第110話 この想いは此処に
リュウの存在が戻った翌日、カナエはリュウの住むアパートに来ていた。
「にしても、不思議な能力だよな」
食器片手に、台所にて野菜を切りながら横で食器を拭いているカナエにリュウは話しかける。
「何がです?」
「存在否定だよ。能力1つで歴史を変えちまうんだぜ」
「でも、時を操る能力もありますからね。まあ、凄い事には変わりないですけど」
「いや、凄えよ。なんか、俺も自分の能力って凄いって思ってたけど、まさかこんな能力があるなんてって。実際に体験してみてより一層思ったね」
「まあ、2度とゴメンですけどね」
「そりゃな」
言って、リュウは朝のことを思い出す。
カナエがいなかった時間軸に作られた歴史は、当事者以外記憶から無かった事になる。
この野賀原から聞いたことを確認するため、リュウはミエに先日の25日の約束について訊いたが、野賀原の言った通り当の本人は全く記憶に無かった。あれだけ、当時はしゃいでいたにも関わらずだ。
では、カナエの存在を戻すために奮闘していたリュウはこの数日、当事者以外からはどう記憶されているのかというと、単純に『いつもと比べるとあんまり喋らないけど、特に変化の無いいつものリュウ』というものだった。
存在否定などによる歴史の改変は、最低限の影響にとどまれば基本的に適当である。
「それにしても、ほんと怖い能力ですね」
食器を洗い終え、カナエはタオルで手を吹きながら不意に言った。
「そうだな。当事者以外は基本的に存在が消えた事に気付かないんだもんな」
「そうですよ。私だって、リュウ先輩が気付いてくれなかったら……」
「……多分、俺が気付かなくても誰か別の人が気付いてたと思う」
「えっ?」
「そういうもんだと思うんだ。能力によって存在が一生戻らないなんて事が無いように、誰かの記憶にはその存在を残しておく。だから、俺がダメでも例えばマモルとかが憶えてたんじゃないかな」
「……私は、そうじゃないと思います」
静かに、カナエは言う。
「リュウ先輩が私の事を憶えててくれたのは、たまたまなんかじゃない。それだけ、私の事を想っててくれていたって事だと思います」
真っ直ぐな目で彼に言った後、カナエは慌てて目線を下げた。
「……確かに、そうかもな」
「そ、そうですよ。うん。リュウ先輩のおかげです!」
「そうかな?」
「絶対そうです!」
「そっか、……それは、嬉しいな」
照れ臭そうに顔を下げる両名。
それは、どういった想いからか。
2人とも薄々気付いていた。
「そうだ、話は変わりますけどリュウ先輩はクリスマスにご予定はありますか?」
「いや、特にないよ」
「じゃあ、何か食べに行きましょう。折角のクリスマスですし」
「いいね。折角のクリスマスだし」
つか、とリュウは壁にかけてあるカレンダーに目をやる。
本日は、12月23日、月曜日。
「早いもんだな」
「そうですね。思えば、リュウ先輩と出会ってから4ヶ月経ってるんですね」
「もう、そんなにか」
――そうか、もうそんなに……。
一瞬、暗くなったリュウの表情が気になったカナエだが、直ぐにいつもの表情に戻ったこともあり、それについては触れなかった。
『全部解決した後に話すよ』
先日、リュウが言ったことも触れなかった理由である。
「さて、これからどうします?」
「そうだな……、まあ、ダラダラしますか」
「分かりました。ダラダラ歩くんですね」
「いや、歩くんじゃなくて……」
ノリ気じゃないリュウの腕を引っ張り、カナエはリュウと共に玄関へと向かって行く。
そして、2人して笑顔で扉を開け外へと出て行った。
次回予告
「どんなに、この時を待ち望んだか……」
12月24日、カナエとの約束の場所に向かう途中、リュウはある男と出会う。
雪散りゆく中、憎しみは黒き炎と共に彼を包む。
次回「24日―①」