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君のように生きれたら

 じつに勇み足で、生き急いでいて、無責任な告白だった。

 ぼくは恋というものを知らなかった。ただ、少なくとも確かにドキドキと胸が高鳴っては、いたんだと思う。そしてそれは欲望のようなむず痒さとは、とても縁遠いものに思えた。

 だからといって、あの時抱いた特別な感情が、果たして恋と呼べたのかは、今でもわからない。

 勝手に確信を抱き、これは恋なんだ、そういう事にしてしまえとばかりに、ぼくは口走る。


「終が好きだ」


 それは早朝の出来事だった。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 終がいじめを受けていたのを目撃し、衝動的にとはいえ、助けたつもりが、わけのわからない言葉で言いくるめられ、調子がくるって、きょとんとしたまま再び家路について、それから数日の後の出来事だった。

 あの日から、ぼくは毎日のように終に話しかけていた。隣のクラスに顔を出し、彼女を見つけては、笑みを浮かべて手招きする。そんなキザったらしい真似が、まさか自分のような平凡な人間にやってのけられるとは、この日まで思いもしなかったけれど、しかし。それは実際、おどろくほど自然なことで、まるで無意識のまま、ヘンな言い方だけど、導かれてすらいるようだった。

 自然に彼女を招き、廊下であの大きな瞳を見つめながら、昨日の夜考えてきたくだらないジョークを、当たり前のように披露する。彼女はいつも、それが冗談だとすぐには気が付かず、間をおいて、気を遣うように笑い、それから優しく諭すのだ。


「60点くらいだよ、次は頑張ってね」


 眉をひそめてちょっと不敵な笑みを作りながら、ごく自然に、あたかも長い付き合いのある、昔からの友だちのように。ぼくの肩を叩き、激励するのだ。

 1週間が経過した時点で、結局、ぼくは75点以上の冗談を思いつくことができていなかった。その事実を鑑みて冷静に、風呂上がりの頭をさらに夜風で冷やしながら、ぼくは最高の冗談を思いついた―—つもりになった。


 彼女に告白してみよう。


 今にして思えば、それは少なくとも冗談としてはマイナス級の点がつくべき、ひどい思い付きだった。けれど当時の僕には、天才的なアイディアに思えたのだ。舞い上がって、うれしくなったまま眠りにつき、最悪の展開になる可能性を見落としていたことに気が付いたのは、すでに翌朝家を出た後だった。

 つまり、本気だと受け取られてしまうことだ。これはまずい。

 真面目な顔で断られて、いや冗談だよ、とごまかすのは、典型的な『実は本気で告白してました』パターンじゃないか。それじゃまるで、負け犬みたいじゃないか。悲しいじゃないか。

 べつに恋しているわけでもない相手に告白してフラれるなんて、乗ってもいないギャンブルで負けるのと同じだ。回す気のないガチャを誤タップで回して、ハズレキャラしか出なかったのと同じだ。

 だって別に、ぼくは終に恋をしているわけじゃ……。

 そこまで考えて、思考が止まった。


「あ、おはよう」


 終がいた。

 ド田舎の過疎地にぽつんと立つ中学に向かうため毎日使っている、これまたド田舎の駅、その改札の手前、駅舎の入り口の前の自販機で、ぼくは彼女に遭遇してしまった。

 飲みかけのサイダーを手にしていた。


「きみもここに住んでたんだ」


 大きな瞳をさらに丸くして驚いた後、その瞳を平らにつぶしてから、また大きく開けて、静かな輝きに満ちた笑みを作った。

 瞬間、ぼくは気が付いた。

 なぜあんなに自然に、自分は毎日隣のクラスの、出会ったばかりの女子に話しかけていたのか。

 そう。じつに勇み足で、生き急いでいて、無責任な告白だった。答えが分かった瞬間、ついつい、ぼくは喜びとともに、バカ正直に、それを全部吐き出した。世界に向けて、解き放ってしまった。


「終が好きだ」


 サイダーのキャップが落ちる音がした。くるくると回るその蓋は、終のローファーをつついて、その場に倒れた。ぼくは終の顔を見ようとした。けれど、なぜだろう、コンクリートに寝そべるキャップと見つめあったまま、何十秒も経ってしまった気がしていた。

 ぼくは自分の気持ちを解き放ったのだ。心は軽やかになっているはずだ。そう己に言い聞かせ、背筋をグイっと持ち上げるように、無理やり彼女と目を合わせた。

 大きな瞳が、まっすぐこちらを見据えていた。眉間にしわを寄せ、眉毛は吊り上がり、唇をかんで。怒りに満ちた、どこか悲しげな顔だった。


「0点」


 いままで聞いたこともないような冷淡な声で、彼女は言った。

 レイタンなレイテン、いただいてしまいました。

 踵を返し、かつかつと踵を鳴らしながら改札へ向かって歩き出す彼女の背中に向けて、ぼくは言った。声が上ずっていた。


「き、今日のは、冗談とかじゃない」


 それを聞いた終は、はっとしたように立ち止まり、その場ですぐに、くるっと僕を見た。震えていた。涙目だった。口は半開きで、どこか悲しそうに、驚いたように。怖れるように、でも、少しだけ焦がれるように。

 あんな顔をした彼女を見たのは、後にも先にも、なかった気がするな。


「バカだよ、出会ったばかりの女の子にそんなこと言うなんて」


「ごめん、バカでごめん」


「ふつうは、断られるんだよ、そんなの。わかり切っているでしょう。世の中には常識ってもんがあるんだよ?」


 いったい常識とは。

 ぼくは終と出会った日のことを思い出し。

 何なのかについて、ひとつ逡巡してみようかと、そんなことを、どこか上の空になって考えていた。


「常識なんて言葉、きみの口から聞くなんて思わなかった」


「だだ、だってわたし、あなたの名前も知らない素性も、うんそうだって学校の同級生なのにその程度の間柄でしかないしいじめられてたのはわたしじゃなくてこの世界が野蛮な世界だから世界が世界をいじめていたからあなただってむしろ被害者でそこはほんとうにごめんなさいなんだけどなな、名前知らないしっ」


すごい早口だった。


「じゃあ、今教える。ぼくは内海(うつみ)紅世(ぐぜ)。それで、あー。えっと……」


 馬鹿だなあ、と、このとき始めて、我に返って後悔した。笑うしかないや、こんな展開じゃあ、どう転んでも、ああおしまいだ。やってしまった。会ったばかりの女性に人生で初めての告白をやってしまい、即撃沈。一生もんのトラウマになるんじゃないのか。そんなことを思っているぼくに、彼女は言った。


「男の子って、やっぱりかっこつけたいもんなのかな」


独り言のように、細い声で。


「くやしいけど、そういう大胆なの、かっこいいなとは、思ったよ」


 そして、笑うのだ。きっと作り笑いだったけど、それでも、この時の僕のさ迷える困惑した心を、魂を、掬い上げて救済するには十分な、まばゆいほほ笑みだった。


「100点。まんてん。よく、できました、だよ、ほんと、紅世くん」


 彼女の言葉が、温かく、透明な剣のように、激しく、優しく。

 轟音をとどろかせながら、世界を切り裂いた。

 そんな気がしていた。

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