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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第14章 日常(12月〜3月)
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第128話 囚われの氷男

 A地区とB地区の間にあるSCM本部の地下には、能力者である犯罪者を収容するための牢獄が存在する。

 何故、SCMの地下にそのような施設があるかというと、先ず能力者を閉じ込めておくためには、それなりの牢が必要になるということ。もう1つが、もし囚人が脱走した際に、直ぐにSCM所属の生徒や職員が対応できるためだった。


 氷結魔事件。

 SCMの間、また生徒間でもこのように呼ばれる連続襲撃事件の犯人もまた、この地下牢に収容されている。

 名は氷界ハジメ。氷の能力者であり、現在学園内に8人いるアビリティマスターでもあった。






「気分はどうだ?」


 場所は地下牢。この時期になると、冷んやりとした空気が常に揺らめく場所であり、囚人たちから文句が出てくる場所である。

 そんな所で、今日もまた、その華麗で長い金髪を靡かせ、SCMチームCであるアルス・デュノアは白いマスク越しに牢の中の囚人に言う。


「普通、だよ」


 それに答えたのは、彼とは違い逆に至って普通の青年である氷界ハジメだった。


「名を名乗ってなかったな、アルス・デュノアだ。……思えば、あの時以来だな」

「……ああ。そういえばそう……だったっけ?」

「そうだよ。ここは空気が淀んでいて美しくない所だからね、俺も理由が無ければ来たくないんだよ」

「ああ、それでマスクを(というか、牢屋って基本的に美しくない所なんじゃ……)」


 心の中でツッコミを入れつつ、ハジメは続ける。


「で、今日はどんな理由でここに?」

「もうすぐ、卒業式だからな。取り敢えず、君は学校生活に関しては真面目にやってたから卒業は出来るそうだ」

「でも、問題は進路……か」

「一応、君はアビリティマスターだからな。その辺は気にしなくていいだろう」


 今年は8人もいるアビリティマスターだが、本来なら年に2、3人しか出てこないほど希少な能力者である(0人だった時もある)。なので、一研究対象としてや、その能力に合った職業など(属性系能力はエネルギー開発分野)から強く求められる事が多い。

 なので、例え前科持ちだったとしても簡単に就職先が決まる可能性が高かった。


「まあ、卒業式には出られないけどな」

「それは分かってる。でも、確か今年の春には出られるとかだったけど……」

「そうだな。属性能力者であること、またアビリティマスターであることからの特別処置だ」


 ハジメのように、アビリティマスターが罪を犯す事は過去にもあった。そして、その時も特別処置を取り、通常の拘留期間よりも短い期間で留置所から出させ、世のため人のためと半ば強制的に就職先を決められたという例があった。

 といっても、それはまだ学園都市というものが出来、システムが整ってなかった頃の話であり、今では特別処置はあれど、就職先についてはある程度の自由は与えられる。だが、短くなった罰を振りかざし就職先を強引に決めてくる事はあるだろう。

 どちらにしろ、アビリティマスター絡みなので例は少なく、SCM所属の生徒でさえも、彼の将来に関しては何も分からない状態だった。


「嫌か?」

「えっ?」

「卒業式に出られないのは、嫌か?」

「…………」


 ハジメは顔を俯かせる。

 そのある程度予測できた反応に、ハッとアルスも自分自身にため息をついた。

 卒業式には出られない旨を伝えてくれ、というSCMで無くてもいい仕事を、アルスは他のメンバーがたまたま居なかったために引き受ける事になった。

 嫌いな嫌いな、美しくない場所。

 潔癖症ではない。綺麗好きであるが。

 地下牢が嫌いな理由は単純に美しくないから。

 名前、雰囲気、空気、そしてそこに居る罪人たち。

 そんな場所に来る事になり少し苛立っていたから、そんな彼のバックボーンを知ったうえで意地悪な質問を彼に投げたのだ。


 だから、言ってから後悔した。言ってから後悔するなんて、全くもって美しくない。


 ハジメは、このまま回答を返さないだろう。

 心の中で詫びつつ、アルスは無理矢理別の話題を提供しようとする。

 だが、その前にハジメが顔を上げた。


「正直、式に出られなくてもいいって思ってるよ」


 回答を返さないというのが、最初の予想。

 回答を返すとして、その内容が本心とは裏腹に「出たい」と答えるのが2つ目の予想。

 この瞬間、アルスの予測は2重に外れてしまっていた。


「何故?」

「出てもつまらないし。そもそも、周りが俺を避けるだろ?」

「…………」


 出てもつまらないというのは友人云々についての問題だろうが、ハジメにも少なからず友人が居ることは、既に把握できている。つまり、前者よりも後者。それは、他のクラスメイトの事を気遣っての言葉という事になる。そう、アルスは考えた。


「俺が言っても信用ならんと思うが……C地区の生徒らは既に氷結魔については何とも思ってないぞ」

「上辺の話でしょ? 本心は分からない」

「まあ、それはそうだけどな」


 そういえば、と強引にアルスは、この話題を終わらす。

 どちらにしろ、ハジメが卒業式に出られない事に変わりはない。なら、これ以上、この事について話し合っても仕方ないと思ったからだ。


「君は掃除は好きか?」

「…………えっ?」


 唐突な話題の変わりように、ハジメも困惑顔だ。


「好きか、嫌いかでいい」

「……嫌いじゃないけど」

「なら、今度この地下牢を囚人たちに掃除させようと思ってるんだが、君からも言ってやってくれないか?」

「誰に?」

「他のSCM関係者だよ。誰でもいいから、適当に話題を振ってくれると助かるんだが」

「……いや、ならアルスが言えばいいんじゃ」

「囚人たちからも声が上がった方が企画が通りやすいんだよ。結局、やるのは囚人たちだからな」

「そうなんだ。えっと、ちなみにどうして掃除なんか……」


 掃除なんか? アルスは、ハジメを睨みつける。


「あのな、君はこんなゴミの掃き溜めみたいな所に居て何ともないのか? 空気は淀んでいる、ホコリは溜まっている、なんか臭い他色々。俺だったら数日、いや1日、いや1時間で発狂するね!」

「い、いや、でも、他の囚人たちは文句とか言ってないし……」

「言ってないし……じゃない! あいつらはゴミみたいな奴だから、気にならないんだ。でも、俺みたいな一般人なら、気になって気になって、2度とこんな所に来たいとは思わない!」

「いや、でも、ミオちゃんは何回か来てるし……」

「あの子は少し頭のネジが飛んでるんだよ。それに、君に会うという理由もあるだろ。俺だって、仕事じゃなかったらこんな所に来ないよ!」

「う、うーん、ちょっと酷い……」


 はあはあ、と息を切らし、奥に溜め込んでいたものを吐き出したアルスは、ここで1つ咳払いをした。


「少し取り乱してしまったな。美しくない」


 そういえば、とここでアルスは、数ヶ月前にミリアが言っていたある事を思い出す。


「君は、うちのミリアからスキルバーストについて色々と教えてもらったそうだね」


 数ヶ月前、ミリアがハジメに気まぐれで教えたという能力強化技『スキルバースト』。

 所詮は口頭であり、また牢屋内でしかトレーニング出来ない事を考えたら、教えてもらったとはいえハジメがそれをモノに出来るとはアルスも思ってはいなかった。だが、ハジメが能力を極めたアビリティマスターである事を考えて、一応その後どうなったか彼は確認しておこうと思ったのだ。


「で、結論から言うとどうなんだ? 習得できたのか?」

「……うん。一応は」


 この返答には、さすがのアルスでも驚くほかなかった。


「一応は、とは?」

「まだ、その状態を持続出来なくて……。もって、3分程度なんだけど……」

「3分か……」


 十分過ぎる。

 扱える者は、何時間でもその状態を持続可能な技であるスキルバースト。だが、本来は切り札となる技であり、最低でも1分も扱えれば十分に使える技だった。

 そして、スキルバーストという技は発動させるまではそこまで難しくなく(といってもそれなりの努力がいるが)、その発動した状態を持続させる事の方が遥かに困難を極める技だった。


 これが、アビリティマスターか。

 アルスは、軽い嫉妬心に似た感情を憶える。

 アビリティマスターといえど、全員が全員スキルバーストも難なく習得できる訳ではない。要は得手不得手。たまたま、ハジメはそういう方面にバランス良く才があっただけ。

 それでも、そうと分かっていても嫉妬心は自然と湧き出てくる。ハジメよりもスキルバーストの持続時間が長いとしても、それは変わらなかった。


「……さて、そろそろ俺は上に戻るよ」


 腕時計に目をやり、アルスはそう言って来た道を戻り出す。


 柄にもなく、こんな汚い所に居すぎた。

 戻ったらシャワーを浴びよう。


 アルスは足早に歩いて行った。

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