はじめから
市場は想像以上に賑やかだった。
ただし、その賑わいは表の東京のように整ってはいない。
鉄骨の間に板を渡しただけの露店、電球ひとつの暗がりで行われる取引、どこからか漂うスパイスと油の匂い。
らむはきょろきょろと辺りを見回していた。
「……みんな、普通に見えるけど」
「そう見えるだけだよ」
僕は答えた。
「ほとんどは“表”じゃ居場所を失った連中だ。借金で消えた人間、家族に忘れられた老人、行方不明扱いの子ども……。ここじゃ過去は問われない」
そのとき、道の端で小さな声が聞こえた。
「兄ちゃん、新入りかい?」
振り向くと、腰の曲がった老婆が立っていた。顔の皺は深く、片目は白く濁っている。だが、その笑みには妙な温かさがあった。
「この子が……」僕はらむを指さす。
「ふぅん、まだ目が死んでないね。良かったじゃないか」
老婆はらむに、小さな包みを差し出した。
中には、湯気の立つ肉まんが一つ。
「食べな。こっちに来た奴は、まず腹を満たすのが礼儀だよ」
らむは戸惑いながらも、受け取って口に運んだ。
熱い肉汁が口いっぱいに広がり、思わず息を漏らす。
「……おいしい」
その一言に、老婆は満足げに笑った。
「それでいいんだよ。生き直すってのは、まず“うまい”って思うことからだ」
僕はその言葉に小さく頷いた。
――ようこそロストレイヤーへ