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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第13章 ロストクリスマス
118/156

第113話 25日―①

 12月25日。時刻は9時。

 深夜、病院を抜け出したペナルティとしてもう一日入院させられたリュウは、暖かな病室内で漫画を両手に暇していた。

 そんな彼の横で椅子に座っているカナエが、同じように彼の読んだ漫画をパラパラとめくっていた。


「リュウ先輩、これあまり面白くないですね」

「そうだなー」


 そう返し、彼は読みかけの漫画を床に置いた。

 昨夜、あんな事があったにもかかわらず2人の間に壁等は無く、いつも通りの関係を維持していた。


 夢のような出来事。少なくとも、カナエにとっては現実感が無く、取り敢えず事は解決したと考え、あまりその事に対して突っ込もうとはしなかった。いずれ、リュウの方から話してくれる、と考えてる事もあるが。

 一方のリュウも最初は気にしていたが、カナエの方が特に変化を見せなかったので上手くいつも通りの関係に戻せていた。

 こうして見るとカナエの方が大人に見えるが、その事については2人とも気にしてはいない。


「さーて、暇だ」

「じゃあ、散歩でもします?」

「敷地内から出なきゃよかったんだったか。でも、寒いし」

「子どもは風の子っていいますよね」

「じゃあ、俺は大人だな」

「自分の事を大人って言わなくなったら大人ですよ」

「前言撤回。俺は子どもです」

「じゃあ、外に行きましょう」

「…………まじ?」

「部屋の中に篭ってるより、身体動かした方がいいですよ」

「怪我負ってた奴に言うセリフとは思えんな」


 「まあまあ、そう言わずに」と、カナエは殆ど強引にリュウの腕を引っ張り彼を立ち上がらせた。

 そして、ダウンジャケットに身を包み2人は病室を出て行った。






 昨夜、あの後、神谷はカナエの連絡によって駆けつけたレイジとサヤによってSCMに連行されていった。

 身体、主に上体をボロボロにし、首元に手あとと火傷を負っていた彼を見た限りではリュウが一方的に神谷をリンチしたのは誰の目からも明らかだった。

 そういった事を考慮すれば、この事件、喧嘩両成敗という言葉がよく似合っていた。




 場所は変わってSCM取り調べ室。

 首元に包帯を巻いている神谷の前には、机を挟んで慶島カズオが腕を組み座っていた。

 暗い部屋には、彼ら2人を除いて誰もいない。


「で、どうだったよ。うちの息子は」

「殺されかけたよ」


 神谷は、苦笑いを浮かべ答える。


「だから言ったろ? 下手すりゃ、マジで殺されると」

「つっても、学生だぜ? ガキ相手にここまでやられるなんて予想できるかよ」

「まあ、そりゃそうだ。で、どうだった? リュウは」

「…………」


 その問いに、何か嫌な事でも思い出すように彼は言葉を止める。

 無感情の攻撃。

 それは、今まで彼が受けた事の無い攻撃だった。


「慶島、あいつは異常だ」

「息子を異常だと言われるのは、あまり気分がよくないな」

「あいつに感情はねえ。いや、何かを決めたら迷いなんて無くなっちまうんだ。人としての迷いも何も全てな」

「その結果がそれか」


 慶島に示され、神谷は首の包帯を気にした。

 痛みは既に引いてはいるが、その熱さと圧迫感はまだしっかりと彼の首に残っていた。


「で、ちゃんと約束は守るんだろうな」

「当然だろ。お前は、予想以上の働きをしてくれたんだ」


 そう言い、慶島は椅子から立ち上がる。


「年を越すまでには、ちゃんとここから出してやるよ」


 不敵な笑みを浮かべ、彼は神谷を残し部屋を出て行った。


 この事件、全ては慶島カズオの欲求を満たすためだけに仕組まれたものだった。

 数年前、彼は同じ能力者である慶島マイとの間に出来た姉弟であるルミとリュウを巻き込み、ある実験を計画する。


 1つ目に、能力者の間で能力を動かすことは可能かどうか。

 2つ目に、能力を感情によって変化、また強化させることは可能かどうか。


 上記2つの計画を円滑に進めるため、彼は旧友である神谷に協力を依頼した。計画について彼から話を聞いた神谷は、保身を条件に彼に協力する。


 そして、上記2つの計画を達成させるためには、先ず姉また弟のどちらか片方がもう片方を殺す必要があった。といっても、これは慶島が立てた仮説に基づくもので、まだ能力を覚醒させていない能力者候補同士(慶島姉弟)の間で能力を移動させる方法に、この方法が一番効果的では無いかと、これまでの研究等から彼は推測したのだった。

 なお、この時点で彼の中に道徳的観念は存在しない。ゆえに、この姉弟の殺し合いに疑問や親として思うことなど何も無かったのだ。


 そして、姉弟での殺し合いに加えて実験2を成功させるには、生き残った方にある対象に対し大きな憎しみを植え付ける必要があった。


 この2つの条件を達成させるために、彼は神谷の能力に注目する。

 神谷は、一定範囲内の生物に同じ範囲内で起こった事象を認知させなくする能力『透化範囲』と対象の記憶を改ざんする『記憶操作』の2つの能力を持っていた。

 1つ目は、先日のリュウとの戦いでも使った能力である。

 この内、慶島は2つ目の記憶操作能力に注目した。

 このような準備を行った後、神谷は1つ目の能力を使い周囲の住民にばれずに慶島宅に潜入し、当時慶島姉弟しかいなかった(慶島が仕立て上げた)状況においてリュウを脅迫しルミを殺させる。その時、2つ目の能力を使い後悔や恐怖によりぐちゃぐちゃになっていた彼の記憶を操作し、彼が姉を殺したように記憶を改ざんした。


 その後、2つ目の計画のため、神谷は慶島のバックアップを受けながら暫くその身を隠していた。

 結果として、神谷と再開する前にリュウの能力は変化を起こしたが、能力の更なる変化の可能性を考え、今回、慶島は神谷を学園都市に呼び寄せたのだった。


 なお、既に分かっている通り、この2つの計画は成功を収める。姉殺しによってリュウは2つ目の能力を手にし、また強い憎しみの感情により、その能力を変化させた。


 リュウは敵を打ち、慶島は計画を成功させ、双方にとって上辺だけ見れば今回の事件に関してエピローグを見たと言える。

 だが、まだこの物語は終わってはいなかった。






 場所は変わって、病院の敷地内。

 時折、冷たい風が吹き抜ける中でリュウとカナエは敷地内を散歩していた。


「やっぱ、寒いですね」

「だから言ったろ」


 そう言って、彼は近くのベンチに腰を下ろす。カナエも、それに続いて腰を下ろした。

 枯れた木々が所々に立つ、ちょっとした公園のような敷地内に特に人はいない。

 2人は、白い息を吐きながら悴んだ手をこする。


「こんな時の能力だよな」


 呟き、リュウは炎の能力を発動しようとする。しかし、何故か炎はその手に現れない。


「あれ? おかしいな……」


 いつもなら、息をするように能力を発動できる。しかし、今は炎も何も全く出現しない。


「どうしましたか?」

「いや、能力が発動出来ないんだよ」

「発動出来ない?」


 カナエは、自分はどうかと能力を発動してみる。しかし、彼女は特に問題無く能力を発動し、その手に暖かな火を出現させた。


「多分、昨夜頑張り過ぎたのが原因じゃないですかね?」

「うーん……でも、言うほど能力発動してないしな……」


 リュウは、昨日の神谷との戦いを思い返す。しかし、そこまで能力を発動した記憶は無かった。


「一応、医者に見てもらいます? 大丈夫だとは思いますけど……」

「うーん、そうだな。折角、病院にいるんだし」


 そう言って、彼は立ち上がる。

 リュウにとっては、特に心配は無いが念のため。しかし、一方で冷静を装っているカナエは不安で心をみたしていた。

 『スキルアウト』というものがある。

 これは、激しい感情の起伏により能力が暴走してしまう状態をいう。この状態になると、一定時間暴れたのち昏睡状態に陥ってしまう。

 ここまでなら、特にリュウには当てはまらない。しかし、この状態になった場合、能力を消失する可能性が発生するのだ。

 昨夜の戦いにおいて、多少なりとも暴走していたら? 軽度でも、スキルアウトを起こしていたら?


 可能性はゼロでは無い。カナエは、心配を胸に彼の背を追って行った。






 場所は、再びSCM本部。

 SCM隊長であるマモルは、サヤから今回の事件について報告を受けていた。


「取り敢えずは、犯人も見つかり無事解決したというかんじね」


 暖房の効いた隊長室にて、マモルと同じようにソファに腰かけ、サヤはそう締めた。

 結果としては、犠牲者も出ず(けが人は出たが)事件は解決をみた。しかし、サヤとしては今回の事件、リュウの過去について知らない事もあり腑に落ちない点が多かった。


「マモルは、リュウ君について何か知ってるの?」

「ん? ああ、まあ多少はね」


 言葉を濁すマモル。

 マモル自身も、慶島から軽く事情を聞いた程度であり、あまり詳しくは知らなかった。


「それより、リュウ君はどう? 何か変わった事とか無い?」

「今の所はね。まあ、カナエちゃんも付いてるし大丈夫だとは思うけど」

「カナエが? そういえば、あいつクリスマスはリュウ先輩と予定があるって言ってたっけな」

「トーナメント以来、何だか見ててムズムズする関係だったけど、ここ最近はそれなりに近づいてるんじゃない? あの2人」

「そうだな。まあ、よかったよ。カナエも、色々あったからな……」

「へえ、意外。普通、こういう時って兄は心配とかしたりするもんじゃないの?」

「あのな、シスコンじゃないんだから。それに、相手がリュウだったら心配ないだろ?」


 確かに、とサヤは立ち上がる。


「では、私はそろそろお(いとま)するから」

「デートか?」


 敢えて答えず、微笑を浮かべながらサヤは部屋を出て行った。

 それを同じく立ち上がり見送ったマモルは、綺麗に片付けられた木製の仕事用の机の引き出しから一枚の写真を取り出した。


「似たもの同士か」


 呟き、彼は再び写真を引き出しの中へと閉まった。

 笑顔でピースサインをする、まだ幼さが残るマモル、カナエ、そしてその間に2人と同じ風貌の男の子が写った写真を。






 一方、能力が発動出来ないということで病院の医師の所に向かったリュウとカナエだったが、そこでは原因が分からず医師からの勧めでSCMの地下にある能力研究所へと来ていた。


「なんつーか、この前ショウイチも言ってたけどマジで研究所ってかんじだな」


 能力が発動出来ない状態にもかかわらず、呑気な感想をこぼしているリュウ。そんな彼に、カナエは苦笑いをこぼしつつ共に歩き慣れた白い廊下を歩いて行く。

 ここに来るまでの道中、リュウとの会話のおかげか彼女の心からは不安は無くなっていた。


「にしても、ここで一体何を研究してんだ?」

「能力について、ですよ」

「いや、それはわかってるけどさ。具体的に、何なのかなって」

「うーん、まあ、能力ってまだまだ解明されてない事が沢山ありますからね」

「例えば?」

「えっと……リュウ先輩は、アビリティマスターの更に上の存在は知ってますか?」

「アビリティマスターの上? いや、アビリティマスターが最強だろ? 上なんてあるのかよ」

「最近になってアビリティマスターの更に上、つまりアビリティマスターになった事が能力者としての限界では無い事が分かったんですよ」

「へえ、まだ上があるのか。凄えな」


 そんな会話を交わしている内に、2人は目的の部屋の前に着いた。

 カナエは、軽く2回ノックし扉を開けた。

 「失礼します」

 そう言って入った彼女を、部屋にいた1人の眼鏡をかけた白衣の若い男性が驚いたような顔で出迎えた。

 彼の名は加賀(かが)。SCM研究員であり、主に能力開発と呼ばれる分野を研究している。


「珍しいね、君がここに来るなんて……と、彼は?」

「リュウ先輩です」


 後から入って来たリュウを軽く紹介し、カナエは事情の説明を始める。

 その間、扉を閉めたリュウは部屋の中をチラチラと見ていた。

 普通の部屋。研究所の中にある1つの部屋というより、個人的な、それでも研究員が使っている様な、本が大量に本棚に置かれている部屋。

 仕事用の部屋。少なくとも、リュウが想像していた医師の部屋とは別物だった。


「……というわけなんですよ」

「ほほう。……リュウ君、ちょっとこっちに」


 加賀に呼ばれ、リュウは資料で埋めつくされた机の前、椅子に座っている彼の前に立つ。


「…………」

「あの」

「大丈夫。これが、俺の能力だから」


 そう言って、再度彼はリュウの全身をジッと見つめる。

 そして、ある程度見回した後に彼は椅子から立ち上がった。


「詳しく検査した方がよさそうだね」


 出来るだけ安心させる様に笑顔で言い、加賀は扉の方に向かい開け外に出て行く。そんな彼の後を、わけも分からぬまま2人も黙ってついて行った。







「さて、単刀直入に言うが、現在君から能力は感じられない」


 部屋の明かりを付け、加賀がリュウの方を見て言う。

 3人は、少し移動し誰もいない部屋に来ていた。


「分かるんですか?」

「それが、俺の能力だからね」


 答えながら、彼は白い壁で覆われた手術室のような部屋の中にある機械のスイッチを入れていく。


「とは言え、俺の能力も完璧じゃないからね。そうなった理由までは分からない」


 古いパソコンの様な大きな機械の画面を弄りながら彼は続けて、部屋の中央にあるベッドに座るようリュウに指示する。


「久々に使うけど、大丈夫だろ」


 その言葉に反応しつつも、リュウは手術台の様なシーツも何もないベッドに上向きに寝転がった。


「なんか不気味な部屋で悪いね。まあ、特に痛みとかそんなのは無いから安心してていいよ」


 「あと、目は瞑ってた方がいいかもね」と言って、彼は入口近くの机に置いてあるパソコンを操作し始める。


「じゃあ、いくよ」


 軽く言って、加賀はキーボードを叩く。

 すると、ベッドが淡く光り始めた。


「あれ? この前と仕様が変わってるな」

「あの、大丈夫なんですよね」

「大丈夫、大丈夫」


 爽やかな笑顔でカナエに答え、彼はパソコンの画面の方に目をやる。

 緑色の液晶には、いくつかの小窓が開き英語が自動で打たれていた。


「……うーん? おかしいな」

「どうかしたんですか?」

「いや、例に当てはまらないんだよね」

「例に?」

「彼はスキルアウトを起こしたと思ってたんだけど……どうも違うっぽいんだよね」

「じゃあ、何でリュウ先輩は能力を」

「……強い感情の変化はあったようだ。でも、それだけじゃない」


 加賀は、食いつくようにディスプレイを見続ける。

 だが、ここで画面上の英文は止まり、ベッドの発光も止まってしまった。


「……さて、どう調べたもんかね」


 少し考えた後に、加賀は目をギュッと瞑ったまま上向きに寝ているリュウの元に向かう。


「少し話を聞きたいんだけどいいかな?」


 「あと、もう起きていいよ」という声に、リュウは目を開け上体を起こした。


「結論から言うと、詳しい原因は分からない。でも、スキルアウトでは無いが強い感情の変化が関係してるのは確実だからね。それについて、詳しく聞いてこうと思うけど……」


 そこで切って、彼は不安そうな表情を浮かべ立っているカナエの方に目をやる。


「プライバシー的なものもあるし、少し席を外してくれないかい?」

「……えっ? あ、はい」


 突然言葉を投げかけられた様に反応し、彼女は慌てて部屋を出て行った。

 それを確認してから、彼は早速瞼をこするリュウに質問を投げかけるが……。


「さて、いくつか質問していくから正直に答えて……」

「リュウ!」


 言い終える前に、勢いよくドアが開く音が室内に響く。その音の方に2人が目をやると、そこにはリュウの父親である慶島カズオが息を切らし立っていた。


「父さん?」


 それは、約1年振りの親子の再開だった。

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