おっさんと石キオザウルス
翌朝、殊田は自宅で目を覚ました。三十路の身体がキリキリと悲鳴をあげている。
「き、筋肉痛!し、しぬぅ!」
殊田がベッドから転がり落ちる。ガチガチの身体を必死で起こして洗面所に向かう。
昨日は全くひどい目にあった。ワルイ―シ団に襲われて、ジュエルウィッチに変身して、目まぐるしすぎる。
「ルビーウィッチにもらった宝石、返さなきゃいかんなぁ」
顔を洗い、キッチンに向かう。水を飲みながらなぜ自分がジュエルウィッチに変身できたのかを考えてみる。
『男の俺がなんで変身できたんだ?というか変身するのに必要な条件をクリアしていたってことか?』
考えれば考えるほど混乱する。
『ま、いっか。どうせ変身しなければいいし、そもそも仕事中に何かあっても抜け出せないし』
殊田が軽く背伸びをする。貴重な休日、ショッピングに向かうことになっている。
「さっさと用意するか」
「ラブリーシよ、貴様に挽回のチャンスを与えよう。先の失敗から学び、今度こそ邪魔なジュエルウィッチーズを殺すのだ」
ワルイ―シ団のアジト。その中で、ワルイ―シ団のリーダー、チョー・ワルイ―シがひざまずいたラブリーシの前に立っている。
抑揚のない声がラブリーシの心をかき乱す。
『こわ~!めっちゃ怒ってるじゃん、次失敗したら確実に処刑される~!』
「つ、次こそ、期待に応えて見せます」
ラブリーシがワープホールの中に下がる。次こそ成功させなければ、そんな思いを胸にある場所へ向かう。
昼下がり、ショッピングモール『カオンモール』の入り口に殊田はいた。
「ごめんね、付き合ってもらって」
隣にいる女性が殊田の顔を見る。彼女は横峰伊織、殊田の幼馴染である。小中まで一緒で、高校で一度離れたが、大学で再開を果たした。勤務している会社は違うものの、一緒に買い物に行く仲が続いている。
「いいさ、暇だったし」
殊田が親指を立てる。
「新作のコスメがあってさ、前々から気になってたんだよね~。そのコスメがさ......」
「へー、ソウナンダ」
うんたか説明されたところでコスメのことなどをおっさんに理解できるまい。
「昼はどうする?フードコートか?それとも店入るか?」
殊田が尋ねると伊織が肩をすくめる。
「決めてない。買ってからでいいんじゃない?」
「それもそうだな」
二人はそんな他愛のない会話を交わしながら『カオンモール』のコスメショップへ向かっていった。
「相変わらず大盛況ですね」
「そうだね~、人酔いしちゃいそうだ」
金剛華と岡島翠が通路を歩いている。金剛はダイヤウィッチ、岡島はエメラルドウィッチとして活動している。
「今日は何を買うんでしたっけ」
「スキレット!流ちゃんとキャンプ行くときに持ってくんだ~」
「流ちゃん?......ああ、翠さんの彼氏さんか」
金剛がハンカチを噛む。
「羨ましィ~、私も彼氏欲しィ~!」
「えぇ、金剛ちゃん、彼氏いそうだけどねぇ」
岡島が意外そうな顔を金剛に見せる。
「くっ、『いそう』って感想がどれだけ私の心を傷つけるか......!」
「ありゃりゃ、そんなに?」
岡島が苦笑いする。
「美人さんだから引く手あまただと......」
「それ以上は、私はあなたに手を出してしまうぅぅぅぅ」
「わ、分かったよ。それはそうと、今日は色々な催し物がやってるみたいだね」
岡島が案内パネルを見て言う。
「ふう、今日は化石発掘体験ですよね。運が良ければブラキオサウルスの歯が発掘できるみたいですよ。それにいくつか化石の展示もあるとか」
「歯かあ、全身がいいなぁ」
「どうやって持って帰るんですか......」
岡島の天然発言に金剛が突っ込む。
「んなこと言ってないで、スキレット見に行きましょ」
金剛が岡島の手をひいて雑貨屋に向かう。
ラブリーシは化石発掘体験のブースでスタッフと揉めていた。
「なんでやらせてくれないんだ!」
「三千円以上のお買い上げレシートがあれば体験いただけると、ずっと言ってるでしょ!」
「レシートってなんだよ!やりたいやりたいやりたィ~!」
ラブリーシが小さい子供が駄々をこねるように、地面に横になってジタバタ暴れる。
スタッフが無線を起動する。
「あ、不審者が暴れてるんで連れてってもらえますか?」
「はっ!お前、私を不審者だと言ったな?もう許さないぞ」
ラブリーシが懐から紫色に光るハートジュエルを店員に向けて投げつける。
「わ、何をするんだ!」
店員が飛んできた石に触れた瞬間、どろどろのスライム上に変貌、展示されているいくつもの化石を取り込んで巨大化していく。
悲鳴がモールにこだまする。それは金剛たち、そして殊田たちのところにも届いた。
「なんかいま悲鳴みたいなの聞えなかったか?」
殊田が驚いて辺りを見渡す。
「休日だし、子供が騒いでるだけじゃない?」
何かが壊れていく轟音が聞こえる。
「.......随分パワフルな子供ね」
「言ってる場合か、早く逃げるぞ!」
殊田が伊織の手を引いて走り出す。一方の金剛と岡島は、キョダイ―シの出現を即座に感知し、すでに変身を済ませていた。
「ワルイ―シ団、あなた達の好きにはさせないわ!」
ダイヤウィッチがキョダイ―シの頭に座っているラブリーシに宣言する。
「もう好きにしてるわ!お前ら死ねッ!」
ラブリーシがキョダイ―シに命令を出す。
「やーっておしまい!」
ダイヤウィッチとエメラルドウィッチは今までのキョダイ―シとの違いに困惑していた。
『あの長い首、太い四肢に鞭のような尻尾。あれはまるで......』
「ブラキオサウルスだねぇ」
ブラキオサウルスの形をしたキョダイ―シが繰り出した尻尾の攻撃を二人が紙一重で交わす。テナントが消し飛んでいく。
「威力が.......!」
「こりゃあ、手強いね」
ダイヤウィッチとエメラルドウィッチが驚愕する。だが、二人はそんなことで足を止める戦士ではない。
「私が引き付ける」
「分かった」
ダイヤウィッチが前に躍り出る。
「どうせお前が囮になってるんだろ?エメラルドウィッチを叩け、キョダイ―シ!」
キョダイ―シがまた尻尾をしならせて打ち付ける。
「私が本命だ!」
ダイヤウィッチが勢い良く前に飛び上がって、キックをキョダイ―シのハートジュエルにお見舞いする。衝撃波が地面を揺らし、ガラスを割る。
「か、硬い.......!」
ダイヤウィッチの顔から血の気が引いていく。いつもならこのキックで勝負がついている。
「ルビーが言ってたのと同じタイプかしら」
エメラルドウィッチが手から緑に輝くツタをラブリーシに向けて伸ばす。それはラブリーシにきつく巻き付いた。
「ちょ、なんで私......」
エメラルドウィッチがツタを振り回し、地面に叩きつける。ラブリーシが地面にめり込んで動かなくなる。
「このキョダイ―シ、いつもと違う」
エメラルドウィッチの隣まで下がったダイヤウィッチが汗をぬぐいながら言う。
「ずいぶん硬そうだったね」
「脚がしびれるくらいね。昨日ルビーウィッチが対応したキョダイ―シと恐らく同じタイプよ。ただ......」
「人型じゃないのは初めてだね!」
尻尾の攻撃を避けながらエメラルドウィッチが相手を分析する。
「攻撃のレパートリーも少ないみたいだし、サファイアウィッチが来るまでしのげば何とかなりそうよ」
「そんなに待てない、被害が大きくなる!」
ダイヤウィッチとエメラルドウィッチが同時にハートジュエルに攻撃を仕掛ける。が、すぐに弾き飛ばされてしまう。
「二人がかりでこれか、厳しいね」
エメラルドウィッチが苦笑いする。
外に避難してきた殊田達は、カオンモールの外に待機していた自衛隊員に保護されていた。上空を戦闘機が飛んでいるのだろうか、轟音が響いている。
「まさか、こんなことになるなんてね」
伊織がうわの空で呟く。これには殊田も完全に同意する。
「俺も全くおんなじこと思った」
自衛隊にキョダイ―シを退治することは果たしてできるのだろうか。軍隊だし、有効打の一つくらいは与えられるだろうが。
「けが人もいっぱいいるわね、私、手伝ってくる」
伊織が離れた所にある救護テントの方に駆けていく。
「あ、おい」
殊田は呼び止めるが、反応はくれなかった。
『キョダイ―シはどうなっているんだ?こっちに来ないってことは、中でジュエルウィッチーズが抑えている可能性が高い』
ルビーウィッチは大丈夫だったのだろうか、かなりボロボロだったが。それにあそこ一帯を消し飛ばしてしまった。言わなきゃバレない精神でいたが、大人として大変よろしくない考えである。
『今度あったときは謝らないとな。誰に謝るんだって話だけど』
ふと、殊田がズボンのポケットを探る。じんわりと温かくて硬いものが指に触れる。取り出してみると、昨日ルビーウィッチにもらった黒い宝石だった。
昨日、家に帰ってこの宝石について調べたのだが、ブラックオパールとかいう、オパールの中でも最上級に位置する代物らしい。
売ればいくらになるのだろう、というか下世話な考えがよぎったのはここだけの話だ。大きさは180カラット、片手にしっかり乗るサイズだ。相場は一億円程。売りたくて売りたくて堪らない。
殊田がブラックオパールをじっと見つめる。一瞬、嫌な予感が走る。
「え、嫌な予感」
殊田が走り出す。それと同時に黒い光のベールが殊田を包み込む。
「予感的中、助けに行けばいいんだろ!」
殊田、いや、オパールウィッチが高く飛び上がり、カオンモールの一部、キョダイ―シが暴れて穴のあいた所に飛び込んでいく。
「さっさとくたばれ、首長野郎!」
超高速で飛び込んできたオパールウィッチの飛び蹴りがキョダイ―シの長い首にクリーンヒットする。
物凄い衝撃波が発生し、キョダイ―シが倒れこむ。ダイヤウィッチとエメラルドウィッチは何が起こったのかも分からずに、目の前に降り立ったオパールウィッチを見ている。
再びジュエルウィッチーズの前に姿を現したオパールウィッチ、彼はブラキオサウルス型のキョダイ―シにどう立ち向かうのか。