第15話 タッグトーナメント ④
リュウとカナエの次の対戦相手、覇道龍弥と牢月水哉。この2人だが実は教師の間では、いい意味でも悪い意味でも有名だった。
いい意味というのが、リュウヤの場合その基礎能力の高さからSCMに勧誘を受けたという意味。ミズヤの場合、それに加えて世界に数十人しか居ないという3つの能力を持つ能力者であるからだった。
そして悪い意味が、2人とも暴行事件を起こしている、という意味だった。
それゆえに、この2人の決勝進出を快く思わない者も当然いるわけである。更にこの"悪い意味"ばかりがトーナメントが進むにつれ、学生達の間で広まってしまっていた。
場所はタッグトーナメント会場内。
リュウとカナエは、会場内に入った瞬間ある違和感を憶える。
"対戦相手へのブーイング"
今まで会場内で聞いた事が無い言葉。
当然、観客全員が言っているわけではない。しかし、確かに聞こえてくる。声援に混じる、声が……。
「リュウ先輩、聞こえますか?」
「ああ。つかこれ、俺たちに向けられてるわけじゃないよな……」
不安がるリュウ。
誰に向けられたものかはわからない罵声。どちらにしろ気分が悪いのは確かだった。
「リュウやったか?」
突然、リュウヤが関西弁風に話しかける。
「悪いな、このブーイングは俺等のせいや」
「えっ……」
リュウは、リュウヤに理由を聞こうとするが主審に遮られ"いつもの位置"につくよう言われる。
2人が起こした暴行事件をリュウは知らない。それゆえに、リュウヤのその言葉が彼は理解出来なかった。
「試合開始!!」
そして、リュウがボーッとしている中、試合が始まった。
「まさか、あの2人が組むなんてねえ……」
今回、レイタの後ろで試合を観戦しているキョウが呟く。
「どうしてだよ」
レイタは、前を向いたままキョウに訊いた。
「どちらも一匹狼タイプだと思ってたからね」
「つまり、群れるタイプじゃないと?」
うん、とキョウは答え続ける。
「2人が起こした事件なんだけどね、どっちも被害者がカップルなんだよ。まあ、リュウヤの方は喧嘩を"売った"んじゃなくて"買った"んだけども」
「リュウヤの方は、その時はたまたま相手がカップルだったのか?」
うん、とキョウは話を続ける。
「まあ、僕の勝手なイメージだけどさ。カップルを狙う人なら、まあ群れるタイプじゃないかなと」
レイタはそれに特に反応はしなかった。
確かにそう言われればそうなんだろうが、それならそれで意気投合してチームを組んでもおかしくはないだろう。
「にしても詳しいんだな」
「まあ、結構気が合いそうだからね。それで、興味もってパパッと調べたんだよ」
そのキョウの言葉にレイタは疑問を持つが、今はそれについて訊こうとはしなかった。
「にしても、リュウヤやミズヤから見たら、リュウとカナエちゃんはどう映るのかね……」
キョウのその言葉は、レイタも気になっている所だった。
――リュウヤはともかくとしても、ミズヤはそういう男女の仲は嫌いだろう。だったら、リュウとカナエの関係を見て、ミズヤはどう行動するだろうか……。
ドゴン。
……突如、会場内に低く響く壁が砕ける音に、レイタは思考の海から引き戻された。
「痛てて……」
頭を抑えつつリュウは立ち上がる。
レイタの前情報通りなら、基礎能力『攻』が『6』のパンチ。防ぎ切れるわけがなかった。
最初は上手い具合に"避けて打つ"を繰り返していたリュウだったが、リュウヤに上手く隙を付かれこのザマだった。
「んなもんか! リュウ!!」
感情を露わに、リュウヤは怒鳴りつけた。
何をそんなに怒っているのか、リュウは皆目検討もつかない。
――ドゴン!
また、誰かが壁にぶつかる音がする。
リュウがチラッとその方に目をやると、ぶつかったのはカナエだった。
ミズヤは、リュウヤと同じく基礎能力『6』。しかし、彼は『速』でそれは目で追えるスピードではない。感覚と推測で追う必要がある。
「いたた……」
リュウと同じく、頭を抑えつつ立ち上がろうとするカナエだが満足に体が動かない。
「あれ? ……『縛』か」
「どうや? 動けんやろ」
ミズヤはニヤニヤと笑みを浮かべ、なんとか立ち上がろうとするカナエを見る。
『縛(bondage)』は、ミズヤの持つ能力のうちの1つである。相手を手で触れる事により発動し、触れた回数が多いほど縛る強さが強くなる。
カナエの頭に、この能力『縛』が入っていなかったわけでは当然無い。寧ろ、カナエはミズヤの全攻撃を避けるつもりでいた。
だが、ミズヤのスピードが想定していた以上のものだったのだ。
――これなら、特殊能力を3つ持っている事を除いても、SCMから勧誘を受けるのは不思議じゃない。
去年からSCMに入っているカナエは当然ながら、SCMが2人のどこを重視して彼らを勧誘したかを知っている。
ミズヤの1人で攻撃、補助、回復が出来る能力も当然大事なポイントだが、それと同じくらいに『速』の『6』が重く見られていた。
そんな事を思いつつ、カナエはなんとか立ち上がるもその足はフラフラだった。それは、まるで夢でも見ているかのような感覚に近い。
自分のものでは無いような、そんな感覚。
そんなふらつくカナエに、ミズヤは追撃の一発を浴びせる。
「カナエちゃん!!」
視線を目の前の敵から逸らしたリュウの腹に、リュウヤの重い一撃が再び決まった。
「何を余所見しとんのや」
骨が軋む音がし、さっきよりも更に壁にめり込んだリュウ。
その意識が、飛びかける。
――負ける? いや、まだだ……。
凍壁!!
――!?
「ミズヤ!!」
リュウヤのその声にミズヤは素早く後退する。リュウの発動した凍壁は、数メートル離れたカナエとミズヤのいる位置にまで発動した。
「舐めんなよ……」
リュウからカナエのいる位置まで、2人を囲うように巨大な氷の壁が出現する。
「……面倒やな」
リュウヤは舌打ちし、ミズヤの元へと向かう。
見た目はただの巨大な氷の壁だが、何か仕掛けてある可能性も十分にある。その用心深い性格から、リュウヤはこれに下手に手を出さない事にした。
「大丈夫か! カナエちゃん!!」
一方、リュウはふらふらと動けないカナエの所まで移動していた。
氷の壁の内側は、当然ながら自由に行き来する事が出来る。
「すみません……リュウ先輩」
酷く弱々しいカナエにリュウは驚く。こんな姿は初めてだった。
「縛か?」
「はい……暫く、動けそうにないですね」
この能力を知っていながらも攻撃を受けてしまった事が悔しく、カナエの目には涙が溜まっていた。
「効力時間、どのくらいだったっけ?」
「5分です……」
今リュウヤ達が攻撃してこないという事は、暫くは大丈夫ということだ。
――大丈夫だ……。
リュウは、自分に言い聞かせるよう心で言った。
そんなリュウ達の思惑を外すように、氷の外ではリュウヤとミズヤが言い合っていた。
「いやね、リュウヤの言い分もわかるよ、わかるけども」
「分かっとらんやろ! 決勝やぞ! これで終わりなんや、慎重に行くんが定石やろ!」
氷の壁に攻撃を仕掛けるかどうかで、言い争っていた。
その言い争いは、氷の壁の中のリュウとカナエにも聞こえてくる。
当然、中の2人はリュウヤを応援した。
「まあ、ええわ。ここで言い争そってもしゃあないし」
「そうや、こんな客いっぱいおる所で恥ずかしいわ」
考えが纏まらないまま、2人は言い争いを一旦止めた。
「はあ……しゃあないな、ここはリュウヤんの指示に従いましょか。こういう時は大抵リュウヤんが正解やし……」
「悪いな……つか"ん"付けんな!」
そして、また言い争いが始まる。タッグトーナメントにあるまじき光景だった。
その様子に、取り敢えず氷の中の2人もホッとしていた。
「夫婦みたいだね……くくっ」
観客席のキョウは、笑いを堪えきれていなかった。
そして、それは他の観客達も同じ状況だった。
先ほどまでの険悪な観客席は何処へやら、爆笑している学生もいる。
「なんか……明るくなったね」
ヤヨイは周りを見渡し言った。
それに相槌を打つも、レイタだけは表情を変えていなかった。
――状況が悪い、勝てる要素が無い。でも、何故かあの2人なら勝ってしまいそうな……。なんの根拠も無い分、今の自分の気持ちが理解出来ない。どうしてそう思うんだろうか?
「にしても、ホンマ"やりたく"なる人やなあ、リュウさんは」
「ミズヤ。"やったら"俺がお前をやるぞ」
リュウヤは強く念を押す。
そのくらい、ミズヤはやりかねないのだ。過去暴行事件を起こしている際にも、顔を殴打する以外に剣で人を切っている。
ミズヤの"そういう人"に対する憎悪は異常だった。
といっても、これは去年の話。今はもう丸くなっている。少なくともリュウヤはそう認識していた。
「もう、そろそろか」
リュウヤは、氷の壁に目を移し呟いた。
――この氷の壁は溶けない。さっきまで感じていた暑さも、ここでは全く感じない。むしろ肌寒いくらいだった。あれから何分経過しただろうか。カナエちゃんは大丈夫だろうか……。
「リュウ先輩!」
ボーッとしていたリュウは、ハッと声の方に目をやる。
カナエは普通に立ち上がっていた。
「いけるか?」
その言葉にカナエは強く『はい』と答える。
反撃開始だ。
氷の壁が勢いよく砕ける。
「やっとか……」
「以外と早かったなあ」
関西弁風の喋り方で呟く2人。その目に映るのは、強気の眼差しをこちらに向けるリュウとカナエだ。
「よしっ、再開だ」
リュウが一つ大きく息を吐き、炎を纏う。
"次は当たらない"2人はそれぞれ、リュウヤとミズヤに向かって行く。
基礎能力を見ると、リュウとリュウヤの『速』はそれぞれ『4』だった。つまり、相手の動きが見えない、ということはお互い無いのである。
互いの攻撃を避けては打ち、避けては打ち、避けては打ち……。
ひたすらに同じ事の繰り返し……しかし方法は違う。
同じことの繰り返しに、一旦リュウヤは後退する。それを見てリュウも構えを解いた。
「なんや……女とベタベタしとった割には強いやんけ」
その言葉に、息を切らしていたリュウは即座に反応する。
「だっ、誰がベタベタやねん!!」
不意の言葉に焦り、口調が映るは意味も違うはだが、本人は気づいていない。
「はあ? そうやろ、一緒にタッグトーナメント出てんのに」
「いやいや、その程度でベタベタてっ、げほっ」
蒸せるリュウ。
一旦落ち着く為に、息を大きく吸い、吐いた。
「お前あれだな、嫉妬だろそれ」
「何を言っとんのや! 嫉妬なわけないやろ!」
「そうか、うーん……はっ、まさかあれか、異性には興味無いとかか」
「んなわけあるか! 気持ち悪い!!」
数分前に見た光景が、人を変えまた展開されていた。もはや、決勝戦とは思えない状況である。
「うーん、そうか。じゃあ……よし、お前トーナメント終わったら海行こう、海」
「……はあ?」
唐突すぎるお誘いに、思わず言葉を失うリュウヤ。
「いやな、俺、女子らと一緒に夏をエンジョイするのが夢でさ。トーナメント終わったら誘おうかなあって」
「それと、さっきの話がどう関係があるんや」
「うん、お前にも女子の良さ、いや異性と一緒に遊ぶ楽しさを分かってもらおうと……」
「俺が女子といちゃつくん嫌いて、知ってての発言か?」
「だからこそ、誘ってんだよ」
リュウヤは既に、怒りを通り越して呆れている。
「行かんぞ」
「ええ、楽しいのに……」
そうだ、とリュウはここである事を思いつく。
「この勝負で俺達が勝ったら来い。これでどうだ?」
「どうだって、どっちにしろ行かんわ」
「ほほお、それは負けるかもしれないから、という意味の発言かい?」
「はあ? 何言うて……つか、俺が負けるわけないやろ!」
リュウの予想通り、リュウヤは噛み付いてきた。
リュウはニヤつきながら続ける。
「どうだかねえ」
「なっ……」
リュウヤは言葉を探すが……。
「ええやろ、乗ったわ! その代わり俺らが勝ったら、お前のその腐った根性叩き直したる!!」
「じゃあ、約束な!」
この時、リュウヤは不思議な感覚に見舞われていた。
印象最悪、嫌いなタイプの典型であるリュウ。しかし、リュウは今まで会った女といちゃつく奴らとは毛色が違った。
――こんな奴もおるんか……。
一見、そりが合わなさそうなこの2人だが、実はそうでもないようだ。
一方、カナエとミズヤの方は、この言い争いなどお構いなしに、お互い全力で戦っていた。
ようやく、カナエの目がミズヤの速さに馴れてくる。しかし気は抜けない。相手の一発で終わってしまう。
カナエは4つの能力をフルに使いミズヤに臨んでいた。
しかし、あっさりと、丁度リュウとリュウヤの言い争いが終わった辺りに、この戦いは決着が付いた。
ミズヤの前にペたんと座り込むカナエ。体はさっき以上に自由がきかない。
一見、一発しかもらってないように見えるが、実は何回も攻撃されていた。
「これで、終いや」
能力を使い剣を作り出すミズヤ。それをカナエに向かって振りかざす。
「させるかっ!!」
横から炎を拳に纏ったリュウが突っ込むも、ミズヤはそれをあっさりと避けてしまう。
ミズヤは目線をカナエからリュウにやった。その顔に、先ほどまでの"作り笑い"は無い。
そして、冷たく無表情にリュウを見た。
――やばい、あの顔は……。
「やめろ! ミズヤあぁぁ!!!」
リュウヤが叫ぶ。だが、ミズヤは既に剣を振り下ろしにかかっていた。
「死ねや」
ミズヤは、憎悪に満ちた、それまで見せなかった表情で剣を振り下ろした。
……グシュッ。
血が飛び散る。その光景に、会場内の誰もが息を呑んだ。
リュウの右肩から腰の左側にかけての斬撃。ほぼ直線のそれから、血は飛び散った。
斬撃の勢いで倒れるリュウ。
「えっ……」
その、あまりに一瞬の出来事にカナエは言葉を失う。
だが、一瞬の時の停止もSCM達の動きによって再開される。
更に切りかかろうとするミズヤを、2人の副審が取り押さえる。
そして、主審は倒れ、ただ一点を見つめ息が整わないリュウの元へ急いで駆け寄った。
――痛い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、痛い、痛い……痛い?
副審に腕を掴まれながら、ミズヤはそれを悪魔のような顔でニヤつきながら見ていた。
観客席も騒ついている。
そして、カナエもようやく声を出した。
――ああ、声が……聞こえる。ん? ああ、大丈夫だよ。ん? カナエ? 泣いてるの? えっ? 大丈夫、俺は死なない。大袈裟だな。でも、ああ、やべえ……暗く、なる……暗くなっていく……。
助けて。
次回予告
次回「エピローグ」