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トモダチ

 日が沈むと、水平線が消える。周囲が闇一色に染まって、まるで宇宙を飛んでいるみたいだ。生まれて初めて乗った船で、ぼくはそれを発見した。

 人の背丈よりも大きな、扉みたいな窓が並ぶ、閉店した小さなカフェテリア。赤い絨毯を踏み鳴らして歩き、窓に近寄って。ぼくは外の世界の闇に見入っていた。


「みえる?」


 終の声がした。ぼくは少し驚いて、振り返らず答える。


「なんにも。でも、それがいいのかも」


 終はぼくのすぐ後ろまで歩いてきて、隣で同じように外を覗いた。すぐに身を引っ込めて、窓を鏡代わりにして、前髪を治す仕草をした。


「こみちちゃんがね、きみの話をしてたんだよ、それが、なんか……珍しくて」


「ちょっとだけ話をしたんだ、乗船したばっかりの……サリカがダウンしちゃった頃」


「そっか、うん」


 少し笑顔になってくれた。ぼくの脳裏に浮かんだ言葉が、その表情を壊してしまう気がしたけれど、構わず口にした。


「ねえ、終はどうして許したの、こみちちゃんのこと」


「え」


「自分をその……いじめてた相手のことなんて、そうそう許せるもんじゃないと思う。ましてや、今みたいに、友だちに戻って一緒に合宿なんて、普通はそんな事にはならないけど」


 たとえ、いじめの起こる前に仲良しだったとしてもだ。


「終が普通じゃないのは、知ってるし、ぼくも大概だけど。それでも聞いてみたかった」


 終は歩いて、店のテーブルに座った。椅子を引き、叩いて、ぼくを呼ぶ。それに応じて、向き合って座る。店は営業時間を過ぎていて、少し暗く、隣り合ったロビーの明かりが入ってくるだけだった。


「あ、そういえば、サリカは」


 終は話題を変えようとしていた。


「さすがになんか、居ずらくてさ、ぼくらまだそこまでの関係じゃ……」


 信じられないことに、僕とサリカの部屋が同じにされていたのだ。男女の関係について何も知らなそうな十郎太の、彼なりの配慮だったのだろうが。普段、二人きりでいる時間は多いけれど。場所が場所だけに、サリカの方もかなり無口になってしまうのだ。


「いや、そうじゃなくてさ」


「ごめん、ごめんね、ちょっと考える時間、欲しかったんだよ」


 舌をペロッと出して、謝る。出会ったころから時間が流れて、ちょっとだけ、終も雰囲気が変わった気がする。


「許されてるのかな、あの子は」


 ぽつりと呟くように、終が言った。


「わたしは許すとか許さないとか、あんまり考えたこと、ないかも。でも、あの子が……うまく言えないけど、許されているようには、見えないんだよ」


 言葉の意味がつかめなかった。ぼくは首をかしげてしまう。それを見て、終は少し悲し気に、また微笑む。


「ごめんね、つまり、なんて言ったらいいのかな。わたし、バカなんだよ、きっと」


 ぼくは呆気にとられた。そんなことないよ、なんて言い返す間もなく、終は続けた。


「他人のこと気にして、考えすぎる割に、的外れな心配ばっかりしてるんだよ。わかってないの。だから、人間関係をどうこうしようとか、被害者とか加害者とか、そういうの、うまく……コントロールできない」


 なんとなく、彼女の言いたいことが見えてきた気がした。


「つまり、終はさ……ええと」


「来るもの拒まず、去る者追わず、なんだよ」


「そうじゃなくて」


 ぼくは一泊置いて、少し考えた。どういう言い方をしたら傷つけないか。だけど、そんなの考えても分からない。終を信じて、そのまま口に出す。


「不器用なんだね、終は」


 それを聴いた終は、ぼうっと無表情になって、それから少し驚いた様子で、ぽん、と拳で掌を叩いた。


「そっか……ああ、そうだよ、そうなんだよ、きっと」


「うん、不器用。……ごめんね、なんか貶してるみたいだ」


「いんだよ」


 終の笑顔が、温度を帯びる。明るく、まぶしい。ぼくは言葉を間違えなかったみたいだ。


「ありがとう、初めてだよ。不器用なんて、そんなこと言われるの」


 立ち上がって、両手の拳をぎゅっと胸に当てて、前かがみに、顔を近づける終。それから、距離が近すぎたことに気が付いて、慌てて背筋を伸ばす。目を逸らして、また座る。

 その一連の仕草を見て、思わずぼくは笑う。それから……想像する。想像、してしまう。

 もし、ぼくらが……恋人同士だったら。


「ね、紅世くん、聞いてほしいんだよ」


 終はこっちを向き、今度はぼくが、目を逸らしてしまう。何を考えてるんだ。終にも、サリカにも、申し訳なくなってくる。


「紅世くんに告白されたとき、最初は、わたし、怒ってたでしょ。結構、本気で怒ってたんだよ」


「あ、えと、ごめん……」


「あのね」


 見ると、終は悲しげに笑っていた。見たことがないほど、痛いほど、悲しい微笑だった。


「わたし、友だちになりたかったんだよ、紅世くんと。ほんとに、すごく」


 まるで祈るように両手を組んで、テーブルに肘をつく。


「ずっとね、親友が欲しいって思ってたんだよ。家族みたいに何でも話せて、ひょっとしたら家族以上に、互いに信じあう事の出来る、そんな親友がね」


 ぼくは終の言ってくれたその気持ちを、想像してみた。彼女の言葉は、とても孤独な響きだった。終は、そういう関係を、こみちに対して求めているのだろうか。


「できるといいね」


 ぼくの答えは、自分でも驚くぐらい、同じように孤独だった。


「それが、ねえ」


 終は立ち上がり、座っていた椅子を戻す。少し捲れた寝巻の裾を治しながら、言った。


「もう、いるんだよ。きっとね。こんなに、嬉しい事ってないよ」


 はっ、とした。ぼくは思わず立ち上がる。


「おやすみ、また、明日ね」


 両手を後ろで組んで、しずしずと歩く終の背中を、ぼくはただ静かに見つめていた。

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