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夢とバッハとカフェインと

 部室があてがわれるなんて。思いもしなかった。

 が、その謎はすぐに解けた。部室棟は空き部屋だらけだった。廊下から覗き見る眠りについた部屋たちは、ひとたび扉を開ければカビの匂いが立ち込めそうだった。そのうち一つに、ぼく等は入っていき。窓を開け放って、はたきをかけて。


「もう疲れたヨ! この辺でよくない?」


 サリカのギブアップの声とともに、ぼくと十郎太もその手を止める。

 まあ、要するに、部活動なんて制度そのものが、ほぼ死に体なのだ。この学校で行われている活動は、かろうじて野球部やバスケ部が動いているという『噂』を耳にするぐらいだ。みんな、放課後まで学校に縛られていたくないのだろう。


「ふむ、そうだな。こんなもんだろう」


 まだ埃っぽい空気を払うように、ビニール袋がテーブルの上に置かれる。


「というか、その、なんだ寒川くん」


「サリカでいいって言ってんじゃんヨ、うぶだなあ」


「ぐぶっ、そ、そんなことはない! サリカ氏、さっきからキミ、清掃を手伝っているような素振りでサボってばかりいたぞ」


 たしかに、ぼくも目撃者だった。ぼくら男子がロッカーやら床やら雑巾がけをしているのを横目にホワイトボードを引っ張り出してきて。もともとそこに何故か描かれていた、音楽室の絵画っぽい落書きを消し去って。その後、ずっと一人で絵をかいていたのだ。


「でも、すごいね。ほんとに、プロみたいだ」


 サリカの絵は、いわゆるイラスト調の漫画チックな絵だったが、素人目にも、素人のレベルをはるかに超えているのが分かるものだった。


「照れるからやめてよネ。ふふっ」


「ところでそれ、誰なんだ? 捜査本部の活動と関係あるのか?」


「あるヨ、あたしたちの絵だもん」


 4人の男女が描かれていた。見たことないイケメンが二人、超絶美少女が一人、女子の制服を着たパンダみたいな生物が一匹。花柄のちりばめられた丸い字体で、捜査本部発足記念! とあった。


「誰が誰、とかは、とりあえず聞かない方が良さそうだな」


 珍しく、ぼくは十郎太の意見に同意した。



   ◆ ◆ ◆ ◆



 サリカはずっと、どこか上機嫌な様子だった。

 部活動の初日、ぼくらはひとしきりの掃除を終えた後、何をするでもなく、ただダラダラと無為に時間を捨てていた、にもかかわらず。


「なんか、夢だったんだよネ、こういう、部活みたいなの。あの時君たちに話しかけて良かった、ほんとにそう思う」


 その気持ちは、ぼくもなんとなく分かった。きっと十郎太も同じなんじゃないか。小学校からの勢いでついつい邪険に扱ってしまいがちだったけれど。彼に、感謝したほうがいいんじゃないのか。


「そうだね。十郎太、マジサンキュ。実はこういうの、ちょっと、ぼくも憧れてた」


 やや棒読み気味の僕の言葉を聞くと、彼はぽかんとしたのち、額に手を当て、ククク、と不敵に笑う。


「何を言ってるんだ貴様等。これからだぞ、俺たちの青春の本番は!」


 青春。ずいぶん古めかしい言葉だ。国語の授業で習ったことがあるぐらいだった。

 サリカは拍手した。


「ありがとネ、二人とも。アタシの夢、ひとつは叶わなかったけど、同じぐらいのが、叶っちゃったヨ」


 どこか含みのある言葉だった。十郎太とぼくは沈黙して、彼女に続きを促した。


「あのネ、あたし、絵の仕事したかったんだよネ。イラストレーターとか、漫画家とか、何でもよかったんだけど」


 したかった、なんて。


「いや、目指せばいいじゃん、ぼくらはまだ中1なんだし」


 そう返すと、サリカは顔を曇らせ、すぐにいつもの屈託のない笑いを取り戻して。そのままうつむいた。


「あと3年しかないんだよ、無理だヨ」


 何が、あと3年なんだろう。

 そして、なぜ3年で足りないんだろう。

 空気が重くなってきたのを察してか。


「あ、ほら、そろそろ乾杯しようよ、ネ?」


 サリカは立ち上がり、ビニール袋を漁って、つい先ほどぼくが調達してきたドリンクを4つ、取り出した。赤いウシの描かれた、カフェインの濃い、甘ったるい奴だ。


「乾杯!」


 両手で2本を持ち上げ、サリカは言う。


「あ、乾杯」


 ぼくはとっさに立ち上がり、応じる。


「……カンパイだ!」


 十郎太は座ったまま、カッコよさげに片手を少し傾ける。


「ごめんネ、先にやっちゃった」


 なぜかぼくの方を見て、ウインクする。そういえば、終を待っていたのだった。終への謝罪の代表者扱いで、ぼくを選んでくれたのはちょっとうれしいけれど。


「遅いよね、ちゃんと声かけておいたんだけど」


 トン、トン、トン。


 ぼくの声に答えるように、部室の戸を叩く音がした。サリカは嬉しそうに駆け寄り、扉に手をかける。


「あ、来た来た!」


 でも、ぼくは窓ガラスの向こうに、その人物を見つけて。

 戦慄した。


「遅いじゃーん、何やってたんだヨ、終ちゃ……」


 そこにいたのは、つい一昨日、ぼくらが追いかけまわした。

 宮宇地こみちだった。

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