第10話 タッグトーナメント ①
今年のタッグトーナメントは16チームが参加。また休息日を含めて、6日間かけて行われる。
時刻は8時50分。
リュウとカナエは、会場外にて最後の打ち合わせをしていた。
一昨日に対戦相手が発表されているため、当日対戦相手が発表されるシングルと違ってタッグでは対策が出来る。
2人の初戦の相手は分杯勝と船木亮のペア。能力はショウが『想像具現(realization)』、リョウが『光の矢(light arrow)』だ。
「リョウ先輩はともかく、問題はショウ先輩の『想像具現』ですね」
「"不敗勝"だしな」
呆れ顔でカナエは話を続ける。
「"想像具現"ですからね。ショウ先輩を先にやります」
「で、俺がリョウを止める役だったな」
はい、とカナエが答える。
シミュレーション自体は昨日の内に終えていた。
「まあ、カナエちゃんとなら大丈夫だろ」
「油断は禁物ですよ」
試合まで後10分。
しかし、リュウの鼓動は落ち着いていた。
シングルトーナメントの時と状況は全く同じだが、"馴れ"とは面白いものである。
「まさか、リュウ君とカナエちゃんが組むなんてね」
朝に貼り出されるトーナメント表。そこに書いてあった第1試合の組み合わせを見て、おそらく驚かなかった学生はいないだろう。
それは、当然観客席のユミとヤヨイもそうだった。
「お互い、この前の試合で初めて会ったんでしょ。余程、惹かれる所があったのかな?」
「どうだろな……まあ、負けず嫌いっていう共通点はあるが」
ヤヨイの問いに、満を時して会場に入ってきたリュウとカナエを見ながらレイタは答えた。
観客席の雰囲気はシングルの時と比べ、明らかに違うものになっていた。
「じゃあルールの説明をします」
副審は変わらずだが、主審はシングルの時とは別の教員になっている。ちなみに、トーナメントの主審を務めるのは『能力実技』という科目を受け持つ教員である。
タッグトーナメントのルールは、シングルとほぼ変わらない。2対2なので、どちらか片方が負ければ試合終了、ぐらいの違いだ。
ルールの説明が終わり、リュウとカナエは対戦相手、ショウとリョウと握手を交す。
なよなよしているショウに、レイタの情報通りのクラス委員長な雰囲気のリョウ。見た目で判断すれば、リョウさえどうにか出来れば勝てるという感じだった。
「それじゃあ、準備はいいですか?」
それぞれ配置についた4人は、静かに主審の次の言葉を待つ。
「それでは……試合開始!」
例によって、主審のその言葉と同時に、ワッと場内が沸き上がった。
先手必勝。
シングルの時とは違い、カナエは対戦相手よりも早く動いた。
続いてリュウも動く、標的はリョウだ。
――発動!
リュウの動きを見て、リョウは即座にエネルギーを弓矢の形に具現化する能力『光の矢』を発動する。
その光の弓から即座に射抜かれた矢を避け、リュウも能力を発動し拳に炎を纏う。そして、リョウ目掛けて放たれたのは炎の拳ではなく炎そのものだった。
――!?
予想外の攻撃にも、リョウはリュウの火炎放射の攻撃範囲の限界まで後退する。
「やべえ……な!」
後退したリョウは、即座にリュウ目掛けて矢を射る。
その矢のスピードに反応しきれず、それはリュウの肩をかすった。
――痛っ!
光の矢による攻撃は、かすっただけでもなかなかの痛みを生じる。何故なら、普通の矢よりもエネルギーで出来ているぶん殺傷能力が上がっているからだ。
――全部避ける必要があるか……。
リュウは、血で湿り出す肩を気にしつつ立ち上がった。
一方、カナエは出し惜しみ無しの4つの属性全てを使った攻撃を展開していた。
しかし、全部とは言えないが確実に当たってはいるのにもかかわらず、ショウは顔色変えずにこの怒涛の攻撃を耐え続けていた。
――基礎能力防御特化かな?
基礎能力には攻、守、速があり、それぞれ6段階で評価される。
基礎能力特化とは、他を捨てて1つの能力に特化することだが、この『6』の場合ここまで到達する能力者自体が少ない。
――だとすると面倒だな……。
カナエ自身は、基礎能力『6』に到達しているSCMの3年らと共に模擬戦をした事が何回かあるが、『攻、守、速』どれをとっても『6』は"おかしい"という印象を持っていた。
――何も効かない、くらいの感覚でいかないと……。
もし、ショウが基礎能力防御特化なら作戦を変える必要が出てくる。
しかし、カナエはもうしばらく様子を見ることにした。
――リュウ先輩はどうだろうか……。
カナエは、攻撃の合間に目でリュウの方をチラッと見る。
リュウは、リョウの光の矢に苦戦しているようだった。
無数の光の矢が、その炎に包まれた体を射抜かんとリュウに襲いかかる。
――殺す気かこいつは……。
どうしても避けきれない場合に氷の壁を発生させる。
しかし、その避けるのが無理と認識してからの発動という、極限状態をいつまで続けられるかは彼自身は自信がなかった。
加えて、能力はスタミナを消費するものであり具現化系ならより多くのスタミナを消費した。
と、思考を回している内に突如矢による攻撃が止む。
ハッと、リュウがリョウに視線を向けると彼は弓矢を斜め上の方向に構えていた。
――光の雨!!
リョウが矢を放つと、上空に1回の射出で無数の光の矢が一斉に跳んだ。
「カナエちゃん上!!」
カナエは、即座に上空の光の矢を確認し土の壁を出現させ落ちてくる矢に備える。
それを確認し、リュウも氷の壁を出現させるが……。
――これで防げるのか?
光の矢の殺傷能力は身を持って知っている。それを、氷の壁で防げるのだろうか。しかし、もう他の方法を取る時間は無い。
矢が落ち始め、ガガガッと氷が抉れる音が響く。
――もっと、氷の壁を。
リュウは更に氷の壁を3層増やす。
数刻の後、氷が抉れる音がしなくなった。
――もう1発くる可能性もあるか……。
リュウは氷の壁に、外を見れる程度の穴を空け外を見る。
しかし、リョウの居た位置が見れる方向に穴を空けたのに、そこには誰の姿も見えない。
……ガッ!
氷が貫かれる音と共に、リュウは左肩に鋭い痛みを感じた。
「クッ!? うぅ……」
その今まで感じた事の無い痛みに思わずリュウはその場に蹲ってしまう。
氷の壁が溶けてゆく。
痛みに震えるリュウは、その汗の滴る顔を上げる。その視線の先に居たのは、光の弓矢を構えるリョウだった。
「悪いな……俺も負けられないから」
今にも撃ち抜かんと、リョウは弓を絞り始めた。
「リュウ先輩!!」
カナエの悲痛な叫び声に、リュウは散漫になりかけていた意識を戻した。
――痛みが消えない。何故カナエが泣いているのかわからない。誰だよ、泣かせたのはさ??
リュウはフラフラと立ち上がる。
そして、揺らめく視線を先のリョウに止めた。
「お前か?」
リュウは、矢を引いたまま止まっているリョウを左手で指差す。
――立ち上がった? なんで? めちゃくちゃ痛そうにしてたのに……。
リョウは困惑する。
リュウの肩からは血が流れ続けている。あの時、リョウの放った光の矢はリュウの左の肩を抉っていたのだ。
「リュウ先輩! 無茶しないでください!!」
カナエが叫ぶ。しかし、リュウに反応は無い。
「うーん……どうしよっかな」
副審のサヤが呟く。
血が出てるとはいえ、まだ危ないレベルではない。
止めるタイミングとは難しいものだ。
「リョウ!!」
リュウの様子を呆然と見つめるリョウにショウが叫ぶ。
その言葉に、リョウは我に帰り再び強く光の弓矢を構えた。
「次は足狙うぞ!!」
リュウに向かってリョウは叫んだ。
――頼む! ギブアップしてくれ!!
リョウは先ほど、痛みによる相手のギブアップを狙って肩を射抜いたのだが、予想に反しリュウは立ち上がってしまった。
人を傷つけるのは心が痛む。
そんなリョウに、2回目の人の体に向けての射出は難しかった。
そして、その優しさをチームメイトのショウは分かっていた。
自分の為に、トーナメントに参加したリョウ。
これ以上の負担を、彼はリョウに負わせたくはなかった。
――俺がやるんだ……。
ショウは、物心ついた頃から勝負事において勝った記憶がなかった。当然、じゃんけんのような運が絡むものは別だが(といってもそんなに勝率は高くないが)。
そんな、ショウの勝負運の無さを知っていたリョウは、ショウをタッグトーナメントに誘う。
『俺が、"勝つ"気持ち良さを教えてやる』
「想像具現……発動」
想像具現は本来、物の具現化をする能力だ。
しかし、物の具現化には色々と制約がつく。
だが、ある程度操れるようになれば感情の具現化が可能になり、こちらには大きさにおいては制約がつかなかった。
しかし、この感情の具現化は実際に具現化する訳ではなく、飽くまで感覚的なものでしかない。つまり……。
――感覚の具現化による攻撃は、相手の精神に対する攻撃。
彼が能力を呟くと同時に、リュウとカナエの周りが光で包まれる。2人は思わず目を瞑った……。
――ようこそ、心層世界へ。
2人が目を開けるとそこは変わらずトーナメント会場だった。会場に特に変化は無い、ある事を除けば。
――なんだ……これ
リュウは正気に戻る。と同時に辺りに目を凝らした。
辺り一面セピア色だった。まるで、写真で見る昭和のように……。
加えて、観客席の声も聞こえない。
――体が動かない!?
リュウの耳にカナエの声が響く。
しかし、耳で聞くというよりも、まるで心で直接聞いているような感じであり、とにかく普通ではない。加えて、体も自分のものではないような感覚だった。
――俺は、リョウみたいに優しく出来ないからな。
突如2人の目の前に現れたショウが、右腕を上げた瞬間、リュウの右腕が落ちる。
しかし、それを本人が気づくまで少しの間が空く。痛みが無ければ、落ちた音すらしないのだ。
――!?
数秒の間の後、リュウは消えた自分の右腕、そして傍に落ちている腕に気づく。
声が出なかった。血も何も出ない、痛みも無い、不思議な感覚。
――カナエ……前だけ見てろよ。
カナエは、一瞬左に立つリュウの方に目線をやりそうになるが堪える。
勝てない、リュウは悟った。
このままでは、精神がやられる。ギブアップという言葉がリュウの頭を駆け巡った。
――次は……。
ショウは次に左腕を上げようとする。が、その瞬間目の前が再び光に包まれた。
――!?
2人が再び目を空けると、そこは会場だった。
さっきまで2人がいた空間ではなく、ちゃんと色のついた世界だった。
即座にリュウは右腕を確認する。
肩に鈍い痛みはあるものの、ちゃんと右腕はあった。
「ショウ!?」
2人は声の方に目を遣る。そこには倒れているショウと声をかけるリョウの姿があった。
審判達もショウの元へと駆け寄る。2人はそれを黙って見ていた。
やがて、主審が立ち上がり2人の方に向かってくる。
そして2人の腕を掴み、上げた。
「勝者、リュウ、カナエチーム!!」
ワッと場内が沸き上がる。
しかし、2人は変わらずショウの方を見ていた。
「あの、ショウ先輩は……」
カナエが主審に訊く。
「大丈夫、気を失ってるだけだよ」
それより、と主審はリュウの方を向いた。
「肩、大丈夫か?」
リュウはハッとショウの方から主審の方を向く。
リュウは、痛みはあるがそこまでキツくはない事を主審に伝えた。
「まあ、とにかく保健室だな」
シングル初戦、準々決勝とこれでリュウにとっては3回目の保健室行きとなった。
「これで一応は大丈夫だけど、安静にはしてなさいね」
保健室。
リュウは、肩の傷を和田先生に治してもらっていた。
「ありがとうございます」
保健室には他にもベッドで寝ているショウ、そして治療の様子を見守っていたリョウとカナエがいた。
「でもよかったです。あんなに血が出てたから……危ないかと」
「まあ、危ないっちゃ危ないけどね」
和田が答える。
それもそのはず肩が抉られていたのだ。普通なら気を失ってしまうレベルの痛みである。
そして、それを問題なく治してしまうのが医療能力である。
「ほんと、悪かった」
リョウが頭を下げる。先ほどから、ずっとこんな調子だった。
「いやだからいいって、ほんとに」
こう何回も謝られると、自分が悪いように感じてしまう。 何か話題を変えなくては、とリュウは頭を巡らした。
「そういやさ、なんでリョウはトーナメントに出たんだ?」
ん? とリョウは頭を上げる。
「いや……うーん、まあ話してもいいか」
そしてリョウは、トーナメントに出た理由、ショウを勝たせてやるという話をし始めた……。
「……というわけだな」
「優しいんですね、リョウ先輩は」
カナエは感じた事をそのまま口にする。
「そんな事ねえよ、それに結局勝たしてやれなかった」
でも、とカナエは言いかけるが口を閉じる。2人を負かした自分が、何を言えるのだろうかと。
「よしっ、ならトーナメントが終わったらまた戦おうぜ」
暫く、腕を組んで黙ってたリュウが口を開いた。
「勝つまで付き合ってやる」
その言葉にリョウはふっ、と笑う。
「そうだな……ありがとう」
その言葉にリュウはニコッと笑った。
時刻は9時50分。
およそ5分前に始まったタッグトーナメント2試合目は、僅か開始5分での決着となった。
「当然といえば、当然なんだけどな」
試合を観戦していたレイタが漏らす。
「アビリティマスター……か」
「リュウ君とカナエちゃん、次キツイかもね」
ユミ、そしてヤヨイも呟いた。
――そうだろうか。
場内では、風のアビリティマスター如月美緒が地に伏せた対戦相手を前に呆然と立ち尽くしていた。
次回予告
「これが、アビリティマスター……」
初戦を辛くも突破したリュウとカナエ。そんな2人の次の対戦相手は『アビリティマスター』と呼ばれる能力者で……。
次回「風に舞う」