依存症
「本気なんですか」
開口一番、こみちは乱暴に質問してきた。
「本気で、神子様を探すつもりなんですか」
正直、ぼくは本気じゃない。ぼくら中学生だけで何ができるっていうんだ。お遊びのつもりです、単なる『ごっこ』だよー、とは。とても言えそうな空気じゃなかったのだけれど。
「無論だ。キミは誰なんだね?」
十郎太は即答してくれた。こいつは人生がお遊びなんじゃないのか、というぼくの疑問は、とりあえずそっと胸に仕舞っておこうと思った。
「C組の宮宇地です。神子様とは……ええと、私は」
十郎太の目をじっと睨みながら、探るように、言葉を選んでいる様子だった。
「十壱河支部の、青年信徒でした。だから、神子様のこと知ってます。その、お御影……つまり、素顔も」
少しだけ、声が震えていた。無理もないかもしれない。ぼくが誰だか、気が付いていないはずがない。終に抱きしめられた、あの現場に居合わせたのだ。
『あい……してます』
目の前の少女の言葉が、ぼくの中で、何度目だろう、リフレインする。
「そして、……名前も」
それを聴いて、ぼくら3人に緊張が走った。いや、ぼくは2人に引きずられて、だったけど。神子の名前を知っているというのは、そんなに凄いことなのだろうか。
「そっそっ……それが本当なら、キミはいち支部の青年信徒のクラスをはるかに逸脱していると思うのだが!」
「うん、うん、だって。あたしも聞いたことあるヨ、神子様の本名なんて、協会の幹部のほんの一握りだって」
そいつはすごいや。知らなかった僕は世間知らずクンだったのだろう、サリカの多弁に感謝しなきゃね。その、すごい人らしき少女は小声になって。
「それで、ちょっと」
チラチラと、ぼくの方を見た。
「この人と、ふたりで、話したいことがあるんです」
◆ ◆ ◆ ◆
仕方あるまい、とばかりにお行儀よく立ち去ってくれた二人のせいで、とうとうぼくはこみちと二人きりになってしまった。この期に及んで、頭をよぎる。彼女に馬乗りになって、ぼくは……。
謝った方がいいかな、なんて、日和った気持ちがわいてきてしまう。
「とりあえず、やりすぎたかもしれないとは、その、ぼくだって、でもね」
「謝らなくていいです」
その目はぼくを睨みつけてはいたけど。拳を握って、悔しそうに歯を食いしばってはいたけど。言質は取ったのだろうか。ぼくは口から飛び出かけた言い訳がましい謝罪行為をとりあえず、延期した。
「あれはきっと、神子様の思し召しなんです。あなたを遣わせたんです。私を、罰するために」
ぶっ飛んだ発想だった。理解が追い付かない気もしたが、そもそも熱心な協会員の考えなんて、ぼくにはとても想像の及ぶところじゃないのかもしれない。
「あなたに乱暴されて、私、気がついたんです。悔い改めなきゃって、思ったんです」
こみちの目は、血走っていた。血走らせながら、頬は緩み、笑顔を……笑顔に良く似た、何か全く別の表情を、感情を、彼女はその顔に浮かべていた。ぼくは逃げ出したくなった。
「やっぱり! この世界は野蛮で、凶暴で、汚らわしい場所なんです! 旅立っていったみんなは、正しかったんです!」
野蛮で、凶暴で、汚らわしい。ぼくが、そうだとでも言いたいのだろうか。そうだとして、だから、なんだっていうんだ。反論したい気持ちが沸き上がる。きみは勘違いしてる。怪しい思想を吹き込まれてる。狂ってる。場当たり的な言葉が、自己防衛本能に従って頭に浮かぶ。
「だから、感謝します! ありがとうございます!」
深々と、まるで軍人のごとく、彼女は頭を下げた。
「わたし、絶対にみんなのところへ旅立とうって決めたんです! だから、神子様に帰ってきてもらわなきゃって! 一緒に、そう、終と一緒に、あっちの世界へ行きたいんです!」
おいおい。
「あなたには何かあります! わかるんです! あなたも、終と同じなんです! 神子様のご加護で、導かれている者なんです!」
やめてくれ。
「やめてよ!」
ぼくの心に呼応するように。聞きなれた声がした。
見ると。
「お願い、こみちちゃん、もうやめて」
部室の前、開け放たれた扉の先に、終が立ち尽くしていた。