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夏だモン

 車窓からは、初夏の光が差し込む。

 ぼくらが神子を探しに行ったあの日から、もう2か月が経とうとしていた。


『全部わたしが悪いんだよ』


 終の言葉を思い出す。

 あれはどういう意味だったんだろう。

 彼女を抱きしめて、その続きを遮って、以来、何も聞けずにいる。


 あの後、ぼくらはすぐに協会の連中に見つかった。

 今度こそおしまいかと思った。


 けれど、奴らはぼくたちを家に送り届けてくれた。

 サリカと十郎太も、無事に帰ることができた。

 それから、まるで何事もなかったかのように、人が死んだ場面なんて見なかったかのように、4人ともその話題には触れなくなった。何事もなかったかのように、日常が続いた。

 

「そろそろセーターの季節だね」


「うん……そうだね」


 あの日以来、以前にもまして終は物静かになってしまった。無理もない事だった。ぼくだって、終の前以外では、口数が少なくなってしまった。終の前では……出会ったばかりの頃の様に笑ってほしくて……無垢で、透き通ったあの微笑みが見たくて、ぼくは無理をしてでも彼女に話しかけていた。


「水さえ飲んでればだいじょうぶ、死なないし、最高のダイエットになるよ」


 乗ってくれた。うれしい。


「じゃ、ふたりで頑張ろう!」


「汗臭くなっちゃうのは、ちょっと嫌かな」


「ぼくは気にしないよ」


「本当? 嗅いでみる?」


 終はセーラー服の襟をつまみ上げた。鎖骨が見える。慌てて目をそらす。

 ふふっと、終は笑ってくれる。優しげに、時間の止まった瞳。それを見て思う。

 ぼくらは、うまくやっている。

 

 うまく、演じられている。

 ぼくは以前のままのぼくを。

 終は、以前のままの終を。


 お互いの要求に従って、お互いの事を。

 うまく、騙しているんだ。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 気後れしながら、部室の戸を叩く。

 

「どーぞどーぞっ!」


 声の明るさに驚き、けれど少し安堵する。気持ちが明るくなる。サリカに呼び出されたときは、いったい何の話だろう、あの時の出来事と関係ある話題だろうか、なんてびくついて緊張していたけれど。

 戸を押し開け、中に入る。


「いらっしゃーい!」


 眩しい笑顔だった。やけにテンション高いね、なんて無粋な言葉が頭に浮かぶけど、それをかき消して、ぼくは言った。


「お邪魔しまっす」


 ふふーん、とまた笑うサリカ。部室の真ん中のロングテーブルに腰かけていた。視線の先には、ホワイトボードがあった。ここの片づけをしたとき、サリカが描いた4人の絵が、まだ残っている。


「なんだか遠い昔みたいに思えちゃうよね、ついこの間の事なのにサ」


 少し陰りのあるトーンで、サリカはそう言う。


「ほんとに、あの人たちに協力しなきゃいけないのかナ」


 それは、約束……というよりも、脅しだった。

 協会の連中から解放されたぼくらは、彼らに協力する約束をさせられていた。


『協会の力があれば、いつでも君たちを連れ去って……場合によっては、そのまま家に返さない事だってできる。警察も探しには来ない。君たちに拒否権はない』


「どれだけの権力があるかは知らないけど、戦う方法がないわけじゃないと思うんだ」


 ぼくらは協会の秘密を見た。少なくとも、その一部を。口にするのもおぞましい、あいつらの所業を。


 人殺しだ。 


 それを知っているぼくらを解放したってことは、相当な権力基盤があるはずなんだろうけど。これからぼくら4人があいつらの言いなりになって、あいつらの影におびえて生きなきゃいけないなんて、そんな未来は認めたくなかった。


「あっでもネ、その話、したかったんじゃないの」


 それを聞いて、ぼくは胸を撫でおろした。


「なんだ、どうしたの、サリカがぼくに用事なんて」


 ぼくはパイプ椅子に座り、椅子を引き、カバンを下す。サリカは視線を僕にやり、ぼくらは少し離れたまま見つめあう。少しの沈黙の後、目を伏せ、ぽつりと言った。


「紅世は、さ、終のこと好きなんだよね」


「うん」


 びっくりするほど間髪入れずに答えが出た。サリカは少し悲しそうな顔をする。


「付き合ってるのかナ、なんか、そういう雰囲気でもない気がするけど」


「付き合ってないよ、なんて言ったらいいのか」


 少なくとも、ぼくは終の一番ではない。彼女の言葉を真に受けるのなら、終の一番好きな相手はたぶん、特定の誰かと付き合える存在ではないから、つまるところ彼女が付き合うとすれば、2番手になるのだろうか。

 今まであまり深く考えてこなかったけれど。ぼくは結構、なにか、重大なことを見落としているような気がしてきた。


「じゃあ! じゃあサ」


 声がいつになく不安定に力んでいた。握り拳を作って顔のところまで上げて。知らない誰かが見たら殴りかかる寸前にも見えるかもしれなかった。


「あたしと……その、あたし、とサ……」


 いくら鈍いぼくでも、この空気が何を意味しているのかははっきりと分かった。サリカの次の言葉を待ちながら、テーブルの下で握った拳の中に汗が溜まる。


「デート……して!」

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