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第139話 退くという戦い方

 D地区市街地に入ったショウイチは、再度携帯を開き、ねここの居場所を確認する。

 携帯の画面に映し出されている地図によれば、彼女はD地区市街地中心という、ショウイチの家からそれなりに離れた所を学校方面に向かって移動していた。


――頼むから、何も起こらないでくれ……。


 勢いで飛び出した当初はそこまで感じていなかったが、こうして暫く走っていると、あの時の恐怖が再び彼の中を満たしていく。

 それは、市街地だというのに人の気配が全く無い事も影響していた。


 そのような気持ちを押し殺しながら走るショウイチから少し離れた所で、ルミナスは彼を追い掛けていた。


――この距離を保って……。


 敵が現れる可能性を考え、ルミナスはショウイチとの距離を意図して取っていた。

 ショウイチがギリギリ視認できる距離。これならば、万が一ショウイチに敵が襲いかかったとしても自分は何らかの対処が取れる。

 ルミナスは、そうならない事を祈りながら長い金髪を揺らし走り続けた。


 一方、前を走るショウイチは携帯を使い自分の位置とねここの現在地を確認しつつ、その彼女との距離が縮まっている事を確認していた。

 もう、目と鼻の先。ショウイチは安心しつつ目の前の角を曲がった。


――……嘘だろ。


 角を曲がったショウイチの目に映った二つの影。

 片方は、猫耳型の帽子を被ったねここ。

 そして、もう一つは。


「誰?」


 そこには、背中まで伸びた、思わず見惚れてしまうほど綺麗な銀髪の少女、ラウリ・アルシエが所々跳ねている髪を弄りながら立っていた。

 所々服に血が付着している彼女の姿に、ショウイチは嫌でもスキルイーターを連想する。スキルイーターの仲間。慶島が言っていた、人造能力者。


「ねここっ!!」


 ショウイチの叫び声に、ねここはハッと振り返る。その表情は、酷く怯え切ったものだった。

 ショウイチの存在を確認すると同時に、ねここは彼の胸に向かって走り出す。それを、ラウリは動かずに見ていた。


「ショウイチ!」

「ねここ! もう、大丈夫だ!」


 胸の中のねここをぎゅっと抱き締めながらも、ショウイチは視線をラウリから離さない。


「飼い主? ねえ、その子はネコ?」

「…………」

「答えないの? それとも、答えられないの?」


 ラウリは、不気味な笑みを浮かべ幼い声で続ける。


「……いいや。それより、そのネコ私にくれない? 私の知人の研究員がそういうの好きなの」

「わ、渡さねえぞ……」


 その喉から振り絞った声は震えていた。

 ショウイチは、彼女から目を離さず後ずさりを始める。

 心の中は逃げる事だけ。とにかく、走って逃げる事だけ。


「追いかけっこ? いいよ、暇してたし」


 伸びをするラウリから、やはり目を離さずショウイチは走り出すタイミングを測っていた。

 いや、正確には彼女に背を向ける勇気を振り絞っていた。


「……ショウイチ」


 腕の中のねここが、彼に不安な表情を見せる。

 さっきカッコよく言ったのは何だったんだ。ねここを安心させるためじゃなかったのか。

 それとも、ただの虚勢か?

 ショウイチは両目を閉じた。

 怖かった。直ぐにでも開けたかった。それでも、ショウイチは目を瞑り続けた。

 ギリギリまで、瞑り続けた。


「何? 何してるの?」


 幸運にも、ラウリは直ぐには彼に襲いかからなかった。

 結果、目を瞑れていた時間は九秒。

 彼にとって勇気の後押しとして、それは十分な時間だった。

 スッと目を静かに開け、変わらぬ視界にホッとした後、ショウイチはラウリの目を見た。


――抑視。


 ショウイチと目を合わせた瞬間、一瞬にしてラウリの視界が暗く染まる。


「ん? あれ??」


 直後、直様ショウイチはねここの手を引き走り出した。


「ショウイチ!」


 角を曲がって直ぐ、待機していたルミナスに少し驚きながらもショウイチはそのまま走り続ける。それに、ルミナスも黙ってついて行った。

 角から状況は確認していた。敵がスキルイーターらの仲間であることも察しがついた。

 だから、ルミナスはギリギリまで待つ事を選択した。

 あの能力者は、SCMでも勝てない。なら、自分が出て行っても恐らく何も出来ない。

 なら、本当に危なくなるまで我慢しようと彼女は選択したのだった。






 一方、D地区には結界班が到着していた。


「帰ってきませんね」

「つっても、一般生徒であるルミナスとショウイチを外に残すのはな……」

「かと言って後回し、という訳にもいきませんからね」


 結界班の一人と慶島は、ショウイチとルミナスらの到着を待っていた。その後ろでは、レイタとユミが携帯でショウイチとルミナスに連絡を入れている。


「出ませんね」

「必死こいて走ってんだろうな」


 レイタの言葉に、慶島はそう理由付ける。

 本音を言えば連絡に出て欲しい。だが、この状況、敵に出くわしている可能性も否定出来ない。もしかしたら、敵にやられている可能性だってある。

 だが、その可能性を出して生徒らを不安にさせる意味は無い。

 慶島は、腕を組み焦る素振りを見せないよう努めた。






 走り続けること九秒。

 既に、基礎能力で強化している事もあり、三人はそれなりの距離を走っていた。

 だが、その距離ですらラウリにとっては大した距離では無かった。

 そんな事はショウイチらも理解していた。しかし、そもそもラウリは、そこまでねここに対して強く興味を示しているようでは無かった事から、素直に追ってくるとは思っていなかったのだ。


 抑視が切れてから、更に八秒。

 ショウイチが走り出してから約十六秒で、彼の前に再びラウリが姿を現した。


「本当に本気で走ってたの?」

「!?」


 突如、目の前に、最初からそこに居たかのように現れたラウリに三人はその足を強く止める。

 三人は軽く息を乱しているにもかかわらず、ラウリはとても走ってきたとは思えない程平然としていた。


「瞬間移動でもしてきたんですかね」

「……んな事は、どうでもいい」


 変わらず無機質な声のルミナスに対し、焦りの色を見せるショウイチは思考を巡らす。

 二回も『抑視』が使えるとは思えない。

 ならば、ルミナスの『誓い』を使うしかないが、瞬間移動ならば『誓い』で走る速さを上げても意味がない。

 そうなれば、この場を回避する方法は一つしかなくなる。


「一か八かですね」


 ショウイチの中に最後に残った方法を、またルミナスも考えていた。

 誓いの鎖をどうにかして敵に付け、敵の動きを封じる作戦。しかし、これは外した時のリスクが高い上に、簡単に敵に当たるとも思えない作戦だった。

 しかし、少なくとも二人の頭にはこれ以外の作戦が思いつかなかった。もう少し冷静なら、助けが来る可能性を考慮し、少しでも時間稼ぎをしようと考えただろう。だが、先ほどのスキルイーターの存在が目の前の敵を余計に大きくしていたため、冷静さなど彼らからはとっくに失われていた。


「一瞬なら……」


 賭け。一瞬とはいえ、視界が黒く染まれば余程鍛えられた人間で無い限り、何かしらの隙が生じるはず。

 しかし、その時間は長い方がよい。0.1秒以下の世界。その一瞬を見極めなければ、一瞬にして崩されてしまう。


「もう一度だけチャンスをあげる」

「??」

「ほら。作戦会議でもしたら?」


 ラウリの挑発的な発言。ラウリに追いつかれて、ここまで数秒。彼女が黙って待っていたのにも理由があった。

 そして、その理由、つまり余裕がショウイチ、ルミナス両名にとって暗い空間に光が刺すように希望となる言葉だった。

 余裕を持っている。自分たちの事を、自分より圧倒的に下に見ている。

 ラウリは、本気で自分たちの相手をしていない。


「ええ。おかげ様でいい作戦が思いつきました」


 微笑を浮かべ、ルミナスはショウイチに目で合図した。

 それに、ショウイチは軽く頷いた後、その目を閉じた。


「また、それ? いいよ。十秒くらいなら待っててあげる」

「十秒ですか……余裕ありますね」

「多分、二十秒でも三十秒でも変わらないかも」


 そうですか。とルミナスは心の中で時を数えていた。

 十秒。これだけあれば、『誓い』のための一撃を加える事も十分可能である。

 いや、寧ろ十秒では無く最初の一秒で決めなければならない。視界が暗くなる瞬間、一瞬の隙はそこだけ。

 ルミナスは、全神経を集中させた。

 敵までの距離、動くタイミング、右か左か。

 ショウイチが、再び目を開けるまでの十秒は今までで一番長く感じた十秒となった。


――焦るな。俺は、ただ目を合わせればいい。


 十秒という、長く、しかし短い時を経て、ショウイチは目を開ける。

 その目に映る光景に変化は無い。ほんの数メートル先に無表情のラウリが立ち、そばには、手を握るねここが震え、横にはルミナスが、やはり無表情で目の前の一点を見つめている。

 三月に入ったとはいえ、まだまだ冷たい空気が顔の温度を下げる。先ほどまで走っていたのに、もう体温は低くなっていた。


「行くぞ」


 タイミングは決めてない。ただ、自分のタイミングで能力を発動するだけ。


――抑視!


 一瞬、ラウリの顔に動きがあったのをルミナスは見逃さなかった。

 それを確認したとほぼ同時に彼女は前に向かって動き出す。

 ラウリとは、およそ四歩の距離。腕を伸ばせば届く距離、つまり三歩ほど動く。

 ここまで一秒未満。

 ルミナスは、ラウリの顔から右肩に視線を移し、自身の右腕を無駄な力を入れずに、しかしスムーズに彼女の右肩目掛けて伸ばした。

 極限まで研ぎ澄まさた感覚は、時間さえも遅く感じさせる。

 だからこそ、視界の端に映った白い何かを彼女はしっかりと捉えることができた。


 バシッ。


 白い触手。ラウリの背から伸びたそれは、ピンポイントでルミナスの右の頬を打ち抜く。


「ルミナス!!」


 ショウイチが叫んだ時には、既にルミナスは地に伏せていた。


――おかしい! 抑視は発動したはずなのに!


 確かに抑視は発動しており、ラウリの視界は現在も黒く染まっている。だが、ここまでの強さを得る過程において、数多くの死線をくぐり抜けて来たラウリにとって、目が見えなくなる事はそこまで足枷にはならなかった。


「これが作戦? やっぱり、貴方たちも弱いの?」


 見えない目を開けたまま、ラウリは落胆の表情を見せる。

 ほんの数十分前、E地区で散々味わった感覚。

 SCMですら、他の一般的な生徒と強さは彼女にとっては同じだった。


「つまらない……」


 直後、彼女から放たれた威圧にショウイチは一瞬にして絶望に落とされる。

 終わった。殺される。

 全身から汗が吹き出す。小さく震える彼女の手にも、自分の汗が染み出す。

 情けなさが彼の中を満たしていく。


 目の前で、うねうねと動く白い二本の触手が自分たちに照準を合わせたのを見て、ショウイチは左手で握るねここの手を再度強く握り締め、目を瞑った。


 ごめん、ねここ。


「…………」


 数秒後、ショウイチは遠くからの微かな声に恐る恐る目を開けた。


「…………?」


 目の前には白。ラウリの触手が目と鼻の先で微動しながら止まっていた。


「ギリギリセーフね」


 聞き覚えのある女子の声。そして、次の瞬間、風が上から吹き抜けた。


――断空!


 空間を割くように、一筋の斬撃がラウリに直撃する。と、同時に何かに引っ張られるように、ショウイチは大きく後退した。


「大丈夫ですか!?」


 後方からの同じく聞き覚えのある女子の声に、ショウイチはその方向へ振り向く。

 そこにルミナスに肩を貸し立っていたのは、カナエだった。


「立てますか?」

「えっ、あ、ああ……」


 気付けば、前方、彼とラウリのちょうど間の辺りにレイジ、そして紺のマフラーをなびかせアンズも立っていた。


「助けに来ました。もう、大丈夫です」


 連続する予想だにしない出来事に、ショウイチはただポカンと目の前でラウリに対峙するレイジとアンズを見ることしか出来なかった。


「サヤ! どうだ、まだ抑えられるか!?」

「ちょっと……厳しいかも……」


 額に汗を光らせ、サヤは答える。

 一方のラウリは、自身を抑えつける力に強く抵抗していた。なお、先ほどのレイジの断空によるダメージは全くない。


「了解。カナエ! 俺らで出来るだけダメージ与えとくぞ!」

「了解です!」


 ルミナスを静かに下ろし、カナエはレイジらの元へ小走りで行く。

 ここで、ようやくショウイチは今の自分の置かれている状況を呑み込み始めていた。

 SCMの三人と、アンズが助けに来てくれた。自分は、あと少しの所でサヤの能力によって助けられた。

 落ち着きを取り戻すと同時に、ショウイチの中に深い罪悪感が湧き出てくる。だが、彼は一旦、今は邪魔なだけなその気持ちを無理矢理心の奥底へと閉じ込めた。

 それよりも、やらなければならない事がある。今の彼は数分前の彼とは別人と言っていいほど心に余裕があった。


「ねここ、立てるか?」


 握ったままの手の先、先ほどのショウイチと同じようにポカンとレイジらの方に目をやるねここは、ハッと声の方へ顔を向ける。

 彼女は、それに黙って頷きショウイチと共に立ち上がった。


「さて……ルミナス?」


 次にショウイチは、カナエに下ろされてから全く微動だにしないルミナスの方を向いた。

 金髪をダランとさせ、先ほどの攻撃でかけていた眼鏡を何処かに飛ばしてしまったルミナス。だが、攻撃を受けた頬にはこれといって痣などは無く、透き通った白い肌は白いままだった。


「…………しゃあない、置いてくか」

「置いて行ったら、呪っちゃいますよ」


 髪をかき上げ、眼鏡をかけてないルミナスは、やはり無表情で言った。


「つか、ノーダメージ?」

「凄いです! ルミナスさん!」

「いやー、それほどでもないですよ。ただ作戦が上手くいくとは思えなかったので、保険で防御特化の『誓い』をかけてただけですよ」

「上手くいくと思わなきゃダメだろ……」

「限りなく百パーセントに近い可能性じゃなきゃ、ダメだった時の事を普通は考えますよ」


 それよりも、とルミナスは前方で動けないラウリに攻撃を仕掛ける三人に目をやる。


「私の眼鏡は何処に?」

「えっ? そっち? いや、何処だろ……って、それよりも今は逃げなきゃ」

「ダメですよ。今の私の視界はぼやぼやですよ。歩く事すらままなりません」

「『誓い』で上げられねえの? つか、どのみち衝撃で割れてるんじゃね?」

「視力は上げられません。あと、あの眼鏡は結構頑丈なんです」

「そんな事、言ったってなあ……」


 「あっ、眼鏡ありましたよ」

 と、ここでねここが右側、今立っている所から少し離れた所に光る物を指差した。


「私の眼鏡ですかね?」

「ここに、お前以外の眼鏡が落ちてたらびっくりだけどな」


 後方で三人が戦っているにも拘らず、自分たちは眼鏡の心配をしている。

 逃げるために大事な事ではあるが、それでもショウイチはまるで非現実と現実の境に立っているような感覚でいた。


――落ち着きすぎだな。


 先ほどまでの冷静さを完全に欠いていた時に比べれば、今の彼は、その反動もあるのか酷く落ち着いている。落ち着いている状態に困る事などないが、今はまだ戦いの中、冷静さに加えて迅速に動ける集中力も必要だった。

 気を入れ直し、ショウイチはレイジらを横目に光る物の方へと歩き出そうとした……。


 ショウイっ…………。


 彼の耳が高い声を認識するとほぼ同時に、右からの大きな衝撃に彼は一瞬にして意識を失う。


「ショウイチっ!!」


 ねここの声が場を割くと同時に、レイジの『断罪』が白キ触手を伸ばしているラウリを縛り上げた。

 それは、唐突すぎる出来事だった。先ほどまで、サヤにやる外からの力に押されていたラウリの背から伸びる触手が、驚くほど速いスピードでカナエ、レイジ、アンズの横を通り抜けていったのだ。


 吹き飛んだショウイチの元、しゃがみ込み必死に声をかけるねここを背後に感じながら、レイジは叫んだ。

 今、この場で瞬間的に選択した命令を。


「カナエっ! 三人を頼む!!」


 その言葉に、カナエは一瞬、改めて今の状況を確認した後、身体をラウリからねここらの方へと向けた。


「逃げるの?」


 直後、背後から感じた殺気にも、カナエは振り返らずにねここらの元へと走る。

 頼れる先輩である、レイジやサヤ、アンズが居る。そして、彼らが自分にショウイチらの事を任せた。

 ならば、自分は自分のやるべき事を全うすべきだと、カナエは背を這う恐怖にも振り返らず、ショウイチらの元へと走りきった。


「ねここさん! ルミナス先輩の眼鏡を取ってきてください!」


 しゃがみ込み、ショウイチの肩を持って、カナエは直様、ねここに言った。

 その言葉に一瞬反応が遅れるも、ねここは頷きパッと辺りを見渡す。

 先ほどまでいた場所、今現在ルミナスが座り込んでいる所から右側。


「あそこか」


 ねここは持ち前の脚力で、ラウリの触手による攻撃に耐える三人を視界の端に捉えながら、眼鏡を取り、そしてルミナスの元へと戻った。


「ルミナスさん、眼鏡です」

「…………」


 ねここから眼鏡を受け取り、視力をレンズ越しに戻し、ルミナスは今の状況を確認する。

 少し先で、カナエにおぶられているショウイチ。ラウリの触手による怒涛の攻撃を避けている三人。


「私たちは、逃げるんでしたね」


 先ほどの、レイジがカナエに言った事は彼女にも聞こえている。

 ルミナスは何の迷いもなく、立ち上がりラウリと三人の居る方に背を向けた。


 同じく、レイジらに背を向けたカナエとアイコンタクトをし、カナエとルミナス、続いて、ねここがその場から走り出した。


――……さて、踏ん張らなきゃな。


 チラッと、その方に目をやり、息を切らしながらレイジは再度、集中し直した。

 状況は劣勢。

 先ほどまでラウリを抑え込むのに力を使っていたサヤは、既にバテかけており、現時点で余裕を持って動けているのはアンズだけだった。

 しかし、余裕を持って敵の攻撃を避けられているだけで、彼女の銃弾による攻撃はラウリにほぼ避けられており、また当たったものに関してもダメージを受けている様子では無い。

 これでは、いずれラウリにやられるのは目に見えるようだった。


――どうすれば、ダメージを与えられる?


 少し休憩した後、レイジは再び戦いの中に入っていく。

 断罪による縛りも、断空による斬撃も彼女には効かない。

 これでは、無駄に体力を消費するだけである。


――あれが、単純な基礎能力強化だとすれば……。


 動きながら、彼は思考を巡らす。

 不規則かと思われた攻撃にも、ある程度の規則性があることを突き止めたレイジにとって、後は身体が動いてさえくれれば、その攻撃を避ける事は造作もなかった。

 これならば、多少は脳を思考に当てても問題は無い。


――打撃以外の攻撃は効くはず。


 基礎能力「防」は、例えるなら自身を鋼鉄のように硬くする力である。つまり、打撃には強いが電気や炎などの物理攻撃以外の方法でならダメージを与えることが出来る。

 とはいえ、これが全ての能力者に当てはまるわけではない。世の中には、そういった特殊な攻撃も効かないほど基礎能力「防」を鍛えた能力者もいるのだ。

 だが、今の状況において、そういった可能性の話をしても意味はない。

 ここまできたら、カナエらが逃げる時間を稼いだ後は、自分たちも逃げるという選択肢も有りだからだ。


――俺の断空はダメだな。となると、アンズの能力は……。


 レイジは、トーナメント、そして人造能力者戦を思い出す。銃と、後一つ。彼女は、確かに能力を使っていた。


「……振動」


 レイジは大きく息を吸った。


「振動だ! アンズ!!」


 張り上げられた声に少しびっくりしながらも、アンズは彼の言葉の意図をしっかりと受け取っていた。


 直後、アンズは一瞬にしてラウリとの差を詰める。

 平行に伸びたマフラーが再び重力に従うよりも前に、アンズは手のひらを彼女の胸に当てた。


「あっ……」


 小ぶりな胸を震わす、振動による一撃。

 それは、ラウリの小さな身体を勢いよく吹き飛ばした。


「よし!」


 たった一撃入っただけとはいえ、レイジは思わず拳を握り締めた。

 暗闇に閉ざされた空間に刺した一筋の光。

 防戦一方だった、この戦いも分からなくなってきた瞬間だった。


「…………」


 だが、アンズだけは集中を切らしてはいなかった。

 最後の最後まで気は抜けない。

 その目は、仰向けに倒れたままのラウリをしっかりと捉えていた。

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