そこにあったから
女子の家を訪れるのは、生まれて初めてだった。
近いうちにそれが起こるんじゃないか、という期待はもちろんあったけれど、そして決してやましい意味ではなく、単に終のことをもっと知りたかった、という、ただそれだけの、ごく純粋な興味からだったのだけれど。
まさか、全く違う女の子の家を訪れることになるなんて。
「あがってあがって、遠慮しないで、その辺テキトーに好きなように座ってな」
この、やや古びた団地の一室の、家主の娘——寒川早梨香——寒川さんは軽い調子でそう言うが、ぼくは未だ躊躇していた。十郎太に至っては半開きの玄関から半身を覗かせ最大限の警戒を保ったままだ。こいつ、かなりのレベルで女の子に免疫ないんだっけ。
……ぼくだって、たいして免疫ついてるわけじゃ、ないんだけど。
「それじゃあ、遠慮なく……ええとお邪魔します!」
見ると、終が頭を下げ一礼してから、そそくさと学校のローファーを脱ぎ、きれいに外向けに揃えていた。彼女を連れてきてよかった。男二人で女子の家に上がり込むのは、いくら何でも気が引ける。
しかし。寒川さんも寒川さんだ。
ぼくらがゲームの噂をしているのを耳にするや、話に割り込んできて、しかも『うちにあるから見に来なよ』と躊躇のかけらも見せず、なんの気なしに、遊びに誘ってくれるとは。こんな……フランクさの塊のような子もいるんだな。
「何やってんのさ、男子たち。オイデオイデ―」
手招きするのが目に浮かぶようだ。ぼくは覚悟を決めて靴を脱ぎ、とりあえず十郎太はその場に置き去りにして。
「お……お邪魔します!」
異性の聖域に足を踏み入れるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
まず目に飛び込んできたのは、天井から吊るされたポスター。カラフルな色遣いで、たくさんのキャラクターが描かれている。あられもない、すごい露出度の女性キャラクターがいる。異常に等身の高い、細身の男性キャラクターもいる。
続いて目に入ってくるのは、床に散乱した本、本、本また本。壁の棚にも、本本本。
先に部屋に入っていた終も、立ち尽くしている。座る場所がないってのも、あるんだろうけれど。唖然としていた終が、口を開いた。
「このスタイルは……話には聞いていた……いわゆるオタク部屋ってやつ、かな。だよね?」
「うわちょ……ちょっと、その言い方、なんかハズイからやめてほしいナ」
たいして恥ずかしそうでもない様子で、けたけたと笑う寒川さん。明るい子のようだった。
「でも、狭くてごめんネ、こんなに人が来るの初めてだよ、なんかうれしい! あっお茶淹れてくるね、冷たいのとあったかいの、どっちがいーいーい」
聞きながら、部屋を去る。
「目的のブツは見つかったか?」
後ろで声がして、うわっとばかりに終が小さく飛びのく。
「やめろ、ガサ入れしに来たんじゃない」
忍び込んできた十郎太に向け僕がそう言うと、ぷっ、と終が小さく笑う。
ぼくはその顔を見て、ああ、この家に遊びに来てよかった、と心から思った。
「なにしてんの、ほらほら、適当にマンガどけていいから、座ってってばー! あ、冬部さんは、こっち、ベッドに座ってて」
荷物を抱えた寒川さんが戻ってきた。小ぶりな段ボールをお盆のようにして、上にグラスが4つ並んでいる。段ボールをちゃぶ台のように囲んで、ぼくらは腰かけた。十郎太はそのちゃぶ台代行へに偉そうに肘を乗せ、両手をくみ上げて、低いトーンでこういった。
「では、拝見するとしようか」
寒川さんは無言でその偉そうな肘を払いのけて、段ボールのふたを開ける。中からプラスチックの立方体のようなモノが登場した。
「げっげっげげげ!」
その物体を見るや突然、狼狽する十郎太。それに合わせてびくっびくっと身をそらす終。
「ズバリ言うが、それ売ったら、クルマ買えるぞ」
ええーっ! と。一同の声がシンクロした。