増える心労
フィン先輩の嫌な予感はすっかり僕に感染ってしまっていて、最悪という言葉が似合いそうな事柄ばかりが頭をよぎる。どこかに閉じ込めらている程度ならまだいい。暴行を受けて動けない状態だったら?意識がなかったら?
一度そう思ってしまうと、次々と嫌な考えばかりが頭を巡った。
「心配なら探しに行けば?ここ一階だし、窓から出れなくもないでしょ」
「俺も行く。こんな状況だし、怒られたりはしねぇだろ」
「ルカ、パオル…」
「僕1人で行きます。2人はここで待っていてください」
「人数多い方がいいだろう?」
「そうですが」
「もしヨナスが自力で動けないなら、ベンヤミン1人では到底無理だよ?それに、見当もついてないじゃん」
「それもそうですが」
「ほらまた思考停止してる。4人で仲良くなりたいだよね?」
「ほら行くよ」
ダメな傾向だが、だんだんルカの叱咤が心地よくなってきていた。僕もまた彼らに道を示されているのだろう。慣れた手つきで窓から出るルカを追って、僕とパオルも窓から出た。
どうやら外は大事になっているようで、神祇官や宿直の教師陣も駆り出されているようだった。僕らは灯を服の中にしまい込み、見つからないように彼らから離れた。
「そりゃただの生徒じゃないからね」
「誰がいなくたって探しますよ」
「どうだか」
ルカは、この学校の地理に強く、そういう穴場を知っていると言った。
「簡単な事だよ。誰にも見えない場所は、誰にも見つからない場所じゃないからね」
思わず僕はパオルと目を合わせて一緒に首を傾げた。パオルはお前もわからないのかよというがっかりした視線を寄越したが、わからないものはわからないのだ。
「蛇の道は蛇ってこと」
「どういう意味だ?」
「その道の専門家はその道についてよく知っているという意味です。でも今回は同類の考える事は手に取るようにわかるという意味で使ったんでしょうが、ルカと、どう同類なのかは僕にはわかりません」
「そうか」
僕は部屋に帰ってから辞書を引いてもらおうとも少しは考えたが、何か喋っていないと緊張のあまりどうにかなってしまいそうだったので、パオルの問いに答えた。
ルカが僕らを連れた先は、校舎の裏手にある薪割りの小屋で、一部の罰当番の生徒と管理人のおじさんしか出入りのない場所だ。
冬の間の薪を貯蔵する小屋は、名前こそ小屋だが、実際はとても広く大きい建物だ。この時期はまだ罰当番も無いため、誰も寄り付かない場所だった。
「声は響かないし、もし閉じ込めるならここが一番適してるんだよね」
「藪は突かない主義ですけど、ヨナスが無事に見つかったら存分に突かせてもらいますよ」
「突いても蛇なんか出やしないよ」
「でも、どうやって入るんです?」
「ここって案外施錠が緩いんだよね。構造的に外からしか鍵の開け閉めはできないけど、錠前の構造はいたって簡単なものなんだよ」
そう言って、何の変哲のない鍵を取り出した。
「だから同じような形の鍵なら、別の鍵でも開けられるんだ」
ルカの言う通り鍵は簡単に開いた。小屋の中は木の匂いで充満していて、僕は思い切りむせてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ…と、とにかく、手分けして探しましょう」
「ヨナス!」
「ヨナス!いるなら返事をしてください」
「ヨナス!」
ルカの言う通り、声は全く響かない。僕らは三法に分かれて、薪割り小屋を探した。時期が時期なだけあって薪は多く、薪は高く積み上げられている。迷路のように積み上げられているので、ひとつひとつの薪の山の影を確認するのは骨が折れた。
奥の通気口の近くに薪が雪崩た痕があり、慌てて駆け寄ると薪の下敷きになった誰かの手が見えた。慌てて2人を呼んで、薪を撤去していくと気を失っているヨナスが出てきた。
どうやら最悪の事態にはなっていないようで、見えるところには傷ひとつなかったし、落ちた時に付いたと思われる以外の汚れも見て取れなかった。
「登って通気口から出るか、助けを呼ぼうとしたんだろうね」
「生きてるのか?」
「頭を打って気を失っているだけだと思います。血は出ていないようですが、下手に動かすのは心配です。怒られ覚悟で役員に応援を頼みましょう。救護の先生に来ていただかないと。僕、走ってきますね」
しばらく走ると神祇官と役員がいたので、ヨナスの居場所と状態を救護の先生が必要だと伝えた。
僕は神祇官と薪割り小屋まで戻り、しばらくすると救護の先生を連れた役員が担架と共に走ってきてくれた。幸い、軽い脳しんとうではないかと診断され、ヨナスはそのまま救護の先生と役員に抱えられ救護室に運ばれていった。
僕らといえば、寮に戻る道中ずっと怒り心頭の神祇官にずっと説教された。それでも僕らはヨナスが無事に見つかったことに安堵していた。
神祇官と別れ、寮に戻るとフィン先輩が待ち構えていた。パオルはそのまま部屋に戻ろうとしたが、僕はシャツを掴みどの場に留まらせた。ルカは僕とパオルの隙間からフィン先輩を伺っている。その様子を見て、フィン先輩はニヤリと笑った。
「お手柄だったね」
やはりフィン先輩には手に取るようにわかってしまうのだろう、隠れるルカに視線を合わせている。
「うるさい消えろ」
「褒めてるのに、残念だね。お咎めもないというのに、どうしてルカはそんなに機嫌が悪いの?」
フィン先輩はルカをたしなめると、僕ら3人をじっくり見回した。
「君たちに怪我は無いようだね。それにしてもよく知っていたね。その様子だとルカのお手柄かな?」
「そうです」
「ばか、ベンヤミン」
「どうして?ルカが気づいてくれたからヨナスは見つかったんですよ」
「そうじゃ無い」
その後の言葉は続かなかったようで、もごもごと何か言いたげにするだけだった。フィン先輩はルカのその様子に声を出して笑う。
「流石に今は功労者相手に可哀想だから、普段あそこで何をしていたかは、今回は言及しないでおこうかな。どうせ鍵ももっと堅牢なものになるだろうしね」
「目の届きにくい場所は危ないですもんね」
「ベンヤミンのそれはいっそ清々しく思うよ、怒る気も失せた」
もしルカに表情があるなら、大層呆れた顔をしているのだろう。そんな声色だった。
「それが良い。パオルも、ありがとう、君も協力してくれるとは思わなかったよ」
「悪いかよ」
「真っ先に背中を押してくれたのはパオルです。パオルは献身的で優しい」
「へぇ、そうなんだ」
「なんだよその面は」
「いいや、嬉しくてね」
破顔一笑とはまさにこの表情を言うのだろう、ふわりと笑うフィン先輩は本当に嬉しそうだ。横でパオルはバツの悪そうな顔をして、僕の手を振り払ってそのまま部屋に戻って行ってしまった。
「僕も戻るよ、なんか毒気抜かれた」
「そう?おやすみ」
「おやすみ。ルカ、良い夢を」
ルカの後ろ姿が見えなくなると、フィン先輩は僕を応接用のソファーに促した。
「何か言いたことがあるの?それとも聞きたいこと?」
「ヨナスの件です」
「例のあれか、しばらく難しいだろうね」
「やっぱりそうですよね」
「どうにか早急に手を打ちたいところだけど、今日も思う存分歌えていないから相当なストレスだろうね」
「僕もそれが心配で、歌えない事は何よりのストレスでしょうから」
「今回ばかりは不測の事態だし、僕も一緒に動くことにしようか?」
「それは、ダメですよ、不測の事態も折り込んでというのが約束ですから、役員の手を借りることはできません」
「頭固いな。確かにそうだけど、学外の話になるのならまた別だと思うよ?」
「手を貸していただけると大変助かりますが、その場合は学校側が動くということになりますよね。役員の許可を拡大解釈してしまったという大義名分は通じなくなります」
「そうだった。だから僕らは放課後の急な外出許可の申請の仲介をするにとどまるんだった」
「役員の申請を役員自身がされるのなら、理由をその場で問われますよね。仲介のように事後報告というわけにも行きませんし」
「ああ、そうだった。ダメだね。今日はもう頭が回ってないや、ごめんね。しかし四面楚歌では無いのに、下手を打ったなあ。何も今じゃなくていいのに」
「でも作戦中ならもっと大事になっていましたよ」
「それもそうだね」
「ともかく、何か対策を考えます」
「そうしてくれると助かるよ」
打開策は出せず、そのまま別れた。なんとも上手くはいかないものだ。
週に一度の休息日の礼拝は地域の教会として開放されているため、近隣住民が聖堂に訪れる。普段聖堂は一つの机を3人で使っており、全校生徒が入っても悠々としているのだが、この日ばかりは一つの机を7人で使わなくてはならず、ぎゅうぎゅうに押し込められている形だ。
元々は5人で使う程度だったようだが、ヨナスが歌うようになってからは彼の歌を聴きにくる人も増えて、今や教会は溢れた街の人が教会の外にも大挙している状態だ。
本来の街の教会は別にある。今まで来たことも無かったような街の人もヨナスの歌声聴きに参列しているのだろう。それだけヨナスの歌声には人を惹きつける力があった。
これだけ街の人たちがヨナスの歌声を知っているのだから、歌える場所さえ見つけることができれば上手くいくはずだ。楽天的、楽観的と思うが、こればかりは自信があった。
この時間にそういう人を見つけることが出来たら一番いいのだが、なかなかそうはいかない。パオルは、そういう仕事の人は礼拝が終わってから寝るもんだと言っていたが、この群衆、そう易々とは見つかるものでは無い。
僕は最中、度々後ろを振り向き周りから顰蹙を買う中、そういう人を探したが、見当すらつかなかった。礼拝後も、街の人の中に混ざりはしたものの、結局そういう人は見つけることはできなかった。
その様子はすっかりルカに見られていたらしく、わざわざ呼び止められてしまった。
「まさかだとは思うけど、あの群衆の中から見つけようとしたの?」
「見つかればいいかなくらいの気持ちですよ。今日は外出もできませんし今は他に打つ手がないんです」
「楽天家すぎやしない?」
「そうでも無いですよ」
「いいや、十分楽観主義だよ。そして他力本願だ。出会いの神ロラザオの加護をとか思ってるの?」
「仕方ないじゃ無いですか。騒動の首謀者は結局見つかっていないんですよ」
そう、ヨナスはあの事件の事情聴取では、ただ首を横に振ることしかしなかった。犯人を見たのかの問いにも首を振り、庇っているかと聞かれれば首を振り、誰もがお手上げ状態になった。
一言も喋らないため、同室の僕らが呼ばれて各々質問をしたが、それでも口を固く閉ざし首を横に振るだけだった。
ヨナスを閉じ込めた犯人は結局わからず終いで、役員の間でも憶測が憶測を呼んでいる状態のようでフィン先輩も辟易としていた。特に神経質になっているのは寮長で、彼の前ではヨナスの名前すら禁句となっているようだ。
それから更に1週間を経てどうにか休息日の外出許可が降り、留守番をするというルカを置いてパオルと街へ行くことにした。
「あれきりヨナス喋ってないよね」
「まさかですが、失語症も併発なんてことはないですよね……」
「無い話じゃないよね」
「喋れないのかの問いにも首を横に振ったので、大丈夫と思ったんですが」
「何してんだ、早く準備しろよ」
やはりこの日も礼拝の時に見つけるというのは不可能なことだったようで、目星をつけることは叶わなかった。
犯人が見つからないということは大変に困ったことだが、学校をあげて犯人探しをそれも生徒の疑心暗鬼を煽ってすることではない事案に思えた。学校側の行き過ぎた対応に、この2週間弱、各所から不満の声が漏れていた。
事件が起きたその週の外出日は外出禁止だったが、それだけなら今までも時折あったことだったが、点呼は1時間前倒しに役員に神祇官同伴、消灯も点呼同様の見回りが行われた。更には放課後活動の無い生徒は寮に直帰後、夕飯まで外出が認められず、夕食時にも点呼が行われた。
それが解除されたのは丁度昨日の事で、生徒の限界スレスレの所で終わりを迎えた。
「すみませんパオル、今行きます。ルカ、ヨナスをよろしくお願いします」
あれ以来ヨナスは、自主練と聖歌隊の放課後活動の時間以外は授業にも出ずに自室に籠っている。学校側も役員もそれに対して特に何か言及することはなく、ヨナスの気持ちが落ち着くまではと自由にさせるようだ。
僕としてはヨナスが歌ってさえくれれば、好きにすればいいと見放しているようにも見えた。過保護なのかそうじゃないのか、学校側がヨナスをどう扱いたいのか理解に苦しんだ。
「先週もだが、歌はちゃんと歌ってるよな」
「それが唯一の救いです」
元々おしゃべりな性質では無いため、日常生活にさほど影響がある訳ではなかった。しかし少しずつ意思の疎通が問題なく出来るようになってきていた矢先の出来事だったので、僕は大層落ち込んでいた。
「お前がそんなんでどうするよ」
「わかってはいるんですが、どうっも気持ちが追いつかないんです」
「仕方ねぇっちゃ、仕方ねぇが、本当に腹が立つな」
「誰が何のためにヨナスをあそこに閉じ込めたのか……、ヨナスは犯人を罰したくないのでしょうか」
「騒ぎの中心になるのが嫌なのかもな。つっても学校中の話題の中心だがな」
そうなのだ、2週間弱に及ぶ更に窮屈になった僕らの生活は、犯人探しを筆頭にヨナスのあれこれが生徒間の1番の話題になっていた。
もちろん、例の亡魂騒ぎもその話題の中に入っていた。しかしどれだけ生徒を煽って、犯人を炙り出そうとしても、結局犯人の姿形もわからず終いだった。
何かヨナスが犯人について口を閉ざしていることが原因なのだが、役員も教師もヨナスが歌まで歌わなくなってしまうのではないかと、強く出ることができないのだ。
「現にストレスは相当なもんだろうな。あれからほぼ毎晩屋上で歌ってやがる」
「役員ばかりの寮で本当に良かったです」
「あいつは、本当に歌が好きなんだろうな」
「夜中の屋上じゃなくて、もっと自由に歌える場所を探さないとですね」
「ああ」
大きな道路に面した店々はどこもかしこも見慣れた慣れ親しんだ場所だったが、1本2本と裏路地に進めば本当に同じ街なのかと疑問が生じるほどだった。綺麗な石畳がだんだんに劣悪なものから何も敷かれていない土に変わって行く。
ここだという境界線は確かになかったが、ここは僕の知っている場所ではなかった。流れている空気と言うのか、気配というのか、そういうものが明らかに違う。
「やっぱりお前の格好はちと小綺麗すぎたか」
「すみません」
「いいや、俺も鈍ってた。もうちょっとぶかぶかで、すすけたもんの方がいいな」
「ぶかぶかですか」
「俺たちの世界に子供服なんて上等なもんはねぇんだよ。あったとしてもバカな金持ちから盗んだものだな」
パオルに悪気はないのだろうが、胃がチリリと痛んだ。時間的にすれ違う人もまばらだが、明らかに何かが僕と違った。すれ違う彼らは、僕の姿を見て誰もが何か思うところがあるというような顔をした。パオルがいなければ僕はあの人同じように、身ぐるみを剥がされていたかもしれない。
それから日が傾く前まで歩いたがそれらしい店は見つからなかった。もう少し粘ろうとしたがパオルに止められた。
「これ以上はだめだ」
「どうして、門限まではまだ時間があります」
「それでもだめだ。うまく言ってやれねぇが、だめなものはだめだ」
「……、わかりました」
裏路地というものは確かに他よりも早く夜を迎えるのかもしれない。
諦めて帰る途中、ショウウィンドウに並べられた小物が目に留まった。
真っ赤な花の髪飾りで、僕自身にもよくわからなかったが見た瞬間ヨナスに似合うと思ってしまった。柔らかなヨナスの金糸によく映えそうな赤で、ふっくらとした花弁はしっとりとしている。
僕はパオルを待たせて急いで買った。
持ち合わせギリギリの額は少々痛手だったが、もし夜の店で歌えることになったのならプレゼントしようと心に決めた。
「何だ?」
「目標です」
「目標?」
「ヨナスに似合うと思いませんか?いいえ、艶やかに歌うヨナスにはきっと似合います」
「お前は、いいやつだな」
「突然何ですか」
「俺は他人がくれるものなんて”施し”しか知らない。でも俺にもわかる、それは”施し”じゃないってことがな」
「そうやって言われると、何だかむず痒いです」
小さな箱に入れられたそれは、華美な装飾は無くしっとりとしたヨナスの髪の色のような包装紙で包まれていた。細かい模様が描かれていてざらりとした質感がある。高級そうなその姿はより一層、彼に自由を知って欲しくなった。
結局門限時間ギリギリで、閉門担当の神祇官に軽く小言を言われた。
部屋に戻るとルカは、どうだったと声だけ期待を膨らませて僕らに尋ねてきたが、成果というものは何もないと報告すると即座に落胆した。
「結局収穫なしなの?それでベンヤミンはお買い物?何しに外出たのかわからないね」
「それ、ヨナスへの贈り物だってよ」
「そうなの?早く言ってよ。中身何?」
「だめですよ。ヨナスが一番最初に開けるんです」
「わからないように元に戻せばいいじゃないか。僕そういうの得意だよ」
「それでもだめです」
僕は必死に手を伸ばすが、見たくて仕方のないルカも必死だ。パオルは呆れた様子でこちらを見ている。どれだけ攻防を続けただろう、パオルがルカの手の届かない頭上へ高々と持ち上げてくれていた。ルカはぴょんぴょんと跳ねて、パオルの手から箱を奪おうと必死だ。
「いいじゃん、けちんぼ。パオルは中身知ってるんだろ?ずるい」
「付いて来ないお前が悪い」
「僕みたいな綺麗な少年があんな裏路地に行って無事に帰ってこれると思うの?拐われて売られるのが関の山だよ」
「んなことあるか。どんだけ想像力豊かなんだよ」
「いやあパオルみたいなのはそりゃ無いだろうけど、僕をよく見てごらんよ綺麗とか美しい以外で表現できないでしょ?」
ルカはパオルから少し離れるとくるりと一周回った。
「ああ?何言ってんだ。どこをどう見ても、ふっつーのガキだよ」
「僕は綺麗だと思いますよ。それこそビスクドールみたいに」
「ビスクドール?ああ、人形ってことか」
「そうです。よくショウウィンドウに並んでますよね。さっきの店にもありましたよ」
「あれか、あれ気味悪りぃよな」
「わからないでは無いですけど」
「遠回しに僕の顔が気味悪いって言ってるの?」
「俺はそうだな」
「僕は、えっと、どうでしょう」
「あーあ、この部屋の朴念仁たちは、この美しさをどうしてわからないかな」
何が気味悪いのかといえば、彼はこの一連の流れ全てビスクドールのような無表情で声色だけで感情を表しているからだ。発音と瞬き以外の動作は全く無く、顔の表情筋というものは使われていない。気味悪いというよりは全く奇妙なのだ。
「ルカのそれ、どうなってるの?」
「何が?」
「ほら声は怒っているのに、顔は無表情のままだ」
「え?」
「わざとじゃねぇのか?」
「何のこと?」
彼は自分の顔が表情というものを作っていないことを知らないのかもしれないと気づき、しまったと思った。
「鏡でも見てきた方がいいんじゃねぇか?」
「自分の顔なんか毎日見てるよ」
彼が見ている彼の顔と、僕らの見ている彼の顔は違うのだろうか。
あまり深く考えさせてはいけないとどこかで警鐘が鳴るが、知ってしまったルカから目を逸らしてはいけないと誰かが耳元で囁く。しかし僕の手はまだ小さい。多くの事象を抱えることはままならない。
一先ずヨナスの件を優先事項としようと決め、贈り物を大切に引き出しに仕舞った。パオルとルカの言い合いは、流れが変わり僕はホッとした。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926