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小さな魔法

 出口の見えぬ闇の中、5人の足音が遠く響き渡る。

 不思議と、恐怖のような感情は沸いてこない。

 考えてみれば、徒歩でトンネルを歩いた経験はなかった。しかも、灯りは先頭のこみちが手にするハンドライトだけ。天井の局面には配線とそれらしきガラスが見えるが、例によっていまや機能していない。オーロラの日以降、灯りは壊れて点かないのが当たり前で、新たに設置された屋外灯は、それと分かるように目立つ印がある。


「間もなく、だな」


 十郎太がそう言うと。


「いえ、まだまだです」


 隊の先頭からこみちの冷静な声が聴こえてくる。

 昨日の彼女の様子を思い出して、可笑しくなってしまう。こみ上げてくる笑いをこらえきれず、少しだけぷぷぷ、と音が漏れた。


「どしたの」


 すぐ隣を歩いていたサリカに聴かれてしまったみたいだ。


「いや、ちょっとここじゃ……」


 小声で返事をする。こみちのすぐ後ろにいた終が、振り返ってぼくを見た。瞬間、目を逸らしてしまう。終のことだから、その仕草ひとつで、ぼくの後ろめたさは伝わってしまったのだろう、ふたたび彼女を見ると、終は少し困ったように笑って、再び前を向く。

 なんだろう、気まずい。


「サリカ、あのさ」


 二人で海に入った後、あることを思いついた。今がチャンスだ、言ってしまおう。


「合宿から帰ったらさ、ぼくの家においでよ」


 これはいい思い付きだ、と思っていた。

 サリカにぼくの手料理を振舞うのだ。

 別段、料理が得意ってわけじゃないけれど……。それでもたぶん、ぼくは同年代の男子中学生と比べたら相当、少なくともまともな食事が作れる男のはずだった。一緒に食卓を囲めば、サリカがどうしてあんなにやせ細っているのか、理由を知るチャンスにもなる。


「どうかな」


 こみちが足を止めた。それがきっかけだったのだろうか、気がつくと、全員が足を止めてしまった。サリカだけに向け言ったつもりの言葉が、図らずもこの場の時間を止めてしまったかのように見えた。


「あれ……みんな、どうしたの」


 真横にいるはずのサリカの方を向く。暗くて表情が読み取れない。が、下を向いて固まっているのはなんとなくわかる。

 あれ。

 なんだろう、何か、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。 禁忌に触れた? 地雷を踏んだ?


「あの、ね、サリカ……皆も」


 何らかの理由でぼくには計り知れない、その意味深な沈黙を最初に破ったのは、終だった。


「紅世くんは、みんなが思ってるより、その……子供っぽいとこ、あるんだよ……」


「いく! いくヨ!」


 終の言葉を待たずに、サリカの明るい返事がトンネル中に響き渡った。


「嬉しい! ありがと!」


 ぼくの腕にしがみついてきた。ぎゅっと、力のこもるサリカの指先が……なんだか可愛らしくて。

 愛おしかった。思わず彼女の頭を撫でてしまう。

 咳払いが聞こえた。こみちだった。踵を返して歩き始める。


「すみません、何か、足を止めてしまって……」


「いや、僕の方こそごめん、何でか分からないけど、みんなを動揺させちゃったみたいで」


「いえ、いいんです」


 珍しく、こみちの声色が穏やかになった気がした。


「お二人の……幸せそうなところ、見せつけられるの、全然いやじゃないです」


 今度は、ぼくの方が足を止めそうになった。あまりにも意外な言葉だった。


「うん! わたしも」


 終がそれに続いて、いかにも楽し気に言葉を弾ませた。少しずつ、少しだけ、空気に暖かさを感じる。ぼくもなんだか、嬉しくなる。思わず、言ってしまう。


「そうだ、みんなも今度……来なよ、ぼくの家」


 刹那。ええっ、とか、それはないですよ、とか、ひどいヨ、なんて言葉が飛び交う。誰もかれも、冗談めかしていたけれど。トンネルの暗闇に笑い声が響き、ぼくはまた少しだけ、空気の温かさが増すのを感じていた。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 長い湾曲の先に、かすかに出口の明かりが見え、ぼくらは黙々とそこへ向かって歩を進めた。やがて目が慣れてくると、その先に広がる光景に言葉を失う。


 ぼくらの旅の、目的地。

 ひと月ほど前に、こみちの説明を聞いたとき、ぼくらはその事実を話半分で受け取り、あまり信じてはいなかった。この場所が合宿の目的地に決まったのは、ほとんどその話の『真偽を確かめる』みたいなノリだった。

 けれど、確かに。

 目の前には、信じがたい光景が広がっている。


 煉瓦造りの高い城壁。赤い三角屋根の連なり。

 手押し車。石畳。市場の門や、商品棚。年季の入った、手工芸のような窓枠、扉、柵や、看板。

 そこにあったのは、まるでファンタジー映画の中にでも迷い込んでしまったかのような、中世の都市だった。

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