第129話 炎と槌
世の中には様々な科学で証明されない不思議なことがある。
それは、まだ証明できるレベルに我々が達していないせいか、それとも証明自体が不可能なのか。
ある科学者は、人々のもつ能力については後者だと主張した。
それは、何もないところから火を起こし、水を出現させ、木々を生み、電気を作り、強い風を起こす。
また、それは何もないところから武器を精製し、物質を操作し、身体の構造を変えてしまう。
この世の原理、法則を捻じ曲げ、それは悠々と我が物顔で我々の世界に干渉するのだ。
これは、そんな能力が一般的に認知された世界の物語である。
3月6日、木曜日。卒業式前日。
高校3年のリュウは、特に理由もなく街中を歩いていた。
学園都市。
別称、能力開発都市とも呼ばれるこの地域は、文字通り主に能力を持つ『能力者』と呼ばれる存在を育成するための都市である。
北と南にそれぞれA〜Fの区間分けされた地区を持つ学園都市には、能力者専用の中学、また高校が存在する。リュウは、その内のD地区に住まう"元"炎と氷の能力者だった。
――この街とも、お別れか。
まだ少し冷たい風が吹き抜ける道を、やはりリュウは行く当てもなく歩いて行く。
風景はちょっとした都会。主に学生のためのアパートが立ち並ぶが、社会人である能力者のためのマンションや住宅も並んでおり、外観は一般的な街とそこまで違いはない。
この街に住んでいる住人が主に学生とはいえ、ちゃんとコンビニもデパートも飲食店も何でも揃っている。
そんな一般的な街。しかし、この街は彼にとっては3年間お世話になった第2の故郷である。
――色々あったよなあ。
リュウは、記憶を呼び起こす。
復讐者に徹した1年目、2年目は特に何もなかったが、友人のレイタの進言により参加したトーナメントをキッカケにその人生は一気に動き、彩りを加えた。
夏休みが始まる頃、参加したシングルトーナメント。リュウは、『能力封じ』という特殊な能力を持つキョウ、そして衝撃波を操るイケメン女子のユミ、そして現時点で学園都市に在籍する中で最強の能力者である一二三マモルの妹であるカナエと激戦を繰り広げた。結果は、3回戦負けという残念なものだったが、この戦いをキッカケに3回戦の相手であるカナエとチームを組む事になる。
シングルトーナメントで敗退した2人は、続くタッグトーナメントに出場する事になる。初戦は、無勝のショウとクラス委員長のリョウと、2戦目はアビリティマスターであるミオと内気な性格のハヅキと、準決勝は特殊な能力を操るショウイチとルミナスと、そして決勝はエセ関西弁のリュウヤとミズヤと戦った。惜しくも、決勝にて敗れ、またミズヤの斬撃をリュウが負うという痛々しい結末となったが、この数日間で彼が得たモノは何物にも変えられないモノだっただろう。
ここで、一旦、思い出の奥から意識を浮上させたリュウの目の前に見知った姿の男子生徒が映る。
この2年間にお世話になった者の姿だ。
「おーい、レイター」
リュウの呼び掛けに、上の方を向いていたレイタは彼の方を向き、手を振った。
それを見て、リュウは彼の元へと小走りで向かう。
「いやー、何か久々だな」
「そうか? つか、どうしてここに?」
「うーん、散歩かな? やる事ないからさ、特に理由も無く歩いてたんだよ。……レイタは?」
「俺も似たようなもんだな」
そう言って、レイタは再び歩き出す。それに、リュウも着いて行く。
「さっきさ、ちょっとここ半月くらいの事を思い返してたんだけどさ」
「歩きながらか? 危ないだろ」
「ゆっくり歩いてたし大丈夫、大丈夫」
「そうか。で、どの辺りの事を思い出してたんだ?」
「トーナメントの頃だな」
「トーナメントか……思えば、あの頃から色々と回り始めた気がするな」
「そうか? ……と思ったけど、そうなのかもな」
リュウ、レイタはトーナメントの後、夏休み、文化祭、そして人造能力者との対決を思い返す。
まるで、学生の妄想のように突如現れた人造能力者たちは、生徒たちを人質に取り、ランダムに選んだリュウ、レイタ、そしてショウ、ユミ、ユイ、アンズ、レイジと戦った。その生徒の命のかかった試合の初戦にリュウは戦い、未知なる能力者である人造能力者に対し善戦したものの敗退した。そして、試合は3勝3敗で進み最終戦、レイタは敵の能力に当てられ、内なる自身を解放し勝利した。
「トーナメントの後は人造能力者戦か。結局、お前や友人知人を除けば、今だに俺に対して壁を作ってる奴がいるな」
「そうなのか? いや、まあ、あんなもん見せられたらそうなるのも分かる気はするけどさ」
「それは、俺も分かってるよ。これは俺が悪い」
でも、とレイタは続ける。
「ヤヨイやお前らはそうじゃないから、俺は別に構わねえよ」
「……そっか」
あの戦いをキッカケに、レイタの周りの環境は1年の頃に逆戻りした。だが、それでも1年の頃とは違い、今はリュウも勿論だが、トーナメントを通じて知り合った者など自分の事を分かってくれる、こんな自分を見ても避けないでくれる友人がいる。故に、レイタはもう気にしてはいなかった。
「で、その後が……アリスとの出会いか」
「えっ? ……ああ、そうか」
微妙な記憶の違いも、リュウは1人納得しレイタに合わせる。
アリス・レイディア。唯一無二の能力である『能力創り(スキルクリエーター)』である少女との出会いから始まった最低最悪の記憶。
「そういや、アリスは今何処に居るんだっけ?」
「SCM本部だな」
「そうなのか? ……いや、一時的にSCMで保護するとは聞いてたけどさ」
「数週間前くらいかな。偶然サヤに会ってさ、で俺も気になったから訊いてみたんだよ。そしたら、今後もうちのSCMで保護する事になったってさ」
ふーん、とリュウは返し続ける。
「そういや、あれから1度も会ってないんだよな」
「そうだな」
「……暫く会えなくなるだろうし、1度会っておくか」
「ミオやヤヨイも誘ってな」
うん、とリュウは頷く。
予定が会いに行かなかったわけじゃない。実際の所は、キョウやリリアという彼女にとって大切な人を失ったアリスに、どんな顔をして会えばいいのか分からないというところだった。
「……キョウは今頃何してんだろうな」
「さあな。天国にでも居るんじゃね?」
「いや、あいつの事だから天国に行ったけど、暇だから地獄に行かせてくれって頼んでたり」
「キョウだったらそうするかもな」
リュウは微笑を浮かべる。
スキルクリエーターであるアリスを守り、キョウは命を落とした。
初めて体験する友の死。幸せな風景から一転して地獄へと変わった瞬間。
そして、襲いくる喪失感。
それでも、2人は前を向いて歩き続けた。止まらない日々は、俯く者を待ってはくれないから。
しかし、数週間後。再び、2人は悪夢に間接的に襲われる事になる。
直接的ではない。しかし、間接的にしろ、その死は2人に何かしらのダメージを与えていた。
「散華だったか? それがあって、で……」
「カナエちゃんが消えた事件だな。名付けて消失事件」
「そういえばそんな事があったんだったな。つか、俺はあまりその事件について詳しく聞かされてないんだが」
「また、今度聞かしてやるよ。……で、その次が」
「12月24日。これも、お前の能力が消失したこと以外詳しく聞いてないな」
「まあ、それも後々詳しくって事で」
いちいち話すのが億劫なので適当に誤魔化し、リュウは空を見上げ続ける。
「ほんと、色んな事があったなー」
トーナメントに始まり、自身の過去との決着に終わる。
彼の高校1年、2年の時に比べるとそれは遥かに濃密で、過激で、実りのある日常だった。
そんな、満足顔で過去を振り返ったリュウに、レイタは前々から気になっていた事を訊く。
「単純に良かったか悪かったかで言ったら、この1年はどうだった?」
「そりゃ、勿論……」
当然、良い事ばかりではなく辛い思いもした。
「良かったよ」
リュウのその言葉に嘘偽りは無い。
良いも悪いも含めての人生。ならば、良い方が多かったこの1年は間違いなく良い1年だったと言えるだろう。
「そうか、そりゃ良かったよ」
「おう。つか、それよりも腹減った」
「じゃあ、どっか食べに行くか」
2人は、再び暖かな日差しの当たる道を歩き始めた。