その距離は一歩と半分
それからのパオルの行動は速かった。
手慰みとばかりに作っていたいくつかの装飾品の完成品を買い取ってもらえないかと直談判して故郷の往復の旅費を手に入れると、あっと言う間に10日の帰郷の許可を取った。事情が事情だけに学校も渋ることはしなかった。
学校側はパオルの実家の状況を知っていたようで、例の神祇官と裏で書簡のやりとりをしており、その上でパオルに黙っていたらしい。それを聞いてもパオルは、特に何も言わずただ淡々と外出と外泊の手続きをした。
パオルは行ってくるとだけ言って、颯爽と旅立っていった。まるで夏休みに帰郷するかのような姿に、僕らは何も言うことができなかった。
フィン先輩は旅立つ前のパオルと会えなかったようで、薄情だと怒っていた。
「もうすぐ夏休みなんだからそれまで待てば良いのに」
「考査どうするんでしょうか」
「10日だったら、ギリギリ間に合わないこともないのかな」
「一応教科書は持てるだけ持って行ったみたいですけど」
「そういうところ真面目だよね」
「汽車だけでも片道13時間みたいですし」
「遠いね」
「もうあちらに着いて教会を訪ねてる頃ですかね」
パオルがいないからと言って別段僕らの生活が変わることはなかった。いつもの時間にいつものことをするだけで、味気ないという以外は何ら変わりなかった。
とは言っても考査を目前に控えた僕らにはあっという間だった。学年末ということもあり、僕らは感傷に浸る間もなく勉強に勤しんだ。右へ倣えで、ヨナスとルカも一緒になって勉強している。
「あれ?10日じゃなかったんですか?」
授業を終えて部屋に戻ると、丁度帰って来たばかりのパオルがいた。
「思ったより早く親父に会えてよ、長々と教会に世話に何のも気が引けたし早く帰って来た」
「お帰りなさい」
「ただいま」
僕は力一杯パオルを抱きしめた。知らない匂いをさせたパオルは、どこか8日前とは違う雰囲気だった。
「お父上にも会いに行ったんですね」
「ん?言ってなかったか。そうかあいつに言ったから言った気になってたな。まぁそうじゃなきゃ墓参りに10日かかんねぇよ」
「弟さん達としばらく一緒に居たいんだと思いました」
「そうは言ってもな。あっちは俺のことほとんど覚えちゃ居なかったしな。別れた時3歳と4歳だったかな。正直お前らの飯盗ってくるのに何回死にかけたか知らねぇだろとは言ってやりたかった」
「流石に3歳と4歳にそれは可哀想ですね」
「あと、神祇官と色々話した」
「よかったですね」
「親父とは会えたが話せなかった。もうあれは話すとか話さねぇとかそういう次元に生きちゃいなかった」
「そうだったんですね。でも言いたいことは言ったんでしょう?」
「いざ前にすると何も言えねぇの。せっかく言いたい放題だったのにな」
「じゃあ、僕がお父上の代わりに聞きましょう」
「そいつはありがてぇな」
ルカとヨナスが戻って来たら、詳しい話をするというので後の話はお預けとなった。パオルが部屋にいるということが心から嬉しく思えた。
「そう言えば、考査は大丈夫ですか?」
「さすがに落第点は取らねぇだろうから、進級はできるんじゃねぇか?」
「もうちょっと高い位置を目指しましょうよ」
「別に良いんだよ。お勉強ができるようになりたいんじゃねえんだ。神祇官として生きていく上で必要な知識を得れるようになりたいんだ」
「すみません、ちょっと意味がわからなかったです」
「お勉強ができるってのは成績がいいってことだろ?俺にゃちょっと時間が足りなさすぎる。でもこれから生きていく上で、知識ってどうしても必要だろ、どう勉強したらいいのかとかな。生きてく上で必要な知識を得れるようにってのはそれだよ」
「なんか目から鱗です。そんなこと、僕はちっとも考えたことがありませんでした」
「まぁ、お前にゃ必要ない話だろうよ」
「そうですね。教科書の知識はあれば困ることはありませんが、知識を得る能力は今この時にしか養えませんよね。学校という恵まれた環境は、そう使われるべきです」
「偉そうなこと講釈たれて悪いが、今俺が言ったのはお前が言ったことと同じでいいんだよな」
「そうですよ」
「他人の言葉になるとさっぱり難しくなるな」
そうこう話していると、ルカが帰って来た。
「掃除当番長引いた……ってパオルだ、。何でいるの?」
「何でって帰って来たからだろうが」
「へえ。でさ、ベンヤミン昨日の続きなんだけどさ」
「おいこら、オレに興味を持て」
「ん?おかえり?」
「そうじゃねぇ」
「どうせ揃ってから話すんでしょ?後でまとめてやるから今は勉強しないと」
ルカは前回同様上位を目指すと言って勉強している。彼が本気を出せばまたしてもごぼう抜きは夢ではない。
「あら、もう帰って来たの?」
「お前ら揃いも揃って同じことしか言えねぇのか」
「僕は歓迎しましたよ」
「あれでか?」
パオルは僕に話した内容をかいつまんで話した。ヨナスもルカもじっと聞いていて、この時ばかりは茶化したり合いの手を入れたりはしなかった。
「まず駅が新しくなってて、出口がわからなくて散々迷った。開発ってやつか、街並みも随分変わってた」
「7年ぶりだっけ?」
「そうだな。入学前の1年は行儀見習いでもうこっちに来てたしな。そんでどうにか教会までたどり着いたはいいが、なんか世話になった神祇官が俺を駅へ迎えに行ったとかで見事入れ違い。そこのクォルの神祇官が待っとけっていうんで、先に弟と妹を見に言ったんだよ。したらどれか分かんねぇの。自分でもびっくりだったよ」
「別れたのが3歳と4歳ならそれもそうでしょう、今10歳と11歳ですよね」
「弟の方が俺よりでかいんだよ。ちょっとだけだがな。親父も結構デカかったし、ちゃんと飯食ってりゃでかくもなるわな」
「それはわかんないね」
「だろ?んで名乗るかどうか迷ってたら神祇官が帰って来て、そんまま紹介するんだよ。賢い兄貴ってことになってるらしくって、そっから羨望の眼差しだよ。何てことしてくれたんだって怒ろうかと思ったけどよ。次会う機会なんて来るかわかんねぇからそんままにした」
今のパオルなら嘘でもなんでもなく賢い兄貴で間違いないと思った。このまま真摯に勉学と向き合っていれば、すぐに周りと肩を並べるだろう。
「弟も妹も簡単な読み書きはできるから手紙が欲しいって言ってた。なんかびっくりするぐらい素直にまっすぐに育ってたんだよな」
「2年って案外長いわよ」
「そうだな」
「その日はとりあえず休めってなって、次の日に墓参りに行くことになったんだよ。オレは手紙の内容と被ってたかもしれねぇが、あれこれ学校の話を聞いてもらった。もちろん懺悔込みだ。神祇官は良かったなって言ってくれて、なんかもう全部満たされた気持ちになったし、もう父親に会ったりしなくても良いかなとか思ったんだよ。でも次の日に母親の墓参りに妹と弟と一緒に行って、神祇官に刑務所の場所教えてもらったんだ。そんで、また列車で10時間くらいかけて父親が収監されてる刑務所に行って、面会の手続きしたんだけど、これまた時間がかかるんだよ。事前申請とかで、神父が手紙を書いててくれたんだが、オレがじゃないと認められないとか言い出してさ。許可下りるまで受付で寝泊まりしてやるってゴネて、何とか3日で会えることになったんだよ」
「受付で寝泊まりしたの?何それ楽しそう」
「もちろん、ソファーもあったしな。外で寝ることを考えたら快適だよ。そんでまあ許可が降りるのに時間がかかるのがわかったよ、父親は全然オレってことすらワカンねぇんだもん。名前言ってもダメ。母親の名前も弟妹の名前も反応ねぇの。看守は中毒症状の末期だって言ってた。遠からずマハネ神に招かれるって、帰りがけに教えてくれたよ。許可は建前で暴れない日じゃないととても面会なんてできないって。暴れる日が少なくなってるって言ってたな。まぁ、父親にオレって存在はもう見えてなかったし、そんな父親を見て、オレも何も言えなかったよ。それからまた10時間かけて教会に戻って、また次の日に母親の墓に報告に行って、それから弟と妹といっぱい喋ってから帰ってきた訳だ」
「お疲れ様でした」
「汽車の移動って疲れるのな。それに、ここ数日よく喋った気がするよ」
そう言うとパオルは大きく仰け反って、大きく息を吐いた。よく一人で父親と対面できたと、パオルの勇気に関心した。
「良い帰郷だったみたいね。すっきりとした良い顔をしているわ」
「そうだな。あんだけ怖いと思ってたんだけどな」
「怖い気持ちはよくわかる。勢いって大事だもんね」
「そうなんだよ。行きの道中、勢いだけで帰るって決めちまったって後悔してたよ。でもこの機を逃したらきっともうこの列車に乗る事は無いって思った。そう思えたのはお前らのおかげだと思っている」
姿勢を正したパオルは深々と頭を下げた。
膝に置かれた左手は相変わらずフィン先輩のレザメットが握られている。パオルの勇気は誰よりもフィン先輩の力が大きかったのではないかと思った。
旅立つ前にフィン先輩を避けたのはきっと、その勢いを削がれてしまうと感じたのかもしれない。フィン先輩を前にすると、うっかり弱音を吐いてしまいそうになるのだ。
「本当に感謝してる。ありがとう」
頭を下げたままなかなか顔を上げないパオルは、泣いているのだと思った。ルカがそれに覆いかぶさって抱きしめた。ヨナスはまたパオルのために前に歌った子守唄を歌い出した。僕は彼に何もしてあげられないと、その光景を眺めながらまた疎外感を感じた。
それから3日後に学年末の考査が始まった。学年末なので当然範囲が広い。前回の考査からの授業分が7割で残りの3割が1年を通しての総復習だ。パオルは総復習分をほとんど諦めていて、ルカの学年のテストが受けたいと言っていた。
「およそ2カ月足らずでルカの学年のほぼ全教科の教科書読んでしまうのはすごいと思いますよ」
「夏休みは許可取ってヨナスの学年の教科書借りて読もうと思ってんだけどな」
「熱心ですね」
「やれることはやりてんだよ」
そう言うパオルは何にでも手抜かりなくやっていた。
装飾品も無理に言って買い取ってもらったにしては好評だったようで、夜のお店で働く女性たちに引っ張りだこだったらしい。そして、きちんとお店で取り扱いたいと誘われているようだ。本を片手に見よう見まねとは言え、今は本格的にきちんと図案から考えているようだ。
過去に折り合いを付け、まっすぐ前を向いているパオルは何だか眩しかった。
僕の学年末考査の結果は前回とあまり代わり映えがなく、相変わらずどの教科も15位以内をうろうろする結果となった。
ルカは今度はどの教科も5番以内に入り、どうだと鼻高々だ。元々この学校で学べる以上の教育課程をすでに終了しているので、その時点ですでに有利な状況にあったのに僕らに合わせて勉強などすればそれも当然の結果のように思えた。おおよそ努力というものが似合わないような風貌だが、僕らはそれを見ていたので手放しで喜んだ。前回と今回の流れから、クラスでの評価も大いに変化したようで、また随分と馴染むことができているようだった。
そして、ヨナスは何を思ったか僕らに合わせて勉強して少しだけ順位をあげた。
そしてパオルだが、流石に網羅できない点と帰郷していたのも合わせて今回は追試ギリギリだったようだ。それでも大健闘で、こぞって教師は落第点の無いパオルを褒め称えたらしい。
フィン先輩もとても喜んだが、どこか歯切れが悪かった。こうしてフィン先輩と話す機会も数えるほどになってしまったと、僕も感傷に浸ってしまう。
「次年度はちゃんと進級できるみたいだね」
「寂しいんですか?」
「少しだけね。同級生だったのになって思ってね。置いていく方の寂しいもんなんだね」
「結局調停者の道を進むんですか?」
「どうしてだろ、君たち見てるとちっとも困難に思えなくなったんだ」
「大丈夫ですよ。きっと」
「君の楽天思考も何だか頼もしく思えて来た」
フィン先輩は7年生にはならず、調停者になるための専門の機関に行く。そこで3年間密に学び、試験に合格すると調停者になれる。しかし合格しなければ2年猶予が与えられるが、それでも合格しなければクォルの地位で調停者を補助する神祇官となる。
「せっかくもう勉強しなくて良いと思ったのに、まだ3年も勉強漬けだよ」
「パオルも生涯勉強を続けるって言ってますし、フィン先輩なら大丈夫ですよ」
「楽天的だなぁ。血反吐吐く勢いで頑張らないといけないって言われたよ」
「調停者になるための試験も大変なんでしょう?」
「唯一の救いは勉強することがそんなに苦じゃないことだけだね」
「入学してからずっと一位だったって聞いてますよ」
「別段それは凄くないよ。君の学年の一位だってずっと変わっていないじゃないか」
「コツでもあるのか聞きたいですよ」
「コツコツ暗記することかな」
「ですよね」
「あーあ。最後まで君たちを見ていたかったな」
「どのみち7年生は学校にいないじゃないですか」
「そうだけど、時々帰ってこれるじゃん」
「手紙を書きます」
「全員で?」
「パオルは嫌がりそうですけど」
「最後に彼ときちんと話をしたかったな」
「すればいいじゃないですか、まだひと月近くありますよ」
「言ってくれるね、それが一番難しいんだ」
ユマカ祭以降、騒がしかった僕の周りはすっかり静かになっていた。穏やかな日常にどっぷりと浸かっている。僕の任務は概ね終了なのかもしれないと思うと、どこか寂しかった。
「ヨナスに対する嫌がらせは無くなって、幽霊騒動も終着した。ルカも色んな生徒にちょっかい出すのも止めたみたいだし、死にたがりも今の所落ち着いている。何より真っ当な友人もできた。パオルも成績がうなぎ上りで、教師も神祇官も驚いているし、何より喧嘩をしなくなった」
「お役ごめんですね」
「そう、来年をどうするかって話が上がっててね。僕もいなくなることだし、君たちの部屋はそのままが良いのではないかって話も上がってるよ」
「そうなんですか?」
「そんな露骨に嬉しそうな顔しなくても良いじゃないか。君、どのみち今の寮で生活するんだし」
「え?」
「あれ?まだ正式に通達行ってない?」
「まだ来てません」
「あれま、そりゃあ失礼。来年から異例の相談役、僕の後継だ」
役員は主だって、統括役、自治役、相談役の3つに分かれている。
統括役は学校と生徒の橋渡しが主な仕事だ。例えばヨナスの件で動いてくれていた役員の多くはこの統括役の方々だった。そして、行事なんかで僕ら末端に指示を出したり、聖歌隊や演劇部の調整をするのもここだ。
自治役は生徒同士のいざこざなんかを収めるのが主な仕事だ。過去パオルが最もお世話になった役員が彼らだった。全寮制という傾向上、多感なお年頃の僕らはいざこざ喧嘩授業放棄が常に絶えない。上級生の役員が教師や神祇官の助力を得て、様々な問題解決に勤しんでいる。大抵は3年生に上がることまでには落ち着くような流れになっているが、一部パオルなどのあぶれ者も出てくるようだ。
相談役は自治役が収めたいざこざを解決するのが主な仕事だ。入学や編入時の学校側の判断で早々に相談役の監視がつく場合もあるが、大抵の生徒は自治役から相談役へ、生徒の心理的支援が移譲される。
その中で僕はどうしても相談役という役に着きたかった。役員の中でもほんの一握りの生徒しかその役に付けないというのもある。彼らは生徒に寄り添い信頼される、いわば目指す上位トルテルプの登竜門とも言える。
その3つに入っていない4年生や5年生の役員ももちろんいる。
「本当ですか?」
「嫌なの?」
ニンマリ笑うフィン先輩はきっと僕に1番に知らせることができたことが嬉しいのかもしれない。
「嬉しいに決まっているじゃないですか。でも、初めはエハネット寮で、役職的にもそのどれにも属さないのが普通ですよね」
「そうだね。6年生と7年生が主体だけど、こういうこともあるんだよ。7年生なんてほとんど学校に居ないからね。実質僕らが最上級生みたいなものだし」
そうなのだ。6年生までは学校で学ぶが、7年生は実地学習が主で中央神殿が適正を見定めて各地へ見習いのクォル相当として派遣するのだ。およそ2ヶ月ごとに移動して少なくとも3箇所の教会を巡って手伝いをする。次の派遣先へ行く前に報告書を書き提出するために学校に滞在する。
そして今の時期に6年生の時に書いた論文の講評と派遣先からの評価を持って正式なトルテプルと配属先が決まるという流れだ。
つまりフィン先輩はそれには行かずに、調停者となるための専門機関へ行くのだ。
「でもまあ、僕が7年生になろうが、なるまいが君は見事に彼らを更正した。それは僕の後継に相応しいと判断される十分な要素だったんだよ」
「でもこれはフィン先輩の力が何よりも大きかったんですよ」
「何も来年度から1人で全てを担う訳じゃないよ。今の5年生も新たな相談役としてそろそろ指名されている頃だ。そういう彼らは相談役の6年生と共に数多くの問題を解決しきているからね。普通はそうやって後継が決まるんだよ。確かに君は異例だけど、そうだね。君の言葉を借りると、君なら大丈夫だと誰もが信じてるんだ」
「買いかぶりです」
「買いかぶられるって大事だよ。君も僕を買いかぶってる」
「そんなことは…」
「僕は君の行動を見ていた。同じように学校側も他の役員も君を見ていたんだよ。君は自身に大きな問題を抱えながらも、他を慈しみ寄り添い一緒に頭を抱えた。相談役ってそれだけでいいんだよ」
喜悦と悲哀、焦燥と安堵、不安と期待。いろんな感情が混ぜこぜになって足元がぐらついているように感じた。
もうすぐ長期の休みが来る。
ルカもヨナスもパオルも学校に残ると言っていた。僕は今年どうしようかと考えて居た。彼らの手前もう逃げるのは終わりにしようと決めていた。いつまでも思考の端で僕の足を引っ張るそれを僕は僕自身の手で克服しなければならない。
「僕らが残って慎ましい生活をするのに、君は帰るんだ」
「じゃあルカも貰った別邸に行けば良いじゃないですか」
「家事全般何もできないのに?」
「そうなんですか?掃除洗濯やってるじゃないですか」
「ここでの掃除洗濯とまた違うと思うんだけど」
「俺は一通りできるぞ」
「あたしも料理以外ならできるわよ」
「実習で調理ありますけど、ヨナスは何もしていないんですか?」
「あらいやだ。実習に参加する意思はあったのよ。でもあたし、最近まで空気だったじゃない?あたし抜きで他の人がやっちゃうのよ」
「わかるそれ。僕もそんな感じだった。あからさまに何もしなくていい雰囲気出されるんだよね」
「そうそう、わかるわ」
ルカとヨナスはこういう所で意気投合しているのかもしれないと、何だかさみしい気持ちもあっったがこれからはそうではないという希望を持てた。
「俺は逆だな。手を出したらそのまま遠巻きにされて、結局俺1人でやってた感じだな」
「学年が変わってもそうだったんですか?」
「あんまりその辺は変わらなねぇな」
「フィン先輩が同じクラスだったらまた変わってたでしょうね」
「どうだかなー。あいつが俺に絡み出したのはあいつが役員になってからだしな」
「そうなんだ。何かしらの因縁が入学当初からあったのかと思ってた」
「そこまで長い縁じゃねぇよ」
「じゃあ、ご飯も掃除も洗濯も自分達でできるわね」
「3人で別邸に行く?」
「え?僕だけ仲間はずれなんですか?」
「実家に帰るんでしょ?真逆の方向だから無理じゃん」
「そうやって仲間はずれにしようとするんですね」
僕は感情のコントロールがうまくできず、子供のようにふてくされて、彼らを放って勉強することにした。彼らは彼らで僕がふてくされた事により、気分を害したのかそれ以上夏休みの計画は立てなかった。
僕は果てし無く悩む事になった。実家に夏休みに帰郷すると手紙を出すと、驚く早さで歓迎の返信があった。この学校に入学してから初めての帰省だった。
「君の言った通り、都合をつけてパオルと話をしたよ。何やら君の身を案じていたけど何かあったのかな?」
「何もは無いですが、実家に帰る事にしたので気が高ぶっているのかもしれません」
「帰るんだ。そうか、よかったねと言った方が良いのかな」
「それはまだちょっと、あの視線の中僕が1人で立っていることができたら、また褒めて下さい」
「じゃあ手紙を頂戴。必ずだよ」
「もちろんですよ。ちゃんとパオルやルカ、ヨナスのことも報告します」
フィン先輩はニコリと笑った。僕もつられて笑うと、頭を撫でられた。
「あいつが心配するのもわかるね。でも大変なのはこれから何だけどね。せいぜい頑張ってよ。はいこれ、一応門外不出扱いだから同室の子たちには見られないようにね」
「これって」
フィン先輩は呪符で閉じられた袋を僕に手渡した。その場で呪符をフィン先輩から僕に書き換える。
「言ってはなんだけど、もっと呪符を書く練習した方がいいよ。5年になってしんどい思いをするのは嫌だろう?」
「言わなくてもわかってます」
フィン先輩の呪符は本当に美しいのだ。僕の方はどうにか作用はするが歪んでいるのが明白だ。
「今まで歴代の相談役が扱った案件の一部だよ、その中でも特殊な案件ばかり入ってるから扱いには気をつけてね。もちろん、これに倣ってベンヤミン、君も報告書を作ってもらわないと行けないんだけどね」
「そういうことですか」
「後学のためってのも大きいよ。人に言えない秘密を持った可哀想な子供はこの学校には多いんだ。聖力が高いということと、神々に近くあらんとする気持ちはそういうことも含んでいるのかもしれないね」
「これは後継に読ませるためにあるんですか?」
「そうでもあるし、そうでも無いとも言えるかな。彼らの苦しみを記録しておかないと、あまりにも悲しいじゃないか。それに先人の知恵に頼らなければ解決できないことだってあると思うんだ、誰にも相談できないとかね。単純にこれだけの子供が救われたって言う事実の証明だし、この積み重ねられた紙の束に、僕らもできるんだと安心しない?」
「安心ですか?」
「わかんないか。そりゃそうか。僕は事前に渡すはずのこれを今渡したんだしね」
「そうだったんですか?」
「そりゃそうだよ。君は相談役の僕がやるべきことを押し付けられたんだから。全会一致でね。これを君に見せても良いってなってたんだよ。でも僕の独断でこれを君に見せなかった。なぜだかわかる?」
「いいえ、わかりません。でも意味のあることなのですよね」
「模範解答。そして買いかぶりすぎだって。ただ僕は君がどう解決するか見たかったんだ」
「それだけですか?」
「それだけ。別に君の崇高さを挫いてやろうとかそう言う意味じゃ無いよ。ただね、まっすぐに上位のトルテルプになりたいから役員になりたい、相談役になりたいなんて言った生徒なんて僕が知る限りでは初めてだったんだよ。そりゃ、上位のトルテルプは僕らの目指すところだけれど、こうちゃんとした青写真を持っている生徒って少ないと思うんだ。僕もぼんやりとそうなるんだくらいにしか考えていなかったしね」
「そんなものですか?」
僕は渡され過去の記録にざっと目を通した。特殊な案件という理由はすぐにわかった。
「案件ごとにまとめてあるんだよ。例えば今渡したのは君が見ていた方が良かったと判断された、原因が両親に関係のあるものばかりだ。他にもあるよ。役員室の二重棚の奥にね。性的虐待が原因、戦争が原因、嗜好が原因、体の障害が原因、とかね。でも彼らは複合的な要因が多かったから、一概にそれだとは言えないと思ったのもあるね」
「確かにこれを読んでいたら、通り一遍の対処しかできなかったかもしれません」
「そうだろうね。僕がそうだからさ、だから君に渡すのをやめたんだ。僕が近くで見れてば、君の話を逐一聞いていれば最悪の事態は免れるって自負もあったし。でももう大丈夫だと思ったんだ。これを君が持っていないと知れるのはちょっとまずいしね」
「そうなんですか?」
「だって君の役員入りはもうあの時に決定していたし、だからこそこれの貸し出しが認められたんだからさ」
「え?」
「今まで黙ってて悪かったよ。君はあの時点で僕らの中では役員扱いになってたんだ」
「だから役員おめでとうじゃなく、相談役おめでとうなんですね」
「その通り」
「じゃあ、ヨナスの件で学校を抜け出した時も、ユマカ祭の時も僕は役員特権を正式に持っていたからだったんですね」
「書類上はちゃんと役員になってたよ。学校側は承認印を押しはしなかったけど、事務員は君にヨナスの手紙を預けたり、神祇官も君を役員として扱っていたでしょう」
そう言えばそうだ、一般生徒に手紙を預けるなんてことはまず無い。必ず役員が責任を持って、回収しに来ない手紙の受取人に届けなければならないという責任を負うものだ。以前同室の生徒の手紙が回収されてないのを見て、届けると申し出たがそれを理由に断られていたのを思い出した。
「まんまと、手のひらの上で踊らされていたわけですね」
「ルカは気づいていたみたいだけどね」
「そうなんですか?」
「君に対して結構無茶振りしてたんじゃない?」
一番初めに思い浮かんだのはヨナスの捜索の時のことだった。僕が役員であると知っていたからあの物言いになったのかと思うと全てに合点がいった。
「騙してた僕が言うのもなんだけど、ユマカ祭で役員の仕事を振った時に気づいて欲しかったな。僕らの仕事って絶対に一般の生徒には見せないし、役員相当だとしても役員室も立ち入らせたりはしないよ」
「そういえばそうですね」
統括役は役員が後輩を指名してユマカ祭の手伝いをさせるのが通例だが、役員室で彼らを見ることはなかったし、自治役も写真騒動の一件で後輩を指名して手伝わせていたが、こちらも役員室に彼らが出入りするところは見たことがなかった。
「そういうところが、良かったのかもしれないね」
フィン先輩は大笑いしながらまた僕の頭を撫でた。手に持つ記録の束が嫌に重く感じたが、僕は僕のままでいればいいのだとなぜかそう思うことができた。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




