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光の中に


「小学校の頃は、みんなと仲良しだったの」


 日が暮れたらもう店を閉めてしまう酒屋が、駅前で唯一の商店だった。もはや顔見知りと言ってもいい店主の不愛想なおじいさんから缶コーヒーのお釣りを受け取って、店を後にし、しばらく歩いた後、終は静かに語りだした。


「こみちちゃんに、マイちゃん、スミちゃん、カリンちゃん、レナちゃん……」


 たぶん、あの時終をいじめていた連中の名前なんだろう。そんな気がした。


「特に、こみちちゃんとはよくお話ししてたんだよ。思ったこと、なんでも明け透けに言ってくれる、正直で素直な子だった。でもね、あの子、6年生の時に」


 嫌な予感がした。


「お母さんと、その、お別れしちゃったんだよ」


「お別れ?」


「うん、そう。こみちちゃんは、ママが転生したんだって思ってた」


 聞き返すんじゃなかった。普通に考えればそういう意味だ。


「でね、わたし、言っちゃったの。彼女に。本当はいけなかったんだよ、あんなの、きっと。でも、他にどうすればいいか分からなかった」


 終の表情が曇る。どこか遠くを見ている。怯えているようにも見える。


「ねえ、紅世くんは……」


 少しだけためらいがちに、彼女は僕の方を振り返って、ある質問を投げてきた。


「てんごく、って、聞いたことある?」


 テンゴク? 天国? 聞いたことがあるような。いやないような。


「天の国、って書くんだっけ」


「そう。オーロラの日の前は、そういうものが信じられてた。人は死んだら天国に行くんだって」


 要するに、今現在世の中で信じられている『転生後の世界』の、前身みたいなものってとこだろうか。


「それでね、わたし、こみちちゃんのママは天国にいると思うよ、転生なんかしてないんだよ、って、そう言っちゃったんだよ。バカだよね。ほんとに、何の根拠があったんだろう、って感じだよ」


 だいたい、なんとなく話は見えてきた気がする。要するに、親友に裏切られたと感じたのだろう、あの子は。


「そしたら、みんな、わたしを見る目つきが変わっちゃったんだよ。それで卒業までずっと……ええと。うん、そういうこと」


 天国。この世界。あの世界。ぼくは考えを巡らせたが、どうにも頭が追い付きそうにない。口をついた言葉は、とりとめもないものだった。


「随分歩くね、結構遠いんだ?」


「え?」


 終はあたりを見回す。


「わっわっ、ごめんなさい、通り過ぎた!」


 ぼくは笑ってしまった。そそくさと来た道を引き返す終の背を追って、ぼくもまた歩き出す。


「それでね、ええと、でもそれで全部かな。話してみると結構、短くて、単純なんだよ。わたしがバカだっただけ」


「終、あのさ、聞きたいんだけど」


 ふと浮かんだ疑問を、例のごとく、ぼくは特に考えずぶつけてしまう。


「終は、信じてるの? その、天国を」


 ぽかんとした顔で、ぼくと目を合わせる。次いで、見たこともない顔をした。

 ぼくの背筋が凍り付いた。その顔には、およそ表情というものがなかった。いつだか映画館で見た、電源が切れてしまったアンドロイド。マネキン。そんな印象を抱かせる顔つきで、大きな瞳の中にぼくを捉えながら、終はこう言った。


「わたしね、信じてないんだよ、ほんとはね、なんにも」


 次いで、髪をかき上げながら、静かにふわりと、笑って。


「人は、死んだらね、たぶん、無になるんだよ。消えるだけ、ただそれだけ」


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