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第144話 閉じた世界

 何も無い地上で一人佇む青年。

 その服はボロボロに破け、また赤黒く染まっていた。


「そうか、俺は……」


 地に倒れている人々を見下ろし、彼は自身の思いを再確認する。


 彼らを殺したのは何故?

 幸せな学園生活を不都合無く過ごした彼らに嫉妬したから。

 それは後付け。

 本当は?

 殺したかったから?

 人造能力者を殺した時に感じたのはなんだ?

 気持ちよかっただろう。

 今もそうだ。


 いや、今は違う。


 湧き上がったのは怒り。

 彼らはSCMの関係者。

 自分を檻に閉じ込めた無能の集まり。

 元を辿れ。

 悪いのは誰だ?


「決まってる。お前らだ」


 ヒイラギは歩き出す。

 目的を見つけた彼を、止める術は無い。






「どうする?」


 コンビニで昼食を済ませたレイジたちは、SCMからの「結界能力者を探し出して欲しい」とのメールに頭を悩ませていた。

 サヤが怪我を負っており行動を起こすにも制限がかかり、更にラウリが周囲を彷徨いている可能性がある。

 そのような悪条件から、彼らは簡単に動ける状態では無かった。


「つか、結界能力者はSCMOBの担当だったろ」

「……何かあったんですかね」


 悪い予感が彼らの頭を過る。

 この中途半端なタイミングでの捜査協力の要請。何も無いと思う方が難しかった。


「……とにかく、今は自分たちの事だ」


 言って、レイジは立ち上がる。


「チームを二つに分けよう。一つはここで待つ係。もう一つは捜査係だ」


 現時点で、この場に居るのは、レイジ、サヤ、アンズ、カナエ、ニノの五人である。

 うち、怪我人であるサヤは、動くことが難しいので自然とここで待機する係に入る。


「何か意見はあるか? 無かったら適当に振り分けるが」

「私と彼女、それ以外はサヤの班がいい」


 アンズの方を示し、反応を返したのはニノだった。


「……同じチームだからか」

「そう。もしもの時に素早く連携が出来る」

「私も、その方がいいと思います」


 アンズ先輩はどうですか?

 カナエの問いに、少し湿っているマフラーが口元を隠すほどに巻かれているアンズは小さく首を縦に振った。


「決まりだな。じゃあ、ニノ、アンズ頼めるか?」


 ニノは頷く。


「じゃあ、時間は三十から四十分。結界能力者、また敵と遭遇した時は必ず俺らに連絡を入れる」

「三、四十分したら交代?」

「ああ、そうだな」

「分かった」


 近くの水の入ったペットボトルを口に付け、ニノは立ち上がる。


「……行こう」


 ペットボトルを手にしたままのニノ、そしてアンズがコンビニから出て行った。


「人選ミスったかな」


 二人を見送ってから、レイジが口を開く。


「そうですか?」

「ニノはアンズの事をよく知らないだろ? かといって、互いに情報交換するようなタイプじゃねえからさ」

「……確かに、そうですね」


 でも、とカナエは続ける。


「二人とも強いですから、きっと大丈夫ですよ」


 そのように言ったカナエも、その目は二人を心配していた。

 ニノの実力は知っている。アンズの強さも身を持って知っている。

 しかし、相手は今まで見た事が無いような強さを持った、今までの常識が通じない敵である。


「きっと……」


 カナエは、自身を安心させるように呟いた。






「どうでしたか?」

「……見ない方がいい、とだけ言っとくよ」


 場所はC地区。

 アラタは、道中合流したSCM探知班と共に連絡の途絶えたSCM特殊チームを見つけ出していた。


「胃が空でよかったよ」

「そんなに……」


 男の言葉に、アラタは生唾を飲み込む。

 少し離れた所からも、微妙に赤く染まっている地面が見えている。

 ならば、その場所が酷い惨状だと予想するのは難しくなかった。


「スキルイーターですかね」

「多分な。朝のも見てるけど、やり方……いや、容赦が無いっつうの? なんの躊躇いも無く殺してる」

「確か、D地区の生徒を殺った時もそうでしたよね?」

「そう慶島さんは言ってたな」


 人造能力者、D地区の生徒、そして今回のSCM。

 スキルイーターは、ただ殺すのでは無く、何か感情をぶつけるように殺していることが、そのやり方から推測できていた。


「早く止めないと……」

「当然だ。つか、奴も人間。そろそろスタミナ切れだろうからな。叩くなら今しかない」


 そう答え、男はスキルイーター探知のため、辺りを軽く捜査していた者たちを呼び寄せる。

 人造能力者との戦いから始まり、マモルとの激戦を経て、着実にスキルイーターのスタミナが消耗しているのは簡単に予想できる。

 いくらスキルイーターといえど、能力を除けばただの人間。スタミナとの戦いに勝つことは出来ない。


「…………もう、昼か」


 腕時計で時間を確認したアラタは、そう呟いた。






 再び、D地区市街地のとあるコンビニ内。

 ニノとアンズが結界能力者の捜索に出てから、およそ一時間が経とうとしていた。


「……戻ってこねえな」


 コンビニの外に出て辺りを見渡すレイジ、その顔は焦りの色で染まっていた。

 二人が強いことは十分に分かっている。だが、それ以上に敵が強いことも知っている。

 そんな、落ち着きのないレイジに、心配そうな表情を見せるカナエが声を掛ける。


「捜しに行った方がいいんでしょうか……」

「いや……」


 現在、コンビニに居るのは怪我を負っているサヤと、レイジ、カナエの三人だけである。

 もし、三人で捜しに行くとしても、サヤが足手まといとなってしまう。

 だからといって、捜しに行かないという選択肢は取りにくい。

 もし、これで二人が敵と交戦でもしており危機的状態にあるとすれば、今行かなかったことを後で後悔することは確実である。


「どうすりゃ……」

「私は大丈夫」


 不意にかけられた声に、レイジはハッと振り返る。

 そこに立っていたのは、先ほどに比べれば大分顔色が良くなったサヤだった。


「サヤ、大丈夫なのか?」

「うん。十分休んだからね」

「でも、腕は……」

「大丈夫だよ、これくらい」


 そう言って、サヤは固定してある左腕を右腕でポンと触れた。

 顔色から見ても、声の調子から見ても回復しているようには見える。しかし、恐らく折れているであろう腕は、負担をかけないように固定してあるだけで、折れていることに変わりはない。


 レイジは考えた。

 サヤは足手まといになりたくないから、強がっている。

 ならば、その意思を汲み、彼女を連れて行くべきか。

 それとも、サヤを怪我人と割り切り、ニノらの無事を祈りながらここで待つか。

 彼の中を想いと記憶が駆け巡った。

 レイジ、サヤ、ルナでチームを結成して、およそ二年。

 一緒にいる時間は多く、その密度も計り知れない。


 俺がサヤの立場なら?


 モヤモヤとした想いは消えない。

 自分の中に出た一つの答えが合っている自身は無い。

 それでも、レイジは口を開いた。

 結局、選ばなければならないのだから。


「分かった。一緒に捜しに行くぞ」


 否定の言葉を予期していたサヤは、その返答に少し驚きながらも、それでも強く頷いて見せた。


「…………」


 そのレイジが出した答えを、カナエは静かに見守っていた。

 その答えは、間違っている。

 それでも、同じチームであるレイジが出した答えなら、たとえ間違いでも構わないのだろう。

 問題は後悔するかしないかなのだから。


「さて、行くか、サヤ……」


 ぐちゅ。




 後悔するかしないかが問題。

 本当にそうだろうか。

 所詮は結果論。

 正解は二つに一つ。

 いや、正解なんて初めから無かったのかもしれない。




 振り返ったレイジの視界に映ったのは、数時間前にも見た白い触手。

 上から地面に向かって伸びているそれの下、ひび割れたコンクリートの地面にプラスして、赤い液体と茶色の液体が混ざって飛び散っていた。


「…………」


 白い触手が再び上空へと戻っていくと同時に、彼は再び前を向く。

 直視したら思考が止まる。動けなくなる。

 そうなれば、次に死ぬのは自分。

 レイジは、ワザと後方で起こったことよりも、前方に降り立った銀髪の少女に意識を向ける。


「カナエ、大丈夫か?」

「……はい」


 横に立っているカナエから発せられる微かな声。

 危ういが、自分と同じく崩れてはいないと分かる声だった。


「……足らない」


 変わらず背から伸びる白い触手をウネウネと動かしながら、ラウリは呟く。

 自分と戦っていた、レイジ、サヤ、カナエ、アンズ。プラス、水の能力者。

 サヤは先ほど殺したので、全部で四人。

 だが、今彼女の目の前に居るのは二人だけ。


「水の能力者は何処?」

「…………」


 その彼女の発言に、レイジは先ず安堵する。

 水の能力者、つまりニノの居場所を訊いてきたということは、目の前の敵はニノたちと出くわしてはいない事になる。

 となると、二人が戻ってこない理由が分からなくなるが、とにかく一つの心配が解消されたことは、今の彼にとっては良かった。


「言わないの? いいよ、じゃあ今度こそ殺してあげる」


 その小さな口から出た声は冷たく、感情が伴っていない。

 情報を出さないから、ラウリにとって必要無くなったから消す。

 そんな単純な理由。

 彼女にとって、殺しに必要なのは要るか要らないか。

 そんなラウリを、レイジは酷く冷静な目で見ていた。


 人の形をした何か。


 二度目の遭遇で、レイジがラウリに対して持った印象である。


「カナエ、……踏ん張るぞ」

「はいっ!」


 仇を取るためでは無い。

 ただ、生き残るために戦う。

 緊張が張り詰める中、先に動いたのはラウリだった……。


「待ちたまえ」


 制止するように出された腕に、ラウリはその長い銀髪を振り止まる。


「お前は……」

「カーク」


 白衣姿の研究員、変わらず顔色の悪いカークは出した腕を引いた。


「レイジ君に、カナエさんだね」

「カーク……」


 聞き覚えのある名前。

 二人が、その名をSCMから通達されたスキルイーターを解放した者の仲間であることを思い出すまで、時間はかからなかった。


「何故止める?」

「ん? ああ、君、この子らを殺そうとしただろ? だから止めた」

「こいつらはお前にとって特別じゃないだろ?」

「ああ、いや、レイジ君は違うね。でも、カナエさんは死んでもらっちゃ困るんだよ」

「……一二三か」


 納得したように、ラウリは殺気立つようにピンと伸びていた触手を戻していく。

 その二人のやり取りを、レイジは何も考えずに聞いていた。

 少し時間が経ち、落ち着いたのが問題だろう。

 背後から発せられる仲間の死が、よりリアルに彼の中を駆け巡る。


 もう、サヤはここに居ない。


 今、彼女の亡骸はどんな姿だろうか。

 人の形を保っているだろうか。

 曇り空の下、よりはっきりと見えるだろうか。


 まだ、死を受け入れてはならない。

 いっそのこと、視覚的に衝撃を与えるため、背後にあるであろう死骸を目に焼き付けるのもいいのかもしれない。


「……いや、カナエさんはともかく隣の彼は殺しても構わない。寧ろ、"彼女の目の前"で殺してくれた方がいいね」

「分かった」


 静止していた時が動き出すように、レイジの額から汗が流れ出る。

 身体が動かない。

 手は震えているのが分かるのに。


「あなたも、そこの子と同じように一撃で殺してあげる」


 ラウリは触手を再度伸ばし、レイジに照準を絞った。

 殺される。

 今度こそ。


「……スキルバースト」


 声が聞こえた。小さくも、芯の通った声が。

 レイジは、少しだけ安心した。

 安心してしまった。


 ドゴッ。


「殺させないっ!」


 レイジに向かって真っ直ぐ伸びた白い触手は、カナエの身体によって止められていた。


「レイジ先輩!! まだ、負けてません!!」


 気付けば、震えは止まり身体は自由を取り戻していた。

 後輩(カナエ)が、自分より前に立っている。

 怖いのは一緒。悲しいのも一緒。

 なのに、自分よりも前に立っている。


 レイジは、口元を緩めた。


「そうだよな。まだ、負けてねえよなあ!」


 スキルバースト!

 直後、放った断空はカークの身体を縦に引き裂く。

 だが、引き裂かれた身体はそのまま闇となり消えていった。


「やっぱ、効かねえか」


 カークが闇の能力を使い、また物理攻撃が効かないことは、散華事件で彼と遭遇したニノと音有(おとあり)アラタの話から分かっていた。

 闇となり消えていったカークの居場所は分からない。

 二人は、カークのことを意識しつつ、先ずはラウリから倒すため、一旦彼女と距離を取った。


「どうします?」

「サヤなら、別に今ここで一旦逃げても何も言わねえだろうけど……」


 レイジは、拳を握り締める。


「どうせ、逃げ切れねえよ」

「ですね」


 覚悟を決めた。

 前回よりもより固く。

 負けを意識せず、ただ生き残ることだけを信じて。


 敵に攻撃するため、レイジは一歩前へ踏み出す。

 先ずは敵を縛り上げ、動きを封じる。

 今の彼は、酷く視界が広がっていた。

 故に、自分に向かって伸びてくる触手も、まるでスローモーションのように、はっきりと見えていた。


「えっ?」


 仲間がいるだけで、共に戦ってくれるだけで、こんなにも前を向ける。

 だからこそ、無謀な選択をしてしまう。


「レイジ先輩っ!!」


 横からの衝撃の後、彼の背中全体を固い何かが打ち付けた。

 揺らぐ意識の中、痛みだけがはっきりとしていた。


「これが、力の差だ」


 身に覚えのある、強烈な悪寒がカナエを襲う。

 秋頃、レイジやリュウらと共に学校に調査のため潜入した時に遭遇した研究員と同じもの。

 闇を従えた男のもの。

 気づけば、彼女の目の前にカークは再度出現していた。


「さて、仲間がやられて、今どんな気分だい?」

「私は……」


 カナエは立ち上がる。


「お前ら、なんか、まけな、ぃ」


 声は震えていた。

 発した言葉とは裏腹に、その身は逃げていた。

 目からは涙。

 カークから発せられる恐怖は、彼女を完全に呑んでいた。


「そうか、じゃあ頑張ってくれたまえ」


 カークは、闇が止めどなく溢れ出る右手を上げた。

 上げて、ふと顔を横へ向けた。


「ん?」


 弾丸がカークの目を撃ち抜く。

 次の瞬間、衝撃が背を襲った。

 揺らめく闇。彼の身体は、また消え去った。


「……アンズ、先輩」


 二丁の拳銃を持った、マフラーで口元を隠した少女。

 更に、その先にはラウリに攻撃を与えるニノの姿もあった。


「遅れて、ごめん」


 ボソッと、しかし確かな声をカナエは聞いた。

 心強かった。

 まだ、危機的状況は終わってないのに、それでも安心が彼女を包み込んだ。


「ほほう、札切さんか」


 アンズの前に闇が集まり、再びカークが現れる。


「君の事は知ってるよ。少なくとも僕の中じゃ、アビリティマスターやスキルバースト使い以外の中で最強の能力しゃ……」


 バンッ。

 乾いた音と同時に、先ほどと同じようにカークの目付近を弾丸が貫通した。

 しかし、貫通した箇所は穴が空いただけで、血などは一切出ていない。


「話の途中だったんだかな……恐怖が原因か?」


 アンズの目は彼を睨みつけたまま、反応を返さない。


「君は僕には勝てない……」


 バンッバンッバンッ……。

 アンズの構える二丁の銃から、連続して鉛玉が発射される。


「この程度で……」


 幾つもの鉛玉が身体を貫いても、カークは表情一つ変えない。

 アンズは二丁の拳銃を捨て、彼に向かって走り出した。


「…………」


 全身をチクチクと突き刺すような恐怖。

 酷い悪寒が体中を駆け巡る。

 それでも、彼女は前を向いた。

 自分も戦わなくてはならない。

 その想いだけが、彼女の背を押していた。


 出した右手から放たれる空気振動。

 しかし、蜃気楼に攻撃を当ててるかのように、カークの身体が揺れるだけで、ダメージを与えられているようには感じられなかった。


 攻撃が通じない。その事実だけが、アンズから勇気を削ぎ取っていく。

 攻撃を加える度に削ぎ取られる勇気。

 未知なる強者に、彼女の動きも鈍くなっていく。


 そして、遂に動きが止まった。


 腕をダランと垂らし、戦う意思を下げた彼女の横を通り、カークは歩き出す。

 標的は、風神レイジ。

 動けず、肉食動物に睨まれた小動物のように震える少女の後ろ、微かに目を開け意識を繋いでいる男。


 彼の前に立ったカークは、その手から闇を発生させる。

 ゆらりゆらりと、闇は手からレイジの身体へと這い寄った。


――助け、なきゃ……。


 背後で起きていることに目をやることが出来ず、彼女はただその場に立ち尽くしていた。




 ……ドゴンッ!

 唐突に背後から響いた音に、カークは静かに振り返る。

 彼から少し離れた所、ラウリの白い触手がビルに向かって伸びていた。

 彼女の周囲には水が溜まり、静かな戦いが繰り広げられていたことを物語っていた。


「終わったのか?」


 少し離れた彼女の元に移動しながらのカークの問いかけに、ラウリは残念そうな顔をし頷き、触手を戻した。


「つまらない」

「そうか……なら、D地区に行ってみないか?」

「……そこは、スキルイーターが行ったはず」

「いくら彼でも、学校に居る生徒全員を殺したわけではないだろ。それに、途中で邪魔も入っただろうしね」

「……D地区には強い人が居るの?」

「ああ、少なくともアビリティマスターは二人居るよ」

「……なら、行く」


 気づけば空が黒くなっていく中、二人はD地区へと向かって歩き出した。






 声に導かれ、薄暗い世界からの浮上を目指す。

 ボロボロの身体を引きずるように。

 重い身体を引っ張るように。

 大きく、小さい声に導かれ。

 力強く。




「ニノ先輩ッ!!」

「もう、起きてる」


 薄っすらと目を開け、ニノは自分の事を呼んでいた人を確認する。

 まだ、目が慣れていないせいか暗くてよく見えないが、声のおかげで少なくとも自分を呼んでいた人が誰なのかは認識できた。


「…………敵は?」


 ニノは、重い上体を持ち上げ起き上がる。

 ようやく慣れてきた目で確認すると、自分の周りにはカナエとアンズしかいなかった。


「……あの」


 消えるようなか細い声に、ニノ、カナエは声の主の方を向く。


「二人は、D地区に行くって……確か」

「D地区……!」


 カナエの声が響く。


「でも、D地区に行くとしても既に結界が張ってあるから大丈夫なはず……」

「でも、一応追いかけた方がいい」


 そう言ってニノは立ち上がる。と、同時に目の前に映る景色から違和感を感じ取った。


「……暗い」


 まだ、暗くなるには早い時間帯だが、辺りは日が完全に落ちたように暗闇に包まれていたのだ。

 暗闇が支配している街中は、先ほどよりもより静けさを感じさせていた。


「ニノ先輩、空を見てみてください」


 空? と、ニノは上空を見上げる。


 黒。


 黒いペンキをブチまけたような何も見えない真っ暗な空が、ただ一面広がっていた。


「今、時間は午後二時を過ぎたところです。でも、空は真っ暗。それに、夜だとしても星も月も雲も何も見えないんです」


 ただ、暗いだけで無い。

 夜空にしては暗すぎるのだ。

 明らかに、黒い何かが空を覆っているような、そんな上空だった。


「……空も気になるけど」

「そうですね」


 空が黒く染まったことも問題だが、少なくとも今の彼女らにどうにか出来る問題ではない。

 それよりも、今はD地区に向かったであろう敵のことを考えるべきだった。


「そういえば、サヤとレイジは何処に?」


 少し伸びをしていたニノが、ふと思い出したようにカナエとアンズに訊く。

 それに、彼女は何も言わず目を伏せた。


「後で、SCMに連絡しようと思ってます」

「…………分かった」


 その言葉から、ニノはレイジ、サヤ、両名の死を感じ取った。

 しかし、死を悲しんでいる場合では無い。

 これ以上、犠牲を出してはならない。


 カナエは、顔を上げた。

 その脳裏には、まだ肉の塊と化した二人の先輩の姿が消えない。


「行きましょう」


 静かに頷いた二人と共に、カナエは走り出した。

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