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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第11章 紅く染まる、白き花
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第104話 散華

 同時に前後の3人を確認したカズハは、横に向き両腕をそれぞれ左右に突き出した。

 瞬間、アイリスの方に太い針が出現し波のように彼女を襲い、ユーリ、アカネの方に先ほどと同じ細い針が同じように射出される。

 アイリスの方の太い針の波は廊下全体に及び、彼女に逃げ場を無くさせるが、そもそも彼女は逃げるつもりも防御するつもりも全く無かった。


 それは、ユーリ、アカネも同じであり、その細い針にアカネは予め作り出しておいた刀を構え、その方向に向かって一閃を繰り出した。


 振り下ろされた刀から発せられた衝撃に針は力無く吹き飛ばされる。

 彼女の2つ目の能力は『衝撃』。

 空気を切り裂く太刀筋は、衝撃波となって対象を襲う。


 そして、衝撃波自体は同じ能力を持つアイリスも使用できる。

 太い針の波に、アイリスはスキルバーストを発動し巨大な槌を作り出してそれを勢いよく叩きつけた。叩きつけられた衝撃は、能力の力により更に強大となって伝わり、太い針の波を粉々に砕いてみせた。


 太い針が白き粉塵となる中、カズハはアイリスに向かって走り出す。

 だが、アイリスもそれを予測し槌を捨て二丁の銃を作り出し構えた。


「ウェルカーム」


 衝撃波という名の風の弾が構えられた黒い銃より発射される。

 しかし、その弾に当たりながらも彼女は針を数本アイリスに向かって射出する。だが、それなりの速度を持って射出されたそれを間一髪でアイリスは避けてみせた。


 追撃を与えるため、よろけた身体を戻すアイリス。

 しかし、構えた銃の先、今だ立ち込める粉塵の中にカズハの影は無い。

 直後、衝撃音が廊下に響くと同時に窓ガラスが割れる音が彼女の耳に届く。

 その音に、アイリスは即座に地を蹴り上げ走り出した。


 煙を抜けた先、そこにはユーリもアカネも誰もいない。

 不審に思ったアイリスは、周りをパッと見て割れているガラスの元に向かう。


「そこか!」


 窓の下、3人の姿を確認し、アイリスはなんの躊躇いもなく窓の外へと飛び出した。






 一方、D地区では先ほどまで戦っていた6人、更にアビリティマスターである押重(おしお)マドカと如月(きさらぎ)ミオを加え逃走したヒカリの捜索を続けていた。


「まあ、相手は暴走してる訳だし、直ぐに見つかるでしょうけどね」


 街中を走りながらサヤは言った。

 現在、アビリティマスターを除く2人1組の3チームに別れて行動しておりサヤはルミナスと、レイジはリュウヤと、カナエはリュウと共に行動していた。


「にしても、何でいきなり強くなったんでしょうかね」


 並走しながらルミナスは呟くも、サヤは「さあね」と素っ気なく返した。


 途中までは、サヤに対して一方的ながらも単調な攻撃を繰り広げていたヒカリだったが、ルミナスらが参戦した辺りからそのスピードを更に上げ、攻撃も一発一発が重いものに強化されていた。

 しかし、それでも複数人相手は分が悪いと感じ取ったのか暫くした後に逃走した、というものだった。


 この時点では、急に強くなった理由に力を抑えてただけとサヤもルミナスも考えていたが、その後レイジから男子生徒が急に強くなったことを聞いてから、もっと別の理由があるのではと考えていた。

 しかし、今その事について追求する意味はあまり無く、2人はその疑問を一先ず胸の奥へとしまいこんでいた。


 そんな、モヤモヤとした思いを持ちながら2人は走り続けていたが、不意にサヤが立ち止まる。


「あれ? 何か音が聞こえない?」


 彼女の言葉に、ルミナスは聞き耳を立てる。

 ドン、ドン、ドン……。低く遠くで鳴る音は、花火が打ち上がる音に似ていた。


「あの、ヒカリちゃんの能力って……」

「うん。『爆破』よ」


 2人は進行方向を変え、低い音がする方へと走り出した。






 その頃、爆発音の先にはその爆発を発生させたヒカリと一足先に彼女を見つけていたレイジの姿があった。


「大丈夫か?」


 粉塵舞う中、瓦礫の上に立つヒカリにレイジは声をかける。

 その声に、ヒカリは表情を変えない。しかし、暴れる素振りも見せない。

 彼女は、一通りこの場を爆破させた後、2人が来た事もあってか今はその動きを止めていた。


「まあいいや。落ち着いてんなら話は早い」


 パラパラと欠片が落ちる音、人の呻き声、「大丈夫か!?」という音が聞こえる中、レイジは少し離れた所で待機していたリュウヤを手招く。

 周りの建造物、道路、その他諸々……それらが破壊されたその情景は、能力学園都市ならではの非現実的でドラマチックな光景だった。

 そんな、ボロボロになった風景を背後にリュウヤは瓦礫の山を登りヒカリに近づく。それでも、彼女は動かず我慢する様に、自制するように身体を小刻みに震わしながら彼の接触を待った。


「ダメだろ」


 不意の声に、リュウヤ、レイジは動きを止める。

 次の瞬間、側方からの強い衝撃にリュウヤは身体を大きく吹き飛ばした。


 「リュウヤ!!」。その声と同時にレイジは、瓦礫の山の上、ヒカリの横に立つ黒のダウンジャケットに身を包みフードを被った男の方に目をやる。

 先日、リュウイチたち問題解決屋が、そしてヒカリたちが遭遇した男。彼は、不敵な笑みを浮かべ瓦礫の山に激突したリュウヤを見送ってからレイジの方へと向いた。


「お前は誰だ?」

「? お前こそ誰だよ! つか、ヒカリから離れろ!!」

「……俺はアグス。アグス・ロドル」


 答え、アグスは横に立つヒカリを抱き寄せる。

 瞬間、レイジは袖からノコギリ形の鞭、『断罪の鞭』を出現させアグスに向かって飛ばすも、彼は軽い身のこなしでヒカリを抱き寄せたまま避け瓦礫の山からレイジとは反対側の方向へと降りた。


「さてと、ゆっくりと話が出来る場所に移動したいな……!」


 「断空!!」。アグスの背後斜め上から出現したレイジは、彼に向かって手刀を放つ。空気を割いた手刀は、そのまま空間を割く刃となって彼に襲いかかるも、それをやはり軽々と身をそらし避けてしまう。


「ヒカリを離せ!!」

「元気がいいな。もしかして、SCMか?」


 余裕の笑みを浮かべるアグスに、レイジは更に断罪の鞭を彼を捕らえるように飛ばすも避けられてしまう。

 しかし、今度は避けられ対象を見失った鞭を操り、彼は更に追撃をかける。だが、やはり結果は同じだった。


「ふざけやがって!!」


 避けるが反撃はしない。レイジに取って舐め切った態度を取るアグスに、徐々に彼は冷静さを欠いていく。

 しかし、それがアグスの狙いだった。

 ただ、敵の力に潰されるよりも、自身のミスで潰される方がずっと精神的にはダメージがある。

 そのような考えを持つ彼にとって、この状況はとても都合がよかった。


 ドッ……。

 あっさりと出来た隙を突き、アグスの拳がレイジの腹部を抉る。

 ただの拳による一撃。しかし、その一撃にレイジの身体は吹き飛び、勢いよく瓦礫の山へと突っ込ませた。


「舐めすぎだな」


 失望の念も込め、彼は吐き捨てる。

 そして、抱き寄せていたヒカリを解放した。


「さて、見せてくれ。俺に、その綺麗な花を、そして散り際を」

「ヒカリ!!」


 その女性の声に、彼はため息をつきながら声の方を向く。

 彼の視線の先に立っていたのは、息を切らすサヤとルミナス、そしてマドカだった。


「金髪? もしかして、異界の方ですか?」

「そうだな。そういうお前も異界か」

「そうですね」

「金髪で異界出身かどうか判別するのも……って、今はそんな事どうでもよくて」


 気を取り直し、サヤは続ける。


「あなた何者? 情報にあった、博士っぽい人でも無いようだけど」

「博士? ああ、カークか」

「カークって、やっぱりあなたこの事件と関係が」

「有ると言えば有るし、無いと言えば無いな。俺はあくまで傍観……いや、もう手を出したか」


 その言葉を聞き、サヤはアグスをサイコキネシスで縛る。


「オッケー。じゃあ、重要参考人としてあなたをSCMの名を持って身柄を拘束します」

「そうか、SCM。この程度で、俺を捕らえると思ってるのか」


 くっくっく……。

 彼は、込み上げる笑いを堪える。

 その様子に、何処か恐怖を覚えながらもサヤは能力で縛っている彼を浮かせようとする。


「馬鹿だろ?」


 瞬間、彼女らの背筋を恐怖が這う感覚に襲われたと同時に、アグスがサイコキネシスによる縛りを無理矢理脱出し彼女らに向かって飛び出す。

 それに、サヤはスキルバーストを発動し、ルミナスは後退、マドカは電気を纏い前に出た。


 殺気を纏い、こちらに向かってくるアグスにサヤはかつての異界の研究所での戦いを重ねる。

 銀髪が魅力的な少女、ラウリ・アルシエ。

 絶望が場を支配していた感覚。

 今は開けている場所だからか、サヤはその時程に絶望を感じてはいない。

 しかし、アグスから感じる感覚は同じであり、自然と彼女はラウリとアグスから接点があると感じていた。


 その様な、一瞬の内に感じた感覚を奥にしまい込み、アグスの最初の一撃を避け、カウンターへ繋げるため能力を発動した。

 頭を抑えるヒカリを、視界の端に捉えながら。






 場所は戻ってB地区。

 校外に出た4人は、変わらずカズハと激戦を繰り広げていた。

 カズハの大小様々の針を対象しつつ、動けなくするための一発を与える。

 しかし、対処までは出来てもその後の一発が中々決まらないでいた。


 同じことの繰り返しの中、3人はカズハの動きが鈍り始めていることに気付き始める。

 当然と言えば当然である。彼女たちも、疲れから動きが鈍り始めている中、3人を相手にしているカズハが疲れないわけが無い。

 だからこそ、あと少しでこの戦いも終わると、そうその場の3人は思っていた。


 それが、大きな間違いであると知らずに。


「隙が無いというより、ワザと隙を作ってるかんじか」


 何撃目かの攻撃を避けられ、息を整えながらアカネが呟く。

 隙を確実に突いているにもかかわらず外れる攻撃。最早、そうとしか考えられなかった。


「で、そこに誘い込み対処すると」


 額の汗を拭い、ユーリが返す。


「でも、そうだと分かってても対処できないんだよね」

「隙を突いてるわけだからな。それ以外の箇所に攻撃しても意味は無い」

「それもあるし、何より彼女の能力が万能過ぎるんだよ」


 アイリスの斬撃を太い針を持って防ぐカズハを捉えながら、ユーリは続ける。


「針を何処からでも出せて、太さも調節できる。しかも素早くね。故に攻撃も防御もできる。もう、ここまで来るとアビリティマスターレベルだよね」


 苦笑し、ユーリはアイリスに能力で呼ばれ再び戦闘に入って行った。

 彼の言うとおり、カズハは"開花"により能力が強化されている。普段の彼女ならば、3人を相手に針をスムーズに出現させることは出来ない。


「でも、今回の戦いは勝つのが理由じゃないからな」


 アカネは呟き、戦闘に参加するため走り出そうとする。と、ここで一つの声が彼女らを通り抜けた。

 戦闘中の2人は視線を、アカネは顔をその声の方に向ける。


「待たせた!!」


 そこには、息を切らし眠っているマリアスを背負ったリュウイチとスズの姿があった。


「マリアスは……無事のようだな」

「ああ、そっちも特には……」


 言いかけた所で、2人と戦う血に塗れたカズハを見て彼は言葉を止める。

 その光景から、その紅い血が彼女のもので無いことはよく分かった。


「……直ぐに抑える」


 後悔の念を心の底に押し込め、リュウイチは背のマリアスをアカネに任せ静かに歩き出す。


「ん……ここは?」


 動かした結果か、アカネの背に移ったマリアスは目覚めた。


「学校だ。それより、大丈夫か? 痛む所とか無い?」

「? 大丈夫だけど」


 その言葉に、アカネは一先ず安心する。

 そして、再び目線を上手くカズハに鎖を巻きつけることに成功したリュウイチの方へと向けた。






 アグスの怒涛の攻撃に、マドカ以外は早くも満身創痍だった。

 休む暇も無い、避ける隙さえ与えない連続の攻撃にサヤのサイコキネシスで縛る事も、ルミナスの誓いの鎖を巻きつける事も出来なかった。

 その中で、マドカの電気を纏った上での速度だけがアグスのスピードに完全にとは言えないがついていけていた。


「所詮、この程度だろうな」


 地に伏した2人を失望の念を込め見下ろし、アグスは戦闘中に外れたフードに手をかける。


「ラウリから聞いた通りだった」


 ただ、と彼は少し先で電気を纏ったまま立つマドカに視線を移す。


「流石はアビリティマスター。あと、1人か2人いれば良い戦いになっただろうに」

「なんで、アビリティマスターって」

「俺と対等に戦えるんだ。そりゃ、アビリティマスターだろ?」

「そういうことかよ。後、2人は無理だけど、もう1人なら追加出来るぜ」

「そうか。だが、もう時間切れらしい」


 そう言って、アグスはヒカリの方を見る。それに、つられる様にマドカも、そして地に倒れたままのサヤも彼女を視界に捉えた。


「!?」


 3人の視界が捉えたのは、血を吐き出し口の周りを真っ赤に染める少女の姿だった。


「ヒカリちゃんっっ」


 痛みを堪え、サヤは声を振り絞る。しかし、その声は届かない。


「あれが、『散華(さんげ)』だ」

「散華? なんだよ、それ」

「博士は、能力の覚醒を『開花』と名付け、覚醒の終わりを『散華』と名付けた」

「覚醒? あいつは、ただ暴走してるだけじゃないのか?」

「暴走するだけなら、ここまでSCMが手こずらないだろ」


 ちなみに、とアグスは苦しむヒカリの方に視線を再度移したマドカに続ける。


「『散華』の意味は知ってるか?」

「華が散るんだろ? つか、なんで暴走が終わるのにあいつは血吐いてんだ!」

「まあ、落ち着けよ。散華の意味はいくつかあるが、その内の1つに……」


 アグスが言いかけた所で、マドカは堪らずヒカリの元へと走り出す。


「ったく、もう手遅れだっていうのに」


 不敵な笑みを浮かべ、彼はそれを見送った。




 血を吐くヒカリは、全身に恐怖と焦りを感じていた。

 その身から噴き出す汗。

 気付けば、目の前に下駄箱は無い。

 その身が、焼かれるような感覚を得ながら、彼女は『死』を感じる。


――助けて……。


 振り絞った声は血となり吐き出さられる。

 痛みは、中心から全身に広がり始める。


――助けて……。


 痛みと恐怖が支配する中、彼女は必死に形にならない声を出し続けた。




 ヒカリの元に着いたマドカは、遠くからでは確認できなかった彼女の状態を見てゾッとする。

 胸元、紺のブレザーの中の白いワイシャツを染める紅色。そして、その日に焼けた手を染める赤色。また、灰色のスカートから覗かせる同じく日に焼けた脚を伝う赤色。

 吐血だけで無い。彼女の紅潮した全身から、皮膚を裂き血は出ていた。


「どうすりゃ……」


 焦るマドカ。

 息を切らし今にも倒れそうなヒカリは、その目からも赤い血を涙のように流し始める。

 最早、マドカに彼女が助かるビジョンは見当たらなかった。


――俺じゃあ、助けられない……。


 彼が諦めたその時、一筋の風が2人を吹き抜けた。


「ヒカリちゃん!!」


 その声に、虚ろな目を通してヒカリはその声の主を視界に捉える。

 息を切らし、風に吹かれそこに立っていたのはミオだった。


「直ぐに、病院に!」


 彼女の惨状に息を呑み、ミオは彼女を背負おうとする。

 だが、それを阻止するべくアグスが飛んだ。


「させるかよ」


 ミオに殴りかかったアグスに、マドカは瞬間的に電気を纏い一撃をかます。

 ガードしつつも吹き飛んだアグスに、追撃をかけるためマドカは走り出した。


 走り出したマドカの後ろで、ミオは依然として血を出し続けるヒカリを背負った。痛みに悶える彼女の苦痛の声に、精神をすり減らしながらもミオは走り出そうする。


「まっ、て……」


 血と共に掠れた声がミオの耳に届き、彼女は地を蹴り上げようとした脚を止めた。


「ヒカリちゃん?」

「ミオ……ちゃん、伝えて、欲しいことが、あるの」


 が、ご、ぶっ、っっぐ……。

 ヒカリの口から出続ける血に、「もう喋らないで!」とミオは声を上げるも、彼女は呼吸を荒くしながら続ける。


「いままで、いっ、ぱい、めいぁく、かけ、て、ごめん、ね……て」


 言い切り、激しく咳き込むヒカリに「それは、ヒカリちゃんが直接伝えるの」と強く言いミオは走り出す。






 瞬間、ヒカリの身体全身から血が吹き出した。


 背負っている少女が軽くなった感覚を得て、ミオは立ち止まる。

 粘ついた液体が、首から背中に、そして脚へと伝うのを感じながら。

次回予告


「確かに、カーク博士の言った通りだな」

 ついに始まった散華。

 そんな中、危機を脱したカズハだったが……。


次回「美しく、また哀しく華は散る」

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