ハレルヤ
朝が来て、歯を磨き。顔を洗って、制服に腕を通し。今日が月曜日であることを確認し。
親父の残した朝食をゴミ箱に捨て、母さんに行ってきますを言い。
玄関前の鏡をにらみ、自分の頬を叩いた。
「よし! うし! 今日も張り切って行くぜ!」
ぼくは、はたしてこんな、いやに健康的でエネルギッシュなキャラだったろうか。いやいや、関係ない。今日から気持ちを切り替えていくのだ。強さを見せつけるのだ。
日曜日の間中思案して、ぼくは決意を固めた。
終に信用してもらえる、男になりたい。オトコに。漢。
勢いよく玄関を飛び出し、駅へと駆け出す。いつもより30分も早い。先にたどりついて、待つのだ、彼女を。終を。そして今日こそ。
ペースが速すぎて、息が上がっているけれど。普段通りほとんど人がいない、五湖橋駅の改札にたどり着く。ベンチに腰掛け、据え付けられたテレビをぼうっと眺める。ニュースがやっていた。
『速報:神子様が失踪状態 協会側が認める』
何の話だろう。
画面には、いやに荘厳なケープをまとい、仮面をかぶった、長く白い髪の人物の映像が流れていた。
ぼくはその映像にギョッとしたけれど、同時に興味を掻き立てられる。
ニュースに見入っていると。おはよう、と声がした。見ると終がいて、ぼくを見るなり驚いた様子で、けれどすぐに微笑み返してくれた。
「おはよう! ええと、なに、これ」
彼女に、ニュースへの疑問を早速ぶつけた。
「紅世くん、ほんとに知らないの」
そうして、そんな言葉が返ってきた。
「うん。かみこ? じゃなくてみこ、だったっけ。何それ」
「神子様は、協会の……」
そこで言葉を詰まらせ、顎に指をあてる終だった。少し体が傾く。
「司祭かな。なんて言ったらいいんだろう。祝福をね、与えるんだよ」
さらにめいっぱい体を傾け、明後日の方へ眼をやって。うーんと疑問に満ちた顔をしながら。
「祝福されるとね、滞りなく、転生できて、向こうの世界でうまくやっていけるんだって。できる限り本人の望んだ立場で生まれて、望んだ職業に就けるんだって。最近じゃあ、生まれたばかりの赤ちゃんを、祝福してもらうために、わざわざ神子に合わせたりする人も、いるみたい。だよ」
そして、すべてがつまらない話だとでも言いたげに、目を伏せて、ちょっと皮肉っぽく笑うのだった。
「ごめん、協会のこと、その、あんまり気に入ってないんだよね」
「そう、うん。きらいなんだよ、忖度なしに言うとね」
忖度? 何に対して、だろう。引っ掛かりを覚えた。
「なんでも言ってよ。オレは頼れる男になるって決めたんだ!」
「わっ! へっ?」
腕をまくり上げ、力こぶを叩くぼくに、素っ頓狂なリアクションを返す終。変わらぬ日常だった。
「74点かな」
◆ ◆ ◆ ◆
教室は、神子の失踪の話題で持ちきりだった。十郎太なんか、俺たちで神子を見つけ出すぞ!と豪語して、ふたたび捜査本部の立ち上げに意欲を燃やす始末だ。いいかげんにしろ、と突っ込みを入れると、サリカが話に入ってきて。
「あたしも神子さま、見つけたい。やろうヨ」
意外な展開が待ち受けていた。
そうと決まれば話は早い、とばかりに、1限目の休み時間、十郎太はさっそく職員室へ申請書を届けに出しに行ってしまう。愚かにも、バカ正直に活動予定の内容をそのまま書き記して。
神子さまの捜索なんて、中学生にできるわけないだろ。大体こんなのどこが部活動なんだ。
そう言われて帰ってくるのが関の山だ。
「ククク……これを見るがいい!」
帰ってきた申請書には押印がされていた。どういうことだよ。おいおい、この学校はどうなってるんだ。まさか。
「先生の目を盗んで勝手に承認印をしたんじゃないだろうな」
「そんなすぐにバレるようなルール違反をやらかすオレじゃあない。バカにするな紅世よ」
おかしいだろ。
「ようし! ついにここまで来たぞ捜査本部の立ち上げだ! 今日は祝賀会をやるぞ!」
「うわーい! あたし飾り付けするネ」
いろいろ、テンションもおかしかった。なぜ嬉しそうなんだ。お前らと協会の神子にどんな関係があるんだ。でも。
「なんか、楽しそうだね」
それがぼくの、正直な気持ちだった。
部活動。ちょっとだけ、憧れがあったんだよな。