いかれたBABY
その人物は狼狽えながら声をあげて、両手で体を隠すように屈みこんだ。
細身で色白、遠目にもかなり端正な顔立ち。髪は短めのミディアムボブ。だったけれど。
声質から察するに。
「いや、男同志なのに恥ずかしがられても」
叫びたいのはこっちだったけれど、ぼくは自分が優位に立ったとみて、余裕の言葉を発した。ちょっとどもり気味だったかもしれないけど。
「関係ない、見ないでください」
ま、恥ずかしがる奴だっている。ぼくだって同性に体を見られたら、全く恥ずかしくないわけでもなかった。しかし。どうしよう。背を向けたらグサッとやられるんじゃないか。
「きみが、御堂輪歌かな」
しばらく視線を泳がせ、観念したように。
「よく、ボクがここにいるって分かりましたね」
ぼくはそれを聴き、背を向けた。
まあ、推理というほどのものでもなかった。
「エレベータのどこにも血なんかついてなかったからね。手負いの状態で階段なんか使うと思えないし。さっきまではぼくらが入ったタイミングでクローゼットにでも隠れたのかと思ったけど、バルコニーの鍵が開いてたのに気がついてさ。出てみたら、べったりと赤いのが」
「ふき取ったと思ったんですが」
布すれの音が止んだ。振り返ってみると。御堂はしっかりシャツを着て、まっすぐ僕の方へ腕を伸ばしている。
黒光りするモノが、ぼくに向けられていた。
え?
「なにそれ」
ぷっと吹き出した。恐怖からだろうか。いや、どう考えても。
「モデルガンかな」
どう考えても、本物とは思えなかった。本物がこんなとこにあるはずない。というか、ぼくの頭が追い付いてないだけだろうか。ちょっと待て。
御堂輪歌は匡生世界協会の神子だぞ。
『協会』と一言いえば、普通は誰でも、あの組織を連想する。それぐらいの知名度と、それに準じた影響力を持っている。政界、財界、メディアにだって強靭なネットワークを持ち、一部界隈ではこの国の影の支配者だとか噂されるような……存在。
ぼくは後悔し始めた。
「その通りです。これは本物の銃じゃありません」
は? え?
「でも、あなた方には耐えられないでしょうね」
引き金が、引かれた。
パチンビコーンという間抜けなプラスチック音のあと。
額に鈍い痛みが走った。
「いった! 痛い!」
床に転がった弾丸を見ると、ビー玉よりは小さな、ごつごつした……宝石だろうか。状況が理解できなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「重ね重ねすみません、宮宇地さんのご友人だとは知らずに」
ぼくらは元居た部屋に戻り、茶をしばいていた。ご丁寧にお茶請けのチョコチップクッキーまで出してくれた。うわあ、高そう。バターのいい香りがした。
一通りもてなしの支度をすると、部屋がゴミだらけであることに気が付いたのか、目の前で包帯やガーゼを集めている目の前の美少年。そいつに、ぼくはつい数分前に撃たれたのだが。まだちょっと額が痛むのだが。とはいえ、あんな殺傷力ゼロの玩具が護身の武器とはちゃんちゃらおかしい気がするのだが。それヘの謝罪の言葉のようだった。
「きみはええと、神子? なんだよね、だから、襲われた……とか?」
片付けの手を止めて、深刻そうに頷き。
「はい。おそらくアウフテルガルドの刺客でした。襲われて、なんとか撒いた後、尾行に気を付けながら部屋に戻ったら、背中をざっくりやられているのに気が付きました」
知らない言葉が出てきた。ぼくは質問を投げようとしたけれど、遮るように彼は言葉を続ける。
「玄関で物音がして、カギが開くのが分かったので、咄嗟に非常用の避難手順を踏み、あらかじめ確保しておいた隣部屋に移り、応急手当てを行いました。アニモゼを使用したので、もう出血は止まっています」
またも、知らない言葉が出てきた。矢継ぎ早に彼は続ける。
「あなたに敵意がないのはなんとなく分かりました。では、なぜぼくを探し出したのですか。目的は何です?」
ぼくの、というよりも、どちらかというと、こみちの意志と捜査本部の興味本位での協力の賜物ではあったが。
「ええと、まず聞かせてほしいんだけど、怪我は治ってるんだよね、なら良かった。あとは、ええと」
襲われた? あの血を見た後じゃ、その言葉は疑えない。ならば完全なる警察案件だった。
「警察に連絡しないの」
「それは意味がありません。さっき言ったでしょう、刺客だったって」
ヤバい匂いがプンプンしてきましたよ。裏社会、暗殺組織、諜報員、抗争。ぼくの頭の上を、物騒で非日常で、できれば関わりあいたくない単語が飛び交っていく。
「あの、ぼく、何も知らないってことに、しといてもらえないかな、聞かないからさ」
「聞かないって、何をです?」
「その、なんちゃらガルドとか、なにモゼとか、その言葉の意味をさ」
眉間にしわを寄せて、御堂はぼくの顔をじっと眺める。そして、言った。
ぼくが知りたくなかった、その言葉の意味を。
「アニモゼは、魔法ですよ」




