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第140話 最強と呼ばれた男

 腹部を殴られる瞬間、ヒイラギは確かに自身に殴りかかる者の姿を捉えていた。

 一二三(ひふみ)マモル。

 現在、学園都市に在学する生徒の中で最強の能力者であり、SCM総隊長だった男。


「いいパンチじゃん……」


 窓ガラスの破片によって切った頭を治癒しながら、ヒイラギはヨロヨロと立ち上がる。

 姿を見ずとも、目を見ずとも分かる『怒り』という感情。

 それは、自分に向けられたものか、それともマモルの前で静かに立つエグシスに向けられたものか、彼には分からない。しかし、分からなくても問題はない。

 彼からすれば、マモルと戦えさえすれば、それでいいのだから。


「さて」


 傷を修復し終えたヒイラギは、瞬間移動によって再びマモルの前に立った。


「君とは個人的に戦いたいんだが……」

「俺としては、二人同時に相手をしたいんだがな」

「……それは、大した自身だ」


 いつものマモルならば、この二人を一度に相手取るという無茶はしないだろう。

 しかし、アルス達チームC、そしてハジメがやられている状況において、どちらか片方としか勝負をしないという選択は自動的に彼の中から除外されていた。


「でも、いくら君でも俺ら二人を相手取るのは無理があると思うんだけどな」

「なら、やってみるか? 倒すことは出来なくとも、時間を稼ぐ事なら出来ると自負しているが」

「時間稼ぎね。まあ、援軍を呼んでないわけないか……」


 ヒイラギは、一つ息を吐き、右に立つエグシスの方へ視線をやった後、極めて自然にマモルに向かって手を伸ばす。

 伸ばされた手に、警戒し後ろに下がろうとしたマモルに対し、次に動いたのはエグシスだった。

 エグシスは、そのまま一瞬にして赤く燃やした右腕をマモル、ではなく膝をついたままのハジメに向かって伸ばす。


――狙いは……。


 狙いはハジメ。

 敵の狙いは、動けないハジメをエグシスが狙い、それを阻止しようとしたマモルにヒイラギが触れ『空間移動』により飛ぶこと。

 それを、エグシスがハジメに向かって動いた瞬間にマモルは予測した。

 予測した上で、彼はハジメを一旦、安全な場所に移動させる事を選択した。


――絶闘流。


参式(さんしき)神速(しんそく)


 風が動き、目の前にいたマモルが消えた。

 ヒイラギが視線をずらすと、ハジメの姿も消えていた。

 そして。


「……!?」


 視線の端を何かが飛び、そして右頬への痛みとほぼ同時に、ヒイラギの視線は再び宙を舞った。


「だが、当然やるからには倒すつもりでいかせてもらう」


 微かな声を耳にしたヒイラギは、浮遊感を感じながら、一旦体制を立て直すために空間移動を発動しようとする。だが、それよりも前に彼の腹部を衝撃が襲った。


壱式(いちしき)鬼撃(きげき)


 地面に激突したヒイラギは血反吐を吐く。

 その一瞬のやり取りに、エグシスは瞼一つ動かさずマモルの動きを追っていた。

 いや、追えていた。

 あまりにも速すぎるその動きを視認出来たものは、ヒイラギを含めて、その様子を校舎から見守っていた生徒らも誰一人としていなかった。


「神速、それに鬼撃」


 エグシスは、静かに地に降りたマモルの方を向く。


「まさか、『絶闘流』をここまで扱えるとはな」

「不思議か? ……だろうな。ただでさえ習得が難しいこの強化技を、異界出身者でも無い俺が習得しているんだからな」


 マモルは構える。


「絶闘流は闘いを絶つ力。俺は、この戦いを楽しむつもりは無い」


 直後、消えたマモルにエグシスは全神経を集中させる。

 直ぐにはこない。フェイクを入れるかもしれない。

 風を切る音。確かに動くそれを意識しながら、エグシスは目を閉じた。




 冷たい空気が頬をつつく。


 残る焦げ臭い臭いが鼻に自然と入る。


 木々が靡く音がする。


 破片が落ちる音がする。


 そして、微かな息遣い。


 …………………………。

 …………パシッ。


 エグシスから見て丁度左横。ほぼ説明不可の感覚だけで、彼は自分に向けられたマモルの拳を掴んだ。


「!?」


 マモルは後退しようとするが、その手首を掴んだエグシスの力は強く、動くことが出来ない。


「驚いたか? これが、人造能力者と呼ばれる存在だ」


 仏頂面を崩さないエグシスの言葉に、マモルは自分が相手取っている敵の強さを改めて認識する。と、同時に自分たち、学園都市が直面している事態は予想以上に深刻であることも理解した。


「さて、じゃあ、改めて場所を変えようか」


 一瞬の焦りが、一瞬の思考がマモルの背後に立つ存在に気づくことが出来なかった。


 次の瞬間、マモルの視界に映るものは校舎では無く、別の建物へと変わっていた。


「エグシス。悪いけど、暫くここに居てくれないかな」


 ヒイラギの言葉に軽く頷き、エグシスはマモルから手を離す。

 場所は、C地区市街地。

 ヒイラギの能力によって、エグシスごとマモルは移動させられていた。


「エグシスが学校に戻ったら、マモル君は絶対に後を追うだろうからね」

「……分かった」


 言って、エグシスは背後の建物の壁に背を預ける。

 一方、マモルは一旦、絶闘流を解除していた。


「さて、これで問題なく一対一で戦ってくれるよね?」

「…………分かった」


 エグシスが約束を守る保証は無い。といっても、マモルからすればヒイラギと戦いながらでもエグシスの動きはある程度、意識する事ができるので、今は彼は素直にヒイラギと戦う事を選択した。

 マモルの了解の言葉を聞き、ヒイラギは地を蹴り、適当な建物の屋上へと飛び上がる。


「さて、せっかくの学園都市最強の学生との戦いだ」


 ヒイラギは、後を追って屋上へと飛び上がったマモルの方を向く。


「俺は、この戦いでは能力喰い(スキルイーター)を使わないと約束しよう」


 そう言ったヒイラギは余裕の表情だが、逆にマモルの方は緊張に包まれた面持ちである。

 能力喰いを使わないとしても、ヒイラギはまだ、『有喰者(リアルイーター)』を始めとする人造能力者の持っていた能力全てを使用できる。

 つまり、単純に手数が増えるのだ。対するマモルが二つしか能力を持ってないのに対して、ヒイラギは三十六個。

 単純計算で、十倍以上の手数の差が発生する。

 能力者同士の戦いにおいて、重要となってくるのは『能力の得手不得手』また『応用』であり、その圧倒的な数の差は嫌でもマモルに緊張感を与えた。

 とはいえ、これはあくまでヒイラギが現在持っている全ての能力を最低限使いこなせる事が前提となる。

 しかし、マモルは強者にも弱者にも手は抜かない。最初から、そのような前提をヒイラギがクリアしていると見ていた。


「さて、始めようか……」


 コンクリートの地を蹴り、先に動いたのはヒイラギである。

 彼は、先ずマモルの持つ能力を知るために片手に剣を精製し、シンプルに突っ込んだ。


「…………」


 対するマモルは、その太刀筋を読み、身軽に最低限の動きで彼の刃を避けていく。

 剣ではマモルの力の片鱗すら出す事が出来ない。そう考えたヒイラギは、早々と剣を捨て、次に銃を精製する。

 避ける体制を取っていたマモルの足に向けた銃口から、弾丸が射出された。


 バチっ……。


 弾丸は確かにマモルの足に当たった。しかし、勢いよく射出された弾丸は、そのまま足を貫通せずに鉄にでも当たったかのように火花を散らせ弾かれる。

 これが、マモルの持つ第一の能力『龍』である。

 この能力は、龍という架空の生物をイメージした珍しい能力であり、攻撃から防御までをこの能力一つで補う事が可能となっている。

 なお、マモルはこの能力を限界まで高めており、先ほど弾丸を防いだ『龍の鱗』は、絶対の防御力を誇る。


「なるほど」


 ヒイラギは、一旦後退した。


「絶対防御。龍の鱗と呼ばれる力……か!」


 ヒイラギは銃を捨て、一転、生身で彼に向かっていく。

 地に足を付け、力強く拳を敵に向かって打ち込む。避けられても、流されても、地に付けた足を起点に体制を立て直し、攻撃を緩めることは無い。

 純粋な当たない殴り合い。

 これは前哨戦。この後行われる死を隣に置く戦いへの繋ぎ。

 加えて、純粋に基礎能力のみで戦いたいというヒイラギの欲求も理由の一つだった。

 しかし、マモル側としては、この戦いに時間をかけるわけにはいかない。

 今でも、他の地区では仲間たちが死力を尽くして戦っている。

 その中で、自分だけが戦いを楽しむわけにはいかなかった。

 何発かの拳のやり取りの後、マモルは半歩後ろに下がった。


「悪いな」

「えっ?」

「龍撃!」

「!?」


 マモルの左手から放たれる、一筋の光。

 龍の姿を持ったそれは、一直線にヒイラギに噛み付くように当たり、彼を勢いよく数メートル離れたフェンスへと激突させた。


「痛っ……」


 フェンスに激突した際の痛みはそこまでだが、エネルギーによって形作られた龍によるダメージは大きい。

 ヒイラギの腹部は焼け焦げ、露出した肌も赤黒く染まっていた。

 だが、そんな痛々しい傷も、一瞬で治療が完了する。


「そうか、これが龍の力」


 ヒイラギは立ち上がった。


「次は、虎の力が見たいな」


 好奇心旺盛な子どもの様な表情で、ヒイラギは言う。

 痛みは消えるもの。そして、傷も消えるもの。

 彼に残るダメージを与える事は至難の技だった。


「…………」


 その様子を、マモルは黙って見つめていた。

 彼は、まだ実力の三割程度しか力を出していない。

 しかし、ヒイラギに対しては十割の力を出さなければ勝てない。つまり、相手を殺す勢いでなければ、彼の治癒能力を攻略出来ない。

 だが、マモルは相手を殺す事は出来ない。

 いや、殺す事が出来ない。

 そのための力では無いからだ。

 それは、彼が強くなる前に自分自身に誓った鎖である。

 同じ過ちを目の前で見たからこそ、彼は強く想っていた。


「でも、負けるわけにはいかない」


 殺す以外の方法で勝利を上げる。時に甘いその考えを、彼は今、強く貫く。


「いい目だ。さすがは学園都市、最強の男」


 ヒイラギは構えた。


――速度特化からの……。


「さあ、耐えれるよね」


 その光景に、今まで様々な能力者と合間見えてきたマモルも、さすがに生唾を飲み込んだ。

 全長三メートル程の小型ミサイルが数十発。直径五メートル程の球体を包み込むように燃える火の玉が数十個。そして、彼の両脇にガトリング砲が二台。


「さすがの俺も兵器とは戦ったこと無いんだがな……」

「へえ。じゃあ、いい体験になるね」


 ヒイラギが、変わらず子どものような笑顔で言い終えた瞬間、空中で停止していたミサイルが発射され、その後を追うように火の玉、そしてガトリング砲が空間を割るような音を出し弾丸の射出を開始する。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……。


 さながら戦場の様な破裂音が響く中、続けてミサイルが爆発し、間髪入れずに火の玉が衝突した。


「避けたって、分かってるよ」


 視界を右にやり、微かに動く人影向かってヒイラギはミサイルを再度精製し放つ。

 放たれたミサイルは、人影を追い、誰もいない建物へとぶつかっていく。


 ドゴン、ドゴン、ドゴン……。


 崩れ落ちる瓦礫。立ち込める灰の煙。燃え上がる炎。

 このまま攻撃を避け続ければ、街が破壊されてしまう。


――これ以上は……。


 通常スピードで動いていたマモルは、ここで絶闘流参式『神速』を発動。一気に、ビルからビルへと飛び移り、攻撃を続けるヒイラギの後ろを取った。


「そりゃ、後ろを取るよね」


 !?

 マモルが攻撃を仕掛けようとしたと同時に、彼の真下から爆発音と共に爆風が上がる。

 ヒイラギは、ワザと背後を気にしない素振りを見せていた。その上でマモルの動きをよく観察し、そして常時発動していた探知能力の情報を含めて、背後で爆発を起こすタイミングを見計らっていたのだ。

 なお、同時に壁をヒイラギの背に出現させているため、爆発によるヒイラギへのダメージはゼロである。


 だが、そのような罠を当然、マモルも予測していなかったわけでは無い。


「罠を張る場合はな」


 爆発音の余韻が残る中、ヒイラギの耳は微かに声を聞き取る。


「次の二手、三手を用意しておくことが大事なんだよ」


 ヒイラギの真上、マモルの手から放たれた光の龍は真っ直ぐ彼の身体をコンクリートの床へと押し潰す。


「過信したか? それとも、俺の力を見誤ったか?」


 床を突き破り、地上六階のビルを光の龍はヒイラギと共に貫き、彼を地上へと落とした。

 煙が上がる中、マモルの両目は穴の空いた底を真っ直ぐ見つめる。

 まだ、終わらない。

 まだ、気は抜けない。


「まだ、終わるつもりは無いんだろ?」


 煙は途絶えた。しかし、暗闇が彼が落ちたとされる地上の映像を遮っている。

 マモルは、依然として集中を切らさずに視界をそこに向け続けている。

 微かな動きも見逃さないために。


 …………ふと、空気が揺れたのを感じ、彼は直ぐ横へと身体を動かす。その瞬間、彼から見て右、先ほどまで彼が居た場所の空間が歪んだ。


 バチンッ。


 何か、風船が割れる音に近い音が高く鳴る。


――有喰者(リアルイーター)……。


 有喰者(リアルイーター)。意識した箇所に強力な圧力をかけ、まるで捕食者が獲物を食い千切る様に対象を断裂させる能力。

 この能力の発動範囲は、発動者から半径十メートル以内である。しかし、これは最低限の発動範囲であり、トレーニングを積めばこの数値の何倍にも膨れ上がる。


――接近戦は不利と踏んだか?


 マモルは、続けて発動される有喰者を避けながら意識を集中させる。


――肆式(よんしき)全感(ぜんかん)


 この力は五感を上げる、つまり強力な探知能力持ちになることが可能となる力だった。

 マモルを中心に広がる探知の円。

 風の音を始め様々な環境音、建物、生物を感じ広がり続ける円は、直ぐに一人の男の存在を捉えた。


――そこか。


 発動後、直ぐにヒイラギの居場所を特定してマモルは、直ぐ様動き出す。

 数十メートル離れた先、とあるデパートの中に彼は居た。


「やあ、少しお腹が減ってね」


 ヒイラギは、呑気にトマトを頬張っていた。

 しかし、その様子にもマモルは一切気を抜かない。


「……悪いな」

「ん?」


 一瞬。

 ヒイラギが瞬きをし、再度目を開けた瞬間、彼が見たのはマモルの感情も何も無い目だった。


「………………ん?」


 強烈な痛みが腹部を襲い、彼は目線を下げる。

 そこには、マモルの右腕。淡く光る血のついた右腕が、真っ直ぐ自分の腹部を貫いていた。

 それは刹那の出来事。唐突な攻撃は、徐々に彼の意識を薄くしていく。

 だが、ヒイラギは鈍い痛みを感じながらも、ニヤリと口角を上げた。


 カチっ。

 乾いた音が静かに発せられると同時に、マモルの側頭部付近の空気が歪み、彼を押さえつけんと破裂する。

 だが、それは何か軽く物にでも当たったかのように、彼の頭を動かしただけだった。


「…………?」


 理解し難い光景に、彼は少し遅れてから理解した。

 自身が放った『有喰者』は、マモルの絶対防御技『龍の鱗』によって弾かれたのだ。

 当然といえば当然の事だった。ここまで接近して、マモルがカウンターに対して策を考えていないわけが無い。


「攻撃する気は失せたか?」


 無感情な目線は、ゆらりとヒイラギの腹部へと向けられる。

 マモルは右腕を勢いよく引き抜き、続けて左拳を彼の右頬向かって撃ち抜いた。


 攻撃は、一滴の躊躇いも無く続けられる。

 吹き飛び、宙を舞ったヒイラギを待ち構えるように動いたマモルは、血を撒き散らし飛んでくる彼を今度は蹴り飛ばす。そして、更に高く上がった彼よりも先に飛び上がり、次に地に向けて右拳を彼目掛けて叩き込んだ。

 ヒイラギの時限治癒に対する一つの解法。それは、ただひたすらに攻撃を与えること。

 レイタとの戦いで、萎んだ風船のような状態となったリアルですら元通りに回復させる、絶対回復能力である時限治癒。つまり、死んでなければどんな状態からも生き返らせる能力ということになるが、他の能力と同様に発動者のスタミナが切れれば発動しなくなる。

 マモルは、連続して攻撃し、敢えて連続して能力を発動させヒイラギのスタミナ切れを狙っていた。

 とはいえ、攻撃するマモル自身もスタミナは気にしなければならない。

 ヒイラギを倒しても、その後エグシス、また他の敵と戦うことを考えると余り焦ってはいけない。

 なので、現在、マモルは絶闘流参式『神速』しか発動していなかった。


 その怒涛の攻撃に、さすがのヒイラギも僅かに残る意識の中、焦りを感じ始めていた。

 マモルの性格を考えれば、彼が殺される事は先ず無い。

 しかし、このままでは、また地下研究所へ送られ、より厳重に監禁される事は確実である。


――でも…………。


 彼が確認できる範囲内では、マモルは基礎能力しか使っていない。

 特殊能力である『龍』も『虎』も使用していない。絶闘流は、基礎能力強化技なので恐らく能力喰いでは喰えない。

 もし、『能力喰い』を発動したとしても、特殊能力を喰えたとしても、今の状況が変わるとは思えなかった。


――だけど…………。


 攻撃は続く。

 四方八方を殴られ、ヒイラギの身体はまだ地に落ちない。


――痛い、苦しい、悔しい、負けそう、でも、楽しい。


 湧き出た感情は、マモルと戦い始めた時にも感じたものだった。


 戦いとは楽しいもの。

 では、一方的な虐殺は?

 あれは、ただ憎しみをぶつけただけ。

 ならば、今何故戦っている。

 この戦いの意味は?


――…………さあ?


 彼が、カッと目を見開いたのは地上四メートル、何発目かの一撃が当たる直前。

 その動作を、マモルは見逃さなかった。


 しかし、場所は動きの制限される空中。マモルは、構わずそのまま攻撃を続行する。だが、それが当たるよりも先に、ヒイラギが能力を二つ発動した。


――空間移動。


「バーン」


 光り、そして重く高く音が鳴り響くと同時に、彼を中心に爆発が起こった。

 それは、レイラが持っていた『爆撃』を極限まで溜めて放ったもの。

 この爆発は、一フロアのみを完全に焼き尽くす。


「はあはあ、はあ、はあ…………ああ! しんどっ!!」


 場所は、デパートの隣の建物の屋上。

 少し雲がある青空に向かって、晒すようにヒイラギは大の字で仰向けで寝ていた。

 大の字といっても、両腕、両足は本来曲がらない方に曲がり、また穴の空いた腹部からは血が止めどなく流れ、身にまとっているワイシャツも、ボロボロになっていた。


「さすがに焦ってたな」


 ヒイラギは、思い出すように目を瞑る。

 空間移動で逃げる瞬間に見た、マモルの感情の戻った二つの目。

 この戦いにおいて始めてマモルが見せた、焦りの色が入った目だった。


「でも、この程度じゃ死なないよね?」


 口元を緩め、ヒイラギは再び目を瞑った。






 一方、デパートの入り口付近。微かな灰の煙と共に、身体中を薄黒く染めたマモルがフラフラと出てきた。


――少し急ぎ過ぎたか……。


 人造能力者が持っていた能力を全て把握しているマモルにとって、あの程度の反撃を予測出来なかったわけでは無い。

 ただ、自身のスタミナ、そして他の地区で戦っているSCMのことを考えると、あまりこの戦いには時間をかけられないと何処か焦ってしまっていたのだ。

 とはいえ、急な反撃にもマモルは絶闘流、弐式(にしき)鱗壁(うろこへき)』と『龍の鱗』によって爆発によるダメージを軽減していた。


――さすがに、スタミナが切れかけているはず……。


 『時限発動』、『治癒』。両方とも、スタミナを大きく消費する能力である。

 もし、ヒイラギが平均的なスタミナを持っていたのなら、D地区での戦いを含めて、もうとっくにスタミナを完全に消費しきっている筈だった。


「…………いつ以来だろう」


 早く、戦いを終わらせなければならない。

 命がけの戦いを。

 意味の無い戦いを。


 だが、彼の中には喜びが微かに渦を巻いていた。


 無視した。意識を殺した。

 それでも、一撃浴びせられた今だからこそ、彼は強者の存在に喜びを感じていた。


 本気を出してもいい。

 他のSCMと模擬戦をやった時に、本気を出してなかったわけでは無い。

 だが、模擬戦はあくまでも練習に過ぎない。

 本気で命をかけては戦えない。


「……………………」


 マモルは、今一度、精神を集中させる。

 私情は要らない。

 必要なのは、敵を無力化するという事だけ。


――俺は、SCMだ。


 マモルは、肆式『全感』を発動する。

 瞬時に解放される感覚は、瞬く間に円状に展開し、対象の居場所を探知した。


――見つけた。


 静止している、それに向かってマモルは動き出す。

 あと少し。

 この戦いもあと少しで終わる。






 ふと、太陽が曇に隠れたように周囲が暗くなったので、彼は空を見上げた。

 違和感はあった。それが何か、彼は分からなかったが。

 それでも、その違和感が何なのか、彼は空を見上げた事で理解した。


 巨大な隕石。

 視界の半分以上を埋めるほどの大きさを持つそれが、質量を持って落下してきていた。

 いや、落下しているのかどうかは少なくとも地上からは分からない。


 ただ、音がするのだ。

 低く、地鳴りのような音が。


――……このままじゃ、街が無くなる。


 白くなった思考を無理矢理動かし、マモルは適当なビルの屋上へと飛び移る。


――どうやって止める?


 隕石の大きさは、縦横直径約五百メートル。

 地上からの距離は不明。

 さすがのマモルでも、これを止める事は不可能である。

 しかし、破壊するといっても破片が飛び、結果的に街の崩壊は免れない。

 いや、街の崩壊が理由で破壊を躊躇っているのでは無い。

 スキルイーター対策で、街の住民は地下の避難所に避難しているのだ。

 全員が全員、そこに避難しているわけでは無い。しかし、下手に破片を落とせば、地下の人たちがどうなるか分からない。


――考えている余裕は無いか……。


「スキルバースト。壱式鬼撃。弐式鱗壁。参式神速……」


 龍化。


 マモルは、意を決しコンクリートの床を蹴り飛び上がる。

 垂直に飛び上がった彼は、徐々に姿形を変え、黄金の鱗を纏った巨大な龍へと変貌する。


 マモルのもつ能力『龍(竜)』『虎』は、それぞれ名の生物をイメージした希少な能力だった。

 また、これらをアビリティマスターレベルまで極めると自身を、それぞれの生物(発動者のイメージのもの)に変化させる事が可能となった。

 彼が、今変化したのは黄金の龍。実在しない架空の生物であり、彼の中の『龍』というイメージから作り出されたものである。


 龍のルビーのような紅き鋭い眼が、自然落下を続ける隕石を捉える。


――まだ、足りない。


 巨大な隕石に比べて、龍の全長は約百分の一。

 隕石を完全に破壊するには圧倒的に小さかった。


――もっと、大きく……。


 集中のため澄んだ紅い眼が閉じられようとした時。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 それが爆発のための予備動作であると気づき、龍は逃げようとする。

 だが、遅かった。

 いや、どちらにしろ逃げられなかっただろう。


 それは、戦いを止めるための爆発か。

 先ず、爆風がその場から半径一キロメートルにまで広がり、続けて火炎と共に多数の岩石が降り注いだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 建造物が破壊される音。空気が揺れる音。

 全てが消え去る音。

 その様子を、龍は爆炎の中、紅き目で無力に見つめていた。

 龍となり、スキルバースト、絶闘流『鱗壁』を発動している彼にとって、爆風に吹き飛ばされる事も、身体を焼かれる事も無かった。

 だが、この場面。彼は、このまま他の者たちと共に死んだ方がまだ楽だったのだろう。


 責任は無い。

 それでも、彼は後に自責の念に押し潰されるだろう。

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