どこから来てどこへ還るのか
相当心配をかけたようで、一人歩きは禁止されてしまった。監視の目は厳しく、トイレへ行くにも声をかけなければ心配された。
「心配しすぎです」
「どの口が言うんだ」
彼らはネソワの時が来ても僕が帰ってこなかったため、灯を持って僕を探して回ってくれていた。どれだけ心配をかけたか彼らはこんこんと僕に話、迷惑をかけたと申し訳なくなった。
外出した時間は確かカウラの盛りだったはずで、それから道に迷いはしたがそんなに時が経っているとは思わなかった。ルカの声を聞くまでは辺りは明るく、ネソワが訪れてもいなかったはずだ。やはり眠ってしまっていたのだろうかと考えたが、目を覚ました特有の気だるさはなかったように思う。
彼らがどう話し合ったかわからなかったが僕は普通の状態ではないと判断された。確かに自分でもそう思うので、否定はできなかった。僕は思い出したことを彼らに話した。心配をかけた手前、その最たる原因を黙っていることが憚れたからだ。
「ベンヤミン、ここの住所をご両親に伝えていた?」
「はい。未成年ですし、保護者に所在地は伝えて置かなければいけないと思って、一応伝えてあります。ここへ来て一週間目でしょうか、体調が良くなった旨も伝えたかったので」
「手紙が来ているよ」
「手紙ですか?」
フィン先輩に渡されたそれは、手紙というよりは大きくそして何より驚くほど分厚く重かった。恐る恐る中を開けてみると、数枚の手紙ときれいな装丁のそれも随分と読み込まれたといった風体の本が入っていた。
開いてみるとそれは日記で、日付からするに僕が生まれた頃の日記だった。父の字で書かれていて、飛び飛びの日付を確認するだけでそれを読んでいいのか迷ってしまった。
手紙には僕の体調が良くなった事を喜ぶ文面と、この日記について書かれていた。送るべきか悩んで、もしかすると思い出したのかもしれないという予感がありこれをしたためたとある。
『ずっと口に出して伝えなければいけないと思っていたことを、こうして文字にしたためることを許してほしい。
日記は君が生まれる前から、君が3歳になるまでの私の日記だ、この手紙と日記を読んでどうしても私達を信じられないなら、私達は君を諦めることを決めた。
君の幸せに私達の存在は、苦しく辛いものである事を重々し承知している。
できればこの手紙と日記を読んで、君がどれだけ私達に愛され私達がどれだけ君を必要としているか感じてくれると嬉しい。
君を心から愛し大切に思っているよ。だからその心を大切にして君が後悔しない選択をしてほしい』
「というわけです」
「なにそれ話していいの?」
「もうなりふり構うのやめました」
「捨て身だな」
「これ以上ご迷惑をかけるより、まだマシだと判断しました。それに僕ばかりが皆さんの家庭事情をつぶさに知っているのに、ご迷惑をかけている上に情報を共有していないのはどうかと思ったんです。最後にですが、一人で見る勇気がありませんでした」
「本音はそれね」
「じゃあ、まずフィンに読んでもらうのが良いかもね」
「僕が読むの?荷が重いんだけど」
「適任といえば適任よね。あたしたちが読んだら当てられる可能性もあるもの」
「それはわかるけど、やっぱりみんなで一緒にとか、本人より先に読むのはちょっと…」
「意気地が無いわね、可愛い後輩のためじゃない、このままいくと、あなたの後任なんて務まらないわよ」
ヨナスの脅しに、渋々と言った様子で僕から父の日記を受け取った。
「本当にいいの?ベンヤミン」
「僕には開く勇気もありません」
「じゃあいいね。ぱらっと、ぱらっとだけ読むよ」
フィン先輩はパラパラと目を左右に動かしながら、それでも丁寧に1ページずつ読んでいた。その時間は僕にとってとても長い時間に思えた。
しかし、あまり時間は経っておらず、パオルがヨナスの教科書の見開きを読み終わる時間ほどで、フィン先輩は父の日記を閉じた。
大きく息を吸って、大きく息を吐く。
フィン先輩は努めて表情を変えないようにしていたのか、その表情からはどんなことが書かれていたかちっともわからなかった。
「悪い事は書かれていないね、ただ事実をありのままに率直に書かれている。きっとこれは君が読むことを想定して書かれていると思うよ。先日君が思い出したのはきっと、この日記の最後の部分の話だ」
フィン先輩はそのページを開いて僕に渡してくれる。そこにはその日、何があったかが書かれていた。
『生まれてから初めてシャフェンティと会うのをとても楽しみにしていた。
3年ぶりの我が家はどこか物々しい。
妻の姿もシャフェンティの姿もどこにもなく、使用人総出で捜索する。
川で妻とシャフェンティを発見した使用人に連れられて現場へ行く。
妻の名前を呼ぶと我に返ったようで、シャフェンティを抱きしめて私から隠した。
肌の色も髪の色も思った通りだった。
わずかな期待を砕かれたが、それでもシャフェンティは私と妻の子だ。
知らぬ内に追い詰めたことを後悔した。
エルセローデは私の妻で、シャフェンティは私の子だ』
僕のシャフェンティという名前は、落竜前の言葉で「手のひらの上の宝」という意味だったことを思い出した。手のひらの上に乗る以上の宝を望むことは自ら不幸を招くといった意味の言葉だ。
それ以降のページは空白だった。その前のページは父の苦悩と、遠い異国の地で母と僕と二人の兄を案ずる言葉ばかり書かれていた。
「僕が生まれてから一度も帰った事のなかった父の帰国に、母は戦々恐々としたんでしょうね。川で心中しようとしたところ、間一髪見つかった。これを愛と呼んでいいのでしょうか」
「読んだ感じ、まだ見た事のない子供に対しての愛は、この時点では薄いと思うな。お母上に対しての並々ならぬ愛情だろうね。そしてその人が生んだ子なら自分の子だと」
「僕もそれに一票」
「俺も」
「あたしもそう思うわ」
「そうですよね」
「でもその手紙は間違いなく父親から息子への愛情だよ」
フィン先輩はテーブルにおいた父からの手紙を指差した。
「うわべだけだとしてもあるだけマシですよ」
「そうね、マシだわ」
「言っておくが、親に殺されそうになるなんてお前だけじゃねぇからな」
「君たち、自分の価値観で水を差さないこと。家それぞれに背景があるんだから」
どうしてか、僕の1番の感想はどうして殺しておいてくれなかったんだ、というものだった。この後に続く苦しみなんか僕は知りたくなかったし、見ずに聞かずに済むならそうでありたかった。まるでルカのようだと自嘲した。
「それに、誰かと比べるのは少し違うよ。僕らは自分以外誰にもなれないのだから」
「どういう意味?」
「派閥はあるにはあるけど、肉体と精魂があるのは習ったよね。精魂は精神と魂に分けることができるって派閥があるのは、ヨナスは習ったはずだけど、覚えてる?」
「ワイディーの円環理論だったかしら」
「そう。マハネ神はエンゾザに虚無への道を見せるために、魂と精神を分けて魂をエンゾザから隠し円環に保護したってやつね。賛否両論で、供物となった眷属がいるから均衡を保てていると言った派閥もあるけど、肉体と精神と魂の方が話がわかりやすいから、これでいくね。それで、例えば僕の魂がルカとして生まれるとすると、そこに宿る精神は今のルカと同じになるのか、はてまた僕になるのかっていう話に戻るんだけど、わかる?」
「ますますわからん」
パオルはヨナスの教科書の該当部分を読みながら、首を捻った。
「パオルがベンヤミンの家でベンヤミンとして生まれたら、今のベンヤミンとは違うベンヤミンになってるって思わない?」
「なんとなく分かります」
「僕らは結局どう転んでも、どこで生まれたとしても僕らにしかなり得ないと僕は思っているよ。だから与えられた環境は天命だと思うんだ」
そこまで言うと、フィン先輩は席を立った。
「天命ね」
パオルの方からかちゃかちゃと音がする。左手をポケットに入れて、レザメットを触っているのだろう。
「じゃあ僕らはどうしようもない天命を背負っているって事?もっと大人になるのが面倒になってきた」
「あら、最初が辛かった分残りの人生は幸せ満点かもしれないわよ。この世は均衡を取ることで回っているのだから」
「本当に?」
「悲観せずに前向きに生きてればね。あたしたちベンヤミンがまっすぐな道を示してくれたからこうしていられるでしょ?」
「当の本人、若干後ろ向きになってるけど」
「まっすぐ向くって案外難しいぜ。これがまっすぐなのか常に不安だしよ。でもそのまっすぐをこれでいいんだって背中を後押ししてくれるのが信仰だとオレは思う。いくら泣いて叫んで救いを求めても誰も助けちゃくれなかった。俺を学校へやった神祇官だって、俺の叫びを聞いて手を差し伸べたんじゃないんだよ。それこそ本当に天命というか、巡り合わせだった。でも、それでも俺は感謝してるんだ。だからさ、そんなもんで、いいんじゃねぇか」
「僕が信じたいものを信じればいいって事ですか?」
「そうだ、自分に都合が良いように信じて良いと思うぞ。じゃねぇとあまりにも悲しくねぇか?」
「僕が思い出すまで見てきていた父と母を信じて良いんですか?」
「信じるしかねぇだろう」
「愛って難しいわね。あたしたち真っ当な愛を知らないのね」
「そうだな」
「だよね」
「一番欲しかった人たちから、貰えてないものね」
「でもベンヤミンが僕らにくれたのは愛情?」
「どうでしょう、考えたことがありませんでした」
「嬉しくて幸福な気持ちになったのは、そこに愛があったのだと思う」
「愛ってそんな誰にも振りまけるものなんですか?」
「難しく考える必要ないんじゃないの?心がそれを愛と囁けば、それはきっと愛なのよ。流行歌だってバカにできないわよ。って、あら、そろそろ時間だから行かなくちゃ」
ヨナスはパタパタと自室に戻り荷物を準備して、送り迎えをするフィン先輩とともに出かけて行った。
フィン先輩の仕事は多岐にわたるもので、食事の用意から洗濯掃除、僕らの勉強を見て、さらにはヨナスの送り迎えもする。もちろん僕らも手伝えるところは手伝っていた。特に料理は得意と言うだけあって、野菜の効率の良い剥き方や調味料の節約術など、とても勉強になった。
フィン先輩はそれに加えて、週に2日調停者の所へ手伝いにも行ってる。稼げるだけ稼がないと、と言うフィン先輩はまっすぐ前を向いてやる気に満ち溢れている。自分の勉強もあるはずなのに、僕らのことばかり優先するフィン先輩には頭が上がらない思いだった。
「フィンは生き生きしてるね。やりたいことって大事なんだね。ベンヤミンはやりたいことないの?」
「僕ですか?上位の神祇官になると言う目標以外には特にないですね」
「どうして上位になりたいか聞いて良い?」
「上位になって尊敬を集めることができれば、もう自分を恥じなくていいと考えてたんです」
「ちょっと待て、どう言うことだ?」
「そのままですよ。僕たらしめるこの色を僕は恥だと考えています。この僕の色を良くないと思う人が多いんです。ですが、僕が僕の力だけで登って行き、上位のトルテルプになることができれば、誰も僕のこの色を揶揄することがなくなると思うんです。神々が認めた神祇官の1人として埋没できる気がするんです」
パオルとルカは不思議そうな顔をしている。僕はそんなにおかしなことを言っただろうか。
「じゃあ、ベンヤミンは神祇官じゃなくても尊敬を集められるならなんでも良かったってこと?」
「家の仕事じゃいけなかったのか?」
「そうですね、家は兄二人が継ぎますし、そもそもこんな色では主軸となるには外聞が悪いですしね。僕は母の不義の子で、僕の本当の父親は僕と同じ色をしているんです。こんな僕が尊敬を集めることんできる職業は少ないんですよ。だから僕は神祇官として生きるのが一番良いんです」
「理にかなってるけど、ベンヤミンはそれで良いの?」
「確かに今ならこれ以外の道を見つけることはできるかもしれませんが、聖力も高い方ですし、今の所僕自身が考えて最良だと思っています。ルカやパオル、ヨナスに出会って僕が誰かの役に立てることを誇りに思えました。僕は今、自分の過去よりも、ルカが他人を思いやれること、パオルが信仰を大事にしてくれるのがとても嬉しいんです」
「変なの」
ルカはくつくつと笑った。パオルはふっと笑ってまたヨナスの教科書を読み始めた。
あれから僕は手紙と父の日記を何度も読んだ。それは擦り切れるほどに。もしかすると部分的に暗唱できるかもしれない。
しかし返事を書こうと目の前に広げたレターセットは真っ白のままで、ちっとも何を書けばいいのかわからなかった。感謝の気持ちと疑問が交互に浮かび、両親を、母を責める気持ちが一文字すら書くことを憚らせていた。
すっかり不安定な気持ちからは解消されていたが、その代わりずっと気持ちは落ち込んでいた。
「雨が降ってるからじゃない?僕は雨が降ってると憂鬱になるよ」
「今まで雨が降って憂鬱というのは、体験したことなかったです」
「あたしは好きよ。男と女の機微も雨によく例えられるわ」
「雨はな。あんまり好きじゃねぇな、髪が余計にうねる」
「通りで今日はいつも以上にクルンクルンだ」
ここ数日降ったり止んだりの雨模様はすっかり黒雲を纏って、本格的に嵐になっていた。どうやらソナラ神の機嫌が悪いらしい。
先日、急に思い立って始めたルカの菜園も、初日以来すっかり水浸しだ。
手紙が届いた次の日に突然、野菜を作ろうと思うと宣言したルカはその日の内に町の書店を巡り、専門書を買い漁り、その場である程度の見当をつけて、農機具などを買って帰ってきた。苗の前に土壌づくりからだと息巻いて、暑い昼中から土を掘り返していた。元荒れ放題だった庭は、フィン先輩の努力によってどうにか歩き涼める場所になっていたため、菜園作りは土を耕すところからはじまった。
「家の中はまあまあだったけど、庭だけ見たらほぼ廃屋だったよ。木は倒れていたり、草は伸び放題で足の踏み場なんて無かったし、野鳥の死骸なんてものもあったよ」
「それはお疲れ様です」
「でも残念だね。せっかくルカ、張り切ってたのに」
「張り切ったからじゃねぇか?」
「うるさい。バカパオル」
もしかするとルカは何かをやりたいと焦った結果が、菜園なのかもしれない。一応、邸の周りはレンガで囲ってあったが、見える範囲はルカの土地のようだった。
フィン先輩とルカはこの片田舎の避暑地にも微妙な場所で、少々の土地を持ってても二束三文も良いところだと言っていた。そういう事に関して僕は一切興味を持ったことがなかったので、この土地や家の価値がどれほどのものなのか皆目検討もつかなかった。
ルカはレンガで囲ってある敷地内から少し離れた拓けた川に近い場所を選んで耕していた。耕す事に飽きたらその周りをレンガで囲うと言っていたので、きっと将来的に彼の秘密の庭になるのだろう。
「あたしは虫とか絶対にダメだから近寄らないわよ」
「街にいるような虫はある程度平気だが、俺も得意な方じゃねぇな」
「僕は割と平気ですよ。なんせ年若い使用人に虫責めにされたりしていましたから。虫を集めたバケツを頭から被ったり、靴の中に幼虫を忍ばされていたりなんて、よくありましたね。食事に混入なんてのもしょっちゅうでしたし、生活環境上、平気にならざるを得ないというか…」
「そこまで!ベンヤミンそこまで!!」
見渡すと、4人が4人顔色を悪くしてうつむいていた。
「ああ、すみません、つい…」
「フィ、フィンは?虫は平気?」
「先日からのこの屋敷の掃除で平気になったよ」
フィン先輩は満面の笑顔でそう言った。
「立地を考えるとそうだろうね。虫の温床だったんだろうね」
「そう、もう汚いとかそういう以前に虫がね…すごかったよ。蜘蛛の子を散らすって初めて見たけど、ある意味あれは一度見ておいたらいいよと勧めたいね」
「想像したくないわ。もうみんな口を開かないで!」
爽やかな笑顔を崩さずに言うフィン先輩に、それがどれだけひどい惨状だったのか見て取れた。勧めたいねと言いながら、多分フィン先輩は見てしまったことを後悔しているのだろう。
「生まれて初めて見る虫とか、なんかよくわからない死んだ虫の塊とか、一瞬だけお金よりも精神衛生の心配をしちゃったよ」
「もう、フィン、黙って!!」
ヨナスは耳を塞いで歌い出した。パオルまでもが表情を曇らせて、かわいそうなものを見るような目でフィン先輩を見た。
肩をすくめたフィン先輩は、もう喋らないよと手を振るとヨナスはようやっと歌うのをやめて耳から手を外した。
「あたし達がカウラ祭で楽しんでいる頃、フィンは一人ここで頑張ってたのね」
「あれが、楽しかったのか?」
「あたしは楽しかったわよ。いっぱい歌えたし」
「僕も楽しかったよ。忙しかったけどね」
「僕はもうこりごりですね。学外行事だと言うのにあれだけ大変だとは思いませんでした」
「学外行事って言っても、生徒の管理はこっちでやらないといけないからね。物品の管理もユマカ祭の比じゃなく大変だったでしょう」
「大変てもんじゃなかったよ!全部のチェックに演劇部と役員と手伝いの生徒の三重チェック、それも移動する度にするんだから!」
「あたし達の方はそれを考えたら身軽よね」
「僕は毎年上手に聖歌隊があるからって逃げていたからね。聞いていただけだけど今年も多分に漏れず大変だったみたいだね」
「補講組はじっとりと、聖歌隊と演劇部が楽しそうだって見てる連中が多かったが、聞いてると補講の方が全然マシだな」
「そりゃそうだよ。1日3公演それも会場が全部違うんだよ。地獄ってこんな感じかなって思った」
「同感です。今まで手伝いに入ってはいましたが、役員として携わることがこんなに大変とは思いもしませんでした」
「役員は書類ごとが多いからね」
「これから先6年生が終わるまで、申請許可報告書の三重苦に悩まされるんですね」
「まあ慣れだよね」
外はカウラの時でも暗く、ザアザアと激しく雨が降り、時々稲光が辺りを明るく照らした。大きなゴロゴロと言う音が地を這うように響く。光から音まで随分と時間が空いているように思えたが、それだけ大きな雷なのだろう。風はあまり強くないようで、雨は地面に真っ直ぐに打ち付けられている。
ルカは雨漏りを心配したフィン先輩について行った。フィン先輩は雨漏りをしたような跡はなかったと言っていたが、ここまでの大雨は珍しいからと、点検すると言った。
「ルカは随分フィンに懐いたわね、寂しい?」
「僕がですか?いい事だと思いますよ。きっとフィン先輩とルカの縁は切れないでしょうし」
「あら、あなたとルカは簡単に切れるみたいな言い方ね」
「どうなるかはわかりませんが、勤務地によると思います」
「側にいるだけが縁だとは思わないけど」
「最終的に僕と言う存在がいらなくなればと、思ってはいます」
「あら、寂しいこと言うのね」
「そうでしょうか。僕みたいな立場の存在は過ぎ去るものだと思っているんです」
「記憶の奥に留まって、そういえばあの時自分はこう助けられたとそれこそ縁にするんです。十分素敵だと思いませんか?」
「ロマンチストだとは思うけど、あまり聞いて気持ちがいいものじゃないわね」
「それくらいでいいんですよ。10年後、20年後に再開した時今という時を笑い合う関係でいられればいいんです」
「それは賛成だけど、10年、20年までの間はすっかり疎遠なのね」
「ルカが神祇官になれば縁は続くでしょうけど、ルカのことですから寄付金を積んで神祇官にならないという手を取りそうで…」
「容易く想像できるわ」
「でしょ?」
「なになに、ベンヤミン、ヨナスをいじめてるの?」
「あなたの話をしていたのよ」
「やだなぁ、人がいない隙に何話してたの?」
「ルカは神祇官になるのかしらってこと」
「なるよ」
あっけらかんと神祇官になると言ったルカに僕らは驚いた。ルカの後ろにいたフィン先輩も驚いている。
「そうなの?」
「そうなんですか?」
「君ら僕をなんだと思ってるのさ。7年生になれば自動的にクォルだけど神祇官じゃん。結構聖力高い方だし、離れ離れになるのやだし」
それから寝るまで僕らは将来について色々とお喋りをした。
次の日も雨はまだ降り続いていて、随分と外も暗かった。近くの川が洪水でも起こしはしないかと危ぶむくらい雨が降り続いている。川からは随分と高台にあるが、氾濫すれば浸水するのではないかと窓から外を見ながら心配した。
「数年前に氾濫したらしいけどこの邸は浸水しなかったから大丈夫だよ」
「それなら安心ですが」
「流石にご両親も、度々氾濫して浸水するような所にルカをやらないだろうしね」
「フィン先輩は、随分とルカの両親がルカを思っているように話しますよね」
「そう?気にしたことなかった」
「僕はあまり良い印象がないので、どうもそういう目では見れなくて」
「視点を変えればまた別のものが見えてくるものだよ」
「視点ですか」
「そう、今はルカの目線でしかご両親を見れないかもしれないけど、きっと何かきっかけばあればご両親から見たルカも見えるかもしれないね」
「でも愛さない謂れはないですよね」
「愛って思っている以上に種類があるもんだよ」
「あれが愛の1つだというんですか?」
「きっとベンヤミンにもわかるよ。君のご両親のこともね」
そう言うとフィン先輩は朝支度に戻って行った。慣れた手つきで火を起こす。しばらく分の食料は買いだめしてあったが、そろそろ止んでくれないとパンだけの食事に突入してしまいそうになっていた。
「すっかり洗濯物も溜まっているね。明日には晴れてくれないと着替えも尽きるんじゃないかな?」
「家中に干します?」
「これだけの湿気、乾きはしないよ」
「雨止みませんね」
パンの焼けるいい匂いが立ち込めると、ぞろぞろと匂いにつられてパオルとヨナスが起きてくる。ルカだけはこの匂いにつられないので、パオルとヨナスが洗面所を使い終わるのを見計らって起こしに行く。
朝が苦手ではないようだが、ここへ来て夜更かし癖がついているようだった。
「早く寝ないからですよ」
「寝る前に本を読んでしまうんだ」
理由は知っている、独り寝ができないのだ。しかしルカは頑なに僕らと一緒に寝ようとはしなかった。顔色が良くないので、もしかしたら雨音で余計に寝付けなかったのかもしれない。
雨はまだまだ止みそうになく、薄暗い室内はどんよりとしている。元気な稲光はしつこいくらい、どこからか地面を響かせた。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




