身体
ぼくは振りかぶって。体をひねり。
投擲する……フリをした。手は離さない。この石はまだカードになりそうだ。手放しちゃいけない気がする。
そして。
状況はぼくの目論んだ方向へ向かった。御堂が一瞬たじろいだのを見逃さず、すかさず真上から一撃を浴びせる十郎太。だが御堂はそれを警棒で受けきった。かのように見えた。
十郎太の太刀筋はわずかに、御堂の構えの外へと奇跡を描き。
「ぐッ」
御堂の膝に、パイプ椅子が直撃する。鈍い音がして、御堂はその場に崩れ落ちた。
「今だ! 逃げよう!」
神子を人質に取ったら安全なんじゃないか、なんて考えも頭をよぎったが、この場を一刻も早く離れたい気持ちが勝る。
サリカの手を取り、全力で駆け出した。
「止めは刺さんのか」
一呼吸遅れてついてきた十郎太はメガネをクイッとやりながら恐ろしいことを言った。その選択肢は全く頭になかったし、今から検討する気もさらさらない。
「道わかるの? また捕まっちゃうヨ」
「わからないけど、行くしかない!」
ぼくらは、再び闇の中へ飛び込む。サリカがライトを取り出して、あたりを照らす。必死に来た道を思い出しながら、その場で足踏みしたり、くるくる回ったりしながら。
なんとか、あのホールの前までたどり着いた。奇跡とまでは言わないが、火事場の馬鹿力ではないが、極度の緊張が僕の判断力を高めてくれたのは間違いなさそうだった。
終は、まだ中にいるのだろうか。可能性は低いだろう。
それでも!
「終!」
ぼくは赤い意匠で飾られた両開きの戸を、力を込めて思い切り開いた。
いた!
終は、照明の落ちたホールの真ん中に座り込んでいた。膝を折って、両手で顔を覆って……肩を上下させている。こみちもいる。静かに傍らに佇んで、終を見下ろしている。
……様子がおかしい。ホール中央のテーブルの上に、大きな蠟燭が何本も立っていて、灯りはそれだけだった。暗くて、よくわからない。
「終……?」
ぼくは一歩ずつ、彼女に近づく。こみちがこちらを一瞥する。それだけで、彼女の視線もすぐに、終へ移る。少しずつ。聞こえてくる。荒い息。呻きのような音が時折混じる、甲高く、しかし暗くこもった音。終は泣いていた。
足が止まる。ぼくの意志じゃない。物理的に、何かに触れた。
やわらかいもの。大きなもの。
塊。
ぼくは足元に目をやった。
それは。
「人?」
人の形をしている。人が倒れていた。その顔には、見覚えがあった。
たしか。
「スミ……だっけ」
こみちとともに終をいじめていた、かつて仲良しだったという少女。ついさっきぼくらは一度話をしていた。
暗闇に目が慣れてきて、背筋に悪寒が走る。
スミの目は見開かれ、力なくただ天井を見つめていた。
いや。
どんな場所も、見つめてなどいない。
彼女は何も見ていない。
彼女は……ここにはいなかった。
「死んでる!」
ホールの奥で、十郎太の声がした。彼の傍らには別の誰かが倒れていて、十郎太はその手を取り、脈を計っている様子だった。
「みんな……この人たち、まさか」
サリカの言葉に反応した。ぼくはあたりを見回す。目が慣れず見えなかったものが、見えてくる。
ぼくらが初めてここを訪れた時、ホールには沢山の人がいた。まるで仮装パーティのようだった。その彼らは、今、全員が全員、床に放り出された人形のようだった。
ぼくはようやく、状況を理解した。
このホールには。
死体が散乱しているのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「嘘だろ」
思わず声が漏れる。冷静になれ。こういう時は、そうだ。
スミに駆け寄り、脈を確かめる。感じない。本当に心臓が止まっているみたいだ。体をゆすりたい気持ちがわいてきたが、抑えた。
両手を彼女の胸に当て、両腕をこわばらせ、体重をかける。
いち、に、さん、し。
「嘘だろ」
また、声がもれた。心臓の鼓動を感じない。もう一度。もう一回。何度繰り返しても。
「だれか! こみち! 救急車を! 電話!」
こみちは何も答えない。かわりに帰ってきたのは、冷たい視線だった。
「無意味ですよ」
その言葉を食らって、間髪入れずぼくはこみちをにらみつけた。ふたたび、こみちに対する憎悪がわいてきた。飛び掛かって痛めつけてやりたくなってきた。
「彼女は、旅立ったんです」
こみちの指さした先には、円卓があり、中央には大きな瓶、その周りを囲うように小さなコースターやグラスがぐるっと置かれている。ぼくは理解した。
……毒を飲んだんだ。集団で!
「みんな、旅立っていったんです」




