追憶の断片
しばらく歩いてると宿屋についた。
表の世界のホテルとは違い、家具も最低限のベッドのみ。雨の音も届かないほど静かでどこか寂しい気持ちになった。
薄暗い個室のベッドに腰を下ろしたらむは、硬い天井を見つめながら、眠るでもなく、ただ目を開けていた。
――アイだった頃の記憶が、勝手に浮かんでくる。
父は数年前に家を出て行った。
母は二つの仕事を掛け持ちしながらも、家に帰れば決まって疲れきっていた。
それでも、母は笑顔を作って「大丈夫よ」と言った。
嘘だと分かっていた。
学校では、らむは「いないことにされる」存在だった。
声をかけられるのは、宿題を写すときか、からかい半分の時だけ。
ある日、机の引き出しに入っていた「消えろ」という紙切れは、なぜかあまり驚かなかった。
ただ、ああ、そう思ってるんだろうな、と淡々と受け止めただけだ。
唯一の友達だったはずきも、ある日を境に距離を置いた。理由は聞かなくても分かる。あいと関われば、同じように「いないこと」にされるから。
夜、母が寝静まったあと、窓から見える東京の光を眺めながら、あいはよく考えた。
――この街に、私の居場所はない。
――だったら、いなくなっても構わない。
そうして、あの日。
雨の降る夜、アイはビルの階段を上がった。
濡れた靴底が滑り、指先が冷たくなる。
二十階の屋上に立ち、街を見下ろした瞬間、不思議なほど心が軽くなった。
「今度は、みんなに愛される人生がいいかな」
そう呟き、足を進めた時、背後から声がした。
「やめたほうがいいよ」
そして、アイは――らむになった。
語彙力がないのでトレーニングしようと、はじめて書き始めました。投稿してわかったことは誰かの目に0.1秒でも入ったと思えると凄く嬉しいです。
勉強の為、他の方のいくつか小説を読みました。ランキングの上位の方は引き込まれて感銘しました。
しかし、そうでない方の作品の中にも様々な表現方法ががあったりと改めて小説の難しいさが身に染みています。