その記憶は足を掴んで引きずり沈める
カウラ祭は滞りなく終り、満を持して夏休みを迎えた生徒たちは大手を振って帰省していった。
それに伴い補習は終わり、図書室は管理役の生徒が規制したため司書者と輪番の神祇官しかいなくなったため週1でしか開かれなくなった。パオルはすっかり居場所を失ってしまい、去年はどこで何してたっけと言いはじめる始末だった。
僕といえばいつ帰るのかと言う催促の手紙がすでに3通も来ていて、これ以上は伸ばせないと感じていた。ルカも良い家政婦が見つかったと知らせを受けており、掃除が終わり次第そこに移動すると言った。
「パオルも来ればいいのに、旅費は気にしなくていいよ?」
「そうよそうよ。最初で最後なんだから甘えちゃいなさいよ」
「ウルセェ、旅費くらいあるわ」
以前故郷に帰るために文化祭で使ったあまりで手慰みで作ったものを端材を分けて貰った店で買い取って貰ったことがあった。それがえらく高評価を得て、作家は誰かという問い合わせまであったそうだ。それからは勉強の合間を縫ってちまちまと作っては、買い取ってもらっているらしい。その店も棚から牡丹餅とご機嫌で、出来上がったものを売りに行く度にもう少し数を作れないかと言われているようだ。
「ベンヤミンは行かねんだろう?」
「僕ですか?そうですね。手紙が再三来てますし、実家に帰省する予定ですよ。きっともう大丈夫な気がするんです。そうです、ルカにもし家が辛くなったら逃げ出してもいいか聞きたかったんですが……」
「本当に?来ちゃう?」
「辛くなったらですよ」
「あら、じゃあ来ないってこともあるのね」
「これでも3人のお陰で心が強くなったんです」
「俺はどうすっかな。ひたすら内職と勉強してる予定だったんだが」
「いいアイデアが浮かぶかもしれませんよ。見聞を広げるのは良いことです」
「見聞か」
すでに見聞という言葉を調べる必要が無くなっているパオルに感動して、この感動をどうにか伝えたくなった。
「どうしたのベンヤミン。変な顔をしているよ」
こちらを伺うルカは先日から表情というものがとみに出ていて、心配そうにしているのがすぐにわかる。すっかり「ビスクドールのような」という形容詞は似つかわしくなくなっている。
「感動を伝えるすべを模索していました」
「何に?」
「パオルが見聞という言葉に辞書を引かないことをです」
「抱きついて褒めれば?」
呆れた声に呆れ顔、一致していることにこちらにも感動した。本人に自覚は全く無いようで、どちらかといえばこちらの反応を見て面白がっている。何が彼の表情を取り戻すきっかけになったのかはさっぱりと検討がつかなかった。あの大笑いをしてからというもの、表情と呼べるものが日に増して増えていっている。
「日常的にお前らが使う言葉は調べなくてもわかるよ。もうどんだけ経ったと思ってんだ」
「それでも感動しますよ、僕はパオルのために言葉を選んで話していたんですから」
「その節は大変おせわになりました。ご尽力のお陰でここまで来ることができました。感謝しつくせません」
パオルは僕の腕を引いて抱きしめながら言うと、ゲラゲラと笑い出した。それに乗じてヨナスもルカも僕を取り囲むように抱きしめた。4人で大笑いして笑い疲れると、誰ともなしに離れた。
離れがたかったのはきっと僕だけで、次の学年にはもう彼らと同じ部屋ではないと確信する何かがあった。フィン先輩は大丈夫だと言っていたけれど、これは特例措置なのだ。本来ならば同学年同士が同室なのだ。
「それで、ベンヤミンはいつ辛くなって逃げ出してくる?」
「そうですね。イゼソの月いっぱいは粘りたいところですけど、どうなるかわかりませんね」
「もうちょっと早く根を上げるかと思ったけど、がんばる予定なんだね」
「そりゃそうですよ。僕はもう以前の僕とは違うんだと言うことを身に染みるまで見せつけてやらないといけないんですから」
「物騒なこと言うのね」
「物騒ですか?」
「とても物騒よ。あなたはそれで大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。心強い逃げ道も用意しましたし、ダメでしたら慰めてください」
「いいわよ。もう聞きたくないってくらい歌ってあげる」
「聞きたくないって思うかな?ヨナスの喉が潰れてしまうかもしれませんね」
パオルは僕らの会話に耳を傾けながら手慰みに内職をはじめていた。彼はとても器用で僕らときちんと会話しながらも、刺繍をしたりレースを編んだりする。
「ベンヤミンに便乗するくらいなら、オレも行くかな」
「本当に?」
「嬉しそうだな」
「知らなかった?僕はこの4人でいることが好きなんだ。じゃあ最初の3週間くくらいはヨナスを独占できるってわけだね」
「あたしもパオルと一緒の途中参加にしたいわ」
「なんで!」
「お店の売り上げに貢献したいのよ。2週間くらいだったらお店の二階を使わせてくれるって」
「しばらく僕一人なの?」
「お願いすれば一緒に使わせてもらえるかもしれないけど、暇よ?」
「どのみち暇じゃないか」
「困ったわね」
「一人が寂しいなら、後見人のところにでも転がり込んでろよ」
「確かに、距離を縮めるにはいいことですね」
「あの人の所属先と僕の家はそう離れていないみたいだけど、むしろ見張り役としてって言う側面が大きいから近いんだろうけど」
苦虫を潰したような顔をするルカをどうにかなだめて、彼に手紙を書かせた。外出日関係なく、夏休みは外出届を出せばすぐに外出できるので、書いたその足でルカは郵便局へ向かい手紙を速達で出した。
帰りに珍しいものがあったからと言って、ルカは見たことのないお菓子を買って帰った。
「なんだそりゃ」
「さあ、お菓子らしいよ」
「見たことないわね、キラキラしてるわねこれ本当におかしなの?」
「ジュブフジュですね」
「知ってるの?」
「僕の父は貿易会社をしているので、このお菓子も何度か食べたことがあります。でも珍しいですね」
「郵便局の前の広場で異国のお菓子祭りっていうのをやっていたんだよ。他にも色々とあったけどキラキラしてて、なんとなく惹かれたんだ」
「お祝い事に食べる、縁起物のお菓子ですよ」
「あら、じゃあ何かお祝いしなくちゃいけないかしら?」
「別にいいと思うけど、その場で食べてる人とかいたし」
僕は少しだけ複雑な気持ちになった。僕は半分このお菓子の国の血が入っている。両親は明言しないし、父は父の子だと言って譲ろうとしないが、どう見ても僕は父の子ではないのは明白だし、使用人も家庭教師も家族以外の誰もがそう言っていた。
「好きじゃなかった?」
「いいえ、少し思い出していたんです」
「どうせろくな思い出じゃないんでしょ?」
「そうなの?ごめんねベンヤミン。何も考えてなかったよ」
「そうじゃないんです。そうじゃ、ただふと懐かしく思ったんです。夕食後にお茶を入れてみんなで食べましょう」
それから各々勉強を始めたが、僕は全く身が入らなかった。それどころか、心臓が大きく脈打ちいつまでも耳についた。落ち着こうとするたびに手足が冷えていくのを感じて、焦った。大丈夫だと確信したはずだった。
僕の父は僕の父だけだと、自分に何度も言い聞かせた。
突然目の前が急にぐるりと反転して、僕はそれからしばらくの記憶がない。
「良かった、目が覚めた」
「ここはどこです?」
「まだ起きるなよ。救護室だ」
「そうですか。でもなんで」
「お前、倒れたんだよバターンって、勢いよくな」
「校医の先生は目が覚めたら帰っていいって言ってたが、大丈夫か?」
「頭包帯が…」
「倒れた時に思い切り頭打ってたみたいだぞ。たんこぶが出来ててちょっと血が出てたんだよ」
「すみません、ご迷惑かけました」
「別にいいさ、今日ほどあいつがもういないのを惜しく思ったことはないな」
頭がズキズキと痛んだ。
お菓子を食べる予定だったのに、悪いことをしたな。
校医がいないということはもういい時間なのだろう。点呼の時間はとうにすぎているのかもしれない。
「どうする?動くのがしんどかったらここにいてもいいみたいだが、戻るか?」
「少し頭がいたいので、明日戻ります」
「そうか、じゃあこれ飲んどけ。頭痛がするようなら飲ませておけって言われてたんだよ」
パオルは救護医に託けられた薬を僕に渡すと、その足で水を汲んできた。体を起こすと余計にでも頭がいたい。
「ありがとうございます」
「菓子のことは気にすんなよ。きっと今までの疲れが出たんだ。お前は俺たちのために頑張ってくれてたからな」
薬を飲むと、飲んだというだけで何と無く頭痛が和らいだ気がした。
「いいえ、別に体調が悪いとかそういう自覚症状はなかったんです」
「そうか、ゆっくり寝ろよ。それと、頭は痒くても掻くなよ。聖水で湿らせた呪符が貼ってあるんだ。よくわかんねぇが、頭ん中は大丈夫だって言ってた。そんで、一晩それは貼ったままにしとけって」
「わかりました」
気を使ったか、パオルは早々に救護室を出て行った。
しんと静まり返った救護室は何処と無く不気味だった。誰の気配もしないというのはこんなにも人恋しくさせるのかと驚いた。頭痛の和らいだ頭で、どうして倒れたのか考えた。
ルカたちとお菓子の話をした後、普通に勉強していたはずだ。多少は考え事をしてしまって身が入らなかったが、特にいつもと代わり映えはなかったはずだ。暗闇に溶け込む自分の腕を見ながら、忌々しい気持ちになった。こんな気持ちは久しぶりだった。
嫌な偶然が重なって、嫌な感情の記憶が次々と表に出てきてしまっている。一番最初の記憶は乳母が僕に向かって肌の色を揶揄するものだった。それ以前を思い出そうとしても思い出せない。
彼女は僕を湯浴みさせていて、全身くまなく眺めながら仕切りに僕の肌の色を揶揄していた。どれだけ洗ってもばっちいわねっていう彼女の言葉がまざまざと脳内で再生される。そして赤くなるまで擦られて肌が痛くなったことも、今痛いかのように思い出した。今起こったことのような鮮明さがあった。
この頃の親の記憶と言ったらあまりなく、母親は僕をどう扱っていいのかわからない様子で遠くから眺めるだけだったように思う。僕が母親の近くに行くと、ごめんなさいと誰に謝っているのかわからない様子で泣き崩れた。僕はそれにつられて泣き出し、乳母が慌てて駆け寄ってくるのだ。
常に僕と母親は適切な距離を保たれ、この頃の僕は母親に抱きかかえられることは一切なかったと思う。この頃の父親の記憶は一切ない。一度海外に行ってしまうと何ヶ月と長期だと1年以上帰ってこない。もう上の兄二人もこの頃にはどこかの学校の寮に入っていたはずだし、この家には僕と母と使用人しかいなかった。
父と兄二人の鮮明な記憶はこれからもっとずっと後のことになる。父に関しての記憶といえば常に僕を抱きかかえてたというものだ。常に自分の一人称は「お父さんは」で、僕は僕を抱きかかえる人物がそれによって父親だと理解したと思う。父が僕を抱きかかえる記憶からは母との距離はぐっと縮まっていたように思う。明晰な兄二人は僕の存在をきちんと理解していたのか、きちんと僕を父と母の子供として扱ってくれていた。
それでも父や兄二人といる時間はとても短く、僕と母と使用人という生活が大部分を占めていた。使用人はいつでも僕を汚いものを扱うようにしていた。湯浴みの手伝いをする使用人の一部は掃除用のモップで僕を洗った。背中や腕が赤く擦り切れるまで洗われたが、僕はそれを母に言う事はなかったし、父にも言えなかった。
それでも子供のする秘密はすぐに大人にバレてしまうもので、いつの間にか使用人は入れ替わっていた。上手に隠れて僕に嫌がらせをする使用人は多く、僕もその被害を誰かに訴えることをしなかったため表立つ事はなかった。
なぜ僕はその狡猾な嫌がらせを両親に訴えることをしなかったのだろうかと自問した。しかし答えは明白だった、いまにして思えばあらゆることがいびつだったのだ。決まって使用人は僕を不義の子だと罵った、そして色が気持ち悪いと言った。そういう使用人は決まって、父の会社の取引相手の隣国の人々を小馬鹿にして汚いものを見る目で見ていた。パーティーではいい顔をしていたが、裏ではこぞって嫌味を言っていたのを僕は知っていた。
これが僕につきまとう黒いものだ。すっかり見ないようにしていただけだったのだ。
「これ本当に帰って大丈夫なんだろうか」
ひとりごちて枕に顔を埋めた。
頭の呪符はそれから2日後に外れ、その次の日にルカへの手紙の返事が届いた。長々と色々と複雑に書かれていたが、まとめると大歓迎とのことのようだった。何か不穏な空気がするとルカは言っていたが、もう何があっても動じないと意気込んでいた。パオルは目ぼしい材料が底を尽きかけているようで、仕入れをどうするか悩んでいた。ヨナスはしばらく窮屈なズボンを履かなくて済むと喜んでいる。
僕と言えば倒れた一件から帰省が憂鬱になっていた。次々と思い出される口にも出したくないあれこれが止まりの悪い蛇口のようにポタポタと零れていた。
時系列は関係無く、唐突にあの頃のことかと言う形で出てくるのだ。きっかけがあるわけではないので、対処のしようがなかった。すっかり僕は辟易としていて、普段通りに振る舞うことが精一杯だった。
「手配していた旅券が届いたんだけど、ベンヤミンにも手紙が来ていたよ」
「僕にですか?帰る日付は知らせたんですが、何でしょうか」
慌てて事務室に行き、僕は手紙を受け取った。
差出人は2番目の兄からで、1番上の兄が婚約者を連れてくるという内容だった。帰ってくるなと言うものを僅かに期待してしまった自分を恥じた。あらかじめ耳に入れておくべき事という体で書かれていた手紙は、始終優しいものだった。
そうだ、僕の家族は僕に対してかけなしに優しい。
母親も僕に恐る恐るだが、父と僕が笑っているのを見てその輪に入って来てくれていた。僕は僕自身を恥じる必要がないのは頭ではわかっていたが、感情が追いつかなかった。
手紙には末弟こと僕を知っているとだけ書かれていた。ちゃんと長兄は僕のことを婚約者に説明してあるのだろう。
「1番上の兄がこの度結婚するそうで、婚約者を家にお招きするとのことです」
「おめでたいじゃないか」
「そうですよ」
「顔色が悪い」
「こんな色してても顔色ってわかるもんなんですね」
思わず口から漏れた自虐は、自分の中で何度も何度もこだました。
「すみません、ちょっと顔を洗って来ます」
手紙を机の引き出しに押し込めてタオルをつかんで部屋を飛び出した。誤魔化しきれない感情がどっと押し寄せてきて今にも吐きそうだった。何で今頃?どうして?という疑問も同時にぐるぐると頭を駆け巡る。
どれだけの詭弁で繕っても、結局鏡をみればそこに居たし、手を伸ばせばその色はすぐに目に飛び込んでくる。憂鬱とか億劫とか言って居る場合じゃないと気づいてしまった。僕は家に帰ることを恐ろしいと思ってしまっていた。
胃の中の物をあらかた吐いてしまうと、少しだけ落ち着いた。胃液が食道を焼いているのがわかる。吐くなんてどれくらいぶりだろうと思いながらぐるぐると回る意識をどうにか保ちながら、吐瀉物を片付け口をゆすいだ。
体を起こしているのが最早限界で、体を床に倒すとタイルが冷たくて気持ちがいい。何をしているんだという気持ちの反面、もうどうにでもなれという気持ちになる。少しだけ、パオルとルカが自暴自棄になっていた理由が、ここへきてようやっとわかった気がした。ヨナスのあの無気力もこういう気持ちからだったのだろうか。
「何してんだ?」
「パオルこそ」
「体調悪いなら大人しくベッドで休んでろよ」
「ここ気持ちがいいんです。冷たくて」
「熱あんのか?」
パオルの手が額に触れる。
「熱はねぇな、むしろ冷ぇくれぇだ」
「少し頭が痛いくらいです。さっき昼食を丸っと吐いてしまいました」
「見事なまでの体調不良じゃねぇか」
パオルは僕を抱えて起こすと、そのままズルズルと部屋に連れて帰った。
「倒れた時もパオルが運んでくれたんですか?」
「いいや、あの時は頭から血が出てたって言ったろ。動かすのもどうだかと思ったんで校医の先生を呼びに走った」
「そうだったんですか」
「あれからずっと体調悪いみたいだけど、ダメそう?」
「多分、心理的なものだと思うんです」
「心理的?病気じゃないってこと?」
どう答えていいかわからなかった。
「とりあえず寝ろ。子守唄が必要ならヨナスを呼んできてやる」
「大丈夫です。問題なく意識がぼんやりとしています」
多分これは気絶に近いのかもしれないと思いながら意識を手放した。寝ている間は何も考えなくていいから良かった。
「やっぱり様子がおかしいよね」
「家に帰りたくねぇってことか?」
「でも大丈夫だって言ってたし、辛くなったら僕のところに来るって言ってたし」
「簡単なことじゃないのかもしれないわね。ずっとベンヤミンは自分の色を気にしていたわ」
「色か…」
「別に珍しい色ではないよね?」
「隣の国の人たちの色だもの、別段、珍しくはないわ。お店にもベンヤミンと同じ色のお客さんこない日はないけれど、ベンヤミンにとっては厄介な色なのよ」
「まあ上流にはない色だろうな」
完全には覚醒していないはずなのに耳だけはしっかりと彼らの言葉を拾っていた。僕のことを心配してくれている彼らに僕のことを話すべきかとしばらく考えたが、こればかりは僕だけの話ではないのですぐさますっぱりと、その考えを消した。
「俺たちがああだこうだと考えてもラチがあかねぇ、こいつが何も言わねぇなら俺たちも普段通りだ」
「6年になれるからって上級生ぶってるの?」
「そもそもお前よりずっと年上だからな」
「こないだまで僕の教科書借りてたくせに」
「もう、喧嘩しないの。うるさくしたらベンヤミンを起こしちゃうでしょう?」
僕を心配してくれる友人たちのおしゃべりという幸せな環境音に耳をそばだてながら、僕は微睡の中にいた。賑やかな彼らの声に耳を傾けていればあの黒いドロドロとしたものは出てこれない。
彼らの話題はすでに僕から逸れて休暇の過ごし方になっている。
それでいい、それがいい。
「そう、それでね、結局僕の家に後見人が泊まる形になるみたいなんだよ」
「独身男の一人暮らしの部屋なんか簡単に想像できるでしょう?」
「あの弁護士結婚してないの?」
「あら、違うの?」
「気にしたことなかったな、てっきり結婚して子供いると思ってた」
「神祇官ってあんまり結婚してるイメージねぇよな」
「確かに。職場結婚くらいしかできないよね」
「地方の小さな教会じゃなけりゃ、出会いもクソもねぇからな」
「もしかして、7年生で結婚相手を見つけることも課題なのかしら」
「巡礼中に羽目を外すなんてできそうもないしね」
「だから、ヨナスは7年生飛ばして直接中央神殿に入るのか」
「そうね。あたしが女の子と恋愛して子供って想像できないわ」
確かに僕にも想像できない。不思議だったが、そう考えると理解できる。
「話を戻すけど、明日から家政婦が入るみたいだから、帰るのは明後日かな」
「急いで行くのね。今週いっぱいはいると思ってたわ」
「だってヨナスは明日から向こうでしょ?ヨナスいないのに学校にいても仕方ないし」
「あらいやだ、愛されてるわ。パオル聞いた?ルカが可愛いわ」
「寄るな寄るな、暑苦しい」
「別にパオルだけじゃ嫌ってわけじゃないんだよ」
「雑な言い繕い方だな、別に構わねぇが」
「ベンヤミンも明後日帰るって言ってたから、それに合わせるだけだよ」
そうだった、もう明後日のことだった。再び気の遠くなる思いがした。
この2日でどうにか区切りをつけなければ、帰ることなんて到底できない。父も都合をつけて帰って来ると言っていたのだ。ここで僕がわがままを言えるはずなんてない。それに兄さんが婚約者を連れて帰ると言っているし、失態は許されない。
そういえばあのファイルの事例に紙に書いて気持ちを整理させた話があった。片っ端からできることを実践しようと僕は勢いよく起き上がった。
「びっくりさせるな、もういいのか?」
「ちょっとだけスッキリしました。もう夕食終わった時間ですね。お腹は空いてないのでシャワーを浴びてきます」
唖然とする3人を横目に僕は勇んでシャワーを浴びに行った。目標が見えると急に視野が開けた気がした。鏡を覗くと多少スッキリしているようにも見える。これなら心配させることはないだろう。
部屋へ戻ると彼らはちゃんといつも通りを演出してくれた。気を遣わせてしまっていることに後ろめたさがあったが、素知らぬ顔をしてそれに乗った。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




