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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第13章 ロストクリスマス
117/156

第112話 24日―②

「リュウ先輩!!」


 声を上げカナエは、静かな病室へと入った。

 場所は、C地区内の病院。サヤからリュウの事を聞いたカナエは、全速力でこの場所へと来ていた。おかげで、その息は酷く上がり、全身から汗を流し、心臓を激しく打ち鳴らしている。


「先輩は! リュウ先輩は、大丈夫なんですか!!」


 ベッドで寝ているリュウを前に必死な声を上げた彼女を「落ち着いて、カナエちゃん」と宥めたのは、既に病室にいたサヤだった。


「大丈夫だよ。その内、意識も戻るだろうって」


 壁を背に立つレイジが言う。

 その言葉に、一先ず安心し冷静さを取り戻したカナエをサヤは椅子に座らせる。


「誰が、こんなことを」

「それが、わからねえんだよ」

「分からないって……、まだ昼ですよ!? 誰か、声なりなんなり聞いてる筈でしょう!?」

「ああ。俺らもそうだと思って、リュウが倒れていた所にその時居ただろう奴らに片っ端から何か見たり聞いたりしなかったか訊いたよ」

「でも、誰も何も知らなかった」


 サヤが続ける。


「つまり、犯人の能力か協力者の能力でカモフラージュされていた可能性があるってこと」


 リュウが倒れていた周辺に人気の少ない所は無い。つまり、人気の無い所でリュウをボコボコにしてからわざわざ第一発見現場まで運ぶという、あまり現実的で無い可能性を除けばそれくらいしか理由が考えられなかった。

 そして、この2人の予想は正解である。

 あの場面、何故誰も助けに来なかったのかというと、男が人の意識を操る能力を発動していた為に誰も2人の存在を認識出来なかったからである。


「まあ、可能性は可能性」


 そう言って、レイジは椅子から立ち上がる。


「取り敢えず、俺らはもう1回聞き込みに行ってくるから、リュウのことは頼んだ」

「あと、リュウ君が起きて余裕があったら犯人について訊いといてね。それが、1番早いから」


 病室を出て行く2人に、生返事を返しカナエは再び目を閉じたままのリュウの方を見た。

 スヤスヤと平和に眠るリュウ。しかし、その顔はガーゼが貼ってあり痛々しいものだった。


「リュウ先輩……」


 ガーゼが貼ってある頬を撫で、カナエは呟いた。

 何か力になれなかったのだろうか。

 そんな、少しの後悔を心に感じながら。






「どう? そっちは」

「全くだな」


 雪降る街中。

 レイジとサヤは、倒れていたリュウが発見された場所の周辺で再度聞き込みを行っていた。

 しかし、数10分前に聞き込みをした時と同じで、訊いても訊いても返ってくる答えは同じだった。


「これじゃ、やるだけ無駄だな」

「確かに、リュウ君が起きるのを待った方が利口かもね」


 後ろから殴られた可能性もあるが、リュウは犯人の顔なり声なりを聞いたり見たりしていると考えられる。聞き込みが意味をなさない今、彼らにはリュウの証言のみが頼りだった。


 学園都市に警察というシステムは無い。

 学生主体の都市、そして能力によりある程度は学生だけで問題なく出来る。なので、そういった役割は社会勉強も兼ねて一部の学生、つまりSCMが担っていた。

 だが、所詮は学生。専門的な調査は出来ず、何か事件が起きた際には、このような聞き込みが主となっている。


「何か、他に方法は……」


 血が滲むコンクリートの道を見つめながらレイジは呟く。

 リュウの意識が戻るまで待つのが利口だが、彼、そして彼女の性格上ただ黙って待つのはプライドが邪魔をした。


 とはいえ、他に方法も思い浮かばず、2人はその場で暫く途方に暮れていた。






 深い深い意識の中、彼は必死に前を向き進む。

 暗い暗い意識の中、彼は必死に前を向き進む。


 暗い前方、浮かび上がるは過去の記憶。

 息を吸うように入ってきて、息を吐くように終わらせた。

 今の彼にとってはそう感じるが、当時の彼はそうは感じなかっただろう。


 悲鳴が聞こえて、叫び声が止まって、涙声が突き刺して、無声がその場を満たした。

 それでも、彼の身体は頭の頂点から指先、足先まで全く動かない。

 震える事はあれど、自分の意思で動かす事は出来ない。

 自分たちに危害を加えんとする大人を前に、彼の身体は機能を失った。


 深い後悔。後戻り出来ない。何もできなかった。吐きたくて吐きたくて、それでも精一杯彼は我慢した。

 そして、彼はその目に男の顔を刻み付ける。

 おおよそ、人のものとは思えない笑みが印象的な男の顔。


 必ず殺してやろう。

 彼は、そう決意した。

 その手に、冷たくなったモノを感じながら。






 ここまでが、書き換えられた後の記憶。そして、ここからが書き換えられる前の記憶。






 深い深い意識の中、彼は必死に前を向き進む。

 暗い暗い意識の中、彼は必死に前を向き進む。


 暗い前方、浮かび上がるは過去の記憶。

 日が昇るように始まり、日が落ちるように終わる。

 今の彼にとってはそうは感じないが、当時の彼にとっては永遠の時を感じただろう。


 悲鳴が聞こえて、叫び声が止まって、涙声が突き刺して、無声がその場を満たした。

 動かなかった身体は無理矢理動かされ、終わると同時に止まった。

 震える事はあれど、自分の意思で動かす事は出来ない。

 自分たちに危害を加えんとする大人を前に、彼の身体は、心は機能を失った。


 深い後悔。後戻り出来ない。大変な事をしてしまった。吐きたくて吐きたくて、それでも精一杯彼は我慢した。

 そして、彼はその目に男の顔を刻み付ける。

 おおよそ、人のものとは思えない笑みが印象的な男の顔。


 必ず殺してやろう。

 彼は、そう決意した。

 その手に、冷たくなったモノを感じながら。






 リュウが目を開けると、暗い部屋の中、白い天井が目に入った。

 夢心地の中、彼はふと急速に意識を覚醒させる。そして、ゆっくりと上体を起こし自身の身体に触れた。


――俺は……。


 姉の仇を前にして何もできなかった。そんな後悔が、リュウの頭を駆け巡る。

 そして、姉を殺したのは他でもない自分という事実。それが、彼のこれまでを一瞬にして否定した。


――殺したのは俺だ。


 しかし、リュウは開き直り自身を正当化させる。


――だから? 殺させたのは誰?


 物事の単純化。問題は結果ではなく過程。


――……行かなきゃ。仇を、取るんだ。


 そう、殺すんだ。


 シンプルな思いを胸に、彼はベッドから降り立ち上がる。

 隣のベッドでスヤスヤと寝息を立てているカナエを一瞬横目に捉えるも無視し、リュウは病室の窓から外へと飛び出して行った。

 雪が降り続く、冷たい暗闇へと。






 気温7度の中、街灯に照らされ神谷は数時間前と同じ場所で道の端に腰掛けていた。

 雪が降っているため、より一層外は寒く感じられるが彼は特にそういった様子を全く見せていない。


「よう、来ると思ってたぜ」


 白い息を吐き、彼の前に到着したリュウを横目に彼は呟く。


「どうだ? 真実を知って、それでも俺に憎しみをぶつけてくるのか?」

「…………」


 それに答えないリュウの身体に、黒い炎が上がり始める。


「それが答えか」


 薄ら笑みを浮かべ、神谷は立ち上がった。


「いいぜ、こいよ。相手してやる」


 言って、神谷は無表情でこちらに向かって走ってくるリュウの一撃目を避けた。

 昼と全く同じ。リュウの黒い炎を纏った一撃は、彼にかすりもしない。


 空を切った黒い炎を纏ったパンチの勢いのまま、リュウは左足を軸に身体を回転させ再度拳を神谷に打ち込むも、やはりそれは空を切った。


 変わらないのか?

 神谷の落胆など知らずに、リュウは無機質に感情の篭っていない拳を前に突き出し続ける。そして、それを避ける事は彼にとって造作も無かった。


 何も考えていない?

 憎しみは? 怒りは?


 避ける事は造作も無い。だが、神谷はリュウの文字通り感情の無い顔に、恐怖に似た感覚を憶えていた。

 何を考えているか分からない。

 まだ、怒りや憎しみを前面に出してくれた方が人間らしく、素直に相手に出来る。


――お前は、一体何なんだ?


 目の前で、単調な攻撃を繰り返すモノは何モノか?

 神谷は、目の前の彼が何者なのか分からなくなってきていた。


――クソやりづれえな!


 避ける動作を繰り返していた神谷が攻撃に転じる。

 しかし、それを狙っていたかのように神谷の拳を流し、彼はシンプルに隙を突きカウンターを放った。


 その素直に押さえつけたバネを離したように放たれた拳に、みぞおち付近を打たれた神谷の身体は吹き飛んだ。


「まだだ」


 黒い炎を纏い続けているリュウは、呟きながら機械的に倒れ息を詰まらせている神谷に近づいて行く。


 現在、リュウの感情は極めてシンプルなものとなっていた。

 余計な事は考えず、素直に自分はどうしたいか。

 結果として、彼は『姉が死ぬ事になった原因を作った神谷を殺す』というシンプルな思考に行き着いた。


 しかし、つまりこれは機械的な感情であるがため、この敵討ちが作業と化している事に彼は気付いていない。


 憎しみによる敵討ちよりも、それは酷い虚しさを彼に与えてしまうのだろう。

 だが、姉を直接的に殺したのが自分である以上、今の彼にはこうする他ないのかもしれない。


 ごふっ


 カウンターの一撃に、腹を抱え悶いていた神谷の腹部にリュウは容赦なく蹴りを加える。

 昼のお返しと言わんばかりに、1発、2発、3発、4発、5発…………。

 感情の篭っていない蹴りが神谷の腹を抉っていく。


 ごぶっ、がっ、ぶっ、げぼっ……


 神谷は遂に血を吐き始めたが、彼は蹴るのを止めようとはしない。

 動かなくなるまで、足を前後に強く動かすだけ。

 『殺す』という感情の元、動く彼に最早理性は存在しない。人としての自制など存在しない。


 頼む、助けてくれ。


 口周りに血を滲ます神谷の懇願は、口内に溜まった血のお陰で言葉にならない。

 それを無視し動作を続ける彼に、神谷は彼の足にしがみ付き言葉にならぬ懇願を続ける。

 それは、先ほどまで余裕をかましていた男の顔とはかけ離れていた。

 汗水垂らし、血を垂らし。そして、死を前にしてその顔は恐怖で酷く老いていた。


「ぁ、の、む、は、ら……」


 その願いが届いたのか、リュウは動作を止め、膝を曲げ男に手を差し出した。


 一瞬の安堵。


 だが、所詮は人の皮を被った鬼が見せた一瞬の慈悲。


「ぐっ……」


 ゴゴゴゴ。と、勢いよく音を立てリュウの手を包むように燃え上がる黒き炎。

 それは、地獄の炎か裁きの炎か。

 業火は全てを溶かす。他者も、そして自分も。


 その指は、神谷の首に添えられ締め付ける。あの時よりも強く。


――終わる。


 数年に渡って心の中に巣食ってきた感情も、今日をもってようやく解放される。

 その手の炎は止まらない。その力は緩まない。仇を滅するため、この物語にピリオドを打つため。

 彼は、止めにと炎の出力を上げようとした。


「ダメっ!!」


 チリチリと燃える音のみが静かに鳴るその場に、女性特有の耳に突き刺す高い声はよく目立った。

 直後、屈んでいたリュウの身体に抱きつくように息を切らした少女の腕が巻かれる。


「炎を、止めてください」


 その少し震えた声に導かれるように、彼は能力を解除した。同時に、彼は神谷の首を締めていた手も放した。


 げほっ、こぼっ……!

 口から溜まった血を吐き出し、神谷は強く呼吸をする。


 そんな、醜い男を彼は立ち上がり見下ろした。


「……カナエちゃん、どうして」


 少し間を置き、リュウは前を向いたまま言った。その声に感情は感じられない。


「私は、先輩を助けに……」


 堪えていた涙は限界を迎え、彼女の目から流れ出す。

 その姿、その声から自分の知っているリュウ先輩では無いのでは、という恐怖が彼女の中を渦巻いていた。

 しかし、涙を流す彼女を、振り返り優しく抱き寄せたのは、紛れもなく慶島リュウだった。


「ごめん」


 冷静さを取り戻し、彼は優しく彼女を抱きしめる。

 その人間らしい温もりに、リュウの胸の中のカナエはより一層涙を流した。




 時刻は1時。

 日付けは変わって12月25日。本日は、クリスマス。

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