第130話 Skill Eater
数ある能力の1つに『能力喰い(skill eater)』と呼ばれるものがある。
この能力は、文字通り他者の能力を喰らい自分のものにする能力であり、能力を喰われた能力者は基礎能力しか使えなくなる。また、喰らった能力をその能力の所有者に戻す事は二度と出来ない。
しかし、ここまで強力な能力な事もあってか、現時点では1人しか、この能力を持った者はこの世界に存在しなかった。
そのたった1人の『能力喰い』。それが、現在日本のSCM地下研究所にて"保護"されている結城ヒイラギである。
SCM地下研究所。世界中のSCMにある地下研究所は、異界側の推薦によって作られたものである。その作られた理由の1つに『暴走者』の管理というものがあった。
『暴走者』とは、能力が暴走し能力者自身が能力を制御出来なくなった状態を指す。
しかし、この能力の暴走は大抵時間が立てば治まる。だが、稀にその例から漏れてしまう能力者がおり、そういった能力者を隔離、管理し元に戻すための研究をする場所がSCM地下研究所の役割だった。
「明日は卒業式なんだってね」
動物園にあるような動物を見るためのガラス張りの部屋。その部屋に入って左は何も無い壁、そして右はガラス。ガラスの向こうには、見下ろすようにして大きな真っ白い壁に囲われた空間があった。
その空間には机と椅子があり、机の上には例によって幾つかの本が置いてあった。加えて、その椅子には1人の青年が座っていた。
その青年、スキルイーターである結城ヒイラギは上を見上げ、ガラスの向こう側の青年、一二三マモルにそう声をかけた。
「そうですね。研究員から聞いたんですか?」
マモルは、近くに設置されていたマイク越しに落ち着いた表情のヒイラギに訊く。
「ああ、いや、時期的にさ。それにマモル君がここに来たって事は、つまりそういう事かなってね」
「確かに、結城さんの言うとおりですね」
「つまり、"次について"だね」
ヒイラギは察した様に言った。
マモルが今日この場に来た理由。それは、いつもの様にヒイラギの暇潰しの為の本を補充しに来たとか、彼の話し相手になりに来たとか、そういったものでは無かった。
「そうですね。といっても、そんなに堅苦しい話では無いんですけどね」
そう言い、マモルは近くに置いてあった椅子に腰を下ろす。
「で、次期隊長は誰に?」
「A地区の刃留嶺です」
「ふーん、やっぱカナエちゃんじゃないんだね」
「そうですね。まあ、実力的に見てもカナエよりもレイの方が上ですし。何よりA地区かどうかは大きいですから」
でも、とマモルは一瞬、顔を俯かせるが、直ぐに上げ話を続ける。
「カナエは今回副隊長になりましたけどね」
隊長になれなかった事に対してでは無く、副隊長になってしまったという事に対して、マモルは今回の決定をあまり快く思ってはいなかった。
確かに、実の妹がそういった重要なポジションを任せられるという事は名誉な事ではある。しかし、隊長であった自身の経験から考えて、隊長、また副隊長という役柄は決して楽では無い知っていた。だからこそ、彼は出来るだけ妹であるカナエには普通にSCMの隊員として頑張って欲しかったのだ。
とはいえ、副隊長という役柄になった以上、カナエには頑張ってもらいたいとも思っていた。
「ふーん、副隊長ねえ……。そういや、カナエちゃんはどうしてD地区なの? 君の妹なら能力者として力もそれなりにあるだろうに」
「血の繋がりは関係無いですよ。周りからもよく言われましたけど、俺はそんなの関係無くて、強さなんて努力次第だと思うんです」
「君らしいね。つまり、カナエちゃんがD地区なのは実力に見合ってると」
「まあ、多少は周りからのプレッシャーも関係あったと思うんです。そのせいで焦って空回りした」
その事に対してマモルは責任を感じていたが、今は口にしない。
「恐らく、君の言うとおりなんだろうね。何と無く、まあ、まだ数回しか会ってないけど彼女のポテンシャルは高い気がするし」
「俺もそう思います。あいつは努力家だし、それに良い友人や先輩にも恵まれた」
「リュウ君だね」
ヒイラギは顔をニヤつかせる。
「はい。えっと、慶島さんから聞いたんですか?」
「そうだね。この前、カナエちゃんと話してた時にちらっと名前が出てさ。気になったんで訊いてみたんだ。話を聞く限りじゃ平凡な男子学生だが……一度会ってみたいとは思ったね」
「あいつは不思議な奴ですよ。夏のトーナメントを境に急に名前が上がってきた。カナエとの出会いがきっかけか、もっと別の理由かは知らないですけど。それ以降も、それなりにSCM内でも話題には上がってましたし」
「何かと事件には巻き込まれやすいタイプらしいね。何か過去に色々あったとか、どうとか……」
「そうですね。そういうのも含めて、彼はただの平凡な男子学生では無かったんでしょう」
さてと、と少し喋り疲れた様子でマモルは席を立った。
「明日も早いので、そろそろ行きますね」
「ああ。久々に中身のある話をした気がするよ。楽しかった。ありがとう」
ありがとう。
別段、気にする発言では無いがマモルの心にはそれが何故か引っかかった。だが、前述の通り気にする事でも無いのでマモルは特に言葉を返さず会釈して部屋を出ようとする。
「あっ、そうだ言い忘れてた」
ドアノブに手をかけたマモルの背に、スピーカー越しに声がかかる。
「卒業、おめでとう。じゃあね」
いつもの様に彼は「じゃあね」で締めた。
マモルは、改めてマイク越しに言葉を返そうかと思ったが、眼下の笑顔のヒイラギに改めて「ありがとうございます」と会釈し部屋を出て行った。
そこに「卒業おめでとう」以外の意味は無い。
しかし、マモルはやはり何故かそれ以上の意味が含まれているように感じたのだった。