オパールウィッチの正体
次の日、殊田は自宅でワイドショーを見ていた。
『先日から立て続けに起きている石怪物の襲撃ですが、専門家によるとこのペースでの出現は三十年前とほぼ同じそうです』
世間はこれまでにキョダイ―シやジュエルウィッチーズについて報道はしていたが、ここ最近は更にその報道が過熱している。その原因は.........。
『そして一昨日から現れた新しいジュエルウィッチ、SNSでは黒姫と呼ばれています』
画面には誰が撮ったか、オパールウィッチが高く飛び上がる場面が映し出されている。
「あ、俺だ」
殊田が呟く。ジュエルウィッチに憧れを抱いていたが、いざなってみると何だかむずがゆい。
『この黒姫の正体は一体何なんでしょう』
『ではまず、ジュエルウィッチーズが初めて確認された時のことから.......』
殊田がテレビを消す。
「黒姫ってなんだよ.......」
殊田がベッドに横たわって物思いにふける。
『これからずっとジュエルウィッチとして戦っていくのか?仕事とジュエルウィッチとしての活動を両立できるとは思えない。そもそも、なんだって俺がジュエルウィッチに選ばれたんだ』
机の上に置かれたブラックオパールを手を伸ばす。
『正体がバレでもしたらまともに外を出歩けないだろうし、それ以前に俺に命を懸けられるほどのたいそうな正義感はない。アニメじゃあるまいし、人と自分の命かけてまで戦えるか』
がばっと起き上がると、スマホを手に取り、宝石・貴金属買取店を調べだす。
ジュエラッテにジュエルウィッチーズが集結していた。と言ってもゆるーい雰囲気だが。
「よし、全員揃ったな」
ジュエラッテの店主が店の奥からホワイトボードを引っ張り出してきた。向かい合わせの四人席に座った金剛、岡島、紅井、そしてサファイアウィッチこと蒼野が怪訝そうに店主の方を見る。
「あの、今から何を?」
金剛が首をかしげて尋ねる。その様子を見た店主がホワイトボードにマーカーでつらつらと何かを書いていく。
「新たなジュエルウィッチ、『黒姫』の正体について」
ホワイトボードに全く同じ文言が書かれている。
「お前らが知ってる手掛かりになりそうな情報をあげる会だ」
「手掛かり.......」
四人が考え込む。店主が手を叩いて注目を集める。
「黒姫.......世間が勝手に呼んでる愛称だが、やつは一昨日初めて姿が確認された。何の予兆もなく急にだ」
「紅井ちゃんが死にかけた時だね」
岡島が言うと、紅井が苦い表情を浮かべる。
「うん、正直あれはやばかった。黒いジュエルウィッチがいなかったら私はここにはいない」
「そこを黒姫に助けられたってわけだな。少なくとも、やつは敵ではなさそうだな」
店主がホワイトボードに情報を書き込んでいく。
「あ、そういえば」
紅井がパッと顔を上げる。
「どうかしましたの?」
蒼野がコーヒーをすすりながら尋ねる。
「私さ、ブラックオパール手に入れてたじゃん」
「ああ、ハートジュエルからドロップしたやつ?」
金剛が肩をすくめる。
「でもそれがどうしたっていうの?」
「いや、その死にかける少し前、ブラックオパールを助けたおっさんにあげたんだよ」
「ブラックオパールをか?また妙なことを.......ブラックオパール.......ブラック.......」
店主が考え込んだかと思いきや紅井の方を見る。
「そのおっさんの顔を覚えてるか?」
「え、覚えてない。満身創痍だったから」
紅井以外のメンバーがため息をつく。
「恐らくそのブラックオパールを所持してるおっさんが黒姫の正体かもしれないね」
「さっさと情報共有していればよかったのよ。反省なさい」
「次からは気を付けないとダメよ~」
好き勝手に言う三人に紅井が物申す。
「なんで私が悪いみたいになってんの?おっさんがジュエルウィッチとか誰が想像できんの?」
やいのやいの言い出す四人組を店主が止める。
「いい年こいてみっともないことするな、バカタレ。とにかく、黒姫は恐らく成り行きでジュエルウィッチに変身したおっさんだろう。カオンモールでの戦いに参戦していたのも考慮すると、また現れ、共闘する可能性は高い。その時は」
「ジュエラッテに連れてくればいいんですね」
金剛が店主の言葉を代わって続ける。
「黒姫、どんな方なのか少し、いえ、かなり気になってきましたわ」
「優しいおじさまだったらいいんですけどね~」
「会ったら、絶対お礼言ってやる」
紅井、岡島、蒼野も黒姫に興味津々のようだ。
「存外、早く終わったな。どうせ暇だろお前ら、店の掃除を手伝ってくれ」
店主が厨房を指差す。
「年寄りにはちと骨が折れるんでな」
金剛たちの表情がげんなりする。
月曜日、殊田は同僚たちよりも早く出勤していた。自身のデスクの引き出しを開けると、そこにブラックオパールを放り込む。心なしかいつもより明るく輝いているような気がしたが、すぐに引き出しを閉める。
『オフィスでいきなり変身させられても困るしな。バレたら終わりだし』
殊田がそのことを想像して身震いする。自意識過剰かもしれないが、SNSで有名になってしまった以上、ない話ではないだろう。
「あれ、コト先輩、もう来てたんですか?」
オフィスに田中が入ってくる。殊田が目を丸くして尋ねる。
「お前こそ、やけに早いけど?」
「取引先との打ち合わせあるじゃないすか、その資料確認しときたくて。手伝ってもらっていいっすか?」
「ああ、いいぞ」
いつもの日常が帰ってくる。宝石の力を使って悪を打ち倒すジュエルウィッチは今日で姿を消し、煩雑な業務を淡々とこなすサラリーマンに戻る。
その姿こそ殊田が下した決断である。
時間は過ぎ、殊田と田中は会社を出発し、取引先の商社に向かっていた。商社に着いたのは午後二時過ぎ、打ち合わせにはまだ少し時間がある。
会議室に通されると、すでに取引先の人間は待っていた。
「あ、どうもどうも。お待ちしておりました」
頭の薄い中年がペコペコ頭を下げる。
「あ、どうもどうも」
殊田も頭をペコペコと下げ返す。席について軽く世間話を交わした後、早速打ち合わせにはいっていった。
ワルイ―シ団のアジト。
『今日こそジュエルウィッチーズをコテンパンにやっつけてやるんだから』
先の任務に失敗したラブリーシであったが、あのブラキオサウルス型のキョダイ―シがチョー・ワルイ―シの興味を引いたらしく、特例で許されたのだ。
これはある意味チャンスだ。ワルイ―シ団のトップが私に興味を持っている、巧く利用すればワルイ―シ団で更に上の地位、メチャー様やターブン様のいる幹部の地位に上り詰めることもできるかもしれない。
『出世街道開けたり!』
ラブリーシが意気揚々と歩いていると、岩のような手が彼女の肩を掴んだ。
「ラブリーシ、オマエ、どこいくの」
「これからジュエルウィッチーズをぶっ殺しに......って」
手の主を見てラブリーシが驚愕する。
「ターブン様!?」
身長は二メートルを優に超えているだろうか、はち切れんばかりの筋肉がギシギシと悲鳴を上げている。見ているだけで顔をしかめてしまうほどに傷だらけの顔をクシャっと歪ませて、ラブリーシに尋ねる。
「一緒に、行ってイイカ?」
ラブリーシが一瞬考え込む。
『ターブン様が一緒に行動してくれるのはありがたい。だけどターブン様、戦闘になると制御効かなくなるらしいからな』
「いいですよ」
制御できなくなったら、ほったらかして逃げればいい。こんな脳筋野生動物の手綱を握らせた奴が悪いのだ。
「イイノカ!俺、ウレシイゾ!」
まるでゲームを買い与えられた子供のようなはしゃぎ方だ。
『最初のほうは空回りしてたけど、だんだんつかめてきた。チョー・ワルイ―シ様に認めてもらえるなら、幹部を利用したって罰当たらないわよね』
ラブリーシがワープホールを開く。慣れとは恐ろしいもので、たった二、三回の出動でもう緊張もなくなってしまった。
頭の中はジュエルウィッチーズを殺す作戦でいっぱいだ。
「行きましょう、ターブン様」
「ウン」
ラブリーシは猛烈に後悔することになる。ターブンを利用しようなどという愚かな考えに至った自らに。