表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

闇に降る雨

「ふざけるなよ」


 ぼくも声がかすれていた。手が震えてきた。


「この……この」


 そこから先が言えない。言葉が出てこない。

 こみちはどこまで関わっているんだ。騙して毒を飲ませたのか。それとも、スミたちは自分が何をしているか知っていて……。


 転生。

 死後の、別世界。

 理想的な、夢のような世界。


 協会員は、どうやらそれを信じている、心から。


 ぼくは、何が起きたのか理解できた気がした。

 これは。


 集団自殺だ。


 カルト宗教の!


「この」


 ぼくは大きく息を吸って、叫ぶように、吐き捨てるように、言った。


「この、人殺しめ」


 こみちは何も答えない。表情一つ変えない。


「紅世くん」


 終の声で我に返り、彼女のもとへ駆け寄る。その手をとり。


「逃げよう」


 終は答えない。腫れた目でぼうっとぼくを見ている。


「ぼくらも……無事じゃすまないよ」


 反応はなかった。彼女の目には……光がない。

 なぜ、こんな事になってしまった。

 彼女をこんな風にしたのは誰だ。

 誰かを責めたい気持ちが湧いてくる。終は、顔から感情が抜け落ちたように、時間が止まってしまったかのように呆然としている。


 絶望。

 これが、そうなのだろうか。

 今終が感じている感情。

 ぼくには、経験がなかった。

 だけど。


「クソッ」


 湧き上がってくる怒りの矛先は、まず自分に向けられた。ぼくが終をここに残して十郎太を追いかけなければ、こんな事にならなかったんじゃないのか。


「ごめん、終」


 怒りは、一瞬でやるせなさへ、悲壮な無力感へ転化した。ぼくは何度も、ただ、ごめん、と呟く。壊れたラジオになったぼくを見る、終の表情が変わる。


「……紅世くんのせいじゃない」


 終の眉間に皺が寄る。


「わたしが選択した。わたしのせいなんだよ、全部、何もかも」

  

 言葉の意味は分からなかった。でも、ぼくの無力感をさらに深いものにした。耐えきれなくなったぼくは。


 強引に彼女の手を取り、走り出した。


「いっ痛いよ」


「ごめん、でも!」


 闇の中へ飛び込み、階段を駆け下りて、ただ走る。

 走って走って、どこまでも走って、足が折れそうなほど傷んだ頃、ぼくらは建物の外にいた。


 屋外であることにしばらく気が付かなかった理由は、日が落ちて外がすっかり暗くなっていたからだった。

 

 大通りらしき開けた場所まで走って、身を隠すように、廃墟の1つへ入った。階段を登ると、踊り場から大通りを見下ろせる。

 もしサリカと十郎太がついてきてくれたなら、通り過ぎるときはっきりと見えるはずだった。

 ぼくらは息を潜めて、二人を待った。

 待ち続けた。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 そうして、どれだけ時間が経っただろう。

 気が付くと、ぼくは眠りに落ちていた。

 飛び起き、あたりを見回す。

 まだ、闇の中だった。

 遠くでかすかに雨の音が聞こえた。


「起こしちゃった?」


 声が聞こえて、安堵した。終は傍にいてくれたんだ。体の力が抜けて、起こしていた状態がまた、冷たいコンクリートの床に落ちる。いつの間にか枕代わりにしていたカーディガンは、終が着ていたものだった。そのにおいが、ぼくをひどく落ち着かせる。

 そして、また跳ね起きる。


「ごめん、終の服」


「いんだよ、べつに」


 彼女はクスリと笑った。ような気がした。本当は何も見えやしなかったけど。


「どうしよう、これから」


 終がぽつりとそう零す。


「わたしたち、家に帰れるかな」


「大丈夫だよ」


 言えた。なんの根拠もなかったけれど。二人だけでいると、不思議と気持ちを強く持てる。


「帰ろう、いくらでも方法はある、ほら」


 大通りの向こうに、うっすら、街の明かりが灯っている。十三京市の方角は分かっているんだ。あとは、ただ進めばいいだけ。


「家に……帰っていいのかな」


 その問いには、答えられなかった。

 そうだ。ぼくが今日経験したことは、たとえ無事にわが家にたどり着いたところで、とても記憶から消せるような気がしない。いつものようにただいまを言えば、何事もなく安全な日常に変えれる気は、これっぽっちもしなかった。

 だけど。


「帰らなきゃ」


 ぼくは立ち上がり、闇の中へ手を伸ばす。終もそれに気が付いたようで、彼女が身をひるがえす音がする。ぼくの様に横になっていたのだろうか。ぼくの手が、彼女に降れる。彼女は、その手を取ってくれた。


「紅世くん!」


 終は急に、大きな声を出した。少し鼻声だった。感情の昂ぶりが込められていた。


「わたし、言わなきゃいけない、あなたに。……全部わたしが悪いんだよ!」


 聞いていられなかった。

 ぼくは手にした彼女の手を引き。もう片方の手で終を受け止め。

 気が付くと、彼女のことを。


 強く抱きしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ