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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第11章 紅く染まる、白き花
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第106話 花弁が落ちた地で何想う

 12月13日、金曜日。

 リュウイチは、彼以外誰もいないアパートの屋上で1人夕日に染まる空を理由も無く見上げていた。


――俺じゃ、救えなかったのか?


 その脳内に映るは血に塗れた友の情景。

 動きを止めた歯車が、静止を崩して動き出し狂う。

 たった一瞬の出来事。

 何かが、歪み。そして、消失した。


 あの状況、誰が見ても誰が悪いとは言えないだろう。

 強いて上げるなら、止められなかった全員が悪いが、それでもあの場をパスしても、いずれ彼女は死を選択したのだろう。

 だからこそ、あの場の誰も心の底から後悔している者はいない。

 少なくとも、リュウイチはそう思っていた。


 紅く染まった空は、彼の頭の中に広がる景色の色とよく似ていた。

 それくらい紅く、赤く。

 冬らしく冷たい風が吹き付け、より彼の頭の中の景色をリアルに仕上げる。


 リュウイチが後に得た情報が、より彼に彼女が見たであろうものを鮮明に作り上げた。


――でも、死ぬことはないだろう?


 彼には、彼女の想いは理解できても、その選択は理解できない。

 人を殺した事を悔いるまではいい。なら、何故そこで死を選択してしまうのか。


――お前は、何を考えていたんだ?


 理解できぬ唐突な死。

 リュウイチは、日が沈むまで冷たい風に吹かれながら自問自答を繰り返していた。






 同刻。

 本日、ヒカリの死を知ったショックで学校を休んだリオは、部屋の中1人悲しみに暮れていた。


「…………」


 涙も出尽くし、枯れ果てた泉には悲しみしか残ってはいない。

 その悲しみも、時間と共に深く狭いものから、浅く広いものへと変化していた。


 実際に亡骸を見たわけではない。

 葬儀もまだ行われていない。

 それでも、ヒカリの死を実感することは、彼女にとってそこまで難しいことでもなかった。


 悪夢のような現実。

 小説のような非現実。

 異質なものに触れたという感覚は、彼女により深い悲しみを与える。


 もう、会えない。

 遠く遠く離れた友に合うことはできない。

 笑いあうことも、悲しむことも、怒ることも、何もできない。

 消失した存在は、彼女にとってあまりに大きく、深い風穴を開けてしまっていた。






 12月15日、日曜日。

 事件での心的ダメージを考慮し出席停止中のアカネは、同じく出席停止中のリュウイチに誘われ、現在SCM研究所にて検査を受けているマリアスのお見舞いに来ていた。


「にしても、SCMに研究所があるのは聞いてたけど……」


 スズに連れられ、エレベーターで地下研究所に到着した2人は、目の前に広がった光景に思わず息を呑む。

 白い壁で仕切られた廊下を、白衣を纏った研究員たちが歩いて行く。

 おおよそ、SF映画でしかお目にかかれないような光景がその視線の先に広がっていたのだ。


「いや、なんつうか……凄え非現実的だな」

「そうかな。まあ、私も最初来た時はそうだったかもしれない」


 そう返し、スズは再び2人を先導する。

 白く綺麗な廊下を道なりに進んで行った先、本来研究員の寝泊まりのための部屋にマリアスは居た。


 スライド式の扉の前で、スズはインターホンを押す。

 暫くすると、聞き慣れた声と共に扉が開きマリアスが顔を出した。


「よう、何日かぶりだな」


 リュウイチらの顔を見て、マリアスは笑顔を見せ彼らを部屋に招き入れた。


 あくまでも、研究員たちの一時的な寝泊まりの部屋なので、部屋には最低限のものしか置いてはいない。

 それでも、安いアパートに比べれば広く、また綺麗であり、普通のアパートに住む彼らからすれば窓が無いことを除けば住んでみたいと思える程の部屋だった。


「ごめんね。飲み物とか出せなくて」

「いや、構わない」


 それより、とアカネは綺麗な部屋をザッと見渡す。

 先ほども言った通り、安いアパートに比べればずっと清潔感があり良い部屋である。

 しかし、窓が無く、まだ昼だというのに人工的な光に照らされた部屋の中は彼らに夜を感じさせた。


「まだ、外には出られないのか?」


 リュウイチの問いに、マリアスは頷き答える。

 その表情は、変わらず彼らの訪問を喜んでいるようだ。


 しかし、マリアスも含めてこの場の4人の頭の中にはカズハの死がチラついていた。

 故に、自然と次の言葉が出てこず、会話が途切れ沈黙の時間が始まってしまう。


 リュウイチとしては、もっとマリアスは精神的にダメージを負っていると思っていた。

 しかし、そんな予想とは逆に彼女は、少なくとも表向きにはそのような事は無いように見て取れた。

 寧ろ、自分よりこの現実と向き合い、乗り越えようとしていると、リュウイチはそうとすら彼女から感じていた。


 それは、アカネも同じであり、あの日カズハが自決した後、まともに喋ることも、目を合わせる事も出来なかったマリアスがここまで笑顔を取り戻していることに彼女は驚いていた。


 しかし、これは別にそこまでおかしなことでもないのだろう。

 カズハの死に悲しむよりも、先ずマリアスは自分のことに気を使わなくてはならない。

 落ち着き、改めて友人の死を直視するよりも前に環境が変わり、とても深い悲しみに囚われる余裕が無かったのだ。

 つまり、まだ彼女はあの日、目の前で起きたことを現実としてまだ受け止められていないという事になる。


 そんな、様々な想いが弾けず漂う中、とにかく会話を繋げるためリュウイチが口を開いた。

 内容は、部屋の中の探索。






「じゃあ、また来るから。俺に手伝える事があったら遠慮せずに言えよ」

「言いづらかったら、私でもいいからな」

「別に、SCMである私でもいいからね」


 3人の続けざまの言葉に、笑顔で返し見送るマリアスを背に3人は部屋を後にした。


「結局、俺らが励まされた感じだな」


 廊下を道なりに歩きながら、リュウイチはふと呟く。


「そうだな。でも、別にいいんじゃないか? 私たちは、友でありチームだ。なら、助け助けられるのが普通だ。そうだろ?」

「まあ、そうだけどさ……」

「私もアカネちゃんの言うとおりだと思うな」


 行きと同じく2人の前を歩きながら、スズが言う。

 しかし、リュウイチはあまり納得はしていなかった。いや、頭では分かっているつもりだが、既に自分はこの事に決着を着けていると心の何処かで思っていたのだ。

 だからこそ、どういう形でも助けてやりたい、力になりたいと思っていたのだ。


 しかし、まだ彼の中では事は解決していない。

 その事に、自分の悪い意味で他人重視な、他者の助けを純粋に喜べない自分に腹が立つと同時に彼は気づいた。


「やっぱ、後悔はしてたんだな」


 不意の言葉に、アカネは聞き返す。


「いやさ、俺は今回、カズハを止められなかった事にそこまで後悔してなかったんだ。でも、今改めてカズハのいない風景を見て分かったんだ。あの時、カズハを止めてれば、例えその後罪の意識からカズハが死を選ぼうとしたとしても、俺はやっぱり4人でいることが楽しかったから……」


 歩きながら、彼は俯く。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「今、凄え後悔してる。なんで、あの時止められなかったんだって。今になって、凄く後悔してる」

「それは、私も、いやあの時あの場に居た全員が思ってることだと思う」


 アカネの言葉に、彼は顔を上げる。


「でも、今更後悔しても仕方ないからな。だから、私は今後絶対に後悔しないと心に決めた。絶対に、な」


 エレベーターに乗り込み、彼女はそう締めた。


 後悔をしない。

 それで、何かが変わるわけでは無い。死という現実は変わらない。止められなかった現実は変わらない。

 それでも、いつまでも沈んでいても仕方がない。


 リュウイチは、3人以外誰も乗ってないエレベーターの中、2人に背を向け涙を拭いた。


 後悔のしない生き方を。


 彼は、今ここで、そう自分に誓った。

次回予告


 存在が消え、たった一人の物語が始まる。


次回「この想いは何処に」

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