安寧とはほど遠く
テンプレ
どうやら寝ては少しだけ起きるを繰り返したらしく、意識がはっきりした時には3日が過ぎていた。その間、彼らは各々のいつも通りの生活をしていたらしい。
隣家が見える距離にない為、ヨナスは朝から晩まで自由に歌っていた。
パオルは午前中は勉強して午後からは装飾品作りに没頭して、また夜に勉強するという学校とあまり変わらない生活をしていた。
ルカはそんな二人の様子を眺めたり本を読んだり、時折パオルに混ざって勉強していた。どこから運ばれたのか、勉強道具一式揃っていて、ルカは複雑な気持ちになったらしい。
フィン先輩は給金に恥じない仕事をしなくてはと、張り切っているそうだ。午前に洗濯や買い出しを済ませた後はパオルと一緒に勉強し、午後からは掃除や庭の手入れに勤しんでいた。と聞かされた。
すっかり全快した僕は、目が覚めてから久しぶりに空腹を感じて感動した。何かがっつりとお腹いっぱい食べたいほど空腹だったが、フィン先輩たちに止められて悲しくも器半分ほどのミルク粥をすすった。
「正直自分がどうしてあんなになってたか、今となってはよくわからないんです」
「そういうもんなの?」
「あの家に染み付いた嫌な思い出に、取り憑かれでもしてたんでしょうか」
僕はかいつまんで、僕がどういう環境で過ごして来て、どういう思いに駆られたか話した。4人は苦虫を噛み潰したような顔を時々したが、どうしてか僕はつらつらと感情を込めることなく話すことができた。
スッキリしたもので、思い出したからといって頭痛も不快感もなかった。
「じゃあ家に帰らなかったら良いんだね」
「多分」
「別にね。家なんてなくても生きてけるよねー」
「まあな」
「そうね」
パオルは物理的に無くなり、ヨナスは細い糸で繋がってはいるが、僕と一緒で精神衛生上帰るのは好ましくないし、ルカに至っては存在しているが無いに等しい。まだ恵まれている自分が、ただのわがままに思えてくる。両親健在、愛されていて、家もある。
「難しく考えちゃダメだよ」
「そう見えますか」
「他人と比べても仕方ないじゃないか。どうせ彼らに比べたら自分はまだ不幸じゃ無いなんて思っているんだろ?」
「あら失礼ね。勝手に不幸にしないでくれる?」
「そーだよ。僕はベンヤミンのおかげで今幸せなのに」
「そーだぞー」
「何パオルやる気ない」
「今のこいつに言ったって何も響きゃしねぇよ」
「どういうこと?」
「お前らは学校に帰って来た日のベンヤミンを知らねぇから、んな気楽に言えるんだよ。見て見ぬ振りしてぇみたいだが、腕とか背中の包帯はただの引っかき傷じゃねぇよ。自分の皮膚ひん剥こうってした痕だ」
全員が絶句する。
正直僕の記憶はあやふやだった。そうだったような気がするという漠然とした記憶はあっても、今の僕はどんな気持ちでそうするに至ったかいまいち実感に欠けた。
「その節はご迷惑を」
「良いって、オレはお前を寝かしつけただけだ。ただな、ここにヨナスがいれば一発だったろうなとは何度も思った」
「あらやだ。その厚い信頼、嬉しいわ」
「列車の中で普通に寝てたのは驚いた」
「正直に言うと、この肌の色は僕の唯一の汚点です。この色じゃなければと平時でも1日に100回は考えますし、誰かの肌と入れ替えができるなら懇願します」
「素敵な色よっていう問題じゃないのね」
「はい。もっともっと深いところに根っこがあって、これは母の汚点であり父の汚点であり、家族の汚点なんです」
「でもお前の汚点じゃねぇよな」
「この色で生まれてきてしまったのは僕の汚点です、母も父も兄たちも苦しめた」
頭のどこかで警鐘が鳴った。これ以上口に出してはいけない、押し込めた黒い暗いものが出てくるかもしれない。
「誰しも間違えを起こすわ。エギザムだって、ロロナワーネだって何度も過ちを犯して後悔してるじゃない。それに原初の神々だってエンゾザという原罪を孕んでるわ」
「対価を払っているじゃないですか」
「赦されたから、こうして信仰の対象となっているのよ」
「誰がこんな僕を許すんですか?」
まるで悲鳴のような声が僕から漏れる。
「ベンヤミンは一体、誰の赦しが欲しいの?」
「誰の?」
「誰でもないんじゃない?だってベンヤミンは母親も父親もお兄さんも恨んじゃいないじゃないか。君をいじめた使用人も、苦しいだけで恨んじゃいないんだろ?じゃあ誰の赦しが欲しいの?誰に赦しを乞いたいの?」
「わかりません。ただ漠然と誰かに…許されたいと。いえ、…誰かに裁かれたいと思っていました」
フィン先輩は手を二回叩いた。
「とりあえず今はこれで終ね。ここにいる間にゆっくりと解決すれば良いんだから、急がなくて良いんだよ。毎日少しずつ考えよう」
そう言って、フィン先輩は食器を下げて彼の本来の仕事へと戻った。
「毎日少しずつか、そっちの方が辛そうだけど」
「どうなんでしょう、でも今の僕は何も応えてないんです」
「どういうことだ?」
「ここへ来るまで思い出したくもなかった辛いことを、今思い出してもあまり辛くないんです。説明しづらいですね」
「良い傾向なのかしら?」
「専門家じゃないからわからないよ。僕らも専門家に受診する立場だろうし」
「おかしいですね、すみません、本当にこんなになるなんて思っていなかったんです。入学するまでそれが日常でしたし。こんな僕が誰かの心に寄り添うなんて今考えるとおこがましかったですね」
「そんなことないわよって言いたいところだけど、今のベンヤミンだとそうなるわね」
「変わりました?」
「少しね、もっと前向きだったわ」
そうかもしれない。
そうだった。
フィン先輩に言われたんだった。前を向いてまっすぐ歩いていれば良いって。でもまっすぐってなんなんだろう、立ち止まったことはあれど、今までそれを疑問にすら思ったことがなかった。
「この話は終わりだ。今日は川に行くんだろ?」
「そうだった。裏の林を抜けたところに川があるんだよ。魚もいるんだ」
「川ですか。良いですね」
「あたしは横で見てるわよ。歌って良いなら楽譜を持って行くわ」
「川遊びすんのか?釣りすんのか?」
「釣りじゃないの?」
「釣りは初めてですよ」
「僕もはじめてだったよ。だから大丈夫」
「釣りに決まった?」
「フィンに教えてもらったんだよ」
「もしかしなくても、釣りをしたことあるの僕だけなの?」
僕たちは最初にフィン先輩から釣りに関して講習を受けて、用意された釣竿を持って川へ向かった。小川を想像していた僕はその川の大きさに驚いた。川遊びをすると言うより本格的に泳ぐと言う方が似合うような川だった。そもそも川とは泳げる場所なのだろうか。
「落ちたら溺れちゃいそうな川ね」
「落ちても助けられないから気をつけてね」
僕たちは無言で釣りを楽しんだ。
最初はポツポツと話をしたが、それもいつしか止んだ。何かを考えるには丁度良かった。一人で悶々と考えるのは避けたかったので、もしかしたら僕のことを考えての釣りの提案だったのかもしれない。
ヨナスは僕らと少し離れたところで楽譜とにらめっこしている。川の音でその声はあまり聞こえない。そもそも聞こえるようには歌っていないのかもしれない。
「今日は釣れない日かもしれない」
「俺は2匹釣れたぞ」
「僕も2匹釣れたよ」
「僕はまだ一匹も釣れていません」
魚も気がそぞろな僕の心がわかるのかもしれない。
ぼんやりと2週間前家に帰ったところから思い返した。あれだけ怖いと思った庭師の小屋も、閉じ込められた日を思い返してもピンともこなかった。ただそういうことがあったと、まるでいつかの夕飯の内容を思い出すようになんの感情も動かない。やはりきっと場所というものが問題なのかもしれない。
ふと竿を持つ自分の手が気になった。確かにこの腕が父や母、兄たちのように白ければと何度思ったかわからないし、今も変わらずに思っているが、皮膚を剥いでしまおうなんて思ったことはなかったはずだ。腕に巻かれた包帯は自分が見ても痛々しい。
じっとそれを見ていると竿が揺れた。慌てて竿を引くと、足の大きさくらいの魚がブルブルと針にかかって暴れていた。岸にあげるとどんどん魚は土がついて汚れて行った。
「ベンヤミン?」
駆け寄ってきたフィン先輩はその魚から針を外し、バケツに魚を入れた。
「どうしたの?大丈夫かい?」
「思ったより跳ねたので、びっくりしたんです」
びっくりしたのはそこではなかったが、僕はとっさに嘘をついてしまった。どうしてそんな嘘をついたのか自分でもわからなかった。
「ベンヤミンも釣ったの?」
「結構大きいよ」
「本当に?負けてられない」
「力むと余計に釣れないんだけどね」
そう言ってフィン先輩は自分の持ち場に戻っていった。
その後何があったっけと、記憶を辿る続きをした。できるだけ使用人と顔を合わせないように、ほとんど時間を部屋で過ごしたんだった。
人の耳というのは自分の噂には敏感で、どれだけ身を隠して耳を塞いでも聞こえてくるものは聞こえてきた。今その嘲笑のあれこれを思い出したところで胸が痛むこともなかった。僕の容姿に関して至極当然の評価としか思えない。髪は黒いし瞳も黒い、肌もひどく垢の溜まったような色だし、鏡を何度見たところでそれが覆ることはまずない。今も水面にチラチラ映る僕はその評価そのものだ。
兄の婚約者が連れた使用人もそうだ、彼らは正当に僕の容姿を評価しただけだ。身内補正がかかるから、僕と近しい人たちは僕に対して他の人と同じように扱えるのだ。
「釣れた。見て!釣れたよ!!」
僕らはネソワの時が来る前までそうやって過ごして、釣った魚はフィン先輩が美味しく調理してくれた。
ここへ来て僕らはよく遊び、よく学んだと思う。
3日に1度、近くの街へ出て食材などの買い出しに行った。僕らの学校のある街よりも随分と小さい街だったが、港に近いこともあって係留の街として賑わっていた。
ヨナスはここにいる間だけと、街の酒場で歌の仕事をすることになった。酒場の店主はヨナスの歌声に感激し、二つ返事で彼を雇い入れた。本人は暇つぶしと言っていたが、ここでの生活費全てをルカに出させるのは違うと思ったのだろう。
僕もパオルも幾らかのお金を包んでルカに渡してあった。もちろんパオルは自分で稼いだお金だが、僕は父が持たせてくれたものだ。ルカは固辞したが、最終的に僕らは後見人に渡すという形を取ったため、ある意味恨まれながら折れた。
「全部使わずに死ぬなんて勿体無いじゃ無いか」
「もしかすると100歳まで生きるかもしれないじゃ無いですか」
「あと86年も?反吐が出る」
ルカの歪めた顔は、美しい少年とは程遠い形相で僕らは笑わずにはいられなかった。すっかり表情筋が活発になったルカは僕らに様々な表情を見せてくれた。
「最初は驚いたよね。怒ったり笑ったりするもんだから。彼も驚いていたよ。こんな良い顔ができる子供をどうして愛せなかったんだろうって」
「そうよねぇ。前々から綺麗な子だったけど、余計に際立って来たわよね。無邪気にパオルの邪魔しているあの顔、いたずら好きの天使のようじゃ無いの」
「僕としてはヨナスも十分天使のようですけどね」
「あらやだ。褒めたって何も出ないわよ」
「褒めていませんよ。ルカがいつもヨナスを天使だと言うんです。僕もそう思いますけど」
「あの子はね、そうね。あたしの歌を心の拠り所の1つにしてるのよ。勿論ベンヤミンやフィン、パオルも拠り所の1つだけど、割合がね、大きいのよ。あたしの歌で追体験してるんじゃないかって思うの」
「追体験ですか」
「母親の子守唄みたいなものってこと?」
「そうね。母親の優しさとか、父親の包容力とかそう言うのをあたしの讃美歌に求めてるのだと思うわ」
「神像に救いを求めても、何もしてもらえませんしね」
僕は何を言ってるのだと自問した。信仰は救いになると信じていたはずだ。
「そうだね、何に救いを求めるかは個人の問題だよね。レザメットに求めるか、神像に求めるか、トルテルプに求めるか、神祇官に求めるか、その説教に求めるか、人それぞれだからね。パオルはレザメットに求めているね。でも手に持たなくなったのは良いことだね」
あれだけ常に左手に固く握られていたパオルのレザメットは、いつの間にかその位置をズボンの左ポケットに変えていた。
「結局救いは人の中にあると思うんだ。だから原初の神々は人の子に聖力をお与えになったし、竜と和解するためにエギザムに知恵を与え、伴侶となる人の子であるロロナワーネと巡り合わせた。原罪を抱えたエギザムはひと時でも孤独から救われたし、地上に落ちてもその背に人の子が住めるようにと、神々と和解して加護を背に宿した。ロロナワーネを失ったエギザムはそうすることで孤独から解放されたんだ。巡り巡って最後に全ては人の子に救われていくんだから、僕ら人の子はそういうもんだと楽観的に考えれば良いんだよ」
フィン先輩は僕の頭をくしゃりと撫でた。細い指先を頭に感じてなんだかむず痒い思いがした。僕の失言に助け舟を出してくれるフィン先輩は、やっぱり心強かった。僕自身誰かの助け舟にならなければならないのに、なんたる体たらくだ。
心が弱ったときはどうしてもヨナスの歌声が聴きたくなった。すっかり心の安定剤だが、こういう時に限ってヨナスはなかなか歌ってくれない。多分、僕がやっていたことをなぞっているのだろうけど、今の僕は話をするよりもヨナスの歌が聴きたいのだ。
「すっかりしょげてるわね。心許無いの?」
「そうです。心許無いんです。今更フィン先輩のありがたみが身に染みてます」
「あら、フィンが達観したのもベンヤミン、あなたのお陰よ?」
「僕のですか?」
「そうよ。じゃなきゃあたしたちと、こんなところにいないわよ。それに前はあたしのことすっごく嫌な目で見てたのよ?本人は隠してたつもりのようだけど。ルカ相手だって、パオル相手だって、それはまあふっかーい確執があったんだから。それを溶かしたのは誰でも無いあなたよ、ベンヤミン」
ヨナスは僕にとろけるような微笑みを向けるとやっと歌い出した。彼はここへ来て水を得た魚のように日がな一日歌っていた。
やっと不快な気持ちから解放された僕はヨナスにお礼を言うと少し一人になりたいと言って、散歩に出た。そういえばここへ来て一人になる機会はなかったなと、常にそばに誰かの温もりがあることを思い出した。寝るまでずっと賑やかだったし、点呼も消灯時間もない自由な僕らは規律正しく生活するのに苦労ししているのだ。
裏手の林を抜ければ川なので、街に向かう方向とは逆の方向に足を向けた。ジャリジャリとする舗装されていない道を歩く。わずかに既視感を覚えたが、すぐにいつの記憶だったかすらわからなくなった。
どこまでも続く雑木林をひたすらにまっすぐ歩いて行く。カウラの熱を浴びた木々は濃い色の木陰を作り、その明暗の日陰を選んで足を進めた。鳥のさえずりや虫の声、風に揺れる木々の音が耳に心地よい、ヨナスの歌声とはまた違った風情でそれに耳を傾けて歩いた。
ふと思い出す、隣に母が居た記憶を。
母は僕とは手をつながず、少しだけ前を歩き僕はそれを追いかけるようにして付いて行っていた。
この記憶はいつのことだっただろうか。
自分の目線の高さを検証する。母にすがろうとする手は頭の位置だった。足元がおぼつかないような歩き方だったような気もする。もしかすると一番古い記憶かもしれない。
母は僕をどう扱って良いかわからないながらも、僕と一緒に散歩をしてくれて居たのだと思うと、途端に嬉しくなった。良い時間だと踵を返そうとしたが、どうしてだか元来た道がわからなくなってしまった。
「道は?」
よく見ると、目の前にも道という道はなく、どの時点から道から外れてしまっていたのかわからなくなってしまっていた。母の幻影を追いかけていつの間にか、道を逸れてしまっていたのだろう。
土は乾いていて、僕自身の足跡をたどることも難しそうだった。このままでは心配をかけると、とにかく水の音を探して歩き回った。感が冴えていたようで、しばらく歩くと川の上流に出た。この川を下流に沿って歩けば、先日釣りをした場所までいけると、川を辿った。
随分と上流に来てしまっていたようで、しばらく歩いてもまだ小川と呼べる川幅と深さだった。小さな魚がキラキラと泳いでいる。
「―――――――」
誰かに呼ばれたような気がして辺りを見たが、人の気配はなかった。僕はそのまま川沿いを下流に向かって歩いた。いくつかの小川が合流して大きな川になっていたようで、大きく開けると見慣れた川の風景になった。
「ごめんなさい、―――――――」
これは母の声だと確信した。さっきからちらほらと思い出される記憶の欠片だろうか。少しだけ休憩と木陰に腰を下ろした。随分歩いた気がしていた。
「ママも行くから、ちゃんと行くから。ごめんなさい、―――――――」
少しだけウトウトとしてしまったのか、今度ははっきりと母の声と共に母が僕に何をしたか思い出してしまった。
―――母は僕を川に連れて行き、僕を沈めようとした。
僕はその場に大の字に体を倒した。
―――僕は必死に母の手を掴んで離さなかった。僕はママと必死に叫んで、助けを乞ったが母は僕の手を必死に剥がそうとしていた。水の冷たさ、流れる水の感覚、足場の悪い凸凹とした水底、だんだん体が冷えていく感覚、母の腕の強さ、全てがまざまざと思い出された。
水や死に対しての恐怖心よりも、母に見捨てられることの方が怖かったように思う。
―――母は呪詛のように僕の名前を呼びながら謝り続けた。後から行くという母親の言葉に、じゃあ一緒に行こうよと強く思った。
「―――――――愛しているわ、愛しているの、ごめんなさい―――――――」
母も追い詰められていたのだろう、子供との心中を図るほどに。
どうやって僕は生きながらえたかそこからの記憶はなかった。
こうしてどうにか生きているという事は、母が途中で思い直してくれたか誰かが見つけて助けてくれたかしたのだろう。
僕の色が母を苦しめていた事は知っていた。
僕の色が父を苦しめていた事は知っていた。
僕の色が兄を苦しめていた事は知っていた。
汚点の僕は誰かの苦しみの上に生かされている。
「ベンヤミン!」
遠くからルカの声が聞こえる。
目を開けると辺りは真っ暗で、眠ってしまった覚えはないのにと不思議に思った。灯を持って僕を探すルカの姿はすぐに見つけることができた。
「ルカ」
「ばか、心配したんだ」
足元に不安があった僕は、駆け寄るルカを待った。
「すみません。少しの散歩のつもりだったんですが、休んでいたら寝てしまったようです」
また口からするりと嘘が出た。僕は大層な嘘つきだったらしい。
「散歩もいいけど、ネソワが来る前に帰って来なよ」
「すみません」
頭がぼんやりとする、嘘ではなく本当に眠ってしまっていたのだろうか。遠くで呪詛のように母親の声が聞こえた。「愛していると、ごめんなさい」と。僕を引いて歩くルカの手を離されないようにぎゅっと握り返した。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




