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問題児たちは点呼までに戻らない

 夕食は各クラスごとに配膳係が週替わりで割り振られており、それに伴ってクラスごとに食事をとる決まりになっている。そのため、食事が終わり部屋へ戻ってからが本番だ。

 何が本番かというと彼らの顔合わせだ。まだ4人全員で顔を合わせることができていない。これから彼らの問題を解決するまではずっとこの4人で過ごすのだ、泣き言は言っていられないし、こればかりは誰に頼るわけにもいかない。


 部屋に戻ると一番手だったらしく、誰もいなかった。ただぼんやりと待っているのは性に合わないので、仕方がなく予習をすることにした。

 しかし予習も粗方終わり、そろそろ点呼の時間だというのに誰も戻ってこなかった。もしかして部屋がわからなかったのだろうか、そうだとすれば一大事だ。

僕は慌てて部屋を出ると、丁度部屋を訪れようとしていたフィン先輩とぶつかってしまった。


「慌てて、どうしたんだい?」

「誰も帰ってこないんです」

「やっぱりそうか」

「やっぱり?」


 僕の慌てふためきようとは逆に、フィン先輩は落ち着いている。


「彼らは点呼放棄の常習犯でね。言ったろ?彼らもあまり自室に寄り付かないって」

「こんな意味とは思いませんでした」

「多分だが、パオルは礼拝堂にいるだろうね、それにヨナスは音楽室だ、ルカはそうだね、今日はあの教師が向こうの寮の当直だったはずだから、こそにいるんじゃないかな」

「結局おんぶに抱っこになってしまいますね」

「はっきりと忠告し忘れた僕が悪いさ。どうする?点呼は免除にしておくけど、僕も一緒に行こうか?」

「いいえ、一人で探します」

「そう?骨が折れるよ。でもそうだね。それが良い」


フィン先輩は大きく頷いた。その全肯定に後押しされた気持ちになる。


「これは僕がまず解決しなければ行けないことです」

「良い心がけだね」


 見送るフィン先輩を振り返りながら、早くも後悔していた。

 手元に持った灯が思った以上に心許なかったからだ。普通こんなネソワの時が深まった時間に外に出ることはない。子供の頃から言い聞かされてきたエンゾザに消されてしまうかもしれないからだ。

 聖力が高ければエンゾザは手を出せないとは言われているが、不安なものは不安なのだ。


 まずは一番近場の音楽室から探しに行くことにした。ただ練習熱心だともっぱらの噂のヨナスは時間を忘れているだけなのだろうという安直に考えた。


 普段授業を受ける本校舎とは別に、調理室や音楽室、被服室などのある実習棟がある。その実習等に近づくと耳慣れた歌声が聞こえて僕は安堵した。間違いなく音楽室にいるようで、近づく程にその声はよく聞こえた。

 驚かさないようにノックをして入ったが、気がつかないのがこちらに背を向けた状態で一心不乱に歌っている。何とも澄んだ透明感のある、まるでこれぞ天上の音と形容するにふさわしい歌声だった。

 点呼を知らせる予鈴が鳴り響き、ハッと我に返り僕は責務を忘れて聞き入るところだったと焦った。


「ヨナス、もう点呼の時間ですよ」

「え?」


 振り向いたヨナスは僕がなぜここにいるのかという、驚きと不安に満ちた顔をしていた。


「今までもこんな点呼を過ぎるまで練習していたんですか?」

「あ、その…、あ、」


 その様子から簡単に察しがついた。ヨナスはいつも同室の生徒が就寝するまで、ここでずっと練習するしかなかったのだと。そしてそれは暗黙の了解として一般寮では黙認されていたのだと。教師にすらそういう扱いを受けていたのだと。

 フィン先輩の言う常習犯が、なぜお咎めがないのか合点がいく。


「今日から心配するので、点呼までには戻ってきてください」

「え……、あ……、う、うん」

「僕はあなたを歓迎していますし、ヨナス、あなたと仲良くなりたいのです。裏表なく、同室の友人としてあなたと同じ時間を過ごしたいと思っています。無理強いはしませんが、良ければそうしてもらえると嬉しいです」


 ヨナスの顔からは驚きと不安の色はちっとも消えない。

 今日の今日で理解して貰えるとは思ってはいないが、長期戦だけはなんとしても回避したかった。


「もし、もしですがどうしても練習しなければならないというのであれば、事前に点呼までには戻れないと、教えていただけると嬉しいです」


 ヨナスは目を大きく見開いて、僕を不思議な生き物を見るようにじっと見つめながら話を聞いてくれた。そして、小さく頷いた。


「さあ、帰りましょう」


 僕は今できる精一杯の笑顔を向けた。


「と、行きたいところですが、同室の他の二人も帰ってきていないのでした」


 音楽室を出ながらそう言うと、ヨナスは不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んだ。ルカのビスクドールのような顔とは違い、くりっとした目と柔らかそうな肌はまるで女の子のようだと思った。


「部屋がわかりますか?わからないなら送りますが、それとも…」


 言いかけたところで、ヨナスは首を横に振った。


「だ、だい…じょうぶ、ひっひとっ…りで、も、戻れ…る」

「そうですか、もう暗いので気をつけて戻ってください」


 そう言って校舎から出たところで別れた。僕はここから近い元の寮には向かわずに、先に聖堂に向かうことにした。何となくルカの元へ行くのは、足が重い気がしたからだ。

フィン先輩のあの教師が当直だったから、と言う言葉がどうしても引っかかったからだ。ルカに対する不安も、聖堂の空気に触れれば落ち着くかもしれないと思ったからでもある。


 パオルは聖堂の懺悔室にでも入っているのだろうか、それとも祈りを捧げているのだろうか。ああ見えて、この学校へ入学できるくらい信仰心が高く、聖力も高いのだから。


 聖堂は真っ暗で、しんと静まり返っていた。

 誰か居そうな気配は感じられなかったが、大声でパオルの名前を呼ぶのには気が引けて、1つずつ席を覗いて回ることにした。丁度真ん中あたりのところで、椅子に寝転がるパオルを見つけた。パオルは僕に気づいていたようで、そこに着くなりじっと僕を見上げた。


挿絵(By みてみん)


「もうとっくに点呼の時間は過ぎていますよ」


 小声で話しかけたのに、思ったよりも自分の声が響いて僕は驚いてしまった。


「知ってる」


 驚いた僕を茶化したりせずに、パオルは低くこもった声で返事をした。その声は聖堂にゆっくり落ちて響くことはなかった。


「僕がお嫌いですか?」

「好きも嫌いもねぇよ」

「では、部屋替えに不服でも?」

「あ?」


 ここで、はたと思い出した。パオルに話すときは易しい言葉でなければいけなかったのだ。


「部屋替え、嫌だったんですか?」

「んなこたねぇよ。誰とだって一緒だ」

「じゃあ、部屋へ帰りましょう。ベッドで横になった方が背中が痛くならないでしょう?」

「どこで寝たって一緒だ」

「でも、風邪を引いてしまう」

「んなヤワじゃねぇよ」


 このままじゃラチがあかない。彼は劣悪な環境で寝ることに問題が無いようだ。使いたくなかったが、初日から失敗するのだけは嫌だった。


「困った。僕があなたを部屋に連れ戻す事ができなければ、次はフィン先輩があなたを迎えに来なくてはならなくなります」

「そう言えば俺が部屋へ戻ると思ってんだな。そうだけどよ」


 パオルは身体を起こして、頭をボリボリ掻いた。

 彼は言葉を知らないだけなのだと確信した。現に簡単な言葉でなら、会話は問題なく成立している。基礎を積めば、授業にもここでの会話にもついていけるのでは無いか。

 光明が見えた気がした。


「そう言っていただけてよかったです。フィン先輩のお手を煩わせずに済む」

「何言ってんのかよくワカンねぇが、1日に何度もあいつのツラなんか見たくないからな」

「部屋がどこか覚えていますか?」

「そこまでバカじゃねぇよ」


 連れ立って礼拝堂の入り口へ行くと、パオルは立ち止まった。


「他の2人も戻ってねぇのか?」

「お恥ずかしながら、その通りです。ヨナスは先ほど部屋へ戻ってもらいました」

「ルカだったか。アイツは俺でも知ってるが、ヤベェぞ」

「そうなんですか?」


 ある程度の予備知識はフィン先輩から貰っていたが、確かに蠱惑的とか死にたがりとかあまりいい言葉で彼を表現してはいなかった。


「アイツのせいで放校処分になった奴がいるって噂だ」

「そんな噂があるんですか。でも初日の夜くらいは4人で過ごしたいんです」

「そうか、そうだな」


 パオルはフィン先輩が絡まなければ、口が悪いだけの気のいい普通の生徒に見える。


「ルカを迎えに行ってきます」


 パオルは何も返事をしなかったが、僕は気にせずルカの元へ向かった。

 しばらく歩くと遠ざかる足音が聞こえたので、素直に部屋へ戻ったのだと確信した。振り返らなかったのは、怖気付きそうになったのと、パオルを信頼すると言う意思を持ちたかったからだ。

 嫌な予感しかしなかった。第一に、あのビスクドールのような顔からは、何1つ感情が伺えないからだ。


 一般寮に着くと、当然扉はしっかりと施錠されていた。

 役員と当直の教師による点呼が終われば、寮は何か問題が起きない限り、朝まで玄関扉は当直の教師によって施錠される。扉を叩いて応答を待ったが、反応は無かった。少しだけ後回しにしたことを後悔した。もしかするとまだ役員が一般寮に残っていて施錠されていなかったかもしれないからだ。

 2つある宿直室の1つの方の窓からは明かりが漏れていて、その窓を大きく叩いた。窓は割れんばかりの音がして、叩いた自分が驚いたがこちらからも反応は無かった。

もう打つ手が無いと頭を抱えた。だからと言って、確実にいると思われる生徒の部屋の窓を叩くのは気が引けた、今の時刻はそういう時間なのだ。

学校自体が信仰によってエンゾザの脅威から守られており、また生徒自身の聖力も高いためすっかり失念しているが、ネソワの時においそれと外を歩くものではないのだ。それに、僕がこうしてここにいる事自体、全く良しとされないし、ましてやまだ正式な生徒会役員でもない。

 困ったと言うだけなら誰にだってできるが、さっぱり妙案は生まれてはこなかった。


「もう諦めて、部屋に戻ろうか」


 思わず口から漏れてしまった。そう、やる事はやった。事を大きくするのはルカのためにも良く無いなどと、自己弁護を並べ立てながらそう呟いて、僕は役員寮へ戻ろうと、踵を返した。


瞬間、目の前にドサっと何かが落ちてきた。


 何事かとその落下物を見ると、学校指定の革靴でそれをまじまじと眺めて、次は上を向いた。二階の窓で生白い足がブラブラと揺れていた。

 なぜだかその足がルカの足であると、僕にはすぐにわかったが、その足はとても人のものとは思えなかった。だからと言って、生きていないものとも思えなかった。そう言う存在を僕は1人しか知らない。


「ルカ?」


僕は思わず自分の口を塞いだ。声をかけてしまったことを後悔したからだ。ブラブラと宙を泳いでいた足が止まったかと思うと、そのまま下に飛び降りた。僕は驚いて、思わずそれを受け止めてしまった。


挿絵(By みてみん)


 二階の高さから落ちてきた人を受け止められるほど、僕の体が出来上がっていない事は百も承知していたが、体が勝手に動いてしまった。そして、見事に僕は彼の下敷きになった。


「普通は退くよね?」

「僕もそう思います」


 ルカは僕の上から退こうとしない。

 人が1人乗っているのだから、重いことは重いのだがそれにしては軽いと不思議な感覚だった。


「どこか痛めたりしていませんか?」

「全く」

「それならよかった。どこも痛くないのなら退いてくれると、嬉しいんですが」

「ふーん。その肌と髪の色は夜に紛れるには丁度いいね」


 ルカはそう言いながら僕から降りた。

 よく見ると、シャツしか着ていない。そのシャツもボタンが掛け違えていてはだけている。そのため余計にでも真っ白なその姿はネソワの時でもうっすら光っているように見えた。


「ズボンは?」

「ここに」


 腕にかけたズボンを見せた。


「どうしてまたそんな格好を?」

「わかって聞いてる?」

「フィン先輩からは当直の教師といるのでは?と聞きました」

「想像してみたらいいよ、それで一番嫌な想像が正解だよ」

「想像はしません。ルカ、君から答えを頂きたい」

「悪趣味だ」

「僕は君と仲良くなりたいんです」


 背中の汚れを払いながら体を起こすと、後ろで何かが動いた気配がした。慌てて振り向いたが別段変わった様子はなかった。しかし、ルカは窓をじっとみていた。


「そこの宿直室には誰もいませんでした。灯りは消し忘れたんでしょうね。きっと見回りに行っているんですよ」


 ルカは窓をじっと見つめたまま言った。


「1つ教えるよ。僕は君が窓を強く叩いたのを知っている」

「そりゃ、すぐ上に居たのなら聞こえますよ。僕自身も驚くほどの音でしたし」


 ビスクドールの瞳がこちらをギョロリと向いたと思うと、裸足のままルカは歩き出した。

 足元に落とした灯しか光源はないと言うのに、ルカの瞳はいやに光って見えた。とても不気味で鳥肌が立ったが、彼に対する不安の正体はこれなのかもしれないと、どこか納得してしまった。

 僕はルカが革靴を回収していないことに気づき、慌てて放られてバラバラになった革靴を集めてルカを追いかける。


「ルカ、靴忘れていますよ」


 ルカは振り向きもせず、僕の前を早歩きで歩いた。


 寮で待ち受けていたのは長々としたお説教だった。耳ざとい寮長はどこからか僕らのことを聞きつけ、こうして待ち構えていた。


挿絵(By みてみん)


「君たちのことは知っているよ。一般寮でも好き勝手にしていたみたいだね。でもここへ来たからは、そうはいかないよ」


寮長はビシッとヨナスを指差す。


「特にヨナス、練習だなんて言う詭弁はここでは通用しないし、勿論、特別扱いもしない。君が唯一特別扱いを受けるなら、朝練の外出だけだ。これはシスターから口を酸っぱくして言われているからね、カウラの時が来たらここを解錠するよ。本来ならネソワの時には寮から一歩たりとも出てほしくはないのだけど、点呼の門限だけは、きちんと守ってもらうからね」


 おどおどキョロキョロするヨナスに寮長は物理的に詰め寄る。今すぐにでも失神しそうなほど顔を青くさせて、顔に汗もかいている。だが、僕には助け舟を出してやれるものを何も持ってはいない。


「返事は?」

「ふぁ、は……はい」


 かわいそうにヨナスは今度はすっかり顔を真っ赤にして縮み上がっている。顔を青くしたり赤くしたりと、体調に異変が起きないか心配になる。

元の位置に戻った寮長は今度はパオルを指差す。


「そしてパオル。君とは一度殴り合いをしたけど、もうあの頃とは違うし、僕も寮長だ。君の喧嘩を買うようなことなんてするつもりはないけど、一応君は君たちの部屋で1番の上級生なんだから、キチンと上級生らしい手本となるように過ごす努力だけは惜しまないで欲しいものだよ。第一、君が留年して1学年下の生徒と同室になって部屋に居辛かったのは同情に値するよ。でも、君がそうなるに至ったのは、君自身の責任なのだから、甘んじて受け入れなければいけないんだ。今回の処置は最大級に甘い処置なんだから、これを機に態度を改めるべきだね。ともかく、君は、今回同室となった彼らと打ち解けることを、目標とすることだ」

「わーったよ、お前らは本当に、ねちねちとうるせぇな」


寮長は反骨精神満載のパオルに何か言いたげだったが、これ以上言っても馬耳東風だろうと、ぐっと堪えてたのがわかった。寮長がパオルに対してできるだけ簡単な言い回しで喋ってくれているのがわかった。パオルは何か思うところがあったのか、それ以上口答えせず、殴りかかりもせず、大人しかった。

それよりも寮長が殴り合いの喧嘩をしたことがあると言うことが気になった。ぱっと見、殴り合ったりするような好戦的なイメージは微塵もない。どちらかというと拳より理論で戦う方が得意に見える。

そして最後に寮長はルカを指差す。


「最後に、ルカ。何度か顔を合わせたことがあったね。正直に言おう僕は君が怖い。間近で僕の友人が君に誑かされるさまを見ていたからね。僕は君が恐ろしい。でも、この寮の寮生となったからにはそんな弱音は吐かないよう努めるつもりだよ。君がどれだけ教師や上級生に特別扱いされていようと、ここでは問題児の1人だ。この寮の運営が円滑に行えないようなことをするなら、即座に反省房行きになることを心に留めておくこと」

L「わかーり、まーしたー」


 寮長と旧知の仲と取れるルカの態度は、僕をヒヤヒヤとさせた。

 まずパオル以上に話を真面目に聞く様子ではなかったし、何より返答が他人を馬鹿にしているものとしか思えなかった。しかし、その返答に対して寮長は気分を害す様子はなかった。


「そして、最後にベンヤミン、まだ勝手がよくわかっていないかもしれないけど」


寮長に名前を呼ばれることを想像していなかったため、少しだけ驚いた。


「点呼直前にもなって誰も帰ってこないなら、どうしてすぐさま役員に報告しなかった」

「申し訳ありません、以後気をつけます」


 やはり報告義務があったのかと反省した。探しに行く前に寮長に相談すべきだったのだ。


「フィン、君もそうだ。どうして内々で片付けようとした?もし何かあった場合、彼らの評価ばかりではなく、役員全体の評価に関わってくるんだよ」

「彼らの行き先はわかっていたし、ベンヤミンと僕で対処できると思っていたんだ」

「君はこのことを予見していて、だから今日の点呼番を変わったね」

「正解、事前にベンヤミンに知らせるという手もあったけど、ギリギリまで待ってみようと思ったんだ。こうして無事に戻って来たんだからいいじゃないか。どこにいるのかも大体の見当はついていたんだし」


それから耳にタコができるかと思うほど、繰り返し門限と点呼の大切さ、役員寮と学校の信頼性について説教を受けた。


 やっと解放されて、部屋に戻ったのは寮へ戻って来てから随分と経った頃だった。4人顔を合わせたと思えば、すっかりルカとパオルは機嫌を損ねていて、ヨナスはそれに怯えていた。

 初日ということと、前の寮での彼らの扱いも鑑みて、お小言だけに収まった。次にこういうことが起これば、問答無用で反省房行きになると繰り返し言われたので、これだけで済んだことを喜べば良いのにと思った。

 フィン先輩は、時折巻き込まれながら、終始申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「改めてというのはおかしいですが、とにかく自己紹介しましょう。僕から紹介しても良いですし…」


3人は各々のスペースで我関せずという態度を取る。


挿絵(By みてみん)


「あの、もう少しどうにか機嫌を良くしてもらえませんか?せっかくお咎めもなかったんですよ」


 3人とも黙ったまま、重い空気が流れた。


 そう言えば、点呼後はすぐにヨナスを床につかせるようにと、フィン先輩はじめ生徒会の面々に口を酸っぱく言われていたのを思い出した。彼は歌うためにカウラの時が来る前に起きて、ミサの時間までに声を出るようにしておかなければならないのだ。


「僕がそれぞれを紹介しますね。間違った事を言ったら、その時に間違ってると言ってください」


 そろそろパオルのための噛み砕いた言葉を言うのも慣れて来た。


「まず僕はベンヤミンです、学年は3年生です。あなた達が真っ当な学校生活を送れるように、問題を解決したいと思っています」


そっぽは向いているが、話は聞いてくれる様子だ。


「年齢順で行きますね。次はパオル、学年は2回目の5年生で間違いなかったですね。僕は3回目の5年生をさせないために一緒に努力したいと思っています」


ヨナスだけはおずおずとこちらを向いた。


「次はヨナス、学年4年生ですよね。僕はあなたが健やかに学校生活を送れる方法を、一緒に考えたいと思っています」


 ルカはもうすでに寝巻きに着替えはじめている。

 

「次はルカ、学年は2年生ですよね。僕はあなたがマハネ神の御許へ急がなくなるよう、寄り添い、共に考えたいと思っています」


 一気に言うと、深く息を吸って吐いた。よくわからない緊張感が襲う。3人とも言う前と変わらない様子で、少し残念に思った反面ほっとした。


「ヨナスは、そろそろ休む時間ですよね。洗面所は前と違って階の共用では無いので先に案内します」


 ヨナスはこくりと頷いて、この重い空気から逃げられると僕の後を急いでついてきた。

 部屋の斜め向かいにトイレと洗面所がある、前の寮とは違い数は少なく狭い。洗濯場も前の寮とは違い、洗面所に併設されているし、洗濯場の奥には寮の裏手にある干し場へ出る扉がある。


「隣の部屋と共用ですが、実際隣の部屋には誰もいないので僕らだけが使います。と言うか、1階は宿直の先生以外は僕らしかいません。なので、掃除も僕らがしなければいけません。明日の掃除は僕がやるとして、早急に当番を決めないといけませんね。明日の点呼後に決めましょう」


 粗方の説明を夜仕度をするヨナスに右から左へ流すように説明し終わって部屋へ戻ると、まだ部屋の空気は重かった。

 ヨナスは我関せず、よたよたとベッドへ向かい布団に入ると数秒で寝息を立て始めた。その様子に唖然としていると、ルカがひとつ吹き出した。その表情に僕は違和感を覚えた。笑ったように思ったが、その表情はまるでビスクドールのような無表情で、僕はやっと不安の正体を突き止めた。


「僕もそろそろ寝よう。騒がしくするのは、2人に悪いからね」


そう言いながらタオルを持って部屋から出ていった。


「説明します」

「丸聞こえだったから要らない」


 はたとルカの2人にという言葉が気になって、パオルを覗き込むと椅子に座ったままスヤスヤと寝息を立てていた。

 椅子で寝るのが好きなのだろうか。それに寝る時までしかめっ面かと、眉間のシワを伸ばそうと手を伸ばした。どうやら頑固なシワのようでちょっとやそっと伸ばしたくらいじゃ、どうにもなりそうもなかった。


挿絵(By みてみん)


 最終的に、この眉間のシワから解放させることができたらいいのにと、ぼんやりと考えた。しかし、座った状態では体が痛くならないものかと心配になった。

 どうしようかと思いながら、僕はあくびをしながら眉間の皺を伸ばしたり、毛布でくるんだりした。どうやら僕も眠いらしい。今日1日充分すぎるくらいなかなかに過酷だった。


「いい加減にしてくれねぇか」


 ぐっすりと寝ていたと思いきや、起こしてしまったらしく慌てて飛びのいた。


「座ったまま寝たり、寝ながら眉間にシワを寄せる人初めて見たものだから」

「そうか?確かにここじゃ見ねぇかもしれねぇな」

「洗面所とかの説明要ります?」

「明日当番決めるってところまで聞こえたから大丈夫だ」

「それ半分くらいしか聞こえてないじゃないですか」


 そう言いながら僕もタオルを持って部屋を出るパオルに続いた。洗面所でルカと入れ違いになった。


「おやすみ、ルカ」


 思わず声をかけてしまった事に少しだけ後悔した。明らかに声をかけて欲しくない、同じ空間に居たくない空気を醸し出して居たからだ。

 角度と照明によって表情を変えるビスクドールと同様に、薄暗い廊下で見るルカの顔は青白く瞳だけいやに光って、とても奇妙なものに思えた。更に表情というものを感じられないような面持ちだったが、機嫌が悪いというのがひしひしとにじみ出ていた。

 今日1日でなんとなくルカという人となりを掴む糸口が見えた気がした。


 ルカは何も言わず、振り返りもせず、そのまま部屋へ戻っていった。


「俺も人のこたぁ言えねぇが、愛想がねぇな」


 愛想という言葉はわかるのかと、眠い頭で明後日な感想を持った。


「僕は20年後くらいにこの4人で同窓会が開けるくらい、仲良くなりたいんです。みんな結婚していて子供もいて、早い人は孫がいたりするんです。それで子供の話、孫の話、お嫁さんの話、仕事の話、あの頃は懐かしかったなんて、今の僕らの話をするんです。それって素敵だと思いませんか?」

「バカみたいな話だな」

「そうでしょう。バカみたいに幸せな未来の話です」


 それからは無言で夜仕度を済ませ、部屋に戻りベッドに入った。目を瞑り今日1日を反芻する間もなくネソワ神に身を委ねた。

イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926

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