魔王様とお菓子
考査中はどうも短編を書くのに向いているらしいです。
誰か、今の状況を簡潔にまとめてほしい。
どうして目の前にあのお方がいらっしゃるのか。
どうして私の作ったケーキを召し上がってらっしゃるのか。
私が鼻歌混じりに弟たちのおやつを作っていると、ふと視線を感じ、きっと弟のうちの誰かが覗いてるものだと思って、放っていた。突然、冷たい声がして振り返ってみると――その声の主は言うまでもなく、"魔王"様でした。
フリーズして動かない私を不審に思ったか、魔王様は私の前に立ち、目線を合わせてきた。首が痛くなるほど背の高い魔王様は親切に思って、してくださったに違いないが、私には迷惑以外の何者でもなかった。後ろでやかんが蒸気を吹き出して、音を立てている。生憎、今は構ってやれる状態じゃない。
「姉ちゃん、何やって――」
六人いる弟のうちの三男が顔を出すが、魔王様を見るなり、すぐに逃げた。あいつはおやつ抜きだ。目の前の魔王様をどう対処すべきか。
「おい、あれを止めろ」
反射で身体が動いた。火を止めたはいいが、怖くて振り向けない。第一、こんなしがない貧乏貴族の家にいらっしゃる理由がない。
「おい」
はい、とひきつった笑顔で振り返ると、一番下の弟が魔王様の上によじ登っているではないか。彼は魔王様に両脇を掴まれ、宙ぶらりん状態だ。気を失ってしまえたらどんなによかったか、丈夫な自分を恨みたい。魔王様は無邪気な弟を眺めていた。このままじゃ危ないと思う前に、声が出ていた。
「あ、あのっ」
魔王様の視線が私に向く。やっぱり怖いです。でも、そうは言ってられない。
「弟が失礼をいたしました。私がお預かりいたしますので、どうぞ、お掛けください」
「よい。余が世話しよう。そなたは作業を続けよ」
何か、腑に落ちない。本当に任せても良いものか、でも、弟はご機嫌な様子だからいいのか。
そもそもどうしているのか理由が訊きたい。
でも、作業を続けろって言われたということは、どういいこと?
訳もわからないまま、おやつ作りを再開する。今日はにんじんのケーキだ。生地の色をいかに綺麗に見せるかに重点をおいて作るため、今の形になるまでに努力した。いわば、自信作だ。
そういえば、にんじんを潰してる最中だった。魔法を使ってしまえばすぐでも、手間隙かけると、見た目も味も段違いなのだ。おかげで魔法を使う機会はめっきりと減り、魔法が使えない落ちこぼれとか不名誉な異名を付けられて、社交界デビューしたものの、それっきり出てないので、友人も幼馴染みを除けば誰もいなかった。
生地を作り終え、型に流し込む。作業の一つ一つも気が抜けない。熱したオーブンに入れて、一段落ついた。
魔王様を見ると、うん、弟と息ぴったりで遊んでいらっしゃる。赤ちゃんの面倒見もいいが、物怖じしない弟も大したものだ。
「陛下、お尋ねしてもよろしいですか」
「何だ」
「なぜ家にいらっしゃったのですか?」
「そなたに会うためだ」
私は耳を疑った。私に会うために? いやいや、私は一度もお会いしたこともなければ、縁もゆかりもありませんが。
「それは?」
「余に"魔力がない"のは知っておろう」
これは魔族ならば誰でも知っていることだ。今の魔王様には魔力がない。正確には魔力が足りていないのだ。
今、人間たちが自分達の領土では飽き足らず、魔族の領土をも手に入れようと進行してきているのだ。"勇者"と呼ばれる力を持った人間を筆頭に侵攻してきている。弱い魔族が太刀打ちできるものではないので、魔王様が結界を張り巡らし、日々補修、保全に追われ、魔力が貯まらないのだ。おかげで魔王様自身には何の力もない。それを狙って反抗勢力が力を増しているのも事実なのです。
「まだ后も居らぬのを周りが憂いている。そこで候補者の名が上がったのだが、反抗勢力に属する貴族の娘しかいない。それは何としても避けねばならない。となれば、どうすればいい?」
「全く無関係な娘を……って、私ですか!?」
確かにうち、ランツベルク家当主は政治になど全く興味のない土いじりが好きな変人扱いですが、まさかそのおかげでこんなことになるなんて。
「ランツベルク子爵にはすでに話してある。そなたの了承を得れば良いと言われたが」
お父様、それは丸投げということでよろしいですか。あ、そうですか。要するに断るのが面倒だということだ。
「その、陛下は私の異名をご存知ですか」
私はそこまで気にしてなかったが、魔法が使えない魔族なんて本来、屈辱もいいところだ。最近は全く使ってなかったので使い方も忘れてしまった。使おうと思えばいけるかもしれないけど。
「あれはあくまで噂だろう? むしろ、その方がいい」
少しは抑えた方がいい。
そう言われて思い出した。社交界デビューの日までに魔力を抑える特訓をしたようなしてないような。父に面倒なことにならないためにやれと言われて? 何で面倒なんだっけ。
「大きな魔力は禍を生む。余を害すようでも困る」
話に全くついていけない。結局嫁ぐんだろうか。あ、ケーキ。慌てて様子を見に行く。ちょうどよかったみたいだ。焦げてしまう前でよかった。危ない、危ないと安心したのもつかの間。魔王様忘れてた。話の途中だったのにっ。
「申し訳、」
「よい。続けよといったのは余だ。もうじき出来上がるのではないか」
あとは型から外して分けるだけだが。魔王様は召し上がるのだろうか。紅茶も入れなくては。やかんにもう一度火をかけて、呼び鈴を押す。押せば、家中に知らせることができるのでとても便利だ。
「姉ちゃん、今日は」
顔を出した四男が固まる。そして、現れる弟たちは次々に固まる。父と母が現れてどうにか弟たちは元の状態に戻った。
家族全員揃ったところで、魔王様が口を開く。
「突然、邪魔をした。子爵には話してあると思うが、そなたの娘をもらいたい」
いきなり、直球すぎやしませんかっ。
母はすでに知っている様子で特に驚いた様子もなかったが、弟たちの驚き様はすごかった。
「その話は後にして、娘の焼いたケーキを召し上がりませんか。親馬鹿と思われるかもしれませんが、なかなか美味しいのですよ」
父の提案で食卓についてケーキを食べることになった。魔王様はどこに座るのかと思ったけど、来客用の位置についていた。六男は長男によって子供用の椅子に座らされる。母と二人でケーキとお茶とを用意する。私たちが席につくと、父が祈りの言葉を捧げ、私たちも続く。祈る対象は精霊たちに。自然のことに関しては精霊が手伝ってくれなければうまくいかない。感謝と祈りを捧げるのは当然だ。魔王様はもちろん捧げていた。最近はこれをしない者もいるとか。そういった者に精霊が恩恵を与えるはずもないので別にいいんですけど。
やけに静かだった。いつもなら弟たちが取り合いをして大騒ぎになるのに、魔王様がいるからか静かすぎて驚いた。魔王様を見ると、黙々と召し上がっていた。私の視線に気づいたか、手を止めてこちらを見る。 目が合ってしまった。どうしたらいい? どう反応したら正解なの? 頭を掻きむしりたい衝動に駆られるが、一応貴族であるし、魔王様の前でそれをする勇気もなかった。とりあえず、笑っておく。眉をひそめられた気もするが気にしない。
「これは何かしたのか?」
何のことかわからない。普通にまごころ込めて作りましたが何か。
「魔力が満ちていくような、今までにない不思議な感覚がする」
私が作ったケーキごときにそんな力があるはずない。今まで家族も誰も何も言わなかった。
言わなかっただけ?
魔王様は常に魔力が空っぽだから何か感じたのかもしれない。父を見ると、見事に視線を逸らされた。絶対何か隠してるときの動作だ。後で問いただそう。
「エレオノーラ」
突如、名前を呼ばれて焦る。魔王様、私の名前ご存知だったのね。
魔王様は立ち上がると私の側に来て跪いた。何をしてるのかと思い慌てた。
「へ、陛下。何をなさってるのですか」
私の手をとって真っ直ぐに目を見つめてくる。視線を外せなくなった。
「エレオノーラ。余、いや、ジークフリートは貴女を妻とし、生涯愛し続けると誓おう。受け入れてくれるなら口付けを許してほしい」
そこからの記憶はない。目が覚めたら見たこともないような豪華な部屋でした。隣を見ると、あれ、魔王様が。これははめられた? 私が一人百面相していると笑い声がする。魔王様だ。
「これはどういうことですか」
「こういうことだ。諦めよ」
つまりは魔王様は私を離す気はないらしい。まあ、諦めるしかないのは初めからだったに違いない。私に選択権はなかったのだ。魔王様は嫌いではないし、好きなことをさせてくれるならいいや。
王妃としての務めを果たしてやろうではないか。