第138話 罪滅ぼし 〜C地区強襲〜
場所はC地区。
空き教室で、SCMチームCであるアルス・デュノア、ミリア・ラドルフ、筒川ユウジの三人は、D地区にスキルイーターが現れたとの情報をSCM本部より受け取っていた。
「本当にスキルイーターが脱走したんだな」
規則正しく並べられた机の内の一つの椅子に座る、長い金髪が特徴的なアルスは腕を組み言う。
「実際に、こうやって連絡が入ると違うもんだな」
同じく、机の上に座るガタイの良いユウジが答える。
「…………」
そんな二人など眼中に入れず、愛用している剣を横に立てて置き、赤髪のミリアは窓の外、誰もいない運動場の方を見ていた。
「ミリア、また何かを感じ取ったのか?」
「どうせ、また気のせいだろ」
そう言って、アルスは携帯を開きSCMよりメールで送られてきた情報を再度確認する。
敵はスキルイーター、そして彼と人造能力者を逃がした能力者。二人に加えて、南地区で既に暴れている散華事件の重要参考人であるアグスと名乗る金髪の男、能力創り奪還作戦にてSCMに危害を加えた銀髪の女性。
以上が、現在確認されている敵たちの情報だった。
「結界によって外の協力が取れない状況で、SCMはどう動くつもりだろうね」
「多分、あれだ。結界を破壊するんだろう」
「そう上手くいったらいいが……」
アルスは、軽くため息をつく。
実際は、そう簡単にはいかない。もし、破壊できたとしても、かなりの時間を要するだろう。
敵は、SCM地下研究所に入れる程の能力者。なら、結界に関しても、ちょっとやそっとじゃ破壊出来ないように組んでくるだろう事は簡単に予想がついた。
「しかし、まさか卒業式を狙ってくるとはな」
「何が目的なんだろうな。ただ、人を殺すだけが目的とは思えんが」
「目的はどうでもいい。そんなのは、全てが終わってから分かればいいだろ」
今はとにかく生徒らを守り、一刻も早く敵を無力化すること。
アルスは、今までのSCMとしての仕事以上に気を引き締めていた。
「…………誰?」
えっ? 二人がボソッと呟いたミリアの方に同時に見る。
「誰か居る……中庭?」
「中庭に誰か居るんだな」
ミリアの頷きを確認し、ユウジは廊下に飛び出す。
C地区も、D地区と同じようにA棟とB棟があるが、A棟の教室側からは運動場が見え、廊下側からはB棟と『くの字型』に挟まれた中庭が見えるようになっている。
勢いよく廊下に出たユウジは、そのまま窓から中庭の様子を伺った。
「アルス! ミリア!」
ユウジの呼びかけに、アルス、そして横に立ててあった剣を持ちミリアが同じように廊下に飛び出した。
中庭には、銀髪ボサボサ頭の男、エグシスが立っていた。
「情報に無い奴だな」
敵から目を離さず、アルスはエグシスの出現を報告するため携帯を取り出す。
「左から、アルス・デュノア、筒川雄子、ミリア・ラドルフ」
眠そうな目で、エグシスは前持って調べておいた名を口にする。
「A地区のSCMの居場所を知らないか?」
「? そんな事はどうでもいい。お前は何者だ?」
鋭い目つきで言ったのは、ミリアだ。
「エグシス・クルーム。スキルイーターの仲間だ」
「エグシス、何でここに来た」
「……本当はA地区のSCMと戦う予定だったんがな。さっきも言ったが居なかった」
「A地区のSCMが居なかったなら、探せばよかっただろ」
「正直、強い能力者と戦えればそれでいいからな」
もういい。お喋りはそこまでだ。
携帯を操作し終えたアルスが、ベルトに付けている小さな鞄のふちを開ける。
「貴様をスキルイーター脱獄事件の重要参考人として、SCMへ連行する」
「…………そうか」
アルスの言った事など興味が無いように、エグシスは校舎で囲まれた辺りを見渡す。
「お前らが弱かったら死人が沢山出そうだな」
「……そうは、ならねえよ」
「期待している」
言い終わり、エグシスは両腕を外に広げた。
「星々よ、集え」
彼の呼びかけに応えるように、中庭全体にサッカーボール程度の大きさの隕石のようなゴツゴツとした形の岩が宙に浮きながら出現する。
「まだ明るいな。でも、プラネタリウムというものは日中でも観れるんだろ?」
その数、三十数個。
ふわふわと周囲を不規則に並び浮く岩に、3人もその場から動く事が出来ない。
「数発は食らう覚悟でいかなきゃだめだな」
その握り拳を、より一層強く握り締めユウジは息を吐く。
周囲の岩が、いつ動いてもいいように。全身に意識を張り詰めた。
「……………………行け」
数秒の後、宙に浮いていた数十個の岩は一斉に三人の方向へと、流れ星のように襲いかかる。
一個、二個、衝突した箇所に鈍い痛みを感じながら三人は地を蹴って飛び上がり、アルスは紙で、ミリアは剣で、ユウジは拳で更に襲いかかる岩を破壊していく。
飛び上がってから、再び地に着くまでに3人は全ての岩を処理し終えた。
結果、始動時に、ほんの数メートル先で浮遊していた岩を避ける事は出来なかったが、最初の一、二個を除けば一個たりとも三人の身体に接触した岩は無かった。
「さすがはSCM。それにしても……」
エグシスは、ミリアの剣に目をやる。
アルスは紙で岩を切り裂き、ユウジは拳で岩を砕いた。だが、ミリアは剣で岩を切り裂いたのではなく、剣で軽く触れた岩を粉々に砕いたのだ。
それは、岩の表面に触れると同時に、何か硬いものでも勢い良く当たったのように石を崩した。
「ただの剣じゃないな。能力か?」
「…………」
エグシスの問いに、ミリアは口を閉ざしたままだ。
その様子に、エグシスは再び腕を外に広げようとする。
「二度目は無い」
一瞬。エグシスの背後、その首筋に剣を添えたのはミリアだった。
「速いな。目で追えなかった。だが……」
……熱っ!?
突如、前方から感じた熱気にミリアはフラつき後退する。
「その程度で終わるとでも?」
その身から微かに白い蒸気を発し、再び彼を中心に岩が生成され始める。
「さて、折角だから数分は持ってくれよ」
不敵な笑みを浮かべ、エグシスは腕を広げた。
A棟3階の廊下の窓から、南風ユウはSCMとエグシスの激戦を見守っていた。
「ね、ねえ……SCMって強いんだよね」
現在の窓の外の状況に、ユウはすがるように横で同じように見守っている山神リタに言う。
「…………」
窓の外の光景。
SCMの三人が、エグシスの作り出した岩によってボロボロになり倒れている。
紙は舞い、剣は舞い、岩は確かに砕かれていた。しかし、数が多すぎたのだ。次から次へと出現する岩に、破壊しても破壊しても数が減らない岩に一度でも当たったら最後、連続して襲いかかる岩の餌食となる。
「このままじゃ、僕たちまで……」
ユウは、顔を青ざめその場にへたり込む。
しかし、隣のリタは真っ直ぐに窓の外を見つめたままだった。
「…………助けなきゃ」
「この程度か……」
距離を取って周囲に倒れている三人を見渡し、エグシスはため息混じりに言う。
最初から、まともな勝負にはならないと彼は思っていたが、こんなにもあっさりと彼らが倒れてしまうとまでは予想していなかった。
「仕方ない。少し焦らせてみようか」
そう言い、エグシスは両腕をゆっくりと上げる。
すると、A棟の最上階である三階廊下から数メートル離れた所に、先ほどまでSCMの三人を襲っていた物と似た形状の、しかし大きさは六メートル程の巨大な岩が作り出されていった。
「あれは……ヤバい」
影になった事で、その岩に気付いたアルスは、フラフラと傷ついた身体を立ち上がらせる。だが……。
ドンっ…………。
しかし、立ち上がったと同時に先ず耳を響かせる音が、そして、その身を押さえつけるように熱い風圧が彼に襲いかかった。
――ぐっ…………。
岩の破片が落ちてくる中、アルスは後悔する。
先ほどまでの情景が彼の脳内に思い浮かぶ。何故、あの岩を避けれなかったのか、何故、もっと攻められなかったのか。
キーンという脳に直接響くような音に意識を揺らしながらも、彼は目線だけはどうにか爆破があった地点へと向ける事が出来た。
――これは…………。
ふつふつと上がる灰の煙。
まだ、全容は分からない。しかし、煙の規模から見て先ほどの岩がどれ程のエネルギーを持って爆発したのかは嫌でも想像できた。
外れぬ視線。それは、アルスだけではなくミリア、そしてユウジも同じだった。
「廊下側か。だが、爆風、岩の破片によって数人は死んだんじゃないか?」
唖然とした表情で爆発のあった箇所に釘付けになっている3人に、エグシスは声をかける。
それに、我に返ったかのように彼を睨みつけたのはミリアだった。
「そうだ、その目。まだ動けるだろ?」
「ふざけやがって……」
重い身体を、剣を支えにしてミリアは立ち上がる。
しかし、立ち上がるのがやっとで、それ以上の動きは出来そうになかった。
「予想以上だな。残念だよ……」
エグシスは両手を空に向かって挙げる。
彼が手を掲げた上空に、先ほどより一回りほど小さい岩が生成されていく。
「特に殺す意味は無いがな」
上空に現れた岩は、シューっと蒸気を吐き出し一気に温度を上昇させていく。
その表面は、先ず熱した鉄のように暗紅色を出し、それは次第に火色へと変化していった。
岩から出る熱によって、庭に居る三人は当然のこと、それは教室内にいる生徒たちの体力も奪っていく。
その熱は皮膚を焼き焦がす。水分を奪っていく。
アルス、ミリア、ユウジの着ている服は焦げ始め、中の皮膚もチリチリと血を出し始めた。
最早、呼吸もままならない。
熱いという思いだけが、その身を満たしていく。
そして、意識すら揺らぎ始める。
だが、熱さと苦痛の中、三人の耳はある声を聞き取った。
やめろ!!
それはエグシスの背後から。
彼は声のした方向に目を向ける。その瞬間、彼の脇腹に刃が突き刺さった。
「…………誰、だ?」
「お前の敵だ!」
エグシスの視線の先、剣の柄の部分を持っていたのはリタだった。
「お前は……」
顔を青ざめ、エグシスはその場に倒れた。
「………………」
――死んだ? いや、まさか。でも、死んだ振りする意味なんてない……。
全身から血の気が引いていくのを感じながら、リタはその手に持っていた血の付いた剣から手を離した。
――…………落ち着け、私は皆を助けに来たんだ。
震える手を握り締め、リタは先ずアルスの元に行くため走り出そうとする……。
「待て」
背後からの低い声に、リタは思わず立ち止まり振り返る。
そこに立っていたのは、口から血を流すエグシスだった。
「まだ、お前が何故太陽の下で何食わぬ顔で活動出来ている理由を聞いていない」
エグシスは、先ほどの鈍い痛みに歪んだ表情とは違い、元の真面目な面持ちに戻っていた。
まだ、エグシスの作り出した小さな太陽はその中から熱を周囲に向けて放ち続けている。しかし、その下に居るリタはエグシスよりも余裕を持って立っていた。
「何で、生きて……」
逆にリタの顔が青ざめていく中、エグシスは微笑を浮かべ、先ほど剣で刺された箇所を見せるように服を捲った。
――!?
肉付きの良い肌に血のあとは付いていた。だが、肝心の刺し傷は完全に塞がっていた。
「別に治療能力が使えるわけじゃない。ただ、部分的に再生速度を速めただけだ」
その光景に、リタは焦りの気持ちを生む。だが、それとは反面に安堵の気持ちも、また彼女の中に生まれていた。
殺したかと思った。でも、死んでいなかった。
致命傷を負わしたと思った。でも、傷は完全に塞がっていた。
たった一度のチャンスをものに出来なかった焦りと、殺人者にならなかった安堵。
この二つの想いが、彼女の中に同居していた。
一方のエグシスは、何故、全てを焼き尽くす太陽の下で彼女が、こんなにも余裕を見せているのかが分からなかった。
火の能力者という可能性はある。しかし、この太陽は改造され強くされたエグシス自身の火の能力と岩を作り出す土の能力を組み合わせて作られている。
同じ火なら、強い者の方が勝つ。
ならば、アビリティマスターでもない限り、彼女が少なくともここまで余裕を見せられる筈はなかった。
しかし、既に現在学園都市に在学するアビリティマスターを全て調べてあるエグシスは、彼女がアビリティマスターでないことは分かっていた。
アビリティマスターは八人。北C地区には、現在SCM地下牢に幽閉されている氷のアビリティマスターしかいない。
ならば、彼女は気温をシャットアウトする能力でも持っているのか。
モルモットであり研究員であるエグシスの欲求が、情報を欲していた。
「次は君の番だ。答えろ。何故、君は燃えない?」
エグシスの問いにも、リタには答える余裕は無かった。
最初で最後の一撃もダメになった今、彼女にはSCMの三人を助ける事もこの状況を打破する方法も持ち合わせてはいなかったからだ。
――早く、何か、早く、助けなきゃ、でも、あいつは、どうすれば……。
「答えないのか? ……仕方ないな」
エグシスは、リタに向かって歩き出す。
彼が一歩、また一歩と近づく度にリタの心臓は大きく高鳴った。
――早く、早く武器を、早く、動け、頼むから、動いて。
「さて、片腕から落とすか」
その手が、真っ直ぐを見つめるリタの手に伸ばされた。
――……マドカ、助けて。
直前で止められた手は、確かに冷気を感じていた。
直後、今度は彼の全身を熱気に変わって冷気が満たしていく。
この空間を包み込むような、冷たい空気が空間を満たしていく。
ドン…………。
低い音と共に、地に倒れていた者の意識が戻る。
揺らめく視界のまま、アルス、ミリア、ユウジはエグシス、そしてそこから少し離れた所に立っていた女子生徒の前に立つ男を目にした。
――氷界、一……?
その後ろ姿は確かに憶えている。その能力は確かに憶えている。
氷のアビリティマスター、氷界ハジメ。通称、氷結魔。
「……俺の太陽を凍らしたのか」
岩が落ちた事によって発生した砂煙が落ち着き、エグシスはリタを守るように目の前に立つハジメに目をやる。
「で、お前は何処から来たんだ?」
「……SCMから」
そうか、とエグシスは崩れた岩を見る。
「これを凍らせる程、アビリティマスター……氷界ハジメか」
「ああ……」
答えながら、ハジメはリタにそっと耳打ちする。
「でも、お前は地下牢に居たはず。何故、ここに? 脱走でもしたのか?」
ハジメに耳打ちされ、リタはマモルの方に走り出す。
「……彼女から、まだ聞いてなかったな」
エグシスが地を蹴り走り出そうとした瞬間、ハジメの凍りついた手が彼の腕を掴んだ。
「なかなか、速いな」
「……そう」
エグシスは、ハジメの手を振りほどき再び浮遊する岩を作り出す。
形成されていく、いくつもの岩を前にしてハジメは氷のように冷たく落ち着いていた。
「これは、小さな罪滅ぼし」
ボソッと呟き、ハジメは強くエグシスを睨みつける。
「スキル、バースト」
アルスの肩を持ち立たせようとするリタの後ろ、ハジメは白い空気に強い冷気を纏い、アビリティマスターとして圧倒的な存在感を発していた。
「凄い……」
足元に当たる冷気に身体を震わしながら、そう呟いたリタは、一階の渡り廊下側から聞こえた声に前を向いた。
「スキルバースト?」
こちらに向かって走り出したハジメを目で追いながら、エグシスは思考を始める。
ハジメの小さな声は確かにそう言った。だが、エグシス自身が持つ情報によれば、アビリティマスターでスキルバーストを使用できる能力者は一二三マモル、そして南地区のセリス・ミードラスと常上ケンイチだけである。
ハジメの凍りついた拳による攻撃をギリギリで避けながら、エグシスは更に考えを進める。
だとすれば、ハジメが嘘を、虚勢を張った可能性があるが、ハジメから感じる強さは、少なくともエグシスからすればアビリティマスターとしてのものだけではないと感じていた。
ならば、情報が古いという可能性が浮上するが、この情報は昨年末に調べた結果であり、それから約二ヶ月の間にスキルバーストを"完璧"に憶える事など、あまり現実的なものではなかった。
――スキルバーストの習得自体はキッカケさえあれば、そこまで難しくない。問題は、それを実用可能レベルまで引き上げること。
ただスキルバーストを使用しただけでは、トーナメントでのリュウのように瞬間的にしか能力を強化できず、また、直ぐにバテてしまう。
――アビリティマスターだが馬鹿なのか。それとも、こうでもしないと勝てないと賭けにでたか。
ハジメの拳による連続した攻撃をあっさりと避けきり、エグシスは一旦、後退し彼と距離を取った。
スキルバースト込みでこれなら、全くといっていい程、期待外れである。まして、スキルバーストを発動できる時間は少なく、直ぐにでもこれ以下になることを考えたら、これ以上の戦いに意味を見出せなくなる程だった。
エグシスは、ため息をつき右の拳に力を込める。
――期待外れだったな……。
右の拳を引き、エグシスはハジメに向かって走り出した。
一歩、二歩……強く蹴り上げた足は、瞬間的に微妙な冷たさを感じた。
だが、それは今に限った事ではない。少し前、ハジメが現れてからずっと感じていたこと。そのような理由から、エグシスは足を止める事なく前に進み続けた。
対して、ハジメは動かない。ただ、白い息を吐き、ただそこに立っているだけだったが……。
「……凍れ」
手を伸ばせば届く距離までエグシスが来た瞬間、彼の身体が一瞬にして足先から頭のてっぺんまで凍りついた。
――なっ……。
完全に完璧にエグシスの身体は氷漬けにされていた。最早、指一本すら動かす事は出来ない。
「終わりだ」
凍りついたエグシスに、ハジメの強く握り締められた拳が襲いかかる……。
「有喰者」
ブシュッ。
ハジメの拳が凍りついたエグシスに触れた瞬間、その腕の肘辺りを何かが強く押し潰した。
肉が潰れる音、骨が砕かれる音、血管が裂け液体が噴き出す音。
鋭く熱い痛みに、ハジメは何も出来ず、ただ潰された腕をダランと地に向かって下げた。
「凍っちゃったの? えっと……エグシスさん?」
後ろからの軽い調子の声など認識できない程に、ハジメは音のない声を発し、痛みに顔を歪ませる。
「外から火でも当てたら溶けるのかな?」
遂に膝を崩したハジメなど全く興味がないように、どこからともなく現れたヒイラギは、凍りついたエグシスに手を当てようとする。
シュゥゥゥゥーーー。
「!?」
突如、エグシスを覆う氷から蒸気が吹き出す。蒸気は一気にその場を薄白く染め、その場に居る者の視界を遮った。
唐突に起こった出来事に、ヒイラギが腕で目を覆いつつ暫く様子を伺っていると、エグシスの方、白い蒸気の中から手が彼に向かって伸び、その腕を掴んだ。
「……あつっ!!」
熱いを超えて、ただの痛みが彼の腕を襲う。と、同時に奥から肌を真っ赤に染めたエグシスが顔を出した。
「いたたた……? やあ、エグシス。ゆでダコみたいな顔してどうしたの?」
「お前だったか……」
ヒイラギの存在にも全く驚かず、エグシスは辺りを見渡す。
「……氷界ハジメは?」
「多分、そこら辺で蹲ってるんじゃない?」
そうか、と返したエグシスは、ヒイラギの後ろに微かに蹲る人の影を確認した。
「お前がやったのか?」
「うん」
薄くなる蒸気に、二人はハジメの存在を完全に認知する。
青ざめた表情。汗に濡れた髪。整わぬ呼吸。血の流れる右腕をダランと地に垂らした、弱々しい目の少年。先ほどまでの自信溢れる表情など、既に彼からは無くなっている。
「まずかった?」
「いや、構わない」
答え、エグシスはハジメに止めを刺すため一歩ずつ歩み始める。
その歩みに対して、ハジメは全く反応を見せない。
戦う意思が、生き残る意思が無くなったわけではない。
恐怖で身体が動かないのだ。
恐怖に対抗するためにアビリティマスターになり、そしてスキルバーストも習得した。
それでも、スキルバーストによる一撃をエグシスは自力で脱出してみせた。
スキルバーストはもう発動できない。加えて、右腕は使えない。
――勝ち目は無い。
ハジメは目を瞑った。
――また、逃げ遅れた。
ハジメは諦めた。
……敵のものではない強い者が発するオーラ。何かが吹き飛ぶ音。窓ガラスが割れる音。
ハジメは、ゆっくりと目を開け顔を上げた。
「…………」
見慣れない。しかし、知っている者の背。
目の前に立っていたのはエグシスではなかった。
「一二三、マモル」