闇に降る雨
「ふざけるなよ」
ぼくも声がかすれていた。手が震えてきた。
「この……この」
そこから先が言えない。言葉が出てこない。
こみちはどこまで関わっているんだ。騙して毒を飲ませたのか。それとも、スミたちは自分が何をしているか知っていて……。
転生。
死後の、別世界。
理想的な、夢のような世界。
協会員は、どうやらそれを信じている、心から。
ぼくは、何が起きたのか理解できた気がした。
これは。
集団自殺だ。
カルト宗教の!
「この」
ぼくは大きく息を吸って、叫ぶように、吐き捨てるように、言った。
「この、人殺しめ」
こみちは何も答えない。表情一つ変えない。
「紅世くん」
終の声で我に返り、彼女のもとへ駆け寄る。その手をとり。
「逃げよう」
終は答えない。腫れた目でぼうっとぼくを見ている。
「ぼくらも……無事じゃすまないよ」
反応はなかった。彼女の目には……光がない。
なぜ、こんな事になってしまった。
彼女をこんな風にしたのは誰だ。
誰かを責めたい気持ちが湧いてくる。終は、顔から感情が抜け落ちたように、時間が止まってしまったかのように呆然としている。
絶望。
これが、そうなのだろうか。
今終が感じている感情。
ぼくには、経験がなかった。
だけど。
「クソッ」
湧き上がってくる怒りの矛先は、まず自分に向けられた。ぼくが終をここに残して十郎太を追いかけなければ、こんな事にならなかったんじゃないのか。
「ごめん、終」
怒りは、一瞬でやるせなさへ、悲壮な無力感へ転化した。ぼくは何度も、ただ、ごめん、と呟く。壊れたラジオになったぼくを見る、終の表情が変わる。
「……紅世くんのせいじゃない」
終の眉間に皺が寄る。
「わたしが選択した。わたしのせいなんだよ、全部、何もかも」
言葉の意味は分からなかった。でも、ぼくの無力感をさらに深いものにした。耐えきれなくなったぼくは。
強引に彼女の手を取り、走り出した。
「いっ痛いよ」
「ごめん、でも!」
闇の中へ飛び込み、階段を駆け下りて、ただ走る。
走って走って、どこまでも走って、足が折れそうなほど傷んだ頃、ぼくらは建物の外にいた。
屋外であることにしばらく気が付かなかった理由は、日が落ちて外がすっかり暗くなっていたからだった。
大通りらしき開けた場所まで走って、身を隠すように、廃墟の1つへ入った。階段を登ると、踊り場から大通りを見下ろせる。
もしサリカと十郎太がついてきてくれたなら、通り過ぎるときはっきりと見えるはずだった。
ぼくらは息を潜めて、二人を待った。
待ち続けた。
◆ ◆ ◆ ◆
そうして、どれだけ時間が経っただろう。
気が付くと、ぼくは眠りに落ちていた。
飛び起き、あたりを見回す。
まだ、闇の中だった。
遠くでかすかに雨の音が聞こえた。
「起こしちゃった?」
声が聞こえて、安堵した。終は傍にいてくれたんだ。体の力が抜けて、起こしていた状態がまた、冷たいコンクリートの床に落ちる。いつの間にか枕代わりにしていたカーディガンは、終が着ていたものだった。そのにおいが、ぼくをひどく落ち着かせる。
そして、また跳ね起きる。
「ごめん、終の服」
「いんだよ、べつに」
彼女はクスリと笑った。ような気がした。本当は何も見えやしなかったけど。
「どうしよう、これから」
終がぽつりとそう零す。
「わたしたち、家に帰れるかな」
「大丈夫だよ」
言えた。なんの根拠もなかったけれど。二人だけでいると、不思議と気持ちを強く持てる。
「帰ろう、いくらでも方法はある、ほら」
大通りの向こうに、うっすら、街の明かりが灯っている。十三京市の方角は分かっているんだ。あとは、ただ進めばいいだけ。
「家に……帰っていいのかな」
その問いには、答えられなかった。
そうだ。ぼくが今日経験したことは、たとえ無事にわが家にたどり着いたところで、とても記憶から消せるような気がしない。いつものようにただいまを言えば、何事もなく安全な日常に変えれる気は、これっぽっちもしなかった。
だけど。
「帰らなきゃ」
ぼくは立ち上がり、闇の中へ手を伸ばす。終もそれに気が付いたようで、彼女が身をひるがえす音がする。ぼくの様に横になっていたのだろうか。ぼくの手が、彼女に降れる。彼女は、その手を取ってくれた。
「紅世くん!」
終は急に、大きな声を出した。少し鼻声だった。感情の昂ぶりが込められていた。
「わたし、言わなきゃいけない、あなたに。……全部わたしが悪いんだよ!」
聞いていられなかった。
ぼくは手にした彼女の手を引き。もう片方の手で終を受け止め。
気が付くと、彼女のことを。
強く抱きしめていた。




