廃墟のダンスホール
眼前に広がる光景は、異常そのものだった。
地平線まで、大地が灰色に染まり、細かな幾何学模様に覆われている。
よく見ればその一つ一つが建物の輪郭で、どの建物も埃にまみれ朽ち、直線はところどころ不安定に途切れ、崩れ落ちていた。眺めているうち、ぼくの心にある形容の語が浮かぶ。
異界。
言い換えると、異世界。
なんだかできの悪い冗談か、皮肉みたいだ。
「これが……」
そもそも十三京市は、巨大な廃墟のど真ん中に『ふたたび』造られた都市。小学校の教科書にすらそう載っている。十分も車を走らせれば、当然、都市圏を出て、かつて世界有数のメガロポリスだったコンクリートジャングルのなれの果てがお出迎えする。ぼくらは今、そこに居た。
「オーロラの日が来る前はこれ、全部……街だったんだよ……ね?」
ぼくのすぐ後ろで、終が言った。
「人が歩いてて、生活してて、お買い物とか、ご飯食べたりとか、仕事したりとか」
「そうです。人間の世界がありました。今はまったくの異界、人外魔境ですが」
御堂はそう言って歩き出す。こみち、サリカが後に続き、ぼくと終も後を追う。錆びた扉の先に暗闇があり、御堂がハンドライトで先を照らす。階段があった。ここ降りるのかよ、と内心思いつつも、取り残されないように後を追いかけるしかない。
「この先に、パンケーキのお店あったりとかは……しないよネェ」
サリカの声が反響していた。
◆ ◆ ◆ ◆
ぼくらが下ってきたのは非常階段らしかった。白い塗装の禿げたドアを開けると、また真っ暗な通路があり、しばらく進むと、明かりが見えてきた。通路に面した一室からオレンジの光が漏れている。変な声が聞こえてくる。
フゴ、フゴ~
「イノシシでも飼ってるのかな」
ぼくは恐怖を紛らわすためにそうつぶやく。
「先に、謝罪させてください」
御堂はそう言う。いやな予感しかしない。部屋にたどり着き、中を覗き込むと。
ンゴォッフンゴ~!!
十郎太がいた。
猿轡をされ、口がきけない様子だった。両手も後ろで縛られているみたいだ。さっきから聞こえていたうめき声の主は、襲撃前に上手い事逃げおおせやがったはずの、捜査本部発起人だった。
「ちょっと……やめてください! 今すぐ放してあげて!」
終は即座に声を荒げた。御堂に詰め寄っている。
「こみちちゃん!」
「あ……はい!」
こみちは駆け寄り、懐からナイフを取り出した。
ナイフ!? なんでそんなもの持ち歩いてるんだよ、と心で叫ぶ。まあ、十中八九、御堂への襲撃がその答えなのだろうけど。
「神子様、いいですね」
御堂が頷くと、こみちは慣れた手つきでロープを切り裂く。解放された十郎太は服を直し、御堂ににじり寄る。眼光が鋭い。無言でガンを飛ばし続けている。かと思いきや……。
「おうちに返してください! お願い!」
情けない声をあげて、そのまま御堂の足にしがみついた。
「そうです……わたしたち、帰りたいです! 抗争だかなんだか、よくわからないけど、巻き込まないでほしいです!」
ぼくははっ、とした。終のあまりにもまともなリアクションで、自分の置かれた状況をようやく整理できた気分だった。こんなの誘拐、拉致じゃないか。4人の中学生を、協会が。
ニュースになるはずだ。大スキャンダルだ。協会の本部に本物の捜査本部がガサ入れするぞ。
そして!
……揉み消されるかな……
「心配しないでください。明日の朝までには、必ず皆さんを解放します。けれど、すみません、安全のため、しばらくはここで過ごして頂くことになります」
明日の朝まで。ぼくはそれを聴いて内心ほっとしていたが。ありがたいとすら感じたが。
「今すぐ、解放して。十三京の駅まで送って」
終はひるまなかった。
「困りましたね」
御堂は首を振り、やれやれ、とでも言わんばかりだ。
「承知しました。周辺のクリアランスがあるので今すぐ、というわけにはいきませんが、車を手配します」
そう言うと、ポケットから手帳のような大きさの板を取り出した。指で表面をなぞっている。よく見ると、画面か何かが光っていた。
「わあ、スマホだ。あたし初めて見た!」
サリカは無邪気に興味を募らせる。ぼくも多少の興味はあったが、御堂にはできるかけ話しかけたくなかったので、当然スルーした。
板を指でなぞりながら、ついてきてください、と歩き出す御堂。その後を追って、ぼくらは再び闇の中を進む。大きな両開きの扉があった。宴会場を思わせる、赤い布性の意匠が加えられている。
「ここは、かつてはそれなりのホテルだったらしいです。今は協会が使わせていただいていますが。非常用のシェルターとして、そして」
こみちの言葉を待たず、扉が開け放たれた。闇に慣れていた目には、あまりに眩い光が、ぼくらを襲う。御堂が突然、楽し気なトーンで、こう言い放つ。
「パーティ会場としてね!」




