュウはここである事を思いつく。


「この勝負で俺達が勝ったら来い。これでどうだ?」

「どうだって、どっちにしろ行かんわ」

「ほほお、それは負けるかもしれないから、という意味の発言かい?」

「はあ? 何言うて……つか、俺が負けるわけないやろ!」


 リュウの予想通り、リュウヤは噛み付いてきた。

 リュウはニヤつきながら続ける。


「どうだかねえ」

「なっ……」


 リュウヤは言葉を探すが……。


「ええやろ、乗ったわ! その代わり俺らが勝ったら、お前のその腐った根性叩き直したる!!」

「じゃあ、約束な!」


 この時、リュウヤは不思議な感覚に見舞われていた。

 印象最悪、嫌いなタイプの典型であるリュウ。しかし、リュウは今まで会った女といちゃつく奴らとは毛色が違った。


――こんな奴もおるんか……。


 一見、そりが合わなさそうなこの2人だが、実はそうでもないようだ。




 一方、カナエとミズヤの方は、この言い争いなどお構いなしに、お互い全力で戦っていた。

 ようやく、カナエの目がミズヤの速さに馴れてくる。しかし気は抜けない。相手の一発で終わってしまう。

 カナエは4つの能力をフルに使いミズヤに臨んでいた。


 しかし、あっさりと、丁度リュウとリュウヤの言い争いが終わった辺りに、この戦いは決着が付いた。

 ミズヤの前にペたんと座り込むカナエ。体はさっき以上に自由がきかない。

 一見、一発しかもらってないように見えるが、実は何回も攻撃されていた。


「これで、終いや」


 能力を使い剣を作り出すミズヤ。それをカナエに向かって振りかざす。


「させるかっ!!」


 横から炎を拳に纏ったリュウが突っ込むも、ミズヤはそれをあっさりと避けてしまう。

 ミズヤは目線をカナエからリュウにやった。その顔に、先ほどまでの"作り笑い"は無い。

 そして、冷たく無表情にリュウを見た。


――やばい、あの顔は……。


「やめろ! ミズヤあぁぁ!!!」


 リュウヤが叫ぶ。だが、ミズヤは既に剣を振り下ろしにかかっていた。


「死ねや」


 ミズヤは、憎悪に満ちた、それまで見せなかった表情で剣を振り下ろした。


 ……グシュッ。


 血が飛び散る。その光景に、会場内の誰もが息を呑んだ。

 リュウの右肩から腰の左側にかけての斬撃。ほぼ直線のそれから、血は飛び散った。

 斬撃の勢いで倒れるリュウ。


「えっ……」


 その、あまりに一瞬の出来事にカナエは言葉を失う。

 だが、一瞬の時の停止もSCM達の動きによって再開される。

 更に切りかかろうとするミズヤを、2人の副審が取り押さえる。

 そして、主審は倒れ、ただ一点を見つめ息が整わないリュウの元へ急いで駆け寄った。


――痛い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、痛い、痛い……痛い?


 副審に腕を掴まれながら、ミズヤはそれを悪魔のような顔でニヤつきながら見ていた。

 観客席も騒ついている。

 そして、カナエもようやく声を出した。




――ああ、声が……聞こえる。ん? ああ、大丈夫だよ。ん? カナエ? 泣いてるの? えっ? 大丈夫、俺は死なない。大袈裟だな。でも、ああ、やべえ……暗く、なる……暗くなっていく……。


 助けて。

次回予告


次回「エピローグ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ