婚約者に不倫の濡れ衣で捨てられたので静かに復讐しますが、隣国の冷酷王子がなぜか過保護すぎて計画が台無しです
「——よって、リシェル・アークライトとの婚約は、ここに破棄とする」
静まり返った舞踏会場に、その声はやけに響いた。
……ああ、やっぱり来たか。
私はグラスを軽く揺らしながら、ため息をひとつ。
「理由は明白だ。彼女は——不貞を働いた」
ざわっ、と会場が揺れる。
はいはい、テンプレテンプレ。
「証拠もある」
そう言って、元婚約者——レオンハルトは得意げに紙束を掲げた。
……中身、偽物でしょ。
見なくても分かる。
だって私、そんな暇ないし。
「何か言い訳はあるか、リシェル」
「……ありませんわ」
私は静かに笑った。
ここで取り乱すのは三流。
やるなら、もっと徹底的に。
「ただし、一つだけ訂正を」
「何だ?」
「“不貞を働いた”のは、あなたの方ではなくて?」
一瞬、空気が止まる。
「……何を言っている」
「隣にいる女性、説明していただけます?」
視線が一斉に向いた先。
そこに立っているのは、いかにも“ヒロイン顔”の女——
カミラ・ルディア。
王都でも有名な男漁り。
「彼女とあなた、半年以上前から関係があるでしょう?」
「なっ……!」
「証拠なら、こちらにもありますわ」
私は扇子の裏に隠していた書簡をひらりと見せる。
——もちろん、本物。
「馬鹿な……!」
「私が調べないとでも?」
軽く首を傾げると、レオンハルトの顔がみるみる青ざめていく。
いい気味。
「で? どちらが“不貞”でしたっけ?」
「そ、それは……!」
「証拠の捏造までして、婚約破棄を正当化。随分と手の込んだことをなさるのね」
「違う! これは……!」
「黙りなさい」
——ぴたり、と。
空気が凍った。
声の主は、私ではない。
「……見苦しい」
低く、冷たい声。
振り向いた先にいたのは——
「エドヴァルド殿下……!?」
隣国アルヴェリアの王子。
戦場帰りの“冷酷王子”と名高い男。
なぜここに。
「くだらない茶番だ」
彼はゆっくりと歩いてくる。
まるで処刑台に向かう死刑囚を見る目で。
「女一人貶めるためにここまでやるか。王族の恥だな」
「で、殿下……これは誤解で……」
「証拠があると言ったな。ならば、こちらも出そう」
——さらに出てくる証拠。
え、ちょっと待って。
それ私のより詳しくない?
「カミラ・ルディア。複数の貴族と関係を持ち、金銭を引き出していたな」
「ひっ……!」
「レオンハルト、お前はその一人だ」
完全に詰み。
会場がざわめく。
「さて」
エドヴァルドは、私の前で止まった。
「被害者は、この女で間違いないな?」
「……そうなりますわね」
「ならば——」
彼は、私の手を取った。
え?
「この場で宣言する。リシェル・アークライトは、我が保護下に置く」
「……はい?」
いや待って。
話飛んでない?
「異論は?」
あるに決まってるでしょ。
「……ございません」
でも言えない。
この空気で。
「よし」
満足げに頷くな。
ちょっと。
——こうして私は、婚約破棄されたその日に、隣国の王子に“拾われた”。
◆◆◆
「……どういうつもりですか」
場所は変わって、王宮の客間。
私は腕を組んで、目の前の男を睨む。
「助けたつもりだが」
「過剰です」
「そうか?」
「そうです」
即答。
「私は復讐するつもりでしたのに」
「もう半分終わっているが」
「美味しいところ全部持っていかないでください」
思わず本音が出た。
エドヴァルドは、ふっと笑う。
「面白いな、お前」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「で、復讐の続きは?」
「当然やりますわ」
私は椅子に深く座り直す。
「社会的抹殺、財産の没収、ついでに二度と立ち上がれないくらいのダメージを」
「容赦ないな」
「優しさで復讐はできません」
「同意だ」
……話が早い。
「ならば手を貸そう」
「……なぜ?」
「気に入った」
軽いな。
理由が。
「あと——」
彼は少しだけ視線を逸らした。
「お前を放っておくと、危なっかしい」
「は?」
「無茶をするタイプだろう」
……否定できない。
「だから監視する」
「それを過保護と言うんです」
「そうかもしれんな」
自覚あるのか。
◆◆◆
それから数週間。
復讐は順調に進んだ。
いや、正確には——
「殿下、それやりすぎです」
「そうか?」
やりすぎだった。
レオンハルトの家は既に傾き、カミラは国外追放寸前。
私の出る幕がない。
「……つまらない」
「何か言ったか?」
「いえ」
私は頬杖をつく。
「自分でやるから意味があるんです」
「なら次は任せよう」
「本当ですか?」
「ああ」
珍しく素直。
「ただし——」
来た。
「俺も同行する」
「……は?」
「危険だからな」
「必要ありません」
「却下だ」
「拒否権は?」
「ない」
即答。
この男、本当に面倒くさい。
◆◆◆
そして、最後の舞台。
レオンハルトとカミラを追い詰める場。
「リシェル……!」
ボロボロの元婚約者が、私を睨む。
「なぜここまで……!」
「なぜ、ですって?」
私は一歩前に出る。
「あなたが始めたことですわ」
「俺は……!」
「言い訳は結構」
私は微笑んだ。
「全て、返していただくだけ」
背後ではエドヴァルドが静かに見ている。
——今回は、口を出さないらしい。
「終わりです」
その一言で、全てが崩れた。
権力も、名誉も、未来も。
完全な終焉。
◆◆◆
帰り道。
「満足か?」
「ええ」
私は頷く。
「これで、終わりです」
「そうか」
少しだけ沈黙。
「……では」
私は立ち止まる。
「これでお別れですわね、殿下」
「何?」
「復讐は終わりましたもの」
役目も終わり。
そう言おうとした——その時。
ぐい、と腕を引かれる。
「終わらせるつもりはない」
「……はい?」
「言ったはずだ」
彼は真っ直ぐ私を見る。
「お前は俺の保護下だと」
「まだ続いてたんですか、それ」
「当然だ」
当然じゃない。
「それに」
彼は少しだけ笑った。
「気に入っていると言っただろう」
「……それ、まだ有効なんですか」
「むしろこれからだ」
ちょっと待って。
嫌な予感しかしない。
「帰るぞ」
「どこへ」
「俺の隣だ」
さらっと言うな。
「拒否権は」
「ない」
やっぱりか。
「……はぁ」
私は大きくため息をついた。
復讐は終わった。
でも——
「厄介なのに捕まりましたわね、私」
「光栄だと思え」
「全然思いません」
即答。
それでも。
「……まあ、退屈はしなさそうですが」
「それは保証する」
エドヴァルドは満足そうに頷いた。
——こうして私の人生は、復讐から溺愛へと強制的に路線変更された。
正直、予定外。
でも。
悪くないかもしれない。
少なくとも——
「次は何をしてくれますの?」
「何でもだ」
この男となら。
退屈だけは、しなさそうだから。




