第124話 ある日のチームC 〜1+1+1という立ち位置〜
2月28日、金曜日。C地区内。
たまたま、予定が空いている日が重なったという事でSCMチームC、アルス・デュノア、筒川雄子、ミリア・ラドルフの3人はチームCとして久しぶりに何処かに遊びに行くことにしたのだが……。
「さて、何をして遊ぼうか……」
日を浴びてより一層キラキラと光る金髪の男、アルスは呟いた。
C地区内の公園のベンチに座る彼の目線の先には、同じチームの2人が各々昼のひと時を過ごしていた。
1人は、腕立て伏せを。もう1人の赤髪の少女は、立ってぼーっと空を見上げていた。
「…………」
そんなマイペースな2人に、アルスはため息をこぼす。
俺が思い描いていたのはこんな風景じゃない。こんなの美しくない、と。
先日、サヤからチームDの皆と久々に遊んだ事を聞いたアルスは、せっかくなので自分たちのチームも学生最後の交流をしておこう、と思い立ったのだ。
しかし、彼らがそもそもチームCとして遊んだことなど、チームを結成した2年の夏から1度たりとも無かったのだ。
そう考えれば、思いつきでアルスのサヤへの羨ましさから考えられたこの企画がグダグダになるのは、ある程度予想出来ることだった。
「しかし、よくこんなマイペースな奴らが集まっているのにチームとして成り立ってたな」
変わらず、各々に過ごす2人を見て彼は独り言を呟いた。
ミリアは、氷結魔事件の時もそうだったように、よく"何か"を察知して独断で行動してしまう。
また、ユウジも少しでも時間があれば筋トレに勤しみだしてしまう。
それでも、チームCとして今までSCMからの任務を失敗したことは一度たりとも無かった。
つまり、やる時はやる。そんな奴らで構成されているのが、このチームCなのである。
そんな事は、アルスも百も承知である。しかし、それでも後数週間で卒業することを考えれば、何かしら思い出の1つや2つ作っておきたい。そう、彼は思っているのだ。
しかしながら、現状そういった事が出来る雰囲気ではなく。アルスも半ば諦めかけていた。
そんな諦めムードの中、何度目かのため息をもらした彼の耳に女性の悲鳴のような声が入った。
「!?」
ベンチから立ち上がり、その声の方を向いたアルスとほぼ同時にミリア、ユウジの2人も彼と同じ方向を向いた。
「行くぞ」
アルスの振り向かずに放たれた言葉に無言で頷き、2人は悲鳴が聞こえた方へと走り出した彼の後を追って行った。
学園都市において、何かしらの事件が起きる事は一般的な都市などと同じように不思議では無い。
しかし、ここは能力者が住まう都市。
単純に同じものとしては考えてはいけない。
悲鳴が聞こえた方向に3人が走っていくと、そこには地面に倒れている女子の姿があった。
「大丈夫か!」
直様、アルスが女子を起こし安否を確認する。
そして、彼の声に口元に血を滲ませる彼女は反応を返さない。
「……息はあるな。よし、俺はこの子を病院まで連れて行く」
了解と返したユウジ、そして無言で頷いたミリアはそれぞれ東西2方向に分かれて走って行った。
「……? これは」
女子を背負おうとしたアルスは、 彼女が倒れていた箇所にブレスレットが落ちている事を確認する。
それを一瞬の内に記憶し、彼女を背負ったアルスはベルトから下げられているポーチから折り紙を取り出しつつ病院に向かって走り出した。
数分後、犯人捜しのため辺りを捜索するユウジ、そしてミリアの元に折り紙で折られた赤い飛行機が飛んできた。
折り紙は、2人の手に触れた瞬間に元通りに開かれた。
一旦、戻ってこい。
荒く折り紙に書かれたそれを確認した2人は、直様女子が倒れていた方角へと走り出した。
2人が、ほぼ同時に女子が倒れていた所に戻ると、そこには女子が倒れていた付近に向かってしゃがみ込むロングヘアーの女子の姿があった。
2人は、近づくにつれその女子が何かを拾うようにしゃがんでいる事を確認した。
「どうしたんだ?」
ユウジの野太い声に、女子は驚いた様にハッと顔を上げる。
顔を上げた視線の先、そのユウジの姿を見て更に彼女は驚いた表情を見せた。
「べっ、別に何も!」
「ん? ブレスレット?」
彼女の手に握り締められたブレスレット。彼の目は、その金属で作られたブレスレットに付着した赤い液体を見逃さなかった。
「高そうな物だな」
背後からの赤髪をなびかせるミリアの声に、彼女はやはり驚き身体をビクつかせる。
「あ、あんたらには関係ないでしょ」
隠すようにブレスレットをスカートのポケットに入れ、女子は立ち上がり、逃げるようにその場から歩き出す。
だが、それをユウジは制した。
「聞きたいことが二、三あるんだが、いいか?」
「私は、急いでるの」
「まあそう言わずに。ついさっきここで女子が倒れてたんだが……何か知らないか?」
「し、知らない……」
「そうか。なら、さっきのブレスレットだが、ここに落ちてたよな? それは、お前のか?」
「…………」
「そう」と答えれば重要参考人として、「違う」と答えればブレスレットは証拠品として返してもらう。
ユウジとミリアの予想通り、彼女がこの事件に関わっているなら、後者を。しかし、ブレスレットが大事な物ならば、そもそもどちらも答えない可能性もあった。
しかし、だからと言って逃げるという選択肢を彼女が取らない事をある程度2人も予想していた。
――ここから、病院まで直ぐか……。
俯く彼女からの返答を待ちつつ、2人は同じことを考えていた。
もう、そろそろ戻ってくると。
「間に合ったようだな!」
よく目立つ金色の髪を揺らし、アルスがこちらに向かって走って来た。
彼は、到着し暫く息を整えた後に2人に状況説明を求める。
「……なら、彼女が犯人だろう」
「「えっ?」」
ユウジと俯いたままだった女子が同時に声を出す。
「ち、違う! 私は何も……」
「大方、さっきの子とブレスレット絡みで喧嘩になって、殴ったら相手が気を失ったってとこだろう」
「いや、だから、私は」
「じゃあ、何でブレスレットを?」
「そ、それは……」
なんか可愛かったから拾った。という言い訳は無理があるだろう。
逃げ場なしの状況で、彼女は遂に観念した様にその場に崩れた。
「だって、あいつが悪いんだ! あいつが……」
「はいはい。詳しくはSCMの人が聞いてくれるから」
そう言って、アルスは携帯を取り出した。
「結局、SCMとして仕事しただけだったな」
夕陽を背に、ユウジは先を歩くアルスに言葉を投げる。しかし、彼は何も返さない。
結局、女子のSCMへの引き渡しなどで気付けば夕方になっていた。
「あのさ……もう、これから何処かに遊びにって訳にはいかないけど、せめてご飯くらいなら……」
ミリアの言葉にアルスは歩を止める。
初めは唐突なアルスの遊ぼう発言に、めんどくささを感じていたユウジとミリアだったが、事件後のアルスの気落ちした表情を見て、考えが変わっていた。
「……美しい夕陽だな」
手で影を作り、アルスは2人の方へ振り向いた。
「よし、今日はラーメンでも食べに行こうか」
2人の返答を待たずに、アルスは再び歩き始めた。
主に学生が住む都市であっても、飲食店などは大小それなりの数がある。
一行は、ユウジが主に利用している小さなラーメン屋に来ていた。
「おや? 君は……」
味のある店内に入ったアルスの目線の先には、見知った女子の姿と共にラーメンを啜る男子の姿があった。
女子の方は、同じC地区の山神リタ。そして、男子の方は……。
「押重マドカか?」
アルスの言葉に、マドカは「はい?」と彼の方を向いた。
「C地区のSCMだよ」
リタの紹介を経て、3人はそれぞれ名を名乗った。
「ちなみに、3人も晩御飯?」
「ああ。そういう君たちはデートかな?」
「えっ!? ま、まあ、そんなとこかな」
照れるようにリタは目線を散らす。
「なら、邪魔したね」
そう返し、アルスは店員に示され奥の方の席に向かった。
「しっかし、リタさんがねえ……」
目の前に置かれた2つのお椀を空にし、暑さから上着を脱いでいるユウジは水の入ったコップを手に取る。
「彼女にも春が来ただけだろ? それより、お前はよくそんなに食えるな」
「普通だろ? アルスもミリアももっと食えよ。大きくなれんぞ」
いや、いい。と、込み上がってくるものを抑えつつ、彼はコップの中の水を一気に流し込んだ。
「ここのラーメンは重いな」
「そうか? 俺としては丁度いいんだがな」
「お前の基準と俺ら一般の基準は違うんだよ。それより、大丈夫か? ミリア」
アルスは、横でまだ麺の残るお椀をフラフラと見つめるミリアに声をかける。
「なんだミリア、ギブアップか?」
ユウジの言葉に小さく頷いたミリア。それを見て、ユウジは彼女の前のお椀へと筋肉質な腕を伸ばした。
「まだ、入るのか」
「一応な」
美味しそうに麺を啜るユウジから、微妙に目線を外しつつアルスは息を吐いた。
こういうチームもありだろう。
こういう思い出も立派な思い出だろう。
アルスは、自然に笑みを浮かべていた。
次回予告
「アビリティマスター歴代最強の空気野郎だよ」
SCMチームBに課せられた作戦の内容は、通り名の無いアビリティマスターの協力を得ることだった。
次回「ある日のチームB」