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婚約者に不倫の濡れ衣で捨てられたので静かに復讐しますが、隣国の冷酷王子がなぜか過保護すぎて計画が台無しです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/05

「——よって、リシェル・アークライトとの婚約は、ここに破棄とする」

静まり返った舞踏会場に、その声はやけに響いた。

……ああ、やっぱり来たか。

私はグラスを軽く揺らしながら、ため息をひとつ。

「理由は明白だ。彼女は——不貞を働いた」

ざわっ、と会場が揺れる。

はいはい、テンプレテンプレ。

「証拠もある」

そう言って、元婚約者——レオンハルトは得意げに紙束を掲げた。

……中身、偽物でしょ。

見なくても分かる。

だって私、そんな暇ないし。

「何か言い訳はあるか、リシェル」

「……ありませんわ」

私は静かに笑った。

ここで取り乱すのは三流。

やるなら、もっと徹底的に。

「ただし、一つだけ訂正を」

「何だ?」

「“不貞を働いた”のは、あなたの方ではなくて?」

一瞬、空気が止まる。

「……何を言っている」

「隣にいる女性、説明していただけます?」

視線が一斉に向いた先。

そこに立っているのは、いかにも“ヒロイン顔”の女——

カミラ・ルディア。

王都でも有名な男漁り。

「彼女とあなた、半年以上前から関係があるでしょう?」

「なっ……!」

「証拠なら、こちらにもありますわ」

私は扇子の裏に隠していた書簡をひらりと見せる。

——もちろん、本物。

「馬鹿な……!」

「私が調べないとでも?」

軽く首を傾げると、レオンハルトの顔がみるみる青ざめていく。

いい気味。

「で? どちらが“不貞”でしたっけ?」

「そ、それは……!」

「証拠の捏造までして、婚約破棄を正当化。随分と手の込んだことをなさるのね」

「違う! これは……!」

「黙りなさい」

——ぴたり、と。

空気が凍った。

声の主は、私ではない。

「……見苦しい」

低く、冷たい声。

振り向いた先にいたのは——

「エドヴァルド殿下……!?」

隣国アルヴェリアの王子。

戦場帰りの“冷酷王子”と名高い男。

なぜここに。

「くだらない茶番だ」

彼はゆっくりと歩いてくる。

まるで処刑台に向かう死刑囚を見る目で。

「女一人貶めるためにここまでやるか。王族の恥だな」

「で、殿下……これは誤解で……」

「証拠があると言ったな。ならば、こちらも出そう」

——さらに出てくる証拠。

え、ちょっと待って。

それ私のより詳しくない?

「カミラ・ルディア。複数の貴族と関係を持ち、金銭を引き出していたな」

「ひっ……!」

「レオンハルト、お前はその一人だ」

完全に詰み。

会場がざわめく。

「さて」

エドヴァルドは、私の前で止まった。

「被害者は、この女で間違いないな?」

「……そうなりますわね」

「ならば——」

彼は、私の手を取った。

え?

「この場で宣言する。リシェル・アークライトは、我が保護下に置く」

「……はい?」

いや待って。

話飛んでない?

「異論は?」

あるに決まってるでしょ。

「……ございません」

でも言えない。

この空気で。

「よし」

満足げに頷くな。

ちょっと。

——こうして私は、婚約破棄されたその日に、隣国の王子に“拾われた”。

◆◆◆

「……どういうつもりですか」

場所は変わって、王宮の客間。

私は腕を組んで、目の前の男を睨む。

「助けたつもりだが」

「過剰です」

「そうか?」

「そうです」

即答。

「私は復讐するつもりでしたのに」

「もう半分終わっているが」

「美味しいところ全部持っていかないでください」

思わず本音が出た。

エドヴァルドは、ふっと笑う。

「面白いな、お前」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「で、復讐の続きは?」

「当然やりますわ」

私は椅子に深く座り直す。

「社会的抹殺、財産の没収、ついでに二度と立ち上がれないくらいのダメージを」

「容赦ないな」

「優しさで復讐はできません」

「同意だ」

……話が早い。

「ならば手を貸そう」

「……なぜ?」

「気に入った」

軽いな。

理由が。

「あと——」

彼は少しだけ視線を逸らした。

「お前を放っておくと、危なっかしい」

「は?」

「無茶をするタイプだろう」

……否定できない。

「だから監視する」

「それを過保護と言うんです」

「そうかもしれんな」

自覚あるのか。

◆◆◆

それから数週間。

復讐は順調に進んだ。

いや、正確には——

「殿下、それやりすぎです」

「そうか?」

やりすぎだった。

レオンハルトの家は既に傾き、カミラは国外追放寸前。

私の出る幕がない。

「……つまらない」

「何か言ったか?」

「いえ」

私は頬杖をつく。

「自分でやるから意味があるんです」

「なら次は任せよう」

「本当ですか?」

「ああ」

珍しく素直。

「ただし——」

来た。

「俺も同行する」

「……は?」

「危険だからな」

「必要ありません」

「却下だ」

「拒否権は?」

「ない」

即答。

この男、本当に面倒くさい。

◆◆◆

そして、最後の舞台。

レオンハルトとカミラを追い詰める場。

「リシェル……!」

ボロボロの元婚約者が、私を睨む。

「なぜここまで……!」

「なぜ、ですって?」

私は一歩前に出る。

「あなたが始めたことですわ」

「俺は……!」

「言い訳は結構」

私は微笑んだ。

「全て、返していただくだけ」

背後ではエドヴァルドが静かに見ている。

——今回は、口を出さないらしい。

「終わりです」

その一言で、全てが崩れた。

権力も、名誉も、未来も。

完全な終焉。

◆◆◆

帰り道。

「満足か?」

「ええ」

私は頷く。

「これで、終わりです」

「そうか」

少しだけ沈黙。

「……では」

私は立ち止まる。

「これでお別れですわね、殿下」

「何?」

「復讐は終わりましたもの」

役目も終わり。

そう言おうとした——その時。

ぐい、と腕を引かれる。

「終わらせるつもりはない」

「……はい?」

「言ったはずだ」

彼は真っ直ぐ私を見る。

「お前は俺の保護下だと」

「まだ続いてたんですか、それ」

「当然だ」

当然じゃない。

「それに」

彼は少しだけ笑った。

「気に入っていると言っただろう」

「……それ、まだ有効なんですか」

「むしろこれからだ」

ちょっと待って。

嫌な予感しかしない。

「帰るぞ」

「どこへ」

「俺の隣だ」

さらっと言うな。

「拒否権は」

「ない」

やっぱりか。

「……はぁ」

私は大きくため息をついた。

復讐は終わった。

でも——

「厄介なのに捕まりましたわね、私」

「光栄だと思え」

「全然思いません」

即答。

それでも。

「……まあ、退屈はしなさそうですが」

「それは保証する」

エドヴァルドは満足そうに頷いた。

——こうして私の人生は、復讐から溺愛へと強制的に路線変更された。

正直、予定外。

でも。

悪くないかもしれない。

少なくとも——

「次は何をしてくれますの?」

「何でもだ」

この男となら。

退屈だけは、しなさそうだから。

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