第103話 蕾
「レイジ!!」
その少し訛った声に、レイジは斧を振り回す男子生徒から距離を取ってから、その声の方へ目を向けた。
「リュウヤ! ってことは」
と、レイジは少し離れた所でヒカリと戦っているサヤの方を見る。そこには、カナエ、そしてリュウとルミナスの姿があった。
「こいつを止めればいいんやな」
何故か、誰もいない所に向かって斧を振り回す男子生徒を見ながらリュウヤが呟く。
「ああ。で、俺はどうすりゃいい?」
「どうもせんでええ。この位のスピードなら、問題無いからな」
そう返し、彼は腕をぐるぐると回す。
依然として、男子生徒は無作為に斧を振り回している。
「どうしたんや?」
「いや、おかしいな。さっきまで、俺を狙ってたのに」
先ほどまでは、レイジに向かって斧を振り回していた。しかし、今の彼はまるで目が見えてないように360度に斧を振り回している。
「逆にこれやと難しいな。カウンターが狙えん」
「少しなら、あいつの動きを止められるぜ」
「なら、頼むわ」
「了解」と返し、レイジはブレザーの袖からノコギリの形をした鞭をするすると出した。
そして、それを彼の身体向かって斧を振り下ろした瞬間を狙って発射する。
と、同時にリュウヤも彼に向かって走り出した。
彼のこれまでの動きから、レイジの鞭が彼の身体に巻き付き拘束することはなんら不思議では無い。だからこそ、その発射された鞭を目に見えぬ速さで、その半身程の大きさをもつ斧で切り裂いたことに彼は衝撃を受けた。
そのまさかの状況に、リュウヤも急停止し地面を蹴り上げ勢いよく後退した。
「マジかよ……」
それまでの彼のスピードは、リュウヤも充分に目で見て分かっていた。だからこそ、その目にも留まらぬ速さにレイジと同じように言葉を失う。
「まさか、元々こんな速かったわけやない、よな」
「ああ、俺も今日初めて見た」
言葉を振り絞る2人の目の前で、ぶんぶんと彼はその重そうな斧を軽々と振り回す。
「あれって重いんだよな? 振った時だけ軽くなるとかじゃないよな?」
「武器具現化系は重さも操作できる。やけど、この音やったら重さは変わっとらんやろ」
空気を割く音は、軽くなく重い。
そこから、2人はとても彼の振るう斧が軽い物とは思えなかった。
予期せぬ状況に頭の中を白くする2人に、まるで準備運動が終わったかのように、彼は斧を肩に背負う。
そして、次の瞬間、彼は斧を横に寝かせ2人に向かって突進する。
その速度は、先ほどまでの緩やかな動きとは別物。2人に考える時間を与えなかった。
「やばっ……」
レイジの脳が避ける事を指示した時には、既に斧はリュウヤの首に当たっていた。
「リュッ……ゥヤ?」
目にも留まらぬ速さで、巨木を切断する様に撫でられた斧はリュウヤの首を確かに捉えていた。しかし、その刃はまるで硬いものに当たったかのように火花を散らし震えていた。
パチン!
鉄と鉄が触れ合う音と共に、男子生徒は一旦後退する。
「リュウヤ!」
弾かれるように、ふらつき倒れたリュウヤにレイジは駆け寄る。その肌は、文字通り鉄のような色をしていた。
「なんつー怪力や」
一見傷一つついてない首を撫でながら、リュウヤが視線を前にやった瞬間、再び男子生徒が2人の方向に突っ込んでくる。
そして、振り下ろされた速度のある斬撃を間一髪で避け、2人は彼と距離を取る。だが、彼も地面に突き刺さった斧から手を離し、合わせるように2人に向かって走り出した。
武器具現系能力は、馴れれば2つ目、3つ目と連続して武器を作り出すことができる。
彼は、走る最中に再び斧を作り出し2人を切り裂かんと構える。
しかし、速さはあれど攻撃は単調。
2人は、先ほどと同じように、しかし今度は余裕を持って避けてみせた。
「目が馴れたかな」
後退しながらレイジは呟くも、横のリュウヤはとてもそんな余裕は無かった。
攻撃に次ぐ攻撃。武器が斧ということはイメージでは、振り下ろされた直後に武器を扱う人間に隙が出来るもの。だが彼の場合、振り下ろした武器を捨てそのままの勢いで次の攻撃のために動き新たに武器を作り出すという、隙を殺す方法を取っている。
これだけならいいが、更に厄介なのはそのスピードであり、それに対応するのは至難の技だった。
それを、スキルバーストを発動しているとはいえ既に見切り始めているレイジだが、その理由は至極単純だった。
一二三マモルと戦ったかどうか。この一点である。
SCMの中でも神風と呼ばれるレイジは、よくマモルと模擬戦をやらされていた。
そのおかげもあり、自然と彼の目は素早い動きに対し奥しないものとなっていたのだ。
そして、その後数回の攻撃を避けた後、遂にレイジは反撃に出る。
敵の斧による縦方向の攻撃を、後退では無く横に逸れて避け、敵との距離を一気に詰める。
そして……。
「リュウヤ!!」
「わかっとる!!」
レイジの最短距離からの鞭による縛り付けに、男子生徒は一瞬の隙を発生させる。そこを、リュウヤは突いた。
ただ、触れただけ。
しかし、その一発は当たった男子生徒の腕を固める。
怯んだ相手に、更にリュウヤは2発目、3発目と触れるように男子生徒の腕、脚と攻撃とは言い難い攻撃を続ける。
そして、その手で斧を握ったまま彼は前屈みに静止した。
そして、数秒の後に、その場に力抜けるように座り込むレイジ。それに、リュウヤも続く。
「まだ、完全に終わった訳じゃねえけど……疲れた」
「そうやな……って、あっちはどうしたんや?」
その言葉に、レイジはリュウヤの向いている方向に目をやる。そこには、サヤ、カナエ、リュウ、ルミナスの姿があった。
「あれ? 暴走してた子は?」
2人は辺りを見渡すも、それらしき人物は見当たらない。
「どうしたんだ……」
レイジは、再び腕を組み何か考える素振りのサヤの方へと目をやった。
一方、B地区では引き続きSCMと問題解決屋の2人とでマリアスとカズハの捜索を行っていた。
怪我を治した後、リュウイチはスズと共に友人からの連絡を頼りにマリアスが暴れているという、B地区内のある交差点に向かっていた。
「あそこか」
ガラガラと何かが崩れるような低い音に、リュウイチは進行方向を変える。
マリアスの能力は『破壊』。暴れているのなら、周りの建造物が壊されていても不思議では無い。
人気の無いビルの合間を抜け、リュウイチとスズは開けた場所、大きな交差点に出る。
その丁度真ん中。コンクリートの建物、そして横断歩道に囲まれた真ん中。
微妙に破壊された信号機や建造物の破片に囲まれる様に、マリアスは俯き立っていた。
2人の存在に気付いた彼女は、ゆったりと腕を上げる。すると、薄い紫色のオーラのようなものが彼女の周りに帯状に出現する。
「先ずは私が」
そう言い、スズは光のオーラのようなマントと鎧を身に纏い彼女に向かって走り出した。
マリアスの能力『破壊』は、彼女の周りに発生するオーラに当てられた物を破壊する能力である。だが、破壊されるのは目に見える物だけであって例えば酸素などの目に見えない物は破壊の対象にならない。
スズが纏う光の鎧も、エネルギーを光という目に見える形にしただけであり、これは元々上記でいう目に見えない物に分類される。
つまり、この状態でスズが破壊のオーラを浴びても人体が破壊される事はないのだ。
自身に向かって特攻してくるスズに、マリアスは自然に破壊のオーラをもって対応する。
オーラに触れた所から、コンクリートの道がガリガリと削れて行く。
しかし、破壊のオーラがスズの身体に触れても特に変化は無い。
「捕まえた」
最後まで回避行動を取らなかったマリアスの腕をスズは勢いよく掴んだ。
白く細く弱々しいその腕から破壊の力が溢れ出す。
スズは、言い表せぬ感情に包まれた。
「もう、大丈夫だからね」
光に包まれた手から逃れるように力を込めるマリアスに、スズは安心させるように呟く。
そして、腕を掴んでいない方の手を彼女の後頭部へと添えた。
「最悪のパターンね」
同刻、同じくB地区内にて、アカネ、ユーリ、アイリスの3人はカズハの今居る場所へと全速力で向かっていた。
「まさか、学校とはね」
教師からの連絡により発覚したカズハの居場所。それは、最悪にも人が沢山いる場所だった。
今現在、カズハは暴走状態にある。つまり、無意識の内にそこに辿り着いた事になるが、それにしては上手くいきすぎていた。
この事から導いたアイリスの展開は、裏で誘導した者がいるということ。
スズからの連絡から、今回の暴走事件は裏で手を引いている者がいる事は明らかになっており、この可能性も現実味がある。
そんな、可能性を持ちつつも、3人は先ずはカズハを止めることを最優先に学校へと向かっていた。
「意外と早く着いたね」
学校の敷地内に入り、ユーリはパッと校舎を見渡す。
授業中だからか静かな学校。しかし、それにしては全く人気が感じられなかった。
違和感を覚えつつも、3人は取り敢えず学校に入ろうと歩き出す。
ここで、ふと校舎を見上げたアカネは言葉を漏らす。
「血……」
窓に付着する赤い液体。
3人は、最悪のケースを頭に過ぎらせながら、血のようなものが窓に付着している校舎3階、3年の教室へと急いで向かった。
荒く窓を割って中に入ることも出来たが、血のようなもの見たことから高ぶっていた感情を一気に冷ました彼女らは移動に階段を選択する。
そして、一気に階段を昇り切り3階に到着した3人は目に飛び込んだその光景に思わず絶句した。
髪を、顔を、紺のブレザーを、白いシャツを、灰のスカートを、白い肌を、紅い血が染めていた。
そして、血に染まった者たちが横たわる廊下にも、同じように紅い血が一種のアートのように無造作に塗られていた。
「……カズハ?」
地に倒れる生徒らから、アカネは震えながら前方へと視線を移す。そこには、地に伏す彼ら彼女らと同じように紅い血の色に染まったカズハの姿があった。
「遅かったか……」
そのユーリの声に反応するように、カズハはその血に塗れた顔を上げ、静かに視線を3人に向ける。
そして、彼女は両手をバッと左右に広げた。
「ユーリ!」「わかってる!!」
その瞬間、2人はカズハの周りに出現した細い針を視界の端で確認しながら地面に両手をついた。
その行動と、ほぼ同時に発射される銀色の細い針。しかし、その針が到達する前に彼らの前に土の壁が出現する。
カンカッカカカカカカ……。
針が土の壁に弾かれる音が響く中、不意にユーリの携帯が鳴った。
「もしもし?」
誰? というアイリスの問いを遮り、ユーリは電話を相手と暫く話し込む。
そして、2、3やり取りを交わした後、彼は「了解」と電話を切った。
「F組にルナが居るってさ」
「ルナが!? て事は、え? じゃあ、みんなそこに?」
「さあ。でも、怪我人を手当てしてるって事は逃げ遅れた人だけがそこに居るって感じじゃないかな」
そういうパターンか、とアイリスは音が鳴り止まない壁の方を見る。いくら土の壁が頑丈だとしても、そう何発も攻撃を与えれば崩れる可能性もある。
「じゃあ、挟み撃ちも兼ねて私が行くわ」
分かった、と返したユーリを横切りアイリスは後ろのD組に入って行った。
ここから、土の能力を駆使し壁を伝ってF組に向かう寸法である。
それを見送り「さて」とユーリは、立ったまま動かないアカネを横目に声をかける。
「無理なら下がってていいからね」
その声に、アカネはハッと我に返った。
先ほどから、あの紅く染まった光景に脳内を支配されていたアカネ。
その、初めて見る悪夢のような惨状に彼女は怖気ついていた。
しかし、その言葉に彼女が返した言葉は逃げの一言では無かった。
「大丈夫」
凛とした真っ直ぐな目で彼女は答えた。
カズハの方がずっと辛い思いをしている。
そう考えると、アカネは恐怖相手にも臆する事はなかった。
その目を見て、ユーリは笑顔を持って返す。
実際、SCMとしてなら一般生徒であるアカネを戦闘に巻き込む訳にはいかない。
しかし、彼も人の子。アカネとカズハの関係を考えると、とてもそんな事を言えなかった。
「じゃあ、姉さんの合図で突っ込むから」
その言葉に、アカネは強く「ああ」と答えた。
一方、アイリスは特に問題無くF組に到達していた。
部屋に入り、ザッと彼女は教室内を見渡す。
心配そうに廊下の方を見る生徒、不安そうに俯く生徒、座り込んだままピクリとも動かない生徒……。そんな中、壁を背に座る女子生徒の傍にしゃがむ紫色の髪の女子、ルナの元にアイリスは駆け寄る。
近づいて来たアイリスに気付いたルナは、バッと立ち上がった。
「遅い!!」
突然の張り上げられた声に、周りの生徒もビクっと2人の方に目をやる。
それに、苦笑いを浮かべながらアイリスは返す。
「ごめんごめん。それより、他の人たちは?」
「みんな体育館よ。ここに居るのは逃げ遅れた人たち」
「じゃあ、他の教室に逃げ遅れた人は?」
「居ないと思うわ。多分ね」
そう返し、ルナは俯き廊下の方に目をやる。
「……助けられなかった」
その脳内に、「助けて」という声と共に紅い液体を噴き出す生徒の姿が浮かび上がる。
退路を作るために廊下に出て行った者、動けるからという理由だけで廊下に出て行った者。ルナは、彼ら彼女らを止める事が出来なかった。
全ては、ルナとしての判断。誰にも、その判断の良し悪しを決めることは出来ない。
そんな、暗い暗い表情のルナの肩を軽く叩き、アイリスは廊下へと歩き出す。
「仕方ないよ。仕方ない」
軽く言った彼女は、背を向けたまま続ける。
「後悔は一先ず後回し。今は、この状況を守り抜く事を考えよ」
そう歩きながら言った彼女は、廊下に出て教室の壁に手を当てる。瞬間、教室の廊下側の窓、出入口を土の壁が覆った。
「さて、そろそろ終いにしましょうかね」
不敵な笑みを浮かべたアイリスは、針の射出を止め彼女の方を向いたカズハを確認し、ユーリとアカネの前にそびえ立つ土の壁を解除した。
次回予告
「素晴らしい!」
ヒカリ捜索のため、動き出すSCMら。一方、カズハを止めるため奮闘するユーリたちは徐々に彼女を追い詰めていくが……。
次回「散華」