表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

甘く優しい微熱

 今朝のことを思い出しながら、ぼくは夕暮れの駅前にいた。

 冷静にここ数日のことを振り返りながら、サリカや終に感謝していた。

 ぼくが巻き込まれたのは、たとえば赤の他人の目から見れば、いわゆるただの色恋沙汰なんだろう。

 そういう意味では、ぼくは日常に帰ってくることができたのだ。サリカにデートに誘われたあの日からだろうか。あの、十三京のはずれで目撃した、おぞましい出来事を、ぼくは思い出すことがなくなっていた。


「おまたせ……」


「あ」


 サリカの声がした。それだけで、緊張が走った。結局、学校では目が合うたびにぎこちない感じになってしまっていた。二人とも、別に皆に関係をばらしたわけでもないのに、人目を強く気にしていた。

 でも。


「やっと、ふたりきり……だネ」


 サリカははにかむ。恥ずかしさが駄々洩れになっている気がした。


「髪、すごく、似合ってる」


 ウェーブのかかったセミロング。前髪は大きく流して、おでこが見えている。サリカは髪型を変えていた。朝から言おうとしてたその言葉をようやく、ぼくは口にできた。


「うわァ……えと、えと、エト」


 両手を天に向けわなわな震わせるサリカ。こっちまで恥ずかしくなってくる。共感性羞恥。


「や、やめて、そのリアクション」


「ごめん、ごめんネ、やめたいのに、やめたいのに!」


「恥ずかしいってば」


「だって、だってだってだっテ」


 多分サリカも共感性羞恥。共感性羞恥のハウリングと言ってもいい状況。


「う、うわあぁァっ」


 突如叫び声をあげ。サリカは抱き着いてきた。ぼくの体を、ふわりと。制服越しの仄かなぬくもりが包んだ。やわらかい。やわらかい気がした。


「んっ」


 サリカはぼくの胸に顔をうずめた。心臓の鼓動を聴かれた。


「すごい。一生このままがイイ」


 サリカのその言葉を聴いて、ぼくは己の心拍がさらに上昇するのを感じた。

 ぼくはサリカの頭にゆっくりと、手を乗せる。触れるとびくりと、サリカが震えた。まるで電流を流されたみたいに、震えていた。


「すごいね、こんな風になるんだ、人間って」



   ◆ ◆ ◆ ◆



「ほんとに良かったのかナ、時間かかっちゃうヨ」


 九王町へ向かう電車の中で、ぼくらは並んで座っていた。ぼくの家とは正反対だ。ぼくの提案で、今日はサリカを家まで送ることになった。

 話したいことがあった。


「今日、いつもみたいに、終と一緒に登校したんだ」


 サリカがきょとんとした顔をする。緊張がほぐれてきたみたいだ。


「終は大事な友達なんだ。これからも、彼女と話したいし、一緒に登校したいんだ。ダメかな」


「え」


 サリカは目を丸くして、すぐにこう言った。


「ひどいヨ」


 両手を握って、胸のあたりまで持ち上げて。


「あたしの事、なんだと思ってるの、ダメだなんて、言うわけない」


「ほんとに?」


「当たり前だヨ、あたしだって、終は大事な友達!」


 それを聴いたとき、自分でも驚くほど、ぼくは安堵した。


「えト、ただし……っていうかネ」


 サリカはぼくの手を取り、少し間をおいて、きつく握りしめた。痛みを感じるほどだったけれど。

 その微かな痛みは、心地よいものだった。


「一日……一回! うんそう、いちにち、いっかい」


 間をおいて、息継ぎするように言葉を選ぶサリカ。


「ふたりきりにネ、なりたいんだ。……ダメかな」


 俯いて少し身をよじる。それを見て、また気恥ずかしくなる。そんな、恋人同士にとってはまるで当たり前の、小さな願いのために、こんな状態になってしまうんだ。サリカは……可愛かった。

 ぼくの中に、少し自信が生まれた。


「一日、一回でいいの?」


 少しだけ余裕ぶって、ぼくはからかい半分にそう聴く。

 びくっと背筋を伸ばすサリカ。やっぱり可愛い。ぼくの心に、温かい光が差す。


「えト、えト」


 ぼくの中に生まれた自信が、また少し背を伸ばす。


「だめ! やっぱり百回! 一日中がイイ!」


「ええっ」


 ぐんと背を伸ばして、少し縮こまる。ぼくの中の自信。己への、信頼。

 ぼくは彼女を、今よりも、もっと好きになれるだろうか。

 そのために努力できるだろうか。

 ぼくのリアクションを見て、少し悲し気な顔をしたまま、サリカは黙ってしまう。電車が速度を緩め、止まる。


「着いちゃった」


 サリカは表情を変えず呟く。ぼくらは電車を降りる。いつの間にか、ぼくが先を歩き、サリカが後をついてくる形になる。改札の手前までくる。


「それじゃあ、また明日ね」


 振り返るぼくの視界に、ふわりとやわらかい風が舞い込む。サリカを感じた。

 今までで、一番近くに。

 唇が触れた。


 サリカは不意打ち気味に、振り返ったぼくの口を、自らの唇でふさいでいた。


 ぼくは……ぼくらは。

 キスをしていた。


「わっ」


 驚いたように声を出して、飛び退くサリカ。自分からやったくせに、彼女の表情は困惑の極みにあった。唇を指で押さえ、にらみつけるようにぼくを見たかと思いきや、ぎこちなく笑みを作り、ぼうっと力が抜けたかと思いきや、また眉を吊り上げ、今度は床をにらみつける。

 それを見て。


 ぼくの自信は、確信に変わっていく気がした。

 サリカは、可愛い。


 ひょっとしたら、他の誰よりも、なんて思える日が、来るかもしれない。

 それを確かめたくて。


 ぼくは人込みのど真ん中で、今度は自分から、再び。

 彼女の唇を奪っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ