第123話 ある日のチームD 〜(1+1)+1という関係〜
2月24日、月曜日。D地区内。
たまたま、予定が空いている日が重なったという事でSCMチームDの3人はチームDとして久しぶりに何処かに遊びに行くことにしたのだが……。
「(うーん、気まずいな。これってやっぱ、私邪魔者だよね?)」
例の事件を境に、レイジとルナの仲が縮まっているのはサヤも薄々感じていた。それが、本日何をして過ごそうかと街中を歩いている時にサヤの中で確信に変わったのだ。
そう、2人の歩く歩幅は同じ、更に並んで歩いているためはたから見ればそれはカップルと思われても仕方ないものだった。
そんなものを見せられては、サヤも空気を読んでその後ろを歩くしかなかった。というよりも、彼女自身空気を読んで帰りたかった。
しかし、今日はあくまでチームDとして最後になるだろう一緒の時間を過ごす名目であり、逆に彼女が抜ければ2人にとってみれば空気を読んでないのはサヤ自身になってしまう。
そんな、サヤからすれば一体どうすればいいのかと周りの者に訊きたくなるような状況の中、彼女は歩いていた。
「(ほんとにさー、イチャイチャしないでとは言わないけどさー、気付いてくれないかなー、それどころじゃないのかなー)」
最早、サヤの頭の中はそんな事でいっぱいだった。折角、チームDとして久しぶりに過ごせると思ったらこのざまなのだ。彼女としては、テンションが落ちるところまで落ちていた。
前回、このメンツで遊んだ時は寧ろサヤはルナの事を応援していた。それにサヤなりに気を利かせたりもしていた。しかし、今は違う。気を利かせたら逆に気を利かせられてしまう。
逃げ道など無し。サヤは久しぶりに窮地に立たされていた。
「ねえ、あそこの店とかどうかな?」
前方からのキラキラとした声に、サヤは視線を前に向ける。そこに映っていたのは、サヤもよく利用しているD地区唯一のゲームセンターだった。
「俺は別にいいけど、サヤはどうだ?」
「う、うん!? 私!? 私も別にいいよ」
あせあせと返すサヤに、レイジは不思議そうな顔をするも先に行くルナの後へと歩いて行く。
「(……よし、誰かにアドバイスを貰おう)」
額の汗を拭い、サヤは携帯を取り出しつつルナとレイジの後を歩いて行った。
普段は耳障りな、クレーンゲーム機をはじめとするゲーム機から発せられる爆音も、今のサヤにとっては自然音とさほど差は無かった。
そのぐらい、今の彼女はレイジとルナに対しどう接するべきか悩んでいたのだ。
「(こういうの得意にしてるのは……)」
前で並び歩く2人をチラチラ見ながら、サヤは携帯のアドレス帳をザッと見ていく。しかし、このような状況にアドバイスを与えてくれるような名前は中々見つからない。
「(……そうだ、リュウ君とかどうだろ?)」
レイタとヤヨイとよく一緒に居るリュウなら、と彼女は考える。しかし、リュウがレイタやヤヨイに対し話しにくそうにしている状況を彼女は見たことが無かった。
「(やっぱ、変に気を使い過ぎなのかな……)」
当の本人らは、気にしてない可能性もある。
しかし、やはりサヤからすれば中々いつも通りに話し掛けることは困難を極めていた。
いつもなら、自然に話し掛ける事が出来た。しかし、少し関係が変わっただけで、立ち位置が変わっただけでここまでそれが難しくなるとは、とサヤは頭を抱えるほかなかった。
そんな悩みに悩む彼女の前では、恋人のようにレイジとルナがクレーンゲーム内のぬいぐるみを見ていた。
「これ可愛い」
「じゃあ、取ってやろか?」
「えっ、いいの!?」
「このくらいなら直ぐ取れるよ」
「(ダメだ。完全に2人の世界に入ってる)」
見れば見るほど、2人の様子は恋人のそれだった。
レイジにしろルナにしろ、最早サヤの存在など無いかのような素振りだった。
「(もう、適当に理由作って帰ろうか)」
精神的に疲れが溜まり始めたサヤは、帰る理由を探し始めた。しかし、その時、彼女の視線の先に見知った人物が映った。
「リュウ君!?」
その声に、ぬいぐるみを見事一発で取ったレイジと、それを受け取ったルナも思わず振り返った。
「あれ? サヤちゃんとレイジじゃん」
「……いや、私も居るから!」
サヤたちの方に走って来たリュウに、ぬいぐるみをささっと背に隠しルナがツッコむ。
「つか、どうしたの? 3人でなんて珍しい」
「いや実はさ、チームDとして卒業する前に遊ぼうぜってなって」
そう答えたのはレイジだ。
「そっか、それは俺は何か邪魔しちゃった感じ?」
「いやいやいや、そんな事ないよ!!」
そう答えたのはサヤだ。彼女は、そのまま続けてリュウの腕を掴む。
「そういや、私ちょっとリュウと話すことあったから。ちょっと席外すね!」
レイジとルナの返答を聞かずに、サヤは状況を呑めてないリュウの腕を引っ張ってゲームセンターの奥の方へと消えて行った。
「それは大変ですなー」
「いや、他人事みたいに言わないでよー」
メダルのジャラジャラという音の中、サヤはリュウに簡単に事情を説明していた。
「ていうか、リュウ君は今1人なの? レイタ君とかと一緒じゃないの?」
「いや、リョウと一緒だったんだけど。レナちゃんから電話かかって来て、そのまま何処かに」
「……それは、また」
「だから帰ろうっかなって思ったら、サヤちゃん達がいて」
「へえ。でも、ならカナエちゃんとか誘えばいいのに」
「いや、カナエちゃんはこの時期忙しいだろうからさ」
「……そういえば、そうか」
いやそれよりも、とサヤは話を戻す。
「私は、どうすればいいの!?」
「そう言われてもなあ……正直、レイジもルナもそんなに気にしないと思うけど」
「そりゃ分かってるけどさー。でも、私はそういうわけにもいかなくてさー」
「……なんか、今日のサヤちゃん面白い」
口元を緩めるリュウの言葉に、思わずサヤは赤面する。
「そ、そう?? て、それよりさ、何か無い?」
「うーん、なら俺が話し掛けやすくしようか?」
「えっ、どうやって?」
「4人で少し談笑するんだよ。そしたら、俺が離れてもサヤちゃんはそこまでレイジやルナちゃんに話し掛けづらくないだろ?」
「……リュウ君、天才かも」
「いや、まあ、とにかく2人の所に戻ろう」
逆に赤面するリュウとすっかり元気が戻ったサヤは、レイジとルナの居る所に戻って行った。
「戻りづらい……」
ベンチにて缶ジュースを片手に談笑する2人を見て、先ずサヤがそうこぼした。
「確かに。というか、マジで2人付き合ってるんだな」
「まあ、実際に確認したわけじゃないけどね。でも、少なくともルナちゃんはレイジの事好きだし」
「まあ、あのぬいぐるみがより一層そう見させるよね」
「だよね。でも、これは困ったな」
「うーん、その内立ち上がるだろうけど」
「このまま、私のこと放って出て行ったらどうしよう……」
「だ、大丈夫だよ。……多分」
「うう……」
「まあ、とにかく待とう。ここからなら、2人からこっちは見えない筈」
「はあ。何で、こんな事になったんだろう。応援するべきなのに、恨んでもいる自分が嫌い」
肩をガックリと落とすサヤ。一方のレイジとルナは楽しそうに会話を弾ませていた。
そんなサヤの、少なくとも彼は見たことの無い表情を見て、リュウは意を決して2人の元へと出て行った。
「ん? あれ、リュウ、サヤは?」
「なあ、レイジ。今日は、何でこの面子で集まってるんだ?」
「えっ? それは、さっきも言ったろ? チームDとして卒業する前に遊ぼうぜって」
「本当に?」
「本当だって。どうしたんだよ?」
「いや。だったら、レイジと"サヤちゃん"とルナちゃんとで楽しんでるんだよな?」
「……そうか。って事は、やっぱサヤはそのことでお前に話し掛けてたんだな」
「えっ?」
息を吐き、レイジはベンチから立ち上がった。
「さっきまでルナと話してたんだ。なんか、今日サヤが全然俺らに話し掛けてこないなって」
「じゃあ、分かってたのかよ」
「分かってた。けど、だったら俺はどうしたらいいかなって。変にこっちから話し掛けて、サヤに余計に気を使わせてもダメだろ?」
「そりゃ、そう……つか、ならさ」
そう言って、リュウは背後の柱の影に隠れているサヤを呼んだ。
「さっぱりとお互いの悩みを言った方が早いんじゃねえの?」
目線を動かしつつ出て来たサヤの目を見つつ、リュウは言った。
「……えっとさ」
「悪い!!」
サヤの次の言葉を遮り、レイジが、そして続けてルナが頭を下げた。
「えっ、いや、そんな頭を下げられても困るよ」
「えっ? ああ、悪い」
あせあせと頭を上げるレイジを目に、サヤはフッと笑った。
「……はい、謝るのも禁止。ほら、2人とも時間も有限だし。てか、そろそろご飯食べに行こ」
2人の腕を引き、サヤは口パクで「ありがとう」とリュウに伝えゲームセンターを出て行った。
「そりゃ、サヤちゃんの性格ならそうなるよな」
今回は、相手がレイジとルナだったから。だから、サヤはいつものように直ぐに行動に出れなかったのだろう。
笑顔で2人の手を引くサヤを見て、リュウはそう思った。