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外伝短編|同じ食卓なのに

作者: 安剛
掲載日:2026/04/18

 夕方の台所には、いつも少しだけ湿った熱があった。


 鍋の蓋が小さく鳴る音。

 味噌汁の湯気。

 焼き魚の皮が、弱い火の上でぱち、と鳴る音。


 窓の外はもう暗くなり始めているのに、台所だけはまだ一日の続きみたいに明るかった。

 蛍光灯の白い光と、ガス台の火の色が混ざって、鍋の縁を鈍く光らせている。


 食卓には、もう皿が並び始めていた。


 茶碗。

 味噌汁の椀。

 少しだけ深さのある小皿。

 魚の乗った平たい皿。


 どれも昔から家にある食器で、柄はばらばらなのに、並ぶとちゃんと家の夕飯の顔になった。


 私は椅子に座ったまま、箸をまだ取らずにテレビを見ていた。


 居間の隅の小さなテレビ。

 奥行きのある、少し古い形。

 バラエティ番組が流れていて、スタジオの笑い声が、少しだけ遅れて部屋の空気に広がる。


「ほら、冷めるよ」


 母がそう言って、私の前に味噌汁を置いた。


 湯気が上がる。

 味噌の匂いが鼻先に触れる。


「いただきます」


 父が先に言う。


 私も少し遅れて言う。

 母もそのあとで小さく言う。


 その順番は毎回少し違うのに、ちゃんと同じ食卓の音に聞こえた。


 箸を取る。


 茶碗を持つ。

 白いご飯の湯気が、思ったより熱い。


 今日のおかずは、焼き魚とほうれん草のおひたし、それから煮物だった。

 煮物の人参は好きだったけれど、魚の皮の近くの苦いところは少し嫌いだった。


 私はその嫌いな部分だけを箸でよける。


 皿の端に寄せて、見えないふりをする。


 それを、母はたぶん気づいていた。


「残さないで食べなさい」


 すぐに言われる。


 声は強くない。

 でも、逃げられないくらいにははっきりしている。


「ここ苦い」


「苦いところも食べるの」


「でも苦い」


「でも、じゃないでしょ」


 私は皿を見る。

 魚の白い身の間に、少しだけ色の濃い部分が残っている。

 箸で触ると、柔らかく崩れる。


 食べたくない、と思う。


 でも、残すなと言われる意味も分かっていた。


 作ったから、とか。

 せっかく買ったから、とか。

 そういうことを、ちゃんとは言われなくても知っている。


 父は何も言わずに味噌汁をすすっている。

 でも、こっちのやり取りを聞いている気配はある。


 テレビでは芸人が何か変なことをしていて、観客の笑いが少し大きくなる。

 父が一度だけ鼻で笑う。

 母も少しだけ口元を緩める。


 私はまだ魚を見ている。


「食べたら終わり」


 母がそう言う。


 雑な励まし方だった。

 でも、その雑さが逆にいつもの家らしかった。


 私は箸でその部分をつまむ。


 口に入れる。

 少し苦い。

 でも、思っていたほどでもない。


 飲み込むまでの間だけ、少しだけ顔をしかめる。

 母はそれを見ていたが、何も言わなかった。


「食べたじゃん」


 父がテレビを見たまま言う。


「うるさい」


「ほら、食べれば終わる」


 そう言いながら、父はまた笑う。

 母は小さく息を吐いて、それから自分の箸を進める。


 そのやり取りの間にも、テレビの音は流れ続けていた。


 CMに切り替わる。

 明るい音楽。

 洗剤の宣伝。

 母が「あ、これこの前安かった」と言う。

 父が「まだあるだろ」と返す。


「明日、何時に出るの?」


 母が私に聞く。


「いつも通り」


「お弁当いる?」


「いる」


「じゃあもうちょっと早く起きなよ」


「起きるよ」


「この前も言ってた」


 そういう会話が、CMの15秒や30秒の間に自然に入る。


 番組に戻る。

 またみんなで同じ方向を見る。


 同じ画面を見ているのに、誰がどこを面白いと思っているのかが少しずつ違う。

 でも、笑うタイミングはわりと揃う。


 その揃い方が、家族だった。


 父が唐突にニュースの話をする。

 母がそれに半分だけ返事をする。

 私は聞いているような、聞いていないような顔をしながら、茶碗の米粒を箸で集める。


 煮物のじゃがいもは少し崩れやすくて、箸で持つと角が欠ける。

 味噌汁の豆腐はやわらかくて、口に入れるとすぐに形がなくなる。

 おひたしは少しだけ醤油が強かった。


 そういう細かいことまで、なぜか覚えている。


 食卓には、いつも小さな注意がいくつもあった。


 肘をつかない。

 テレビばかり見ない。

 残さない。

 箸をちゃんと持つ。

 食べるときに音を立てない。


 全部、正直うるさかった。


 うるさいと思っていたし、言われなくてもいいのにと思っていた。

 でも、そのうるささごと食卓の形だった。


 食べることには意味があった。

 出されたものを食べきることにも、たぶん意味があった。


 それは感謝とか礼儀とか、そういう大きな言葉になる前の、もっと手触りのあるものだった。


 作った人がいて、

 並べた人がいて、

 残すなと口にする人がいて、

 渋い顔をしながら食べる自分がいる。


 その全部が、同じ食卓の上に乗っていた。


 食べ終わるころには、皿の上はきれいになっていた。


 好きなものだけじゃなく、

 嫌いだったところまで、ちゃんと無くなっている。


 母はそれを見ても褒めなかった。

 父も何も言わなかった。


 ただ、母が皿を重ねる手つきだけが、少しだけやわらかかった気がした。


 私は茶碗を持って立ち上がる。


 流しまで運ぶ。

 蛇口をひねる。

 水の音が広がる。


 その後ろで、テレビはまだ笑い声を流している。

 父も、母も、同じ番組を見ている。


 私は流しの前に立ったまま、その笑い声を聞く。


 さっきまでの食卓の熱が、まだ部屋の中に少しだけ残っている。


 食べること。

 残さないこと。

 同じ番組を見ること。

 短い会話が途切れずに続くこと。


 その全部が、家族の形だった。


 食卓には、ちゃんと会話が流れていた。



 夜の食卓には、湯気が少なかった。


 鍋の蓋が鳴ることもなければ、焼き魚の皮がぱち、と弾ける音もしない。

 代わりに聞こえるのは、電子レンジの終了音と、ラップを外すときの薄い破れ方だった。


 テーブルの上には、いくつかの皿が並んでいる。


 透明な蓋のついた惣菜。

 テイクアウトの容器。

 開けたままのコンビニの袋。


 ダイニングテーブルの端には、紙パックの飲み物が2本重なったまま置かれている。


 食事の準備は終わっていた。

 ただ、並んでいるだけだった。


 私は椅子に座りながら、箸をまだ持たずに正面を見ていた。

 正面といっても、テレビがあるだけだった。


 ニュース番組が流れている。


 画面の中では、誰かが何かを説明している。

 その横で、テロップが静かに切り替わる。

 音は出ている。

 けれど、誰もちゃんと見ていない。


 隣では、子どもがスマホを見ていた。


 画面の白い光が頬の下側だけを照らしている。

 指が短く動いて、止まる。

 また動く。


 口元に運ばれる箸は遅い。

 食べてはいる。

 でも、食卓より先に画面の中の流れに乗っている。


 向かいに座る妻も、特に何も言わなかった。


「いただきます」


 そう言ったかどうか、一瞬だけ分からなくなるくらい自然に、夜は始まっていた。

 声に出したような気もするし、誰も出していないような気もする。


 私も、確認しない。


 確認する必要があるほど、不自然には見えないからだった。


 惣菜の蓋を少しずらす。

 箸を伸ばす。

 口に入れる。


 味は分かる。

 少し濃いとか、冷めているとか、これなら買わなくてもよかったかもしれないとか、そういうことはちゃんと分かる。


 でも、その感想が言葉になる前に止まる。


 昔の食卓には、もっと音があった気がする。


 茶碗の触れ合う音。

 味噌汁をすする音。

 テレビの笑い声に少し遅れて混ざる家族の笑い。

 食べ残しを見つけて、少しだけ強くなる母の声。


 うるさい、と思っていた。


 残さないで食べなさい。

 肘をつかない。

 ちゃんと噛みなさい。


 言われるたびに面倒だった。

 そのくらいでいいのに、と思っていた。


 今は、誰も何も言わない。


 子どもがスマホを見ながら食べている。

 私はそれを見る。

 でも何も言わない。


 妻も何も言わない。


 それが正しい気もする。


 食事くらい、好きなようにさせればいい。

 昔みたいに、いちいち細かいことを言わなくてもいい。

 自分だって、言われるのは嫌だった。


 そういう考えは、ちゃんとある。


 あるのに、その正しさの中で何かだけが少し減っている感じがした。


 テーブルの真ん中には、唐揚げの入ったパックが開いたまま置かれていた。

 サラダの容器は端だけ少し曇っている。

 ドレッシングの小袋は、まだ1つ余っていた。


 手を伸ばせば取れる距離に皿はある。

 同じ食卓も囲んでいる。

 でも、視線の向きだけが全員違っていた。


 私はテレビの方を見る。

 子どもはスマホを見る。

 妻は自分の皿を見ながら、時々だけ短く画面に目を向ける。


 同じものを見ていない。


 それなのに、夜はちゃんと進んでいく。


 子どもが飲み物を取る。

 紙パックのストローが擦れる。

 スマホ画面の明かりが、今度はコップの縁に反射する。


「明日って、弁当いる?」


 妻が聞く。


 私は少しだけ遅れて顔を上げる。


「……いる」


 返事は短い。

 その会話もそこで終わる。


 広がらない。


 昔の食卓なら、そこから

 何時に出るとか、

 朝は何を入れるとか、

 帰りが遅くなるとか、

 そういう小さな話が枝みたいに伸びていった気がする。


 今は、一本だけ出て、すぐ止まる。


 会話も食べ物と同じで、流れずに置かれている感じがした。


 子どもの皿には、少しだけ食べ残しがあった。


 ほんの少し。

 食べられない量ではない。

 唐揚げの衣の欠片と、端に寄せられた野菜が少し。


 私はそれを見る。


 見たことは、自分でも分かる。

 でも、口は動かない。


 食べないのか、とは聞かない。

 残すのか、とも言わない。


 争いはない。

 不機嫌もない。

 子どもも別に困っていない。


 そのままスマホの画面を見て、最後に飲み物だけ口にする。


 食事というより、摂取に近かった。


 必要なものが体に入って、

 それで終わる。


 昔みたいに、「一緒に食べ終える」という感じが薄い。

 それぞれがそれぞれの速度で終わり、終わった順に手元へ戻っていく。


 テレビの中で、CMが始まる。

 明るい音楽が流れる。

 けれど、その音に誰も顔を上げない。


 前向きな熱が、食卓で起きない。


 笑うほどではない。

 怒るほどでもない。

 ただ、全員が少しずつ別の場所にいるまま、同じ椅子に座っている。


 食後、子どもが先に立った。


 皿を流しまで運ぶ。

 えらい、と思う。

 ちゃんとしているとも思う。


 でも、その皿の上にはまだ少しだけ残っていた。


 私はそれを見た。


 昔なら、たぶん何か言われていた量だった。

 食べきりなさい、とか。

 もったいない、とか。

 残すなら最初から取らない、とか。


 あの頃は、そういう声がうるさかった。

 でも、そのうるささの中に何かが流れていた。


 今は静かだった。


 静かすぎるくらいに。


 スマホの通知が光る。


 私のではない。

 子どものでもない。

 たぶん妻のものだった。


 誰も見ないまま、光だけが消える。


 私は皿を重ねる。

 流しに運ぶ。

 水を出す。


 水の音だけが、少しだけ昔の食卓に似ていた。


 片付けながら、不意に、自分の母の声が少し遅れて浮かぶ。


 残さないで食べなさい。


 その声は、今となっては厳しさより、温度の方を先に思い出させた。


 私は一瞬だけ口を開きかける。


 でも、何も言わない。


 言わないことは優しさかもしれない。

 正しさかもしれない。

 少なくとも、間違いだと言い切るほどの熱はなかった。


 流しの中で皿が重なる。


 テレビの音はまだ続いている。


 同じ食卓を囲んでいるのに、もう誰も同じものを食べていなかった。

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