表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

12.

 電話で警備隊に連絡をしようとしたレムに、絞り出すように揺れた声でマレカがそう言った。振り返ってマレカを見ると、涙を目にたっぷりとためていた。ちょっとでも突っつけば零れてしまいそうなくらいで、レムはそれ以上何も言えなくなった。


「お、お願いです。自分の命を粗末に扱わないでください」


 マレカに言われるほどの付き合いは長くはない。だが、この様子を見る限り、彼女の記憶に触れる何かに酷似してしまったのかもしれない。

 マレカと目線を合わせるように、レムは屈んでマレカの頭をそっと撫でた。


「……悪かった。驚かせたな」


 レムの言葉に床が本格的に濡れだしてしまった。レムは慌ててキッチンにあるタオルを持ってきてマレカに渡すと、マレカは嗚咽を堪えながら泣いていた。その様子を見て嘆息してからレムは立ち上がり、手近なロープでスキアを縛り上げた。よほどの一撃だったらしく、スキアは目を覚ます様子はないが、念のためだ。

 この状況をどう説明するか悩みながら、レムは受話器を再び手に取り、警備隊に通報し、スキアを回収してもらうようにお願いした。

 通話が終わっても、泣きじゃくっていたマレカの肩を抱きながらソファに座らせると、レムはキッチンで茶を入れることにした。

 やかんでゆっくりと湯を沸かしながら、レムは右手で口元を覆った。口元に残っていた血を拭い、舐めてみる。想像通りの鉄の味がし、眉根を寄せた。いつになっても慣れない味だ。

 湯気が立ち昇り始めたところで、レムはゆっくりポットに湯を注ぎ始めた。湯のせいか、早くも茶葉がお湯に色を移し始める。芳しい香りも漂い始め、レムの口元が自然と緩んだ。

しばらくしてからカップに茶を注ぎ、マレカの前にレムはそっとカップを置いた。


「これ飲んで、落ち着け」


 マレカの隣に深く座り、レムは言った。俯いていたマレカが香りに誘われ、ゆっくりと顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃだったマレカの顔が少しだけ綻んだ。


「この香り」

「気持ちが落ち着く茶らしい。それ飲んで少しは落ち着け」


 女が泣くのを見るのは苦手だ。レムはそっぽを向いた。


「ありがとうございます」


 ようやく安心したような声と、カップを持ち上げる音が聞こえた。

 記憶を失った人が一日に二人もここに訪ねてきたのは、偶然ではないだろう。誰かの差し金か、それとも何かの罠か。

 マレカと向かい合うようにソファに座りなおして、腕を組んで天井を見た。今は考えても埒が明かない。それに偶然が起きる時は起きる。これ以上、深く考えることも、関わることもしないようにしなければ良いだけだ。


「あ、あの」


 マレカが声をかけてきたので、レムは目だけを動かしてマレカを見る。目元は赤くなっているが、顔色は少しだけ戻ったようだ。


「私も記憶の鍵を開けて欲しいです」

「は?」


 レムは耳を疑った。

 あれだけのことがあった後にもかかわらず、マレカからスキアと同じ申し出をしてくるとは思わなかった。


「……わかってるのか?」

「はい」


 真剣みを帯びた目で自分を見てくるマレカに、レムは頭を抱えたくなった。


「ここは探偵事務所だと言っただろ?」

「ですが」

「記憶を取り戻すことで、精神に異常をきたすこともある。程度はそれぞれだが、無事で済む可能性は低い。お前はそれをさっき見ただろう」


 レムの本当の姿でさえも。大抵の人間はアレを見ただけでも、レムと関わるのすらしなくなる。それほどの衝撃的なものを見たにもかかわらず、この女は。


「わ、私は自分がどこの誰かわからないまま生きるのは嫌です」


 マレカの強い言葉にレムは顔をしかめた。


「鍵を開けるには手がかりが必要だ。それはお前も同じだ」

「手掛かり?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ