シスター
「オレの存在を忘れるんじゃなあァーイッ!!」
両手で耳をふさぎ肩をすくめて、振り返る。おどかすな! と、反射的に叫び返した。今の叫び声が幻かと思うほど、十郎太はポーカーフェイスのままだった。
「忘れてないって!」
エアコンの効いた無人の食堂に、ぼくの声も同じぐらい響いた。
サリカと遊んだ後、ふたりで急いで合宿所に戻ると、そこには十郎太しか残っていなかった。入れ違いで、なんと終とこみちもビーチへ繰り出したのだという。
「むしろずっと考えてたよ、頭の片隅でさ」
「いやん」
そこだけ切り抜くと色々と問題となりそうな――問題にすると進歩的な人から叩かれそうな――語句だったが、事実だった。
「十郎太、お前の目的って何なんだ」
この3か月余りの出来事を振り返る。考えてみれば、終との出会いを除けば、すべて十郎太の行動が遠因となっている。彼が捜査本部を立ち上げようと行動しなければ、ぼくは協会とここまで関わることも、サリカとこんな関係になることも無かったかもしれない。
「捜査本部って、冗談でそんな名前つけたんだと思ってた。ただ何となく遊びで部活をやる気なんだって」
でも、それは間違いだったかもしれない。
「お前さ、協会の懐に潜り込むつもりだったんじゃないの、ほんとは」
ぼくらは、こいつに巻き込まれたのだ。そんな疑いの気持ちが沸き上がり、怒りに転化しそうだった。血圧が上がる気がした。でも。
「最初から」
口を開いた十郎太は、いつもの人を食った演技をやめていた。
「なあ、紅世。仕組まれてんだよ。最初から、さ」
「やめてくれよ、そういう勿体ぶった言い回しはさ」
「今は、俺の口からはそれしか言えない。俺だって、ほとんど何にも分かっちゃいないんだ、でもな」
顎を引き、ドスの効いた声になった。背筋が冷たくなる。
「お前を巻き込んだことは謝らせてくれ。どうしても、必要だったんだよ」
……ぼくが?
驚いた。ぼくは――ついこの間まで——協会とはほとんど何のかかわりもない、タダの一般人だった。
「教えてくれ。ぼくが何なんだ。お前は、どうして協会を嗅ぎまわってるんだ。連中を調べるにしたって、正規の協会員になる気とかは無かったのかよ」
しばらくそっぽを向き、考えるしぐさをして、静かに十郎太は口を開いた。
「元協会員なんだ、オレは」
ぼくは言葉を失う。知らなかった。
「両親もそうだった。親に入れられたんだ」
「ご両親は、今は」
「失踪した」
絶句した。
目の前の友だちのことを。小学校から知っているつもりの相手。バカみたいな話しかしない奴だったから……なんて、そんなのは自分への言い訳だ。悔しさを紛らわせているんだ、ぼくは。
なにも、ぼくは。
本当に、何も知らなかったんだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「おねーちゃーん」
声がして、廊下へと踏み出しかけた足を引っ込めた。聴き覚えのある声だけど、それでも耳を疑った。声の主はこみちで、相手は……おそらく。
「なーあに?」
朗らかな、まるで母親のような声で、終は応じていた。なんだか、くすぐったくなる。
「みつけたよーほら、プレゼント!」
こみちの声はぼくの知っている彼女からあまりに乖離していて、ひたすら僕のほうが恥ずかしくなってくる。
「貝殻? わっわっ……こみちちゃん、ありがとー!」
「素敵でしょ、ねえ、いいこ?」
「うん、とってもいいこなんだよ、ほら、いーこ、いーこ」
「ふふっ……おねえちゃん、だいすき」
二人は、ふたりの世界に入り込んでいた。
ぼくの知らない二人がそこにいた。
まあ、少なくとも本物の姉妹だったってオチではないだろう。
聞き耳なんか立てたくない。申し訳なさのような、妙な気持ちがたまらなくなって、ぼくは足音を立てぬよう、ゆっくり歩を進めながら、この場を離れようと試みる。踵を返して、無人となった食堂へ戻る。二人の足音が大きくなる。入ってくる!
「どしたの」
「えっ」
「おねえちゃん、最近ずっと、ため息ついて、暗い顔してる」
終は答えに詰まっているみたいだった。スキをついて、カウンターの裏側に隠れる。完全に行き止まりの袋小路だから、これが正解かは神のみぞ知るところだ。
「ちょっと、ね、なんでもない」
案の定、二人は食堂へ足を踏み入れた様子だ。
「紅世くん、いないのかな」
ぼくの名前が呼ばれた。もちろん、居るのだけれど。とても出ていく気にはなれなかった。
「そっかあいつのこと、考えてたんだ」
こみちの声色が変わった。
「へっ……やだな、そんなことない」
「あるよ」
なんだこれ。こみちは、ひょっとして嫉妬してるんだろうか。そして終は……何を悩んでいるんだろう。
「こみちちゃん、嫉妬してるのかなー?」
おどけた調子で、この場を誤魔化そうとする終。前から思っていたけど、ヘンな場面で要領のいい子なんだよな……。自身の感情を抑えないと、吐息すら聴かれてしまいそうで怖い。遠くで波の音がするほかには、深夜みたいな静寂が包む。
それを、終の言葉が破った。
「大丈夫だよ、こみちちゃん、お姉ちゃんは、どこにも行かないから」
砂糖菓子のような甘い雰囲気をまとっていた。クラクラしそうだ。これは、本当に終なんだろうか。
「うん、あなたのことが……大好きだから、ね」




