赤と黒
叫びたい気持ちを飲み込んだ。というか。
叫べない。足がすくんで、呼吸が乱れて。
ぼくの心音はまるで、外の音をすべてかき消すかのような轟きだ。
どうすればいい。
なんなんだ。
なんだよこれ!!
「うわぁぁっ!」
声がして、ぼくは発作的に部屋へ駆け込んだ。そこにあったのは。
ティッシュ? 綿毛? いや。
ガーゼの山だった。病院で見かける、傷薬なんかを使うとき、当てる奴。
どれもこれも、赤く滲んだシミがある。
「なに、これ、なに」
サリカの声だった。他の三人は沈黙している。さっきの叫び声は十郎太だろうか。
「大変だ」
焦燥した、でもどこか落ち着き払った、そんな調子でこみちが声を出した。
「神子様、襲われたんだ。ここで応急処置して、逃げたんです、きっと」
「襲われたって、誰に?」
終がそう聞くと、こみちは屈んでガーゼのひとつを手に取って、それからじっと終の顔を見つめた。
「わからない。でも、私たちの敵はいっぱいいる」
その言葉の直後、ぼくの方へちらりと視線を飛ばすのだった。ぼくはその意図が呑み込めず、けれど緊張がより一層高まって、思わず唾をのんだ。
「協会を快く思ってない人なんて、そこら中、この国のどこへ行っても、いっぱいいるんですよ。あなたなら、分かるでしょう?」
「へっ? ぼくに言ってるの」
お前もその一人だろう、とでも言わんばかりだった。
「紅世くん、その手!」
ぼくは両手を見つめる。
「ぼくの血じゃない。玄関のドアノブ」
そう言うと、屈んでいたこみちは、はっとしたように立ち上がり、ひったくるようにリュックを背負い直す。
「まだ近くにいます! 探しましょう! みんなで探すんです!」
そうか。
「なるほど、生乾きってことは、そういうことだな」
放心状態に近かった十郎太は、ようやく帰ってきた様子だ。
と思ったら、今度はサリカが素っ頓狂な声を上げる。
「まってまって待ってマッテ待ってヨ!」
はあ、はあ、と息を荒くし、一呼吸おいて、さらに。
「事件でしょこれ、警察の仕事じゃん! あたしらの出る幕じゃないとおも」
「でも」
終はサリカの言葉を遮る。
「探さなきゃいけない、んだと思うよ。警察呼んだって、すぐに動いてくれるかわからない。誰かが、今どこかで血を流してるんだよ」
◆ ◆ ◆ ◆
結局、通報はサリカの仕事になったらしい。ぼくを含む他の4人は、そう遠くへは行っていないであろう神子さま――御堂輪歌を、手分けして探す算段となった。この建物の入り口前で、2時間後に落ちあう約束をして、散り散りになって。一人取り残されたあと、ぼくはふと思う。
これじゃまるで。
「ほんとの捜査本部じゃないかよ」
うっかり声が出て、次いでため息も出た。見上げて、さっきの部屋を探す。灰色のアパートは高く、部屋が多すぎて分からない。
ふと、ぼくは気がつく。
来た道を引き返し、エレベーターを眺める。
ボタンを押して、飛び込む。
さらに疑問は膨らんでいく。
薄暗い渡り廊下を抜けて、独りでさっきの部屋に戻った頃、疑問は確信に形を変えようとしていた。
クローゼットを空けて、バスルームを空けて。
鍵の開いたままのバルコニーに出て、構造を確認し。ぼくはそこにも、血痕を見つけた。
驚きはしなかった。
「よっ……と」
ぼくは手すりの上によじ登る。
下を見ないように気をつけながら。
まあ、手を滑らせたとしても、すぐ下は雨樋のような構造物があって、真っ逆さまに落下なんて事には、ならなそうだけど。
「慎重を期すに超した……ことは……ないっ」
緊張からか、ブツブツと独り言を呟きながら、手すりを芋虫のように這い進む。何やってんだろう、通行人に見られたらどう言い訳する。自分にツッコミを入れたくなるのをこらえつつ。
「よなっ!」
少々荒い着地のあと、ホコリを払い。自分のやったことを少し後悔する。窓、カギかかってたらどうしよう。いやいや。
そう。ぼくは、御堂の表札があった例の部屋の、隣の部屋のバルコニーにいた。
恐る恐る、引き戸に近づく。
明かりはない。カーテンが引かれていて、中は見えない。カギは……空いてるのか?
そっと、手を滑らせる。抵抗がでかい。これは無理かな、と思った矢先、するりと景色が流れた。
空いた。行くしかない。ぼくは何のためらいもなく、不法侵入を開始する。そして。
目が合った。
ぼくと同い年ぐらいに見える、その人物は。
上半身に何も身に着けていない。
「うっうわああっ」




