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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第10章 key and three doors(memories of the past)
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第97話 キオクノハジマリ

 4月某日。

 ほんの少しの変化を加えた新しい教室にも慣れた頃、暖かな日差しが射し込む教室でリュウイチはいつもの様に時間をただ消費していた。


 だからこそ、その平凡な日常を打ち崩すような、何かが強く壁に打ち付けられる音が聞こえた瞬間、彼は勢いよく頭を起こした。

 ドカン、ドカン、ドカン……。

 思わず身構えるような大きな音が連続して聞こえる。

 ただ事で無いことが何処かで起きている。


 経験のある非日常。


 リュウイチは、すぐさま立ち上がり横で凛とした目つきで廊下側を見ていたアカネを横切り、音のする方向へと走って行った。


 彼らの所属するクラスは校舎の一番端のA組。

 音はそこから少し先、E組から発せられていた。


 リュウイチがそこに到着した時、既に廊下には沢山の生徒たちで埋め尽くされていた。

 心配そうに中の様子を見守る者もいれば、ただの見物人である野次馬たちもいる。


「あれは……」


 呼吸を整え、リュウイチは教室内に目をやる。

 そこには、彼が数日前にも見た光景が広がっていた。


 少女を中心に、机、椅子が教室の端に無造作に積み上げられている。

 まるで、彼女自信を守る砦のように。

 まるで、彼女自信が皆を中に入れないように。


「リュウ!」


 不意の聞き慣れた凛とした声に、彼は振り返る。

 そこには、ポニーテールに結んだ黒髪を左右に揺らしながらこちらに向かって走ってくるアカネの姿があった。

 彼の目の前に到着したアカネは、少し乱れた息を整え教室の中へと目を移す。


「またか」


 彼女の言葉に、「多分な」とリュウイチは返した。

 数日前にも起きた"暴走事件"。

 目の前に広がるのは、その時と同じ光景。


 今のところ、教室内の少女に動きは無い。

 だが、何かを抑えるように身体を抱き締め悶える少女は、いつ自制を潰されるかわからない。

 絶望と恐怖の狭間で、少女はこれ以上皆を傷つけまいと強く見えない力を抑え付けている。


「SCMは、まだかよ」


 人だかりの中から、心配と苛立ちを合わせたような声が上がる。

 そして、それに応えるように女性の声が廊下内に響いた。


「はいはーい、下がって下がって」


 その場の者の中には、その聞き慣れた声に早くも安堵の声を漏らす者もいた。

 声の主は、SCMであるアイリス・クライム。

 側には、弟のユーリ・クライム。そして、真剣な眼差しの湧流(わくなが)(すず)もいる。


「さて、ちょっと痛いけど我慢してね」


 アイリスの廊下からの言葉に、教室の中の少女は薄く笑みを浮かべる。

 そして、それを合図にSCMの3人は教室の中へと入って行った。






「俺の力で、あいつらの力になれないのかな」


 昼休みが終わり、眠気が牙を剥く5限目。

 結局あの後、SCMによって当人を入れて軽症者4名を出したのものの、どうにか暴走していた女子を抑えることに成功していた。

 そんなE組での事のおかげで、3年のどの教室でもこの時間は自習になっていた。


 自習ということもあって、ザワザワとしている空間でのリュウイチの不意の呟きに、隣の席のアカネは聞き返す。


「いや、俺の能力で、あいつらをどうにかしてやれないかなって思ってさ」


 昼休みに起こった、"2度目"の事故。

 もし、今回の暴走が前回のものと同じなら、彼女もまた不運な能力者として生きていかなければならなくなる。

 現在、この暴走が何故発生したのか、どういうものなのか、また治す方法や抑える方法などは分かっていない。


「俺の『抑制』なら、どうにかできると思うんだ」


 リュウイチの能力のうちの1つは、『抑制』と呼ばれる対象の様々なものを抑制する能力である。

 この抑制を使えば、彼女らの暴走を治すことは出来なくとも抑えることなら出来るかもしれない。

 ただし、それは100パーセントの確立で出来るわけではないし、もし上手くいっても根本的な解決にはならない。


「リュウが助けたいのは分かる。でも、素人が手を出しちゃダメだと思う」


 アカネは、机の上に広げてある参考書を見つめたまま静かに言った。

 アカネの言うとおり。それは、十分リュウイチも理解していた。


「それでも……可能性があるのに何もやらないなんて俺には出来ない」


 ボソッと呟き、彼は机に突っ伏す。

 そういう返答が帰ってくることを、アカネは十分に予測していた。

 だが、その考えは理解できてはいなかった。

 何故、見ず知らずの人に手を差し伸べることが出来るのか。

 だが、それがリュウイチであり、彼からそれを取ったら彼でなくなる。

 それ程までに、それがリュウイチという存在を示す上で絶対必要な要素であった。


――それでも、私には理解出来ない。


 暖かなる教室。彼女は、再び意識を目の前の参考書に移した。






 放課後。

 リュウイチは、"前回"暴走し引きこもり状態になっている少女、マリアス・クルレイドの住むアパートへと向かっていた。


「此処……だよな」


 リュウイチは、スズから貰った彼女の住むアパートの場所と部屋番号が書かれたメモと、スマートフォンに映し出されている地図を交互に見比べる。

 確かに、スマホによると目の前の何処にでもあるアパートで合っているようだった。

 彼は、数回それを確認しアパートへと入って行く。彼女の住む部屋は3階だった。


 ここ数年の内に建てられた綺麗なアパートに入り、彼は階段で3階へと向かう。

 別にエレベーターでもよかったのだが、気分的に階段で向かったのだった。


 文化系なリュウイチには、3階分の階段は少々堪える。

 階段を登りきり、彼は息を整えつつメモに書かれた番号を探した。


「ここだな」


 息も整い、リュウイチはメモに書かれた番号の部屋を見つける。

 彼は、最後に一つ息を吐きインターホンを押した。


「…………」


 10秒以上経っても反応が無いため、リュウイチがもう一度インターホンを押そうとすると扉が少しだけ開かれた。


「どなた、ですか」


 静かなアパート内でなければ聞き取れないであろう声が、チェーンのかかった扉越しに彼の耳に入る。


「俺はA組の鍵原(かぎはら)リュウイチだ。えっと、一応確認するけどマリアスさんだよな」


 彼の問いに、「はい」と先ほどと同じようにか細い声が返ってくる。


「プリントを届けに来たんだ」


 と、彼は手に持つ鞄の中からゴソゴソと数枚のプリントを出した。

 今回、スズに彼がマリアスの居場所を聞いた際についでだからということでプリントを持っていってくれと頼まれていたのだ。

 彼は、鞄から出したプリントを少しだけ開かれた扉の隙間から中に入れた。


「あと、実は今回、マリアスさんに話があって来たんだ」


 プリントを渡し、彼は続ける。


「その、別に扉越しでも構わないから少し話さないか?」


 その言葉に対する反応は、扉の向こうからは帰ってこない。


「いや、無理なら無理でいいんだ。ただ」

「なんで?」


 彼の言葉を遮るように発した小さな声を、ギリギリで彼の耳は拾った。

 今回、彼がここに来た理由は彼女の能力の暴走を抑える方法を教えるため。

 そして、彼女の引きこもりを治すため。

 しかし、何故かここまできて彼は口を噤んだ。


 100では無いのに、安易に言葉を出すべきか。

 

 だが、様々な考えが頭の中でかき混ぜられる中、彼はいつも通りただ真っ直ぐにそれらを無視した。


「能力の暴走について」


 ドア越しでも分かる警戒心。

 彼は、慎重に言葉を選んだ。


「俺は、お前を救ってやれるかもしれない。これは、ただの良心から言ってるんじゃなくて、俺がそういう能力者だから。俺がそういう力を持ってるから」


 静かに、冷静に彼は続ける。


「俺の能力は『抑制』て言って、対象の力とかを抑制する能力なんだ。これなら、マリアスちゃんの暴走を抑えることができる」


 断言したことを一瞬後悔し、彼は言葉を止める。

 もし、ダメだったら?

 余計な考えが、再び彼の頭の中を支配し始める。


「どうして?」

「えっ?」

「どうして、そこまで言ってくれるの?」


 静かな声は涙声だろうか。それは、リュウイチには判別できない。

 その問いに、彼は単純に思ったことを口にした。


「俺が出来るから」


 何も、目に見えた困っている人に片っ端から手を差し伸べているわけではない。

 彼は、子どもの頃から困っている人になんのためらいも無く手を差し伸べられる人間だが、助けることができない人に対しては手を差し伸べることはなかった。

 これは、確かに当たり前なことではある。

 だが、これはつまり彼は、ただ他者に対して闇雲に手を差し伸べているわけでは無く、ちゃんと考え自分の手の届く範囲に限り助けるという、ある程度の確実性を持って行動しているということになる。

 今回もそう。ある程度の確実性を持ってなくては、ここに彼はいない。

 彼女に手を差し伸べてはいない。


 彼の言葉を最後に沈黙がその場を支配する。

 完全な沈黙ではなく、鼻をすする音が微かにする。そんな空間。


「……できるの?」


 すがる様な声が発せられる。

 それに、彼は自信を持って答えた。


 「大丈夫」と。


 何の根拠もない訳ではない。

 しかし、100では無い。


 その言葉の後、開かれていた扉が一旦閉められ、チェーンを外した音と共に再びゆっくりと開かれた。


「入って」


 扉越しに、身長150前後のパジャマ姿の不安そうな表情を浮かべる少女が顔を覗かせ言う。

 それに、リュウイチは一言「ありがとう」と言って部屋の中へと入って行った。






 時刻は16時40分。

 2つの暖かいお茶が入ったコップが置いてあるテーブルを挟み、マリアスを前にリュウイチは最初の言葉を探していた。


「……あれ以来、暴走とかはあるのか?」


 沈黙を破る不意の質問に、マリアスは少し驚くも小さく首を横に振った。

 マリアスが暴走してから約1週間。今のところ、まだ2回目の暴走は起きてはいない。

 

 その質問の答えに、リュウイチは「そっか」と少し安心した顔を見せる。

 とはいえ、今回の目的は暴走の抑制。より、効果を実感するためには適度に暴走していた方が良かったのかもしれない。


「じゃあ、先ずは俺の能力について説明するな」


 現時点では、マリアスからすれば彼の能力は胡散臭いもの。ということで、リュウイチは先ず自身の能力の説明から始める。


 リュウイチの持つ能力の名は『抑制』。

 その名の通り、対象の様々な力などを抑える能力である。

 今回、この能力によってマリアスの能力を抑え込み、常時、彼が許可した時以外能力を使えなくする方法を取る(特殊能力限定)。

 つまり、彼女の力自体をリュウイチが縛り暴走以前に能力を使えさせなくする、というかんじだった。


「まあ、荒治療ではあるけどな」


 説明を終え、彼はそう締める。

 これ以外に、方法があればそれでいい。しかし、現時点では暴走を抑える方法は無く、また彼もこの方法しか取ることができなかった。

 といっても、あくまでこれは1つの可能性。

 この方法で、必ず抑えられるとは限らないのだ。


「これが、俺の出来ること……まあ、可能性は100%じゃないけどさ。で、どうする?」

「……それで、なんとかなるなら」


 彼の言葉に、少しの間を置き静かにマリアスは答える。


「わかった。じゃあ、今からやるか?」


 マリアスは小さく、しかし力強く頷く。

 それを確認し、リュウイチは立ち上がり彼女の前に移動する。


「いろいろ巻き付くと思うけど、大丈夫だからな」


 ポンと彼女の頭に手を置き、リュウイチは安心させるように言う。

 その、"いろいろ"がどういうものかはマリアスは理解出来ない。それでも、彼に触れられたことにより彼女の中の不安は無くなっていた。

 まるで、親に撫でられた子どものように。


「じゃあ、始めるぞ」


 マリアスは小さく「うん」と返す。

 それに、両手を彼女の頭に添えリュウイチは息を吸った。すると、彼の両手首から淡く光る半透明の鎖が出現した。

 それは、スルスルと指を通ってから真下のマリアスの頭から耳、肩へと伝っていく。

 それに、マリアスはピクッと反応を見せるが目を瞑り気を落ち着かせた。

 鎖に実体は無い。薄暗い部屋の中、ゆっくりと淡く光る鎖だけが動き、彼女の身体に巻き付いていく。


 そして、遂に鎖は彼女の身体全身に満遍なく巻き付いた。


 本来、ここまでゆっくりと鎖を巻き付けることはない。

 『抑制』は、慎重にすればするほど抑え付ける力が強くなる。なので、今回は念には念をといつもにましてゆっくりと丁寧に能力をかけていた。


「よし、終わり」


 鎖がマリアスの全身に巻き付いてから数分の後、リュウイチは息を吐いて言う。その額には、汗が光っていた。


「取り敢えず、鎖は巻いといた。これで、暴走は心配ないと思うけど……」


 断言は出来ない。

 見方を変えれば、それはただの自己満足。

 そんな事は、彼自身もよく分かっていた。


「ううん。ありがとう」


 彼女の小さな言葉が静かな部屋に伝わる。

 『ありがとう』

 リュウイチは、珍しく自問する。


 『俺は、何のためにここに来た?』


 素直にその言葉を受け取れない自分に、コロコロと意見が変わる自分に、彼は苛立ちを覚えていた。




 結局、その後彼とマリアスの間でいくつかのやり取りがあったが、彼女の部屋を出た瞬間、それらは全て彼の頭から抜け落ちた。


――結局、最後には無理矢理納得して悩みなんて消えている。


 珍しく悩んだ少年は、頭の中のモヤモヤを払うように頭を振り帰路についた。

次回予告


「今度から、もっと相手の事を知ってから行動した方がいいよ」

 翌日、リュウイチはマリアスに会いに彼女の所属する教室に向かうも、そこに彼女の姿は無く……。


次回「ウラ」

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