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スカーレット

 行ったことがないわけじゃない。今よりずっと子供の頃、両親に連れて行ってもらった記憶はある。人込み、人込み、また人込み。あの頃に比べたら、随分背も伸びて、いろんな知識も身についた。違った景色が見えるだろうか。

 十三京の風景は、テレビで何度も、それこそ毎日のように見ている。ぼくは想像した。ビルの壁いっぱいの広告、街を縫うような電飾、信号機、車の群れに、サラリーマン、派手なファッション、ドヤ街の赤提灯、ガラス張りのでっかいレストラン。


「うわっ」


 声がして、ぼくの空想は中断された。皆の顔を見ると、全員が全員、あたりを見回しているようだった。電車の揺れが激しい気がして、ぼくも窓の外に目をやる。

 止まっていた。

 電車は止まっているのに、激しく揺さぶられている。

 そうか。


「地震だ」


 地震じゃない? ジシン? ジシン……

 乗客たちの声がオウムのように繰り返される。

 おおきくない? おおきい。 おっきい。


「大丈夫だよ」


 平然とそう言い放った終の声に呼応するように、揺れは収まっていった。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 何事もなかったかのように、一時停止した映像を再び再生するように、ぼくらは会話をはじめ、そういえば親なしで、子供だけで行くのは初めてかもしれないネと言うサリカに、うんうん、と弾む気持ちを抑えきれない様子の終に、その様子を見てにやけるこみち。そして、女子が3人もいて内心では相当にビクビクしているであろうに、それを隠すがごとくガイドブックを読みふける十郎太。

 楽しくなりそうだった。

 そして。


「ついたぁーっ!」


「まてまて、こら」


 降車しようとするサリカに十郎太が声をかけた。


「降りるのは4つ先の駅だ。ここじゃない」


 こんな規模の都市ともなると、複数の駅にまたがっているのだけど、サリカはそれを失念している様子だった。車窓から見える煌びやかな景色に輝かせていた目が、がっかりしたのか、澱んでしまった。


 ぼくらが降車した新十三京東は、駅前に多少の商店はあるものの、そこから先は代り映えしない、同じような真四角のアパートが立ち並ぶ、いわば住宅街だった。ゴールデンウィークとはいえ、昼間なのに大して人通りもなかった。


「こっちです」


 拍子抜けしたように、意気消沈したように静かになって、ぼくら3人はこみちの後に続く。そうして案内されたビルのエレベーターは、薄暗く、狭かった。


「神子様がこんなとこ住むの」


 思わずぼくは言ってしまった。人差し指を口に当て、こみちはぼくを睨みつけている。


「ここです」


 案内された部屋の扉には、たしかに『御堂』の名が刻まれている。

 躊躇なく、インターフォンのブザーを押すこみち。返事はなく、物音ひとつしない。


「留守みたいだねそれじゃあ、今日は自由時間にしよう!」


 ぼくの言葉がむなしく渡り廊下に響いた。


「たぶん居ないだろうと思ってました」


 そう言って、こみちはあの大きなリュックを下して、中を探る。出てきたのはカギだった。どういうことだ。なんでこの子が神子の部屋の鍵を持ってるんだ。そんな疑問を口に出す間もなく、カギは空けられ、今度こそ本当に何の躊躇も感じさせない手つきで、怖れる間もなく、扉は空いた。


「えっえっいいの勝手に開けて? 勝手に入って? 犯罪じゃ」


 ぼくが言い終わる前に、こみちはすでに靴を脱ぎ、玄関の奥へ進んでいった。ぼくら3人は恐る恐る、その後に続く。玄関の先は左右に伸びる短い廊下で、部屋はどちらにもある様子だった。サリカ、十郎太、終の順で靴を脱ぎ、こみちの向かった右手の部屋へ、と、その前に。ぼくは振り返って、玄関の扉を閉めた。すると。

 ぴちゃ。


「ん?」


 手が濡れた。暗くてよくわからない。照明を探す。あった。

 青白い無機質な明かりが照らす。その冷たさとは対照的な、目立つ色が視界に飛び込んできた。

 呆気にとられ、一瞬、何が何だか分からなくなったけど。次の瞬間、ぼくは雷に打たれたように、はっきりと認識した。

 それは。

 

「血?」


 玄関扉のドアノブには、赤黒い液体がべったりと、まとわりついていた。

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